174 :DESTINY Side-C 1/17:2006/03/02(木) 18:42:41 ID:???
燃える空。燃える地球。
悲しみと炎に彩られて、世界は壊れる。
それでも人は歩き出す。それぞれに、決意を込めて。
辿り着ける場所は、限られていても。

小さな箱庭で、何を見つけるのか。



 PHASE-07 壊れた箱庭


175 :DESTINY Side-C 2/17:2006/03/02(木) 18:43:29 ID:???
オーブの海岸線。
空が赤く燃える。青年は目を細めて、降り注ぐ流星の雨を眺めていた。
「……僕は……」
"許されない存在"――あの人は、そう言った。
そんな僕がここにいて、世界が壊れていくのを傍観しているだけ。
「……ラ……シェルターへ向かいましょう……?」
優しい声に、呼びかけられた。青年は振り返り、声の主に柔らかな微笑みを向ける。
「うん」
彼はそちらに向けて歩き出し――最後にもう一度だけ振り返る。

灼熱の空に、言い知れぬ凶兆を感じながら。



『お疲れさん! 機会があったら、またセッションよろしく』
「あー、ないことを祈ってます……」
『ハハ、フラれちゃったよ』
ルナマリアはユニウスセブンを離脱しながら、一人溜め息をついた。
そりゃ、実際どんな人間かは知らなかったわけだが…尊敬していたディアッカ・エルスマンが、あんな…
「……上手くいかないもんねぇ……」
機体をミネルバに向かわせながら、眼下のユニウスセブンを見下ろす。

結局、砕くと言ってもこの程度……被害は相当な物になる事に違いない。

なんとなく陰鬱な気分になる。自分たちはやれるだけのことをしたので、気に病むことはないのだろうが。
ミネルバのハッチが開く。今回は損傷0。ルナマリアは慣れない手つきで、機体を着艦させた。
「(……あれ?)」
格納庫の機体が少ない。レイとシュウゴのザクだけ?
『ルナァ〜!』
「うわっ!!」
機体をハンガーに固定させたところで、メインカメラに半べそをかいたヴィーノが飛びついてきた。
ルナマリアはコクピットハッチを素早く解放して、格納庫へ出る。
「どっ、どうしたのアンタ!? そんな泣きべそかいて……」
「マユたちが戻らないんだ! それでシュウゴが"もう一度出る"って……」
「マユが!? なんで!?」
見ると格納庫の一角で、赤いパイロットスーツを着込んだシュウゴが、白いパイロットスーツと作業用ノーマルスーツ――レイと、ヨウラン辺りか――と大声で何かを言い合っていた。
「レイが言うには、アレックスさんと最後の1基を起動させる為に残ったって……
 デイルに至っては作業中いなくなって、どこに行ったかも……!」


176 :DESTINY Side-C 3/17:2006/03/02(木) 18:44:44 ID:???
<タンホイザー起動。これより本艦は、大気圏へ降下しながら破砕を続行――>

そのアナウンスに、格納庫の誰もが凍りついた――ただ1人を除いて。
ルナマリアは素早く艦内通信の通話機を引っ掴み、大声で捲くし立てる。
「ブリッジ! 聞こえる!?」
『お姉ちゃん!』
「今すぐタンホイザーの発射を止めて! それから3分時間をちょうだい!
 首根っこ掴んで、あのバカどもを連れ帰ってくるから!!」
あそこにはまだ、マユたちが残っているんだ。
そうでなくても、このままじゃユニウスセブンと摩擦熱でマズいというのに、タンホイザーなんて撃たれたら…!
『それはできません』
凛とした声。こいつが出てきたらもうダメだ――そう思いながらも、ルナマリアは説得を続ける。
「じゃあ2分、いや、1分でいいから! お願いします!」
『できません。こちらでも呼びかけは続けます』
ルナマリアは、「クソ野郎」と怒鳴りそうになるのを寸でのところで抑え込んだ。
わかりました、とだけ言うと、荒々しく通話機を叩き付ける。
「くそっ、あの石頭!」
ミネルバ艦長、タリア・グラディス。
柔軟にして奔放な物の考え方をするルナマリアは、お堅い彼女がどうにも気に入らなかった。
無論、相応の実力はあるのだろうが。
「なんだってこう……!」
相変わらず男たちが何か怒鳴りあっている。うるさい、ギャーギャーわめくな。
彼女は壁に寄りかかると、そのまま力なく座り込む。

「……お願い、お父さん……」

あの子たちを守ってあげて。
ルナマリアは目を閉じて、ただ祈るしかなかった。



「デイル……アスランさん! ……デイル!!」
口では2人の名前を呼ぶが、本当に見つけたかったのは、1人だけだったのかもしれない。
眼下にはどこまでも青い地球。半壊したインパルスが、大切な仲間を求めて虚空を彷徨う。
衝撃で一瞬意識が飛んだあと、マユはデイルを探した。
まだ生きていて。そんな願いを、何度も、何度も、胸中で繰り返して。
「デイル」

見つけた。


177 :DESTINY Side-C 4/17:2006/03/02(木) 18:45:53 ID:???
両脚と、左腕と、首を失い、大きくひしゃげた胴体――
コクピットハッチは吹き飛び、グシャグシャに潰れた内部が見えた。
千切れかけていた右腕が脱落し、岩塊とともに上昇していく。装甲は摩擦熱で赤く、融解していた。

「……ばかぁ……!」

かわいそうなデイル。
大切な人を失って……死にたいと思ったのがかわいそう。
生きようと思ったのに――死んでしまって、かわいそう。

せめて彼の魂が、ショーンの所へ逝けますように。

回収しようと思ったが、岩塊に阻まれてそれすらままならなかった。
結局マユはデイルを諦めて、アスランのゲイツを探す。

「アスランさん……!?」
彼の機体は、落下しながら、岩塊に向けてレールガンを撃っていた。
地球に落ちる破片を、少しでも細かく砕こうと。
「何してるんですか!早く姿勢を制御して!」
『何故だ……!!』
「え?」
『何故こんなことをするんだ……!
 何故ここに眠る人たちを……そっとしておいてあげられなかったんだ……!』

悲痛な叫び。
彼は何かを背負っている。それを聞いたマユは直感的にそう感じた。
重くて、重くて。本当は誰かに一緒に背負って欲しいのに……彼は絶対に、それを表に出さない。
――強いんだ。

「……まずはシールドを掲げて、姿勢を制御! 突入角を合わせて……」
『もういい、左腕が言う事を聞かない……君だけでも』
「あなたまでバカなこと言わないで! 生きて帰るの、あなたも一緒に!」

マユはインパルスをアスランの機体に近づけると、右手でゲイツを背中に回す。
尚更死なせてはいけないと思った。こんな強さを持った、この人を。
『マユ……!?』
「インパルスを盾にします!腕や脚がおかしくなったらすぐに切り離して!」
『……了解!』
左手でシールドを掲げる。なるべくゲイツが隠れるように、角度を微調整。
ふとマユは、モニターの端にメッセージが届いてることに気付いた。帰艦命令?いや――

178 :DESTINY Side-C 5/17:2006/03/02(木) 18:47:19 ID:???
「……タンホイザー!? いけない!」
今までそれに気付かなかった自分の間抜けさを呪う。と同時に、アスランから通信。
『ゲイツのスラスターも使う! 機体をユニウスセブンから引き離せ!!』
「了……解!」
拡散しながら地球に降り注ぐ、ユニウスセブンの残骸。
それらを回避しながら、マユはインパルスをゆっくりと降下させていく。

「(……また、守れなかった)」

炎の尾を引きながら、残骸が目の前を通り過ぎていく。
美しくも見えるそれが奪う命の数を考え、マユは眩暈にも似た感覚を覚えた。

タンホイザーが、その砲口を落ちていく墓標へ向けて――



「……ちくしょう」
珍しくアウルが、静かな怒りを表に出した。
そんなことを考えている自分だって、もちろん悔しい。目の前で地球が焼かれるのを見ているだけなんて。
スティングは大きな溜め息をついて、ステラの頭を優しく撫でる。
ガーティ・ルー展望室。アウル、スティング、ステラの三人は、落ちていくユニウスセブン見つめていた。
ステラは怯えているのだろうか。さっきからうわ言のように何かを呟いている。
「よう、お疲れさん!」
誰かが入ってくるや否や、ステラはそいつに飛びついた。
入ってきた誰か――ネオは苦笑して、ステラの頭をそっと撫でる。
「……ネオか」
「なんなんだよあいつら……なんだって地球に……!」
アウルは眼下の地球を見下ろし、何度も呟く。怒りと呪いを、その言葉に乗せて。

「……俺も出れば良かったかな」
ネオが軽い口調で言うと、アウルは彼をキッと睨む。
「ボクらじゃ力不足だったって言いたいのかよ!?」
「アウル!」
「いやぁ……そういうわけじゃないんだがね、悪い悪い」
激昂するアウル。それを諌めるスティングと、申し訳程度に謝罪するネオ。
アウルはくそ、と吐き捨てると、逃げるように展望室を出て行った。
「あいつ……!」
「気にすんな、苛付いてるんだろ……仕方ないさ。こうなっちゃあ、な」
「……つーか、今のはネオが悪いだろ……そういや、ゲンは?」
「んー、アイツならお前らが持ち帰ったデータ、ストライクに入れてるんじゃないか?
 ほんっと、生真面目だよねぇ、アイツも」

179 :DESTINY Side-C 6/17:2006/03/02(木) 18:48:36 ID:???
そこでステラが、思い出したように呟く。
「ゲン……?」
「ん?」
「トランプ……教えてもらうの……」
出撃前の約束。それを思い出して、彼女もまたおぼつかぬ足取りで展望室を後にする。
「(ステラとアウルは調整が必要、か……)」
「やれやれ、だな」
「……そう言う割には、やけに嬉しそうじゃないか? スティング」
ネオがからかう様に言うと、スティングは地球の方へ向き直って答えた。
「嬉しいさ……任務には失敗したのに、あいつらがまだ生きてる」
途端に――ネオの顔つきが険しくなる。だがスティングはそれに気付かず、言葉を続けた。
「毎回こうは行かねぇ、ってのは俺もよく解かってる。だから尚更、な……」
彼の話を聞きながら、ネオは胸の内で考える。
仲間同士の結束が固いことは、決して悪い事ではない。
スムーズに連携を取れることは、戦場に於いては大きなアドバンテージとなるからだ。
特にスティングは、ゲンが来る前から二人の面倒をよく見てきた。こうなるのもある意味当然と言える。

だが――
彼らは違う。"普通"ではないのだ。
だからもし――もしも、彼らの内、誰か一人でも欠けてしまったら――

俺は、その記憶を消さなければならないのか――?

「ネオ?」
「ん?あぁ、なんでもない」
「変な奴だな……」
「あー、そうだ。すっかり忘れちまってたな。今後の動きについてだが……」
ネオは意識していながらも、その"最悪の可能性"を思考の隅に追いやった。



「降下シークエンス完了、ミネルバ、着水姿勢に入ります」
ミネルバ副長、アーサー・トラインは下唇を噛んだ。
予期せぬ地球への降下、タンホイザーの使用。まだユニウスセブンにいた、若きパイロットたち。
彼らの安全を確保できてからでも、遅くなかったのではないだろうか?
「アレックス……!」
オーブの代表、カガリ・ユラ・アスハが俯いて、青年の名を呟いた。ブリッジを重く、冷たい空気が支配する。
「アビー、メイリン、3機への呼びかけは続けて。バートもレーダーのチェック、怠らないで。
 ……手の空いてる者は祈りなさい、彼らの無事を」
そう言ったタリア艦長の顔にも、うっすらと……だが確かに、諦めの色が漂っていた。

180 :DESTINY Side-C 7/17:2006/03/02(木) 18:49:27 ID:???
アーサーは思う。
自分たち軍人は、確かに非情に徹する事が必要な場合もある。
だがこのような――このような結果を許せるような人間であっていいのだろうか。
アレックスという青年も、マユも、デイルも、恐らくは、少しでも地球の被害を減らそうという想いであそこに残ったのだ。
そんな彼らをこの手で死に追いやるなどと……確かに「任務」の一言で許される世界ではある。
だがふとそんなことに気づいてしまった時、アーサーには、自分たちが何か恐ろしい怪物のように感じられてしまう。

「艦長! デルタ56の方向に、機影2!」
メイリンのあげた声に、アーサーの思考は中断された。
彼がタリアに目をやると、彼女は真剣な眼差しでオペレーター席に座るメイリンとアビーを見つめている。
「……確認しました! アレックスさんのゲイツと、インパルスです!ゲイツの損傷度Bクラス、危険です!」
ブリッジに歓声が上がる。アーサーは胸を撫で下ろすと、額に浮かんだ汗を拭った。
生きていてくれた。デイルがいないのは心配だが、きっと彼もまた無事に違いない。
「艦長」
「えぇ、発光信号を。急いでミネルバを寄せて。それから格納庫へ通達、ザクでインパルスとゲイツを回収してちょうだい」
ブリッジクルーが慌しく動き出す。そう、まだ気を抜くわけには行かない。
2機を回収しつつ、ミネルバを着水させる。その後は船体各部の確認と、デイルの捜索だ。
アーサーは席に着くと、シートベルトで自分の体をしっかりと固定した。



眼下には、空の色を映し出す鈍色の海。
容赦ない重力の洗礼を受けて、マユは自分が産まれた大地に帰ってきたことを実感した。
背負ったゲイツは、既に右腕を除く四肢が脱落した状態……所謂「ダルマ」状態に近い。マユは心配になって声を掛ける。
「アスランさん……!!」
『どうした……泣いているのか?』
場違いなほどに落ち着いた声でそう言われて、マユは自分の頬に涙が伝っている事に気付いた。
「ちっ、違うんです……これは、大気圏突入するのなんて初めてだったから、その……!」
『いや、いい、すまない。それより……ここらが、限界みたいだな』
ユニウスセブンの破片の影響で、電波状態が悪いのだろうか。
ノイズ交じりのモニターの中のアスランは、小さく笑った後、再び険しい表情に戻る。
『いくらインパルスでも、2機分の落下エネルギーは殺しきれない。もういい、俺を捨てるんだ』
「……また貴方はそんなこと言ってっ!!」
マユは怒鳴りつけながら、インパルスの姿勢を制御する。
残りのエネルギーをフォースシルエットのスラスターに集めて、背中を下に向け、ゲイツを抱きかかえる形。
「どうしてそう、自分の命を軽んじるんですか!?「俺を助けろ、コノヤロー」ぐらい言ってくださいよ!」
『……ふふ』
「何笑ってるんですかっ!」
『いや……本当にすまない、君みたいなパイロットは見た事が無くて……』


181 :DESTINY Side-C 8/17:2006/03/02(木) 18:50:50 ID:???

その時。
少し離れた位置で、空が赤、青、緑の三色に光った。発光信号。つまり――
「……!」
雲間を割って、ミネルバがその灰色の巨体を現した。
『マユ、こっちよ!早く!!』
「ルナ!」
よく見ると、カタパルトから白と紫と赤、3機のザクがこちらへ向けて手を伸ばしている。
『助かった、みたいだな……』
アスランが安堵の溜め息を漏らした。急がなければ。さっきから少しずつ海面が近づいている。

マユはなんとか、自分の頬を伝う涙を拭った。
良かった。生きている。私はまだ――何かを、守れる。

伸ばしたインパルスの手を、赤いザクが、ガッチリと掴んだ。



「何してんだよ?」
ストライクMk-2のコクピットでデータを入力していたゲンは、突如かけられた声に顔を上げた。
「なんだ、アウルか」
「なんだってなんだよ。何してんだって聞いてんだろ?」
コクピットハッチにぶら下がっていたアウルは、透き通るような水色の髪を弾ませながら狭いコクピットの中に滑り込んできた。
「あの合体野郎……インパルスのデータ貰ってるんだよ、お前らの機体から」
「あぁ?お前、アイツを追っかけてって倒すつもりなの?」
「お前な……当たり前だろ、アイツは強い。アイツだけじゃない、アイツの所属する母艦――"ミネルバ"もだ。
 つまりだ、これから先は必然的に俺たち……ファントムペインの相手に回ってくる可能性が高いんだよ」
ゲンはなおも手元のディスプレイを弄りながら、"インパルス"のデータを入力していく。
「……って言ってもさぁ、アイツら、地球に降りちゃったぜ?ボクらは宇宙任務だから手ぇ出せないだろ」
「ん?……なんだお前、ネオから聞いてないのか?」
そう言うとゲンは、やれやれと言わんばかりに溜め息をついた。
大方、部下への連絡も徹底できないネオに対してのものだろう。アウルはそう推測した。
「……なんのことだよ」
「俺らも地球行きだとさ。月で補給受けたあと、ガーティ・ルーとは別行動」
「え?……マジで!?地球に降りれんの!?」
狭いコクピットの中で小躍りし始めそうなほど、アウルは表情を明るくする。
そんな彼を見て思わずゲンが笑うと、アウルは慌てて態度を変えた。
「……まぁ、命令だもんな。よっし、ボクも一丁、アビスでも弄るかな!」
「別に構わないが、メカニックたちが困るような滅茶苦茶な調整はするなよ?」
「わかってるって!」
アウルは振り返って、パッとコクピットを飛び出していった。
無重力にその青い髪が揺られる。ゲンはそんな彼を見送りながら、やれやれと溜め息をついた。

182 :DESTINY Side-C 9/17:2006/03/02(木) 18:52:16 ID:???
「(……そうだな。アイツは、強い)」
あのインパルスは強い。たった1度の直接の戦闘と、アウルたちの戦闘のデータ。
それらが指し示す結果を見て、ゲンは驚きを隠さずにいられなかった。
元々モビルスーツの開発に関しては、ザフトの一日の長があった。
過去の大戦で活躍した名のある機体――"フリーダム"や"ジャスティス"も、元々はザフト製のモビルスーツである。
こうして敵軍のモビルスーツを強奪するような真似をしたのも、上層部もそれを納得しての事だろう。

しかし――気になるのは、そのパイロットだ。

強奪した機体は、3機とも"G.U.N.D.A.M."と称される特別製のOSを搭載した機体。
――そう、同じ物を搭載した、大西洋連邦が開発したこの"ストライクMk-2"と同等のスペックを誇る機体なのだ。
この機体の力は、パイロットである自分が一番よく知っている。

だからこそ、恐ろしい。
コーディネイターとナチュラルとは言え、あらゆる面で"強化"されたこちらを退けた、あのパイロットが。
倒さなければ、自分の――あいつらの未来が奪われるかも知れないという圧迫感に苛まれる。

近頃は妙な夢を見る。
場所がどこだかはわからないが、血の海の中にいる自分。
涙を流して、手を握るスティング。少し離れた位置で泣き叫ぶステラと、それを抑えるアウル。

腹立たしいほどに晴れ渡った空に舞う、翼を広げた死を運ぶ天使。

自分の未来に、暗い影が差したような感覚。

「……倒すさ」
誰にも届かない声で、ゲンは小さく呟いた。



嵐が去ったミネルバの格納庫。
つい先刻まで、轟音が鳴り響いていたそこは、いまや静寂に包まれていた。

183 :DESTINY Side-C 10/17:2006/03/02(木) 18:53:42 ID:???

「レイ!ごめんね、すぐに戻ろうと……!」
『構わん。それより急いで機体を固定しろ、ミネルバが着水するぞ』
インパルスとゲイツを収容すると、マユはすぐにレイに謝罪しようとした。
だがそうだ。今はそれよりも、一刻も早く機体をハンガーに――
<警報 総員、着水準備に備えてください>
『間に合わねぇ、なんとか踏ん張らせろっ!!』
『そんなこと言ったって!?』
怒鳴りあうシュウゴとルナマリアを他所に、マユは素早くゲイツを抱えこんだ。
「揺れますよ、"アレックス"さん!」
『ッ……すまない』
『何かにつかまれ!ただし、握り潰すなよ!』
轟音。
まるでコンクリートにたたき付けられたかのような、硬い衝撃。
弾みそうになったルナマリアのザクを、レイのザクが無理矢理押さえ込んだ。
『あ、ありがと……』
『構うな』
やがて振動は静まり――ミネルバは完全に動きを止め、どこまでも広がる太平洋にその身を横たえた。

インパルスをハンガーに固定させると、マユは這い出るようにコクピットを抜け出した。
「マユ!!」
ルナが駆け寄ってくる。マユはその声を聞いて、再び自分が生きている事を実感した。
タラップを使って格納庫に降り立つと、ガクリと膝が折れた。
そのまま倒れそうになった所を、駆け寄ったルナが抱きかかえてくれる。
「良かった……ホントに、良かった……!」
「ルナ、大丈夫だよ……」
ルナに強く抱きしめられる。暖かい。お母さんみたいな匂いがした。
「無茶するんじゃないの、このバカ……!」
「……ごめんなさい」
堪えきれなくなって、思わずルナの制服の裾を強く掴む。
滲み始めた視界の隅に、少し離れた場所に立つシュウとレイが見えた。
「……マユ?」
「恐かった……デイルが……!」
拭ったはずの涙が、再び堰を切ったように溢れ出した。
「デイルが、死んじゃったぁ……!!」
情けないと思ったけれど、もうどうしようもなかった。
必死の状況を切り抜けて、気が緩んだのだろうか。ルナが優しすぎたから、気が緩んだのだろうか。

184 :DESTINY Side-C 11/17:2006/03/02(木) 18:54:45 ID:???
「そう……」
暖かい掌が、そっと頬に添えられる。マユは思わずルナマリアの顔を見上げた。
「でも、アンタは頑張ったんでしょ?デイルのこと、助けようって……」
「うっ……ひっ、ぐ……っ」
「……解かるわよ。アンタ、そういう子だから」
自分も泣きそうなくせに。ルナのバカ、強がって――
今度こそマユは、大声を上げて泣き叫んだ。

少し離れた位置でそれを見ていたアスランは、密かに胸を撫で下ろした。
出撃前にあんなことを言っていたが、彼女にはちゃんと見てくれている仲間がいる。
道を踏み外すような事はない。きっと。そんな思いから、アスランの表情も自然に綻ぶ。
「(……ん?)」
出撃前にマユと一緒にいた、オレンジ色の髪の少年……シュウゴ、と言ったろうか。
彼はマユたちの様子をしばらく見ると、落ち込んだ様子で格納庫をそっと後にした。

なんとなく気になり、追いかけようと思ったが、入れ違いでカガリが入って来た。
彼女は視線を巡らせた後、こちらの姿を認めて――
「アレックス!!」
満面の笑みを浮かべて、こちらへ駆け寄ってきた。
「心配したんだぞ、お前……っ!!」
「すまない……」
「でも、本当によくやってくれた。お前も、イザークたちも」
その言葉に、アスランはどうしようもない後ろめたさを感じてしまう。
多肢蟹自分たちは、よくやったのかも知れない……それでも――

「やめなさいよっ!!」
いつの間にか立ち上がったマユが、涙を拭いながらカガリに向かって叫んでいた。
ルナマリアも、レイも、ヨウランもそれを止めようとしない。ヴィーノだけが、焦った様子で視線をキョロキョロと廻らせる。
「お前……!」
カガリは何が起きたのか解からないといった様子で、マユを見ていた。
「マユ!……いいんだ、すまない……ありがとう」
アスランはそれだけ告げると、憔悴しきった様子で格納庫を後にしようとする。
「アレックス……」
それに追い縋るカガリを見て、マユは再び声を張り上げようとして……
しかし続くアスランの言葉に、彼女はすっかりその気を失った。

185 :DESTINY Side-C 12/17:2006/03/02(木) 18:55:50 ID:???

「俺たちがいくら頑張ったって……地球の人たちが、これを許してくれるとは限らないから」

カガリはその一言に打ちのめされた様子だった。
きっと彼女は、そこまで気が回っていなかったのだろう。
ただアスランが戻って来てくれた。その事実だけが嬉しい――
無論それもまた、正しい感情ではあるのだけれど……マユには、どうにも腹が立って仕方がなかった。

マユはルナを置いて、1人で格納庫を出て行こうとして――立ち尽くすカガリの隣で、小さく呟いた。
「敵の1人が言ってました。今のこの、クラインの後継者が作り上げた世界は、間違ってる、って」
「え……?」
「どういうことだか、貴女ならわかりますよね?……失礼します」

マユが格納庫を出て行く。
その後を追うように、無表情なレイと怪訝そうな表情をしたルナマリアが出て行くと、クルーたちはそれぞれの持ち場に戻る。

再び格納庫に喧騒が戻る。
だがカガリは動くことができずに、その場に立ち尽くしていた。



『やれやれ……なんということだ』
『パルテノンが吹っ飛んでしまったわ』
薄暗い部屋。いくつものモニターに映し出される老人たちと――

燃える街。泣き叫ぶ少女、あるいは老婆。

破壊し尽くされた、地球の姿。

「あんな古臭い建造物、なくなったところでどうということはありませんよ。
 今の世界にとって必要なのは、過去の栄華の象徴ではないのです。
 明日への糧。ただこの荒廃した世界を生き抜く術……そして我々は、そのための援助を惜しまない」
そう言った男――ロード・ジブリールは、ワイングラスを小さく傾ける。

『そうは言うがね……お前さんの打った手とやらは?』
『デュランダルめの動きは速いぞ。若いくせにやりおるわ』
男たちは口々に彼を急かす。ジブリールはそんな彼らを心の内で嘲笑すると、大仰に手を広げて見せた。
「それに関してはご安心を。ファントムペインが土産を持ってきてくれたようでね」

186 :DESTINY Side-C 13/17:2006/03/02(木) 18:57:20 ID:???
モニターに、映像が映し出される。
切断されたユニウスセブンのシャフトに取り付けられた赤い光点。
それらを守るかのように、巡回する"ジン"――

『ほっ、これはこれは……』
『やれやれ、と言ったところですかな』
『フレアモーター……結局、"そういうこと"ですか』

ジブリールは堪えきれずに笑いを漏らし、ワイングラスの中身を一気に煽った。
「これを許せる人間など、居はしませんよ。そしてこのカードこそが、世界を一つにする。
 強固な、"人間"のみが作り出す絆です。そう……蒼き、清浄なる世界の為に」



地球に降りてからしばらく経った頃、アスランはどうにもあることが気になってミネルバの中を練り歩いていた。
「(広いな……ヴェサリウスとは大違いだ)」
こうして通路を歩きながら内装を見ていると、懐かしい気持ちになってくる。
ザフトの軍人として過ごした日々。それらを全て裏切って、三隻同盟の一員としてエターナルで戦った時間。
ふとアスランは、デッキへのドアが開け放たれていることに気付いた。そっと顔を出してみると――
オレンジ色の髪の少年が、手摺に寄りかかって、海を眺めていた。
先ほどの格納庫での彼の態度がどうしても気になったアスランは、彼を探していたのだ。
「やぁ」
背後から声を掛けると、少年――シュウゴはびくりとした後、ゆっくりと振り返る。
「アレックスさん……どうかしましたか?」
その表情はどこか陰鬱だったが、ユニウスセブンの破砕作業の前に感じた刺々しさは、何故か感じなかった。
「いや……ちょっと、話をしたいと思ってね」
「話す事なんてありませんよ」
「……そうか」
短い沈黙。アスランも、シュウゴも黙り込んだまま、濁った海を見つめていた。

やがて……
「あの」
「なあ」
2人が同時に口を開く。互いに数瞬見やった後、
「……君から話すといい」
「それじゃあ……」
アスランがシュウゴに先を譲ると、彼は特に迷いもせずに言った。
「さっきはすみませんでした。あんな失礼な態度取って」
そう言うと彼は、深々と頭を下げる。それはアスランにとって予想しなかった言葉だった。
宇宙で初めて言葉を交わしたときに、感じ取った冷たい怒り。それが今はすっかり形を潜めている。


187 :DESTINY Side-C 14/17:2006/03/02(木) 18:58:36 ID:???
「いや、いいんだ。気にすることはない……ただ、訊きたいんだ」
だがその怒りの矛先は、アスランにははっきりと見て取れた。

「どうして君は、そんなにオーブを憎む?」

そう、彼の怒りはオーブそのものに対する怒り。
彼もまたあの少女と同じように、オーブで家族を失ったのか――あるいは。
「マユの話は、聞きましたか?」
極めて無関心を装った声だったが、微かな感情……悲しみに近い何かが。
「……あぁ、すまないが聞かせてもらった」
「あいつが話したならいいんです……問題は、その中身です」
彼は泣きそうな顔をしながら、空を見上げる。

「俺とあいつの兄貴は友達でした。
 なのにあいつから兄貴を奪ったのは――俺、なんです」

それもまたアスランにとっては、予想できない答えだった。
「……どういうことだ?」
「逃げてる途中にね。あいつの兄貴、怪我したんすよ。重症で……多分、もう助からなかった」
ぽつぽつと彼は語り始める。その目に涙を溜めながら――決して、流そうとはせずに。
「それで言われたんです。「マユを頼む」って。血まみれになりながら笑うんですよ。
 ……見せられると思いますか?大好きな兄貴が、血まみれで倒れてる姿なんて」
「いや……」
「見せちゃいけないと思ったんです。だから俺は、駆け寄ってきたあいつに、兄貴を見せなかった。
 無理矢理引きずって、あいつを兄貴から遠ざけた……それが最後だったんです」
彼は唇を噛みながら、震える声で――それでも涙は流そうとせずに、続けた。
「後は爆発が全部持っていきましたよ。血の海も――"シン"の身体も」
彼はそう言って、ボサボサにはねた頭髪を掻き毟る。
シン。それがマユのお兄さんの名前なのだろうか。
「俺は……今でも、よくわからないんです」
「……何がだ?」
黙って聴いていたアスランが尋ねると、シュウゴは再び空を見上げる。

「あの時あいつを助けて、今こうしてあいつの望むまま"人殺し"をさせるのが正解だったのか。
 ……あの時最期にシンに会わせて、死なせてやるのが正解だったのか……わからないんです。
 だから俺はせめて、シンの代わりとして――死んでも、あいつを守ろうと思うんです。
 オーブには……多分、八つ当たりなんです。自分がどうしようもないから」


188 :DESTINY Side-C 15/17:2006/03/02(木) 19:00:09 ID:???

「……本当にすまなかった、変なことを訊いてしまって」
「いえ……いいんです。多分俺も、誰かに話したかったんだ。
 礼を言うのは、こっちの方ですよ」
「そろそろ冷えてきた。君も中に入るといい」
そう言うと、アスランは振り返り、艦内に戻ろうとした――だがそんな彼を、シュウゴは引きとめる。
「……あなたは!」
「……」
「あなたは……また一緒に戦ってくれないんですか?俺たちと一緒に……!」

彼はまだ、気付けていないのか。
そう思った彼の胸に宿ったのは、憐憫ではなく。

「君は……誰と戦うんだ?」
「敵とです。俺たちの……」

押し潰されそうになるほどの、責任感。

「……敵って、誰だよ?」

そう言って、アスランは扉を潜ると、赤服の少女――ルナマリアと言ったか――が立っていた。
「確か、君は……」
「あ……しっ、失礼します!!」
彼女はそれだけ言い残し、慌てて駆けていった。

「"アスラン"……」
今度は後ろに、カガリが立っていた。
「……その名前では、呼ばない約束だろう?」
「それは!……その、ごめん……」
アスランは小さく溜め息をつくと、優しく微笑んでカガリの頬に手を添える。
「さっきはすまなかったな……邪険に扱ってしまって」
「いっ、いや、いいんだ!こっちこそ、すまない。お前の気持ち……全然考えてなくって……!」
「しょうがないさ。元気付けようとしてくれたんだろ?……ありがとう、カガリ」
「アレックス……うん」

189 :DESTINY Side-C 16/17:2006/03/02(木) 19:01:18 ID:???
2人は並んで通路を歩き出す。カガリの足取りは、それでも重かった。
何故か気まずい沈黙。それに耐えられずに、アスランは口を開く。
「今後のことなんだが……」
「あぁ、それについては、タリア艦長たちがミネルバでオーブまで行ってくれるらしい」
「えぇ!?」
彼は思わず呆気に取られる。だが続くカガリの言葉に、納得せざるを得なかった。
「電波障害が激しくて、カーペンタリア基地とのコンタクトが取れないそうだ。
 ここからだとオーブの方が近いという事で……
 無論、オーブとしても可能な限りの補給はさせてもらうつもりだが……」
「なるほどな」
カガリは右手で額を抑えながら、辛そうに続けた。
「私は助けられてばかりだ……国にも迷惑を掛けてしまっているし……」
「……なぁ、カガリ」
アスランはそんな彼女を見て、静かに告げる。

「こんな時にすまないとは思う……でも俺は――宇宙に、戻ろうと思う」

「え……?」
突然のアスランの提案に、カガリは何がなんだか解からずに立ち止まった。
「俺が君の傍にいても、できることは少ない――だから、行かせてほしい」
「そっ、そんな、でも……!」
「カガリ」
アスランは狼狽するカガリの肩を掴むと、真っ直ぐに彼女を見据える。
「世界は……重症だったんだ。俺が考えていたよりも、ずっと。
 俺は自分のことしか考えずに……楽観しすぎてた。デュランダル議長と話がしたい。
 俺もプラントと一緒に、なんとか世界を元に戻す手伝いがしたいんだ」
「アスラン……」
「君が一番辛い時に、君の傍にいることができないのは俺も辛い。悔しい。
 でもきっと……目指す未来は一緒だから」
カガリはその言葉を聞いて、ニッコリと微笑む。
アスランの気持ちが、不思議と安らぐ。カガリの肩に置いていた手を、そっと下ろした。
「わかった」
「カガリ……」
「ただし、気を付けていってこいよ?お前は考え始めると、頭の中ハツカネズミになっちゃうからな」
「あぁ、気を付けるよ……オーブのことは、頼んだぞ」
そう言って微笑むと、2人はふたたびミネルバの通路を歩き出した。


190 :DESTINY Side-C 17/17:2006/03/02(木) 19:02:23 ID:???


夕陽が差し込む部屋――プラント、アプリリウス市にある行政府の執務室に、その男はいた。
「ローマ、上海、ゴビ砂漠、ケベック……フィラデルフィアに大西洋北部、か……」
男――ギルバート・デュランダルが呟くのは、モニターに表示された、ユニウスセブンの破片が落下した地点。

「なんとも痛ましい事だ……未然に防げなかった、私の未熟だな」

彼は苦々しい表情でそう吐き捨てると、さらにモニターの地図を確認する。
「ミネルバの予測降下ポイント……太平洋……とすると、次はオーブかな」

ひとり呟く彼の後ろには、ソファーに座ってクリスタル製のチェスの駒を弄る少女。
長く伸びたピンクの髪と、美しさと可愛らしさを兼ね備えた顔立ち。
彼女はとても感嘆した様子で、チェスの駒を夕陽に空かして見ていた。

「やれやれ……」
別のモニターに映る"大西洋連邦"から突きつけられた書状を見て、デュランダルは深い溜め息をついた。

静寂が包む部屋に、突然電話の音が鳴り響く。

「私だ……そうか、デスティニーの方はバックアップで……いや、そうだな。
 デルタの方を後回しにしてくれ……そうだ……あぁ、レジェンドの方も……
 ……あの二機は無くてはならないからな……」

通話が終わると、彼は地図を表示していたモニターを切り替える。
「オーブということは……カーペンタリアには、確か"彼女"がいたな」

モニターに表示されたのは、モビルスーツのシルエット。
背中に背負った大きな一対の翼に、2門の砲と2本の剣。両前腕部には少し大きめの外部装甲が突き出している。

「最悪の場合、拾いに行ってもらうとしよう……本当に、困ったものだ」

そう言いながらも、デュランダルは微笑を浮かべる。
モニターに映る機体の脇には、小さな文字でこう振られていた。

   "ZGMF-X56S/θ"