211 :付き人 1/17:2006/03/04(土) 00:36:50 ID:???
「エンジン始動、各ブロック気密確認」

新造戦艦ミネルバのブリッジに、艦長タリア・グラディウスの声が響く。
明日に予定されていた進宙式は、なにぶん儀式的なもの。
全世界が注目するその式典で万が一にも艦に不備があったら、ザフトの顔に泥を塗ることになる。
そのようなことが無いように、艦の整備は既に完璧に済ませてある。

「それが、まさかこんなことに役立つとは思っても見なかったけどね」
「は? 何か言いましたか」
「いいえ、なんでもないわ。それより司令部との情報リンク、急いで」

独り言を目聡く耳にした副官のアーサーを黙らせて、仕事を命じる。

「は! メイリン、アーモリーワン司令部と情報統合、メインモニターに管制塔レーダーのコロニー周辺データを映してくれ」
「はい!」

アーサーの指示でメイリンがコンピューターを操作、モニターに映像が映し出される。

「アビス、カオス、ガイア、追撃しているゲイツ隊と交戦しながらアーモリーワンから離脱中。
――!! ゲイツ隊、一機シグナルロスト! 撃墜された模様です」
「ゲイツ隊以外の追撃部隊は?」
「それが……コロニー周辺のパトロールに出ていたナスカ級二隻が航行不能、連絡途絶。そちらの対応に機体を取られて」
「ナスカ級二隻が? 原因は?」
「調査中ですが現在のところ分かっていません」
「どう見る、アーサー?」
「どう見るったって……一隻ならともかく二隻となると、今回の件と無関係とは――」
「……やっぱり、そうなるかしらね」

アーサーの返答にタリアは頷く。同時に、ブリッジに入ってきた人物に気付く……が、気付かなかった振りをして続ける。



212 :付き人 2/17:2006/03/04(土) 00:37:44 ID:???
「レイとルナマリアは?」
「ええと……あ、今格納庫に入りました。アルファワンと略奪されたザクウォーリアーも一緒です」
「よし、繋留クレーン外せ。ミネルバ、出港する!」
「出港って、この艦進宙式もまだ済んでないんですよ! それに……」
「いや、私からもお願いする」

アーサーの抗議を、先ほど入ってきた男が遮った。彼に目を向けたブリッジ要員が、慌ててその姿勢を正す。

「あれが今奪われることはプラントにとって色々と不味い。何とかして捕獲、あるいは破壊してもらいたい。
 もちろん、命に代えても、などということは出来ないが……」
「要は敵の手に渡さないようにすれば、よろしいのでしょう?」

男――プラント評議会代表、ギルバート・デュランダル議長にタリアは不遜な態度で応じる。

「お任せください、そのためのザフト軍です」
「そうか……なら、頼む」

繋留クレーンが外され、宙港ハッチからミネルバは出港する。
その間議長と艦長の間には、なんともいえない険悪な空気が漂っていた……
ミネルバ管制官、メイリン・ホークは後に姉のルナマリア・ホークにそう語った。



213 :付き人 3/17:2006/03/04(土) 00:39:38 ID:???


      歌姫の付き人

     第三話  追うもの、追われるもの


赤と白のザクのハッチが開く。
「あー、つかれたー。お疲れ、レイ」
赤いザクから出たルナマリアに、
「ああ」
白いザクから出たレイが素っ気無く応じる。

「あ、そーだ、レイ。艦長への報告、任せちゃっていい?」
「構わんが、どうした? さっきの戦闘で怪我でもしたのか?」
「ううん、そういうんじゃなくて。あれのパイロット、どんな奴だか見てみたくってさ」

そう言って、自分たちの愛機の隣に置かれたアルファワンと緑のザクウォーリアーを見上げる。
中に乗っているのが何者かは分からない。不測の事態にも対処できるように、二機の周りは兵が取り囲んでいる。

「分かった、艦長のほうには俺から適当に言っておく。だが、気をつけろよ」
「分かってるわよ」


214 :付き人 4/17:2006/03/04(土) 00:40:41 ID:???
ブリッジに向かうレイを見送り、顔なじみの兵から拳銃を借りる。
弾の装填を確認し安全装置を外したところで、緑のザクのハッチが開いた。
中から出てきたのは、一組の男女。どちらも、まだ若い。少々固めなものの、町で見かけてもおかしくない服装をしている。
彼等に銃を突きつけて、言う。

「そこの2人、動くな! MS略奪計画とその背後組織、お前たちが知っている情報を話してもらう。
一つ言っておく、テロリストに戦争法は適用されない。私にはお前たちを射殺する権限がある」

男が、女をかばうようにして立つ。護衛役なのか? そもそも何故2人で一機のMSに乗っていた?

「銃を下ろしてもらいたい。機体には奪われた新型機から逃れるため緊急避難的に借りただけだ。
勝手に乗ったことは謝罪するが、こちらに略奪の意思は無い」

ルナマリアの疑問に答えるように、男が口を開く。

「こちらはオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ氏だ。
 俺は随伴員のアレックス……」
「アスラン!」
「あすらん?」

男の言葉を遮った声、その出所は、いつの間にか開いていたアルファワンのコクピット。
そこからはみ出ていたピンク色の髪の毛が、慌てて中に引き込まれる。

「ラクス?」

男の目が、幽霊でも見たかのように見開かれる。アスランとラクス、どこかで聞いた名前の組み合わせ。
それが先の戦争の2人の英雄に結びつくよりも前に、地面が、壁が、振動を始める。
地震……ではない、これは――

「ミネルバ、出港するの?」

銃を男に向けたまま、ルナマリアは呟いた。




215 :付き人 5/17:2006/03/04(土) 00:41:28 ID:???

ミネルバがその巨体を真空空間に乗り出したちょうどその頃、新型三機とゲイツ隊の戦闘は佳境に突入しようとしていた。
ゲイツ隊は既に一機が撃墜され、一機が被弾のためアーモニーワンに引き返している。
だが新型機のほうもその代償として、かなりのエネルギー消費を強いられている。
そのことは放たれてるビーム砲の数の減少から、ゲイツ隊側にも確認できた。

「確実に仕留める、包囲しろ!」

隊長機の命令に、七機のゲイツが散開する。出来れば捕獲を、という出撃前の命令は、既に無視すると決めていた。
三倍の数であたりながら、こちらが一方的に落とされている。違うのはおそらく機体性能だけではない。
捕獲などという危険を冒してさらに仲間を失うことは、絶対にあってはいけないこと。
現場を知らぬ上層部の命令など、部下の命には代えられない。

ビームライフルの一斉射撃で、新型三機を分断する。一機が欠けて二機編隊になった第二、第三小隊で、カオス、ガイアをそれぞれ拘束。
その間に無傷の第一小隊が、接近戦でアビスに迫る。遠距離砲撃戦用のこの機体も、今はエネルギー不足でさかんな射撃は行えない。
まずはこいつを仕留めてから、残りも一体ずつ処分する。
「いくぞ、野郎共!」
アビスのビーム砲を旋回でかわし、散開していた三機が再び集中、そのままアビスに突撃する。そして――

彼、ゲイツ隊隊長は、戦闘指揮官としては非常に優れた男だった。
新型三機のエネルギーが不足していること、アビスが格闘戦を苦手としていることを見抜き、最適な部隊運用を行っていた。
だが彼は、決してそれ以上の……戦場全体を見渡す視線を持たなかった。
略奪者が奪った機体をどうするつもりだったのか、その略奪劇と同時に何故ナスカ級二隻が航行不能になったのか。
もし彼が、そのことを少しでも考えたなら、もしかしたら戦闘の結果は変わったものになっていたかもしれない。

――爆発したのは、二機のゲイツだった。ビーム砲による被害……といってもアビスから放たれたものではない。
新型三機以外の、第四の敵。戦闘機型MA、エグザス、そしてそれが操る有線ビームガンバレル。
二機のゲイツの頭と足をもいだその凶器は、三機目の、隊長機へと向けられる。
「馬鹿な、こんな機体レーダーでも光学でも……」
それが、強奪された新型機を追撃したゲイツ隊リーダーの最後の言葉となった。



216 :付き人 6/17:2006/03/04(土) 00:42:27 ID:???

「ネオ、遅いぜ!」
アビスのアウルが、冷や汗を拭って言う。
『なーに、よく言うだろ、ヒーローは遅れて登場するもんだって』
エグザスのパイロットにして彼等ファントムペイン隊の隊長、ネオ・ロア・ノークはそれに軽いのりで答えると、機体を残りのゲイツに向ける。
四機のゲイツは、エネルギー切れ寸前の新型より新たなMAを脅威と見なしたのだろう、合流、密集し、エグザスに対応する。
互いに背を向け死角をなくす、オールレンジ攻撃に対するセオリー通りの隊形。
たちまち一基のガンバレルが、ビームライフルを受けて四散する。が、それすらネオにとっては予定内のことでしかない。
次の瞬間密集したゲイツ隊に、無数のミサイルが降り注ぐ。発射地点はエグザス後方。
先ほどまで確かに何も無かったその空間には、いつの間にかミネルバに匹敵する大きさの宇宙戦艦が漂っていた。




217 :付き人 7/17:2006/03/04(土) 00:43:16 ID:???

「ゲイツ隊、四機分のシグナルロスト! 残りの三機も中破以上の損害を受けている模様。
 さらに交戦区域の後方10kmに国籍不明の大型艦出現。新型とMAを収容します」

ミネルバのブリッジに、メイリンの声が響く。

「出現って……あれってまさか」
「ミラージュコロイド、でしょうね。国籍不明艦を追うわ、全速前進!
 メイリン、あの艦の諸元をデータベースに登録!」
「はい」
「国籍不明艦……いつまでもこの呼び名じゃあめんどくさいわね、以後あの艦をボギーワンと呼称、その旨、艦内に伝達しておいて」
「は!」

報告を受けたタリアは、てきぱきと指示を下す。その様子は、有能な艦長そのもの……に、見える。
だがもし今の彼女のことを、前の勤務先、巡洋艦ボリーバルのクルーが見たら、おそらく首をかしげるだろう。
雰囲気が、通常よりも明らかに厳しすぎるのだ。気負っていると言ってもいい。
だが新造艦のミネルバでは、そのことに気付くことができるものはいない。
タリア自身は自分の変化、さらにはその原因までもをうすうす感付いてはいるものの、女としてのプライドが決してその事実を認めない。

――私が功をあせっている? 後ろにギルバートがいるから……
  馬鹿な、私は冷静よ!

大きく息を吐き、周りを見渡す。気分を落ち着けるため、偶然目のあったメイリンに声をかける。

「ボギーワンを有効射程に捕らえるまで、どれくらいかかる?」
「はい、現在の速度差から逆算すると……三時間五分後です」
「分かったわ。コンディションをブルーにさげて、手隙のものは休憩を許可します。
ただし二時間後にはイエローにまで戻すので、そのつもりで」
「は! あ、艦長はどこへ?」
「格納庫で、捕獲した機体を確認するわ。アーサー、あとをお願い」

副官のアーサーに後を任せ、タリアは艦長席から立ち上がる。

「格納庫、か。なら、私もお供させてもらおう」

ブリッジを後にしようとしたタリアに、デュランダルが続く。タリアの眉が、かすかにつりあがる。


218 :付き人 8/17:2006/03/04(土) 00:44:08 ID:???
「どういうつもり?」
人がいなくなったのを確認して、通路でタリアが小声で聞く。

「どういう、とは……質問の意図が分からないのだが」
「他にも避難場所はいくらでもあったでしょ。なのになぜあの襲撃騒ぎの避難場所に、この艦を選んだの?」
「そこが一番安全な場所だと思った、それだけだよ。何せミネルバはザフトの新鋭艦で、その上タリアが艦長をしているんだ。
 アーモリーワンでここ以上に安全な場所など無いだろう」

相変わらずの態度で、はぐらかされる。
議会決定をテレビで発表するのと同じ声で、カレッジ時代恋人として過ごしたときと同じ口調で。
そのことが、そしてそのことにどこか安心している自分が腹立たしくて、タリアは足を速める。

「……つれないな、相変わらず」

取り残されたデュランダルは、いたずらっぽく微笑むと、ゆっくりと彼女の後を……追おうとして、振り返る。

「レイ?」
「ギル! どうしてここに?」

レイ・ザ・バレル、先ほどまで白いザクファントムに乗っていた青年が、驚いた顔で立っていた。




219 :付き人 9/17:2006/03/04(土) 00:45:03 ID:???

ここで、時間を少しさかのぼらせてもらう。そうでもしないと、とても説明がつかないから。
何しろ、コーディネーターの中でも特に優れた知性を有する女性、タリア・グラディウスさえなかなか理解できなかったのだ。
ナチュラルである我々が彼女が目にした格納庫の惨状の詳細を正確に把握するためには、
時系列にそって丁寧に、事の顛末を追う必要があるだろう。

それでは説明……に、入る前に、基本事項を確認しておきたい。簡単に言えば、前話終了の時点での各員の現状の認識の違いである。

まずはルナマリア、彼女はコクピットでのレイとの通信から、襲撃者は二組いたと考えている。
一組目が新型三機を奪ったグループ、もう一組がアルファワンを持ち込んで緑にザクを奪おうとしたグループ。

次に緑のザクに乗っていた2人、彼等は紅白のザクがザフト軍であることは理解している。
だが彼等の勝手な推測から、インパルスのことは『略奪グループの持ち込んだ機体だが、乗り手はプラントへの亡命希望者』と判断している。

三番目がインパルスに登場していた二人、彼女たちには前述の二組とは異なって、相手について考える余裕はなかった。
自分たちをミネルバに運んできた紅白ザクこそザフトだろうと思っているが、後はきっと略奪者のものだろうといい加減に考えている。

その間違いまくった認識の下、彼等は対面した。奪われた新型三機を追う、ミネルバの格納庫で。
もちろん、まともに話が進むわけが無い。


220 :付き人 10/17:2006/03/04(土) 00:46:00 ID:???
「アスラン!」
ミーアがそう言った理由は……はっきり言って、無い。
生死の狭間という極限状態の体験直後の現実感の喪失、その状態で目にした人物の名をたまたま知っていたので、
試しになんとなく口に出してみました……無理に理由をつけるとしても、せいぜいがそんな感じだ。
口にした後で、それがおそらくまずいことだということには、さすがに気付いたらしい。
だからマユに慌ててコクピットに引きずり戻された後は、めずらしくじっとしていた。

「ラクス?」
名を呼ばれ、そう呼び返した時点で、アスランは自分が『アレックス・ディノ』であることを忘れた。
仕方が無いといえば仕方が無いのかもしれない、彼に生じた疑問はとてつもなく大きく重要なものだったから。
そして彼は、ためらうことなくその疑問を口にする。
「何故君が、いまさらプラントに亡命しようとする?」

マユにはアスランの言ったことの意味はよく分からなかった。
ただ、彼がラクスの婚約者であり、今彼にミーアの存在を確認されたことは分かった。
このままではミーアがラクスでないことに気付かれてしまう……そう思った彼女は腹を括った。
何とかして彼の注意をミーアから引き離さなくては、そう考えて、言う。
「アスランさん? なんでザフトの英雄が、ザフトのMSを奪うんですか!?」

「誰だ、君は? まさか君がオーブからラクスをさらったのか?」
「オーブって……確かに私はオーブから来ましたけど、それとラクスは関係ないでしょ!」
「オーブから来ただと?」

マユの言葉の内容に、カガリが敏感に反応する。

「まさか、今回の襲撃はオーブが行ったというのか!」
「落ち着け、カガリ」
「え? なんでそうなるの? っていうか、襲撃したのってあんたたちじゃないの?」


221 :付き人 11/17:2006/03/04(土) 00:47:16 ID:???
「おかわり」
その言い争いを聞いていたルナマリアが、抑揚の無い声で呟いた。
手を差し出された警備兵は少し戸惑って、そして……彼女の据わった目を覗き込んで、慌てて二丁目の拳銃を渡す。
ルナマリアはそれをマユとアスランに向けると、大声で言い放つ。
「無視するな、テロリスト共! 指示に従え」
二丁拳銃で仁王立ち、顔は髪と同じくらい赤いが発射できる弾の数は残念ながら二倍どまりだ。

「だから言ってるだろう、俺はテロリストじゃない」と、アスラン。
「何よ、ザフトの人って善良な一般市民にも銃を向けるの?」と、マユ。
「いい加減にして! 見え透いた猿芝居は止めなさい!」と、ルナマリア。
「何故、わが国がザフトの新型機を……誓ったはずなのに、もう悲劇は繰り返さない、互いに手を取って歩む道を選ぶと……」
ガガリの呆然とした呟きに、マユがキッと睨んで噛み付く。 
「まだそんなこと……アスハの人ってそんな綺麗事しか言えないんですか?
 そんなだから二年前、国を焼かれちゃったのに!」
「なっ!」
絶句するカガリの傍らで、アスランはコクピットに隠れたラクス(実際はミーア)に呼びかける。
「おいラクス、隠れてないで出て来い! 何故オーブから逃げた?」
「オーブって何よ、私はずっとプラントにいたわよ、この裏切り者!」
わけが分からず、コクピットの中からミーアが叫ぶ。
もちろんこの『裏切り者』とは、さっきザフトの機体を奪おうとした(と勘違いしている)ことであるが、
彼は当然そうは受け取らず、
「裏切り者はお互い様だろうが! 先に裏切ったのはそっちだろ。それにそれだってちゃんと理由があって……」
無視されていたルナマリアが、そこに割ってはいる。
「理由があるなら、MSを盗んでいいんですか?(アーモニーワンのことを言っている)」
「なに? 俺がMS盗んだのは裏切る前だぞ(ヘリオポリスのことを言っている)」
「裏切る前だって盗もうとしたんなら裏切ったことになるじゃないですか。それでもザフトの伝説のエースですか、情けない」
「だから一体何の話だ?」
「何の話って、アスランさんがあのザク盗んで暴れてたんじゃ……」割り込もうとするマユを、
「そう言うあなたもその仲間なんでしょ!」ルナマリアが遮って……

格納庫に入ったタリアがそこで目にしたのは、そんなどうしようもない混沌だった。


222 :付き人 12/17:2006/03/04(土) 00:49:04 ID:???
「……ヨウラン整備兵、これは一体どうなっている?」
とりあえず、手近にいたものに事情の説明を求めるが、もともと彼もよく分かっていないのだ。
「えーと、出撃したルナマリアがラクス・クラインとアスラン・ザラとカガリ・ユラ・アスハと知らない女の子連れてきて、
 それでいきなり口喧嘩始めた?」
「……」
なんだ、それは?
なんだっていったいこの艦に、一国の国家代表と前々議長の息子と前々々議長の娘が来なきゃならないのだ?
ただでさえ現議長を乗せているというのに。もしかしてこの艦が沈んだら、人類の歴史は大きく変わるんじゃないかしら?

痛くなってきた頭を抱えるタリア、しかしそんな彼女を尻目に、この場を収める救世主は現れる。
長髪の青年を傍らに伴って。

「これは……インパルス?」

アルファワンを見上げ呟いた彼に、四人の、八つの、目が向けられる。

「議長さん?」
「デュランダル議長!」
「議長?!」
「デュ、デュランダルさーん」

思わず彼のことを呼び、そして互いに顔を見合わせる。
格納庫の混乱は、ようやくその収束への取っ掛かりを見つけたようだった。




223 :付き人 13/17:2006/03/04(土) 00:50:08 ID:???

「参ったね、これは」

ミネルバでボギーワンと命名された国籍不明の宇宙戦艦、その実態は地球連合軍特殊部隊、
第八十一独立機動群ファントムペイン母艦、ガーティー・ルーの艦橋で、ネオは頭を抱えていた。
通信機を操作し、連絡を取る。

「三人組の最適化、どれくらいかかる?」
『それが、色々と余計な記憶が入っていまして、出来れば二日ほどかけてじっくりメンテナンスしたいと……』
「はぁ? 長すぎ!」
『しかし最適化時に消去しなかった記憶は、完全に固定化されてしまいますが……』
「戦闘に直接支障をきたすような記憶じゃないんだろ? ならいいよ。もう敵目の前にいるんだからさー、
さっさと終わらせないと記憶どころか俺たち全員がこの世から消えちゃうぜ」
『では最低限の調整だけ、それなら十時間ほどで出来ますが』
「……あっそ、そんなかかるんだ」

「あー、格納庫、格納庫、こちらネオ・ノア・ローク。俺のエグザス、修理どれくらいで終わる?」
『えーと、大体九時間くらいっすかね』
「そこを何とかさ、三時間くらいで終わらせらんない?」
『大佐? 一体何考えてんですか! 終わるわけないでしょう、ガンバレル一基全壊してるのに』
「え、あ、いや、じゃあさあ、新型三機の戦力化後回しにしてもいいから」
『それでも最短で五時間半、それ以上は一分たりともまけられません! 元はといえば壊した大佐が悪いんですよ。
ガンバレルをおとりに使うだなんて、頑張って整備したこっちの気持ちをなんだと……』
「わ、分かりました、ごめんなさい」


224 :付き人 14/17:2006/03/04(土) 00:51:01 ID:???

「と、言うわけで、しばらく使える機体がないわけだが……」
「約三時間後には敵に有効射程圏内に追いつかれる、というわけですな」
「うーん、実はマジでヤバイっぽいんだよね、この状況」

神妙な顔で応じるイアン・リー艦長に、ネオが言う。
口ぶりこそいい加減なものの、仮面の上からでも本当に参っているのが分かる。
あと三時間で追いつかれる、だがその時にはエグザスの修理も三人の調整も終わっていない。
そんな状態であの新造戦艦に挑むのは、いくらなんでも無謀である。

「時間さえあれば、戦力は整うんだがなー」
「時間というと、どのくらいあれば?」
「そうだな、1日あればエグザスも直るしあの三人も新型で出られるように……て言っても出来ないことああだこうだ言っても――」
「1日程度ならば、何とかなるかもしれません」
「え、うそ! まじ?」

驚くネオに、リーは不敵な笑いを見せる。

「まじ! よっしゃあ、じゃあ頼むわ」
「了解しました。推進剤予備タンク、切り離し用意!
 機械人形が登場する前から宇宙にいた戦艦屋の戦い方というものを、お見せいたしましょう」




225 :付き人 15/17:2006/03/04(土) 00:51:52 ID:???

何とか騒ぎが収まり始めた格納庫をデュランダルに任せ、タリアは再びブリッジに戻る。
ボギーワンに動きがあったという報告が、アーサーからなされたのだ。

「で、どうしたの?」
「は、これを」

モニターに三つの機影が映る。『ボギーワン』と印された大きなものが一つ、それより小さなものが二つ。

「五分前に、ボギーワンより分離しました。MSかは分かりませんが、慣性でこちらに漂ってきます」
「慣性……推進はしていないの?」
「はい、動きは分離後等速度運動、熱源も感知できません」
「……」
「艦長!」

考え込むタリアに、管制官のメイリンが新しく入った情報を報告する。

「レーダー観測によるデータ出ました。分離された二個の物体、いずれもほぼ同様の形状。
 MSでは……ありません。おそらく推進剤のタンクかと」

その報告に、ブリッジ内に安堵の空気が流れる。
タリアも、大きく溜息をつく……やはりギルバートのことで気が立っているのか、などと考えながら。

「ぶつかったりは、しないわね」
「はい、衝突コースからは外れています」
「よし、進路そのまま」



「ほう、進路を変えんか……新造艦だけあって練度は低いのかな?」
「おいおい、当たんねーぞ」
「いえ、あれでよいのです」

ガーティー・ルーのブリッジで、リーが満足げに笑う。

「右舷予備タンクのミネルバとの最接近時間は?」
「あと十分、左舷タンクはさらにその五分後です」
「よろしい。主砲ゴッドフリート、発射準備。狙い、右舷燃料タンク」

その十分後、ガーティー・ルーはミネルバ方向に向け、二本の高エネルギー線を発射した。




226 :付き人 16/17:2006/03/04(土) 00:52:46 ID:???

最大射程距離と有効射程距離という言葉がある。両者とも、重火器の射程距離を表す言葉だ。
実態弾の場合(特に重力下では)、弾をどれくらい遠くまで飛ばせるかを表したのが最大射程、
どれくらいの距離までなら弾を当てたい位置に当てられるかを表したのが有効射程となる。
軍で重要になるのは主に有効射程のほうだ(遠くまで飛ぶけどどこに当たるか分からない鉄砲なんて、誰も欲しがらない)。
だが、レーザーなどの光学兵器になると話は変わる。どこまでも直進し続ける(例外もある)レーザーの場合、
上の定義だと最大、有効とも理論上射程が無限になるのだ。もちろんこれは、どんな遠くの敵も撃てるという意味ではない。
レーザーは空間中を漂う粒子によって攪乱されその効果を次第に減耗、最終的には通常の光と同様のものに変化するためだ。
そこで軍では、当たったとき物質に何らかの変化を与えられる距離、脅威に何らかの被害を与えることが出来る距離を、
それぞれ光学兵器の最大射程、有効射程と定義している。
今のガーティー・ルーとミネルバの距離は、互いの主砲の最大射程内ではあるが有効射程内ではない。
ガーティー・ルーの主砲ゴッドフリートは対レーザー防御の施されたミネルバに当たっても何の被害も与えられないが、
ミネルバに近づいた推進剤タンクに当たれば、それを貫くぐらいの力はある。



増進剤タンクを貫いたゴッドフリートは、中に残っていた燃料と接触。それに自身の持つ熱エネルギーを移動させる。
結果、温度上昇により燃料は気化、自らの体積を数千、数万倍に膨張させる。
膨張した燃料が生み出す圧力にタンクの外壁は耐えることが出来ず、崩壊し破片へと変貌して飛散、一部はミネルバへと降り注ぐ。
その過程は、すべて十分の一秒以内に発生した。襲い掛かる破片を回避する余裕など、当然ない。



227 :付き人 17/17:2006/03/04(土) 00:53:38 ID:???

「……被害確認!」
最初に我に返ったタリアの声が、ブリッジに響く。

「右舷、住居区画で空気漏れ発生!」
「表面装甲、第二層まで貫通」
「第三区画から第五区画までで停電発生」

被害は、予想以上に大きい。艦の状態が攻撃を想定していないブルーで、隔壁閉鎖が行われていなかったためだ。

「コンディションレッド! 取り舵三十度、機関停止!」

ボギーワンから分離したタンクはもう一つある。同じ手に二度もはまる気はさらさらない……が、

「敵艦、進路変更……面舵です!」

再度の主砲発射に変わりもたらされたのは、ボギーワンのミネルバとは逆方向への進路変更。
結果、二隻の距離は拡大する……最大射程距離の三、四倍までに。

「ボギーワンの有効射程距離内への捕捉時間変更。約、十八時間後です」

静まり返ったミネルバのブリッジに、メイリンの報告が淡々と響く。


最終被害集計完了後、ミネルバはコンディションレッドを解除、ただし今度はイエローを維持。
タリアは指揮権をアーサーに預け、艦長室でしばしの仮眠。何かあったらすぐ起こすようにと言っておく。
予備推進タンクの爆発でミネルバが受けた人的被害は、軽傷8、重傷3……そして死者1だった。