509 :1/4:2006/02/21(火) 23:02:10 ID:???
 私の生まれた国、オーブはある日突然戦場になった。理由は、正直よく分からない。
パパはマスドライバーを使わせてもらえないことに『連合』が怒って攻めてきたんだって言ってたけど、マスドライバーってそんなに大事なものなのかな?
よく分からないけどでもとにかく、戦場となったオーブでは、たくさんの人が死んだ。
たくさんの人が死んで、その中には私の家族も含まれていた。そして、私は一人ぼっちになった。
全てを失ったと思った。そんな自分が誰よりも不幸だと思った。
それが思い上がりだと気付かせてくれたのは、死んだ兄と同じくらいの年の一人の少女だった。


510 :2/4:2006/02/21(火) 23:03:31 ID:???


       歌姫の付き人   

   序


「いらない!」
これ以上ないほどに明白な拒絶。その声とともに、マユは渡されたサンドイッチを投げ捨てた。
「こんなもの、いらない。いらないから、だから……」
 うずくまり、泣き叫ぶ。
「返してよ! パパを、ママを……おにいちゃんを返してよ!」
 そうしたところでどうにもならないことは分かっている。でも、そうせずにはいられない。
平和な日々の、突然の崩壊。
共に暮らしていた家族との、突然の別離。
残酷などという言葉では、到底言い表しきれない現実。
まだ十一の少女が耐えるには、それはあまりに重すぎた。


511 :3/4:2006/02/21(火) 23:04:23 ID:???

「……でも、食べないと」
 おどおどした声が返ってくる。サンドイッチを配っていた少女だ。
ここ、プラントにいるからにはコーディネーターであるはずなのだが、それにしてはパッとしない顔立ち。
ぼんやりした輪郭の内側に、目・鼻・口のパーツが機械的に配置されている。
目を離せばたちまちぼやけてしまいそうな薄い印象、そんな彼女が携わっているのが、地球からの避難民への物資配給のボランティア。
顔立ち同様目立たない仕事だが、それでも彼女は自分なりに頑張っているようだった。

「本当に……いいの?」
さらに何度か勧めたあと、少女は聞く。マユは顔も上げずにコクリとうなずく。
「食べないと、元気でないよ。ここ置いとくから、気が向いたら食べてね」
投げ捨てられたサンドイッチを拾い、代わりをマユの傍らにおいていく。
そのまま立ち上がり物資の入った箱を抱え、他の避難民のところへと運んでいく……
ありきたりな言葉しか掛けられない自分の不器用さに呆れながら。


512 :4/4:2006/02/21(火) 23:05:23 ID:???

少女が立ち去りしばらくして、それでもまだマユは床に座り込んだまま。
が、不意にその腹部から音が漏れる。本人にしか聞こえない、情けないほどにか細い音が。
時間が経てば腹がすく。物を食わねば生きられない。
それはたとえ戦争が起こっても、肉親が死んでも変わらない、この世の真理であるわけで、
マユの手は傍らに置かれたサンドイッチへとそろそろと伸ばされる。

手に取り、かじる。
パンとその間に挟まれたハムの味が、口に広がる。
おいしかった。丸一日以上何も口にしていなかったことを考えても、サンドイッチは憎らしくなるほどおいしかった。
それが悔しくて、そう感じてしまう自分が情けなくて、マユは涸れたはずの涙を再び流す。

「大丈夫?」
 声を掛けられて顔を上げる。ぼんやりした顔立ちの少女が前に立っている。
「飲み物、持ってきたんだけど」
顔立ちとは対照的な、独特できれいな声。
渡されたコップを受け取りながら、マユは相手の女性がさきほどサンドイッチを渡してくれた人であることに気付いた。

「ご両親は?」
 少女が、マユの隣に座り込んで聞く。マユはただ首を横に振って答える。
「そっか……じゃあ私とおんなじだ」
 少女があっけらかんと言う。その口ぶりに思わず聞き流し、その意味に気付いて驚いて振り向く。
「……あなたも?」
「あ、やっと喋ってくれた」
 マユの反応に少女は笑う。
そこには肉親を失った悲しみなど微塵も感じられなくて、マユは思わず口を開く。
「悲しく、ないの?」
「そう見える?」
「……うん」
 少女は首をかしげ、少し考えてから答える。

「うーん、どうなんだろ。自分でもよく分からないんだけどね。
 多分悲しいから、でも悲しいと認めちゃったらそれに耐えられるほどは私はきっと強くないから、
だから悲しくないふりしてるんだと思う。
それに私の親が死んじゃったのは血のバレンタインの時で、もうずいぶん経ってるから。
こう見えてもそのときは、ずいぶん泣いたのよ」

 そう言って、また笑う。決して整っているとはいえない顔に、笑みを浮かべる。
自分のことを『強くない』というその少女が、
でもまだ両目に浮かんだ涙が乾ききっていないマユにとっては、
とてもとても強く見えて、その強さがすごくうらやましくて、
いつか自分もそんな風になりたいと思った。


513 :5/5:2006/02/21(火) 23:06:14 ID:???

 サンドイッチを平らげて、コップのジュースも飲み干して、涙を拭いて、一息つく。
それを待って、少女はマユに聞く。
「そうだ……名前、聞いていい?」
 コクリとうなずいて、答える。
「マユ……マユ・アスカ」
「マユちゃん、か。あ、私はミーア・キャンベル、よろしくね」
 返事は、返ってこない。
――何か不味いこと、言っちゃったかな?
 不安になって、振り向く。
サンドイッチでおなかが膨れたのか、散々泣いて泣きつかれたのか、あるいは、その両方か、
ミーアの隣に座ったマユは、心地よさそうに寝息を立てていた。


514 :6/6:2006/02/21(火) 23:16:20 ID:???
えー、いきなり分割間違えました。
隻腕様やらほのぼの様やらのミーア読んでたら彼女を中心においた話を見てみたくなりまして、
勢いで書き始めました。

ところでミーアのマネージャの関西弁(?)の男、正式な名前ありましたっけ?
『隻腕の少女』のそれらしき男にキングという名が付いていたと思ったのですが、
隻腕様、正式名称不明の場合名前お借りしてよろしいでしょうか?