- 486 :DESTINY Side-C 1/11:2005/11/26(土)
11:57:07 ID:???
- 一人の青年がいる。
かつて平和を願い、"正義"の名を持つ剣とともに戦場を駆けた青年。
全てを終結させるために、彼は剣を自ら封じた。
全てが終結したその後に、彼は真実の名を封じた。
崩れる世界、揺らぐ平和。
彼の中の力は、再び目を覚ましつつある。
PHASE-05 アレックス・ディノ
- 487 :DESTINY Side-C 2/11:2005/11/26(土)
11:58:19 ID:???
- 「結局逃げられちゃったの?」
戦艦ミネルバの通路。マユが隣を歩くレイに尋ねると、彼は仏頂面のまま答える。
「無理もない。敵艦は条約違反のミラージュ・コロイドを装備しているのだからな」
「それはそうだけど…悔しいな」
ショーンの死が未だに重く引っ掛かる。レイは一度深い溜め息をつくと、マユの肩を叩いた。
「お前のせいじゃない、気にするな」
「うん…解かってるんだけど、なんか、ね…」
レイはマユの頭を軽く撫でる。マユはいつもそうされる時と同じように、くすぐったそうに身を縮こまらせた。
……なんでミネルバの男の人たちは、私の頭を撫でるのがそんなに好きなんだろう。
「あまりデイルの前では話してやるなよ、余計な気を使わせるな」
「……うん」
ミネルバのMS隊の実質的な隊長であるレイは、パイロットの心身のケアも怠らない。
ショーンの死から時間にしておよそ1日、何度かデイルの姿を見かけたが、顔にまるで生気がない。
彼らの境遇を知ってしまったので、自分もますます憂鬱な気分になる。
「でもなんか、信じられないよ。もうショーンに…会えないなんて」
ショーンはレイに似て、冷静沈着で物静かな男だった。確か、趣味は読書だと言っていた気がする。
そんな彼だったが、うるさすぎるぐらいのチームのムードメイカー、デイルと一緒にいることで、不思議とバランスが取れていたように思う。
自らの半身を失う感覚。
マユには痛いほどそれが解かっていた。自分も同じ体験を、二年前にしていたから。
ふとマユは、レイを見上げる。
彼の横顔はいつも通りに見えたが――微かに、遠くにいる"誰か"に想いを馳せているようにも見えた。
「それが、"死"というものだからな」
レイはこちらを見もせずに、真っ直ぐ歩きながら喋り続ける。
「つい先日までそこに当たり前にいた人が、突然いなくなってしまう。死というのは、そういうものだ」
なんだろう。彼の横顔に、影が差している気がした。
レイの過去は聞いたことがない。議長の養子だとかいう噂もあるが、あまり詮索する気にはなれなかった。
それどころかルナやメイリンも、何故軍なんかにいるのかは解からない。デイルとショーンについては、ついさっき聞いたばかりだったが。
「だが――死が絶対の終わりだとは、俺は思わない。死んだ人間の想いは、常に生者と共にあり続けるのだから」
「レイ…」
- 488 :DESTINY Side-C 3/11:2005/11/26(土)
11:59:17 ID:???
- それはレイの口から聞くには、意外すぎる言葉に思えた。
そもそもマユは、レイのことをそこまで深く理解しているわけではない。これまでも彼の事は現実主義者だと思っていた。
感情より効率、理想より現実。彼の纏うどこか冷たい空気が、周囲にそんな印象を与えていたのかもしれない。
「無論、死ぬ事がなければそれが一番だ。そのことだけは忘れるなよ」
マユは仲間の意外な一面を見る事が出来た気がして、少しだけ嬉しくなる。
「うんっ!」
「いい返事だ」
並んでレクルームに入ると、既に何人かがが揃っていた。
ルナ、シュウ、ヨウラン、ヴィーノ、デイル。メイリンはまだ当直だろうか。
なんとなく、"足りない"感じがする。
「本当かよ、それ」
そう言いながら、ヨウランがこちらに気付いて軽く手を振った。
ルナマリアは何かを熱心に語っていたが、やがてこちらの存在に気付き向き直る。
「あ、マユ、レイ!ちょっと聞いてよ、大ニュース!」
相変わらず暗い顔のデイルが気になったが、マユはソファに腰掛ける。
「何々、どうしたの?」
「な、ん、と!このミネルバに、オーブのアスハ代表が乗ってるのよ!」
「……へぇ」
無関心を装って、シュウに軽く目を遣る…あからさまな不機嫌顔だ。
胸中に苦みが広がる。喉の奥がすっぱい。何故だか知らないが、嫌な汗が出てくる。
「なんだかアーモリーワンに来てたみたいで、あたしが助けたんだけど…って」
ルナマリアは素早くマユの顔を覗き込んで、額に手を当てる。
「大丈夫?具合悪いの?」
「え?う、うん。ごめんね、ちょっと疲れてて」
「そう?無理しちゃダメよ、あんたはそうでなくても無茶するんだから」
「ありがと、ルナ」
仲間の気遣いに、少しだけ気持ちが和らいだ。マユが軽く微笑むと、ルナはやれやれ、と言った調子で頭を叩く。
「で、アスハ代表殿はいつ降りるんだよ。この艦だってこれからは戦闘だぞ?いつまでも乗せとくわけにはいかないだろ」
シュウゴの問いに、ルナは肩を竦めて見せた。
「そんなのあたしに聞かないでよ。さすがにオーブの代表様が考えてる事までは見抜けないわ」
「……だな、悪い」
「別に謝らなくてもいいけど」
「でも、オーブのお姫様が何の用なんだろうね?わざわざアーモリーワンみたいな場所に…」
ヴィーノが疑問符を浮かべると、レイがそれに答える。
「アーモリーワンには議長がいらっしゃっていたからな」
「あ、そっか。それでかぁ…」
ヴィーノが頷く。そこでドアが開き、メイリンが慌てた様子でレクルームに飛び込んできた
「どしたの、メイ?」
何かを言おうとしていたが、息があがった様子で中々言葉が出てこないらしい。一度深呼吸してから、メイリンは言葉を繋いだ。
「たっ、大変!例の強奪犯、追ってる場合じゃないかも…」
- 489 :DESTINY Side-C 4/11:2005/11/26(土)
12:00:29 ID:???
- 「ユニウスセブンが、だと…!?」
カガリが絶句した横で、アレックスは打ちひしがれていた。
何故だ。
「ですが今、現に動いているのです。地球に向かって、それもかなりの速度で」
アーモリーワンでの戦闘に巻き込まれた後、アレックスとカガリはこのミネルバに乗艦した。
しかしミネルバはそのままボギーワンの追撃戦に移り、騒動がとりあえず落ち着き議長と面会できた頃には、すでにミネルバはアーモリーワンを遠く離れてしまっていた。
それに加えて今度は、ユニウスセブンが地球へ向かっているというのだ。
かつての"血のバレンタイン"で崩壊した農業プラント。安定軌道に乗っていた筈の墓標。
「本艦はこれから対応に出ます。代表には別の艦に…」
「いや…私も残る!」
デュランダルの提案を、カガリはあっさり却下した。アレックスは思わず目を丸くする。
「あ、いや…無論、そちらが良ければの話だが…この事態を静観しているわけにもいかない」
タリア・グラディス艦長が溜め息をつく。当たり前だ。そんなことは不可能に決まっているのだから。
成り行きで乗艦しているとは言え、一応これは軍の最新鋭艦である。敵対関係ではないではないとはいえ―――
だがそんなアレックスの思考とは裏腹に、デュランダルは悠然と微笑んだ。
「いいでしょう。我々は同志だ。姫のお考えを無碍にするわけにもいきませんしな」
これにはさすがに、カガリ本人も目を丸くした。
「ネオのヤツ……」
ガーティー・ルー艦内通路。
ゲン・アクサニスはブツブツと呟きながら、廊下の壁に背をもたれ掛けていた。
気に入らないことばかりだ。ストライクもどきの存在。自分への仕打ち。全てだ。
あれだけの性能を持ったMSの存在などこちらの耳に入っていなかったのだ。それでこの戦果…間違いなく、僥倖と言っていい。
「あぁ…ちくしょう」
右手で頭を掻き毟りながら、廊下に座り込む。ひどくイライラする。殴られた部分の口中が痛む。
周囲からは機械的な存在に見られているであろう自分。けれど恐らく、誰よりも感情の処理が下手なのは自分だ。
「(……アイツにも)」
アイツにもよく言われたな…下手糞だって。
- 490 :DESTINY Side-C 5/11:2005/11/26(土)
12:01:41 ID:???
「ゲン?」
最近になって、ようやく聞きなれた声。名前を呼ばれて、ゲンは顔を上げた。
またボーッとしていたらしい。たまにあるのだ、何も考えずに過ごしている時が。
「ステラ。どうした?」
「うん、スティングが……」
目の前に立っていた少女――ステラ・ルーシェが言うと、ゲンはすっと立ち上がる。
「呼んでるのか?」
「うん。部屋にいるから、連れて来いって」
ステラはゲンの制服の袖を掴んで、くいくいと引っ張る。ゲンはそれに従い、並んで通路を歩く。
不思議と胸中で濁っていた気持ちが、すっと軽くなった気がした。
「何やってんだ?あいつら」
「トランプ…」
「……トランプ?」
「うん。アウルが離してくれないから、って…」
「あぁ…なるほどな」
アウル・ニーダの顔を思い浮かべ、ゲンは納得した。
アウルはひたすらにわがままだ。良い捉え方をすれば、無邪気とでも言うのだろうか。だがMSの操縦の腕は、間違いなくウチの隊でトップだろう。
そんなアウルに振り回されるスティング・オークレーは、妙に人間が出来ている。常に冷静で、傍若無人なアウルと茫洋としたステラにも常に気を配っている。
そう。
まるで―――普通の、本当の家族であるかのように。
「まったく…あいつときたら」
小さな笑いがくちびるから漏れた。ステラはそんなゲンを見て、小さく首を傾げる。
「ゲン…楽しいの?」
彼女は感情の起伏が乏しい。戦闘時を別にすれば、の話だが。
多分、こんな感情は彼女には理解できないだろう。
「別に……いや」
言いかけて、ゲンは再び小さく笑った。
「楽しいよ、俺は」
- 491 :DESTINY Side-C 6/11:2005/11/26(土)
12:02:49 ID:???
「カガリ、どういうつもりなんだ」
ミネルバの通路を歩くカガリに、アレックスが問い詰める。
「事態を静観しているわけには行かない…先ほど言った通りだ。オーブの代表として」
「……俺たちは」
彼女の肩を掴むと、アレックスは正面に周り込んだ。
「あの頃のような力は…もうないんだ」
「……!」
カガリが小さく目を伏せる。アレックスは彼女を労る様に、けれども強い語調で続ける。
「ジャスティスはもうない。キラも、ラクスも、オーブで静かに暮らしている」
「解かっている……けど」
「カガリ」
通路の向こうから、赤い軍服を着た少年と少女が歩いてくるのが見えた。
アレックスは話を続けようとして―――言葉を、詰まらせてしまった。
幼い。
あまりに、幼なすぎる。
深紅の軍服に身を包んだ少女は、その衣を身に纏うにはあまりに幼すぎたのだ。
少女はこちらの様子に気付き、オレンジの髪の少年の陰に小さく身を隠した。
2人がこちらに歩いてくる。アレックスがカガリを見遣ると、彼女は言葉を紡ぐ。
「それなら私が…力になりたいんだ、平和に生きる人たちの!」
「よくも…!」
すれ違いざまに、少女は低い声で呟く。
「よくもそんなことが言えたわねっ!?」
次に、少女は力いっぱい、カガリに向かって怒鳴りつけた。
興奮した様子の少女を見て、カガリが呆ける。アレックスも何がなんだかわからず、彼女の目を見て――戦慄する。
憎悪。
そこにあるのは、ただ憎悪だった。
まるで親の仇だとでも言わんばかりに、少女はカガリを睨みつける。
- 492 :DESTINY Side-C 7/11:2005/11/26(土)
12:03:51 ID:???
- 「マユッ!!」
今度は隣に立っていた少年が少女を怒鳴りつけた。彼女はハッとして、いたたまれなくなった様子で駆け出す。
「あっ……」
走り去る少女にカガリが声を掛けようとしたが、上手く言葉が出なかったらしい。
少女を見送ると、呆然としたままのこちらに向かって、少年が敬礼した。
「申し訳ありませんでした。あいつには自分から言っておきます」
冷たい声。あまり感情がこもっていないように―――むしろこちらを蔑視しているようにすら思えたが、そのことについては触れなかった。
それよりも、訊きたいことがある。
「あの子は……?」
「…アイツは」
カガリが脅えた表情になる。アレックスは彼女の手を握ると、少年の目を見つめた。
先ほどの少女とは違った、静かで、冷たい怒り。
まるで少年はこちらに敬礼すること自体が屈辱であるかのような眼で、こちらを見ている。
アレックスは、思わずこの少年から目を逸らしたくなる。
「……オーブの人間に、話すことはありません。失礼します」
「そっ…」
「失礼します」
最後に少年はこちらを睨むと、踵を返して歩き去った。
カガリに目をやると、俯いて唇を噛んでいる。
――――オーブの人間
その言い方が、胸につかえた。
「だぁ〜からぁ、そのカードは出せないんだってば!このおバカ!」
室内のアウルの声が通路まで漏れてくる。ステラはトランプのルールも解らないのだろうか。
対面に立ったスティングが、フッと笑った。
「なんだよ、わざわざ呼び出して」
ゲンはスティングに尋ねる。スティングはこちらに向き直り、組んでいた腕を解くと、人差し指で頬を掻いた。
「礼を言おうと思ってな」
- 493 :DESTINY Side-C 8/11:2005/11/26(土)
12:04:52 ID:???
- 「……は?」
何を言い出すのかと思えば。ゲンは目を丸くして、スティングの顔をまじまじと覗き込む。
「この間の作戦では…助かった。お前がいなけりゃ、俺もアウルもステラもヤバかったかもしれない」
「…わざわざそんなこと言いに呼び出したのかよ、お前は」
ゲンが呆れたように言うと、スティングは顔をしかめた。
「せっかく俺が礼を言ってるってのに、なんだよそりゃ」
「あーあー、悪かったな。ま、どういたしまして」
ゲンはやれやれと言った様子で、振り返って歩き去ろうとして、足を止めた。
「……心配すんなよ」
「あん?」
ゲンの小さな呟きに、スティングが疑問符を浮かべる。
彼らは機械だ。戦って、戦って…相手を殺すための。
笑う事も知っている。怒ることも知っている―――ただ、"何か"が欠落している。
俺も同じなんだ。一緒なんだ、俺たちは。だから―――
「お前らは、俺が守るから」
ゲンは振り返らないまま、スティングに向けて強く言った。
それは誓いの言葉。絶対に、失くさないと。ただそれだけを願って。
「ゲン…」
スティングは再びフッと笑うと、ゲンの肩をポンと叩いた。
マユは一人で、レクルームのソファに座っていた。
――――よくもそんなことが言えたわねっ!?
まだイライラする。何か冷たい感覚が、自分の奥底で渦巻いているのがわかる。
「……ふぅ」
実際あった時、自分はどうなるんだろう―――ずっと、そう思っていた。
二年前のあの日から。家族を奪われて、彼女を憎むようになった、あの日から。
冷たい船の床に座りながら。一度も聞いたことのなかった彼の泣き叫ぶ声を聞きながら。
「お兄ちゃん…」
ルナの話を聞いたとき、少し気分が悪かった。でも実際会えば、きっとなんともないと思っていた。
どうしてこんな気持ちになるんだろう。どうしてこんな気持ちにならなきゃいけないんだろう。
こんなにもあの人を憎んでしまうことが、辛くて仕方がない。
- 494 :DESTINY Side-C 9/11:2005/11/26(土)
12:06:18 ID:???
- 「…お兄ちゃん…っ…!」
ごめんなさい。
私、やっぱりあの人を許せそうにありません。
そして、ありがとう。
私のこの怒りは―――まだ、風化していなかった。
「あの、君……」
よそよそしい声で、誰かが話し掛けてきた。マユは慌てて顔をあげる。
「あ…」
アスハと共にいた青年が、こちらに向けて柔らかな表情を見せていた。
「コーヒーでいいかな?ジュースの方が?」
アレックスが尋ねると、少女は無愛想なまま「いらないです」とだけ答えた。
仕方なくアレックスは自販機のオレンジジュースのボタンを押し、彼女の横に腰掛けた。
「名前」
「……」
「あ…俺はアレックス。アレックス・ディノだ」
もう慣れているはずなのに、この子にこの名を名乗るのは、心苦しかった。
オレンジジュースの缶を少女に渡すと、彼女は意外にも素直に受け取った。
「…マユです。マユ・アスカ」
やはり。アスカの姓はオーブ系の名前だ。
オーブの人間、という言葉を聞いたときに、アレックスはなんとなく解かった。この子はオーブ出身だと。
「年齢は?」
「12です」
「なのに君は…」
失礼かもしれない―――という考えが一瞬頭に浮かんだが、アレックスは続けた。
「君はどうして、こんな所にいるんだ」
強い語調で彼女に語りかける。
彼にはどうしても許せなかった。こんな幼い少女が戦場に出ていることが。
誰かの命を、その手で奪おうとしていることが。
「……行き場所が、無かったからです」
それは彼女のウソだった。だがアレックスはその言葉を聞いて、顔を俯かせる。
「ご家族は…亡くなられたのか」
「はい」
前の大戦が残した傷痕。自分もそれに加担していたことを自覚すると、アレックスはめまいにも似た感覚を覚えた。
マルキオ導師の下にいた少女を思い出す。今は親友と一緒にいるはずの少女も、マユと同じぐらいの歳だったはずだ。
あの子も選択が違っていたら、こうなっていたのかもしれない。今目の前にいる、この少女のように。
深い傷を負って、それを癒す術も知らずに―――
- 495 :DESTINY Side-C 10/11:2005/11/26(土)
12:07:14 ID:???
- だが続いた言葉は、さらにアレックスを動揺させた。
「父も、母も……兄も。アスハに殺されました。あの、オノゴロ島で」
「な…?」
殺された?アスハ代表……あの強き意思を秘めた、オーブの獅子に?
「理念をどうこう言うのは勝手です。でもそれを信じて、裏切られた人の気持ち…わかりますか」
全て合点がいった。
彼女は間違いなく、カガリを憎んでいる。自分の家族を奪った「オーブ」の代表である、カガリを。
それは間違った怒り。身勝手で、理不尽で――――けれど。
誰にも彼女を、責めることなど出来ない。彼女は全てを奪われているのだから。
少女は陰鬱な表情のまま、言葉を続ける。
「だから私はここで、戦うんです。もう絶対に、誰にもあんな想いをさせない為に」
「(この子は…)」
なんて強いんだろう、この少女は。
アレックスは素直にそう思った。
本当はどうしようもなく悲しい。苦しい。憎い。こんな小さな少女の中で、様々な想いが渦巻いているはずだ。
だけど彼女は選んだ。自分が傷ついても、自分をすり減らしてでも…誰かを守る道を。
「(…俺は)」
かつての自分を思い出す。かつて渦中にいた自分は、何を思っていただろうか。
<ブリーフィングを開始します。パイロット各員は、速やかに―――>
「あ…いきます、私」
マユは缶の中身を一気に煽ると、缶をゴミ箱に放り入れる。
「あ、あぁ…すまなかった、辛い話をさせてしまって」
彼女は入り口まで行くとクルリと振り返って、ようやく小さな笑顔を見せた。
「昔の話をしたの…アレックスさんが初めてです。皆には言わないで下さいね」
「……君は!」
アレックスは最後にどうしても聞いておきたいことがあって、彼女を呼び止める。
「はい?」
「パイロットなら…どの機体に、乗っているんだ」
マユは少し考える仕草を見せた後―――人差し指を軽く唇に添えて、悪戯っぽく言った。
「…オーブの人には、ヒミツです」
レクルームのドアが閉まる。
アレックスはソファにドサリと座り込むと、自らの手を見つめた。
汚れた手。幾多の命を奪い、幾多の命に守られてきた手。
―――アスラン、逃げて―――
- 496 :DESTINY Side-C 11/11:2005/11/26(土)
12:08:08 ID:???
- 「ッ!…ニコル……!」
このままでいいのか、俺は。
かつて自分が戦場に立った時、自分は何を思っていた?そんなの、簡単だ。
「…同じなんだな…」
母が死んで、悲しくて。苦しくて。憎くて。
それでも誰かのためにと、いつかは明日のためにと、正しい道である事を信じて、進み続けた。
失って…奪って…気付けたはずなんだ、自分は。今の自分にはあるはずなんだ。
正しき道を進む力。指し示す力。
あの子を間違った道に、進ませない為の力が。
アレックスがブリッジに入ると、すでに戦闘配備が進んでいる様子だった。
いや―――おかしい。ユニウスセブンの破砕作業のみと聞いていたはずなのに、妙に慌しい。
「失礼します。議長、これは一体…」
その声に気付いたタリア艦長と、デュランダル議長、カガリが振り返る。
カガリの表情は暗いままだった。胸がチクリと痛んだが、マユのことを話すのは後だ。
「アレックスくん…まずいことになった」
「まずいこと…?」
デュランダルは険しい表情のまま、モニターに映る宇宙に目をやった。
「先行していたジュール隊が、所属不明のMS部隊と交戦に入った」
「…そんな!?」
MSの部隊…つまりユニウスセブンは、何者かが人為的に動かしていたというのか?
「ミネルバの部隊にも応戦に出てもらう。君も座りたまえ」
デュランダルはカガリの横の、空いたイスを指差した。アレックスはそこをじっと見つめる。
違う。
俺がいるべき場所は、ここじゃない。
「…無理を承知で、お願い致します」
カガリの言っていることは間違いじゃない。誰かの力になりたいと思う気持ち、絶対に間違ってはいない。
それを縛るのは彼女の立場と、未熟な心。そのことに気づけた時には、きっと彼女は誰かの力になれる。
―――なら、簡単じゃないか。
「私に」
なくなったって、世界にはなんの影響もない。けれど、誰かを救うことのできる力。
俺の手の中に、あったんじゃないか。俺が彼女の分まで、誰かの力になればいい。その時まで。
少女の強い言葉が頭をよぎる。それに背中を押されるかのように、アレックスは決意を込めて言った。
「―――モビルスーツを、お貸しください」
獅子の目に、焔が宿る。