427 :付き人 1/16:2006/03/15(水) 20:17:40 ID:???
『……の責任は、すべて自分にあります。
 我々は彼の犠牲を無駄にすることなく、その意志をついでこれからも……』

書きかけの手紙をくしゃくしゃに丸め、ゴミ箱に投げ入れる。これで、五枚目だ。
一体何を書いたらいいのか、さっぱり分からない。自分のしている偽善が、いやでいやでたまらなくなる。
タリアが今書いているのは死亡報告書。戦死したクルーの死亡時の状況、艦での生活の様子などを書いて遺族に送るもの。
これの作成も、艦長として果たすべき、重要な義務の一つである……一つでは、あるのだが、

「私に……この人の何が分かるって言うの?」

嘲るように、呟く。一人きりの艦長室に、その言葉はむなしく響く。
進宙式も終えずに出撃してきた新造艦、艦長もクルーも皆配属されたばかり。訓辞を行ったことはおろか、顔を合わせたことさえない。
分かることなど、何一つないのだ。
そしてそれなのにも関わらず、彼を殺したのは間違いなくタリア自身。
彼の死因は居住区画の空気漏れによる窒息死、コンディションをブルーに下げなければ間違いなく防げていたはずのもの。

あの時ミネルバはボギーワンを捉えていたのだ、普段の彼女なら、決してイエローより下げるはずはない。
それを下げたのは、新型艦を任された自分への慢心。そして久しぶりにギルバートに会ったことによる気持ちの浮かれ。
そんなもので、一人の人間を、部下になるはずだった男を死なせてしまったのだ。悔やんでも悔やみきれるものではない。
その後悔を内に押し込め、半ば強引に元凶となった存在へと思考を移す。恥辱で唇をきつくかみ締め、呪詛を吐くような低い声で言う。

「ボギーワン、この借りは返させてもらうわよ」

ミネルバがボギーワンを有効射程圏内に捉えるまで、あと十五時間ほどの予定だった。



428 :付き人 2/16:2006/03/15(水) 20:19:08 ID:???

        歌姫の付き人

       第四話 宙塵戦域


「どういうことだ、これは!?」
カガリが、デュランダルに聞く。非難と困惑が一対一の割合で混ざり合った口調だ。
「どういうこと、とはどういうことでしょう?」
「説明するつもりなどないということか!」
「いえ、そうではなくて……私としても戸惑っているのですよ。どうも相当な混乱があるようで。
 それに、私としても説明してもらいたいことはありますし」
落ち着いた口調で、デュランダルは言う。その視線が一瞬カガリから自分のほうへと向けられたのを、アスランは感じた。

ここはミネルバの士官用個室。ただし入室する予定だった人間は急な出港でアーモリーワンに取り残されており、
今は成り行きで同行することになったデュランダル用の個室として使われている。
同様に主となるはずのものが乗り遅れて空き部屋となっている部屋は多数あり、
カガリとアスラン、マユとミーアにもそれぞれ一室ずつが供されることになっている。

「お二人はあのザクに乗られていたわけですか?」
「ああ、騒ぎに巻き込まれたときにたまたま近くにあったのでな。勝手に乗ったことに関しては謝ろう」
「いえ、お2人を騒ぎに巻き込んでしまったのはこちらの責任ですので。とにかくご無事で何よりです」
「無事、か。確かにあの状況からたんこぶ一つで抜け出せたのなら安いものなのだろうな。
 とはいえ、ザフト軍にはなかなか鮮烈な歓迎をしてもらったが……ああ、もちろん冗談だ。
あれがこちらを敵機と誤認した結果だということは理解している」
「ありがとうございます」

と、まずここまでは小手調べ。既に分かっている話題での様子見。互いに、相手の出方を窺っている。
もっともそんな我慢比べ、カガリにしてみれば一番苦手とするところ。
ちまちまするのは性に合わないと、一つ小さく深呼吸してすぐに本題へと踏み出す。

「聞きたいのはあのもう一つの機体、そしてそれに乗っていたラクス・クライン……いや、あれがラクスであるはずはない――」
――なぜならラクスは、キラと一緒にオーブにいるはずなのだから――
うっかり口から出かけた秘密を、慌てて止める。その事実は、プラント議長のデュランダルには決して知られてはならないもの。
一方のデュランダルは、カガリの狼狽に気付く素振りも見せずあっさりと頷く。
「やはり、分かりますか?」
「なに?」

あまりにもストレートな返答に、カガリは思わず聞き返す。彼女が驚きから抜けきれない間に、デュランダルはミーアについて説明する。
自分が立てた、偽者であることも。プラントのため、働いてもらっていることも。
「先の大戦で彼女と共に戦われた代表ならご理解いただけるはずです、戦後のプラントにおいて彼女の力がどれだけ大きなものとなったか。
 お恥ずかしい話ですが、今のプラントには彼女の存在が必要なのです。私などよりも遥かに」


429 :付き人 3/15:2006/03/15(水) 20:23:36 ID:???
その言葉に、カガリは黙り込む。
偽者という驚きから抜け切れないうちの、今の話。しかもプラントからラクスを奪いオーブにかくまったのはほかならぬ自分。
ある意味デュランダルに偽ラクスを用意させたのは、カガリ自身なのだ。
それに代表という地位にありながら国を一つにまとめられずにいるのは自分も同じ、とても、彼を責める気には……

「そういうことなら……」

仕方が無い、そう言おうとしたところで気付く。その事実は確かに仕方が無い、だが……
――何故、それを自分に話すのだ?
議長はラクスがオーブにいることは知らないはず、ならそのミーアという少女をラクスと偽り通すことも不可能ではないはず。
なのにこうもあっさりと、真相を話す。その意図は、議長の本音とは一体なんだ?

「事情は分かった、だがそれを明かした上で、議長は私に何を要求したいのだ?」
「要求したいなどとは……いわばこちらは秘密がばれて弱みを握られた側ですからね、そのように強くは出られませんよ。
 ただ、お願いしたいだけです、このことはどうかご内密にしていただきたいと……同じ平和を愛するものとして」
「平和を、か。だがラクス・クラインの存在に頼らねばならないほどプラントの平和とは危ういものなのか?」
「……残念ながら。今は何とか抑えてはいるものの、ナチュラルに対してもっと強硬な姿勢で当たるよう主張するものも多いのです」
「そうか」

うなずいて、その内容に動揺して、
そして怪訝に思う、『ナチュラルに対してもっと強硬な姿勢で当たるよう主張するもの』などという彼の回りくどい言い方に。
そして気付く、彼の視線が自分の後ろのアスラン・ザラに向けられていることに。
そして分かる、今この場でジョーカーのカードを握っているのは、彼のほうだということに。
気付かれているのだ、アスランのことを。脱走の容疑がかかった彼をオーブが匿い、それどころか自分の護衛役として用いていることに。
だから『ナチュラルに対してもっと強硬な姿勢で当たるよう主張するもの』という、長ったらしい言い方をする。
その通称、アスランと同じ姓が付けられた『ザラ派』という言葉を使わずに。

「分かった、そのことは内密にしておこう。だが代わりといってはなんだがどうか彼のことも」
「分かっています、ここに何故彼がいるのかということは不問に伏せましょう。
また、今後アスラン・ザラに関しての一切の追求をしないことを、プラント議長として約束いたします」
「かたじけない」

ジョーカーとはいつ出されるか分からないから怖いもの。
なら逆にこちらから出すように促してやれば、出されることによる被害を覚悟すれば、そこまで怖いものでもない。
とりあえず、懸念事案を二つ相殺し、そしてふと、気になったことを聞いてみる。


430 :付き人 4/15:2006/03/15(水) 20:24:33 ID:???
「そういえば、あの二人が乗っていたMSは? 紹介してもらった新型とはまったくの別物だったが」
「ああ、あれですか。あれも新型といえば新型ですが、今のところは軍用機ではないのです」
「軍用機では、ない?」
「はい。ラクス・クラインによる催し物にMSを使ったら面白いのではないか、という話から始まったものなのですが、
 そのうちにせっかくだから専用の機体を設計しようだとか、分解、合体が出来るようにしようだとか勝手に話が大きくなりまして……」
「なるほど、だがPS装甲までついているとなるとかなり高価な機体のようだが、よく予算が下りたものだな」
「それは……」

カガリの言葉に、それまでポーカーフェイスを保っていたデュランダルが極めて嫌そうな顔を見せる。
カガリはそれを意外そうに見つめ、そしてやがて何かに納得したかのようにうなずく。

「ああ、なんとなく事情は分かった。わが国でもよくあることだからな」
「……お分かりいただけると、幸いです」
「うん、幸いだな。わが国としても今プラントが荒れるのは好ましくない、このことは内密にしておこう」
「ありがとうございます」

では、と、席を立ち、カガリとアスランは部屋を後にする。
彼等が立ち去ったのを確認して、デュランダルはほっと一息……入れるまもなく、部屋の扉は再び叩かれる。

「どうぞ」
「失礼しまーす」

扉の外で待っていたマユが、ちょこんとお辞儀をして部屋に入ってくる。四人目の、そして最後のお客さんだ。
赤いザクのパイロットには既に事情説明は済ませてある(ミーア関連は伏せているが、レイが適当にごまかしてくれるだろう)。
カガリ代表とアスラン・ザラも、一応あれで納得してくれたはずだ。
あとはマユに事情を話し、彼女からミーアに伝えてもらえれば、格納庫での混乱は全ておさまりがつく。
それで万事解決、では確かにあるのだが、一つだけ疑問が残らずに入られない。
――新造宇宙戦艦の格納庫で起きた口喧嘩を仲裁することは、いつからプラント評議会議長の仕事になったのだろう?




431 :付き人 5/15:2006/03/15(水) 20:25:36 ID:???

「すまなかったな」
与えられた部屋に戻る途中、アスランはカガリに声をかける。
「何がだ?」
「いや、交渉に不利になる道具になってしまって。俺がいなければラクスの件の秘匿と引き換えに、
案件交渉を進められたかもしれなかったのに」
「案件……オーブ戦の折流出した人的資源の本国への帰還問題か。
 だが仕方があるまい、お前がいなければ私はアーモリーワンで死んでいたのかもしれないのだから。
 お前は、十分よくやってくれている」
「だといいんだがな」
自虐気味に笑ってカガリを見て、そして頭にあてられた彼女の右手に気付く。

ちょうど、前からやって来た赤服の女性とすれ違う。先ほど赤いザクを操縦していたものだ。
おざなりな敬礼をしてすれ違おうとする彼女を、アスランが呼び止める。
「君」
「はい、なんでしょうか」
「すまないが、医務室の場所は分からないか?」
「この通りをまっすぐ行って三つ目の角を右、それから二つ目の角を左に行くと左側にあります」
彼女は義務的に説明すると、彼等を避けるようにして足早に立ち去った。

「……嫌われたかな?」
それも当然かと思う。誤解とはいえつい先ほど、銃を突きつけられて罵りあっていたのだから。
「医務室? どこかぶつけたのか?」
「俺じゃなくてお前だ。MS内でぶつけたところ、こぶになっていたんだろう」
「ああ、忘れていた」
「お前の頭がこれ以上悪くなったら大変だ」
「おい、これ以上とはどういう意味だ?」

話しながら医務室へと向かう。

「そういえば、さっき議長と最後に話してたあれは、一体なんだ?」
「最後に話していた……ああ、あのMSの開発予算のことか。多分あれ、議会は通っていない」
「何?」
「おおかた趣味に走った開発者が、出所の怪しい金を勝手に流用して開発資金の足しにしたんだろう。
 もともと後ろ暗いところのある金だから、議長としても開発者に強く出れなかった……」
「それって、やばくないのか?」
「ああ、やばい。公になれば評議員クラスの首が飛ぶスキャンダルだ」

このカガリの推測は、実は正しい。ちなみにインパルス開発長イレムテが流用したのは外交機密費、
その使用実態を考えると、使い方としてどちらが有益だったのかは判断が難しかったりする。


432 :付き人 6/15:2006/03/15(水) 20:26:28 ID:???
「だが、そんなことよく分かったな」
「ああ、わが国ではわりと自然にやってることだからな。
小さいころはお父様が国防予算で買った自家用ジェットでよく家族旅行に行ったもんだ」
「おい!」
「な、なんだよ、うちだけじゃなくてセイラン家やサハク家だってやってることだぞ。
 それにマルキオ導師の孤児院の運営費やラクスに頼まれて保管しているフリーダムの維持費だって
 オノゴロ島再開発のための公共事業予算から出てるんだし」
「……さすが、国費流用は五大氏族のお家芸だな」
「国費流用だなんて人聞きの悪いことをいうな。
 ただ税金の使い方が一任されていて、国民への情報公開義務が無いだけだ」

その答えに、アスランは頭を抑える。彼の頭痛に気付くことなく、カガリは言葉を続ける。

「それに、うちだってそこまでむちゃくちゃやってるわけじゃないぞ。
 やるのは基本的に国の役に立つと思ったことだけだし、金額は総予算の10パ−セント以内に収めるし。
 少なくとも今のアスハ家では、まったく新しい専用MSを極秘裏に開発することなんてない」

……果たして、本当にそうなのだろうか?




433 :付き人 7/15:2006/03/15(水) 20:27:27 ID:???

「じゃあミーアのコンサート急に中止になったのも、あの人たちが来たからなんですか」
デュランダルの説明を聞いて、マユが納得したようにうなずく。
「彼等はラクス嬢に特に近いものたちだ。そのものたちを前にしてのコンサートは危険が高すぎたからね。
 まあ、結局あんなことになってばれてしまったわけだが」
「ごめんなさい、私がインパルスで出たばっかりに」
「いや、今回のことは不可抗力だよ。それより、よくミーアを守ってくれた」
うなだれるマユを議長は慰める。とはいえその言葉は本心からのもの。
実際に今回のマユの行動には、たいしたものだったと感心している。

「でも、ひどいんですよ、あのザフトの女軍人。インパルスから降りたら話も聞かないで、いきなり銃を突きつけるし」
「ハハ、それは災難だったね」
「あー、笑い事じゃないんですよ。機体に乗ってた時だって、コロニーの中なのにいきなりミサイル撃ってくるし!」
「まあ、彼女のほうにも事情があったのだ、堪忍してやりたまえ」
「そんなこといったって、外れた弾が他の人に当たったらどうするつもりなんですか!」

両の頬を膨らませて、怒る。そのわけは、ミサイルを自分に撃ったことよりも周りの被害に構わず撃った所にあるようで、
そのことはやはり彼女がオーブで失った肉親と関係があるのだが、
しかしそれを知らないデュランダルは、彼女の反応に若干の違和感を覚える。
それでもそれを胸にしまい、机の書類をパラパラとめくり、少し考えてからマユに聞く。

「今、ミーアはどうしているかね」
「使わせてもらうことになった部屋に。防音じゃないから発声練習は出来ないんで、基礎体力作りの腹筋二百回をやらせてます」
「そうか」

うなずいて、顔を上げる。まっすぐにマユの顔を見つめる。その視線を正面から受けて、しかし彼女はたじろごうともしない。

「前に君にした話は覚えているかね?」
「インパルス軍用化計画、ですか?」
「ああ。単なるコンサート用で終わらせるには惜しいという声が技術班からやはり強くてね。
 そこに、今度の新型機の強奪だ。今回の事件による技術流出を考えると、更なる新型の早急な開発、戦力化が必要となる。
 まだ正式な話ではないが、おそらくは本決まりになると思う。その場合一番インパルスの動かし方を知っているのは君だ。そこで……」
「はい、テストパイロットの話、受けさせてもらいます」

デュランダルの言葉を最後まで待たず、マユははっきりした声で言う。
それには、逆にデュランダルが驚いた。


434 :付き人 8/15:2006/03/15(水) 20:28:14 ID:???
「本当に、いいのかね?」
「はい。軍用化計画があると知らされたときから、実現したならテストパイロットをやらせてもらいたいと思ってました。
 ラクスとして頑張ってるミーアを見ると思うんです、やれることがあるなら、自分も頑張らなきゃって」
「そうか……分かった。いずれ本決まりになりしだい、改めて連絡をする。そのときは、よろしく頼む」
「はい!」

マユは元気よくうなずくと、一礼して扉のほうへ向かう。
「一つ、聞いていいかい?」
扉を開けようとする彼女を、デュランダルが引き止める。

「先ほど格納庫でカガリ代表に向かって怒鳴ったそうだが……」
「あ……もしかして、まずかったですか?」
「いや、ただ少し気になっただけだよ。やはりまだ、オーブやその指導者だったアスハのものを怨む気持ちというのはあるのかね?」
「あ、いやー、あの時は何とかその場をごまかそうって気持ちで一杯で、半分くらいは適当なこと言ってたから
 ……でも確かに、半分くらいは本音だったかもしれませんね」

そう言って、少し笑う。一礼して、そのまま退室する。部屋に一人残されたデュランダルは、溜息と共に椅子に腰を下ろす。
『半分くらいは本気だったかもしれません』、そう言った時のマユの顔はあまりに大人びていて、
あまりにも大人びすぎていて、そのことにデュランダルはショックを受ける。
あの子は、まだ十三だ。十三のとき自分は何をしていただろう? 十三のときレイはどんなだっただろう?
それに比べて、あの子は違いすぎる。そうなった理由は一体何か? 考えるまでも無い、戦争だ。
戦争で両親を失って、自分の力で生きていくほかなくなって、だから大人になったのだ。ならざるを得なかったのだ。
彼女のような人間は、おそらく他にもいるだろう。彼女のようになれなくて、そのため死んだ人間はきっともっと多いだろう。
だがそれなのに、そのことから人は学べない。こうしている今もザフトの機体は奪われて、新たな争いの火種はまかれる。
だから、思わずにはいられない。このままこの世にあり続けるには、人はあまりにおろか過ぎると。
だから、考えずにはいられない。そのおろかさをなくすにはどうすればいいのかと。
考えて考えて、そしてたどり着いた彼なりの結論。先の対戦中は当時の議長に提案したが、戦争のドサクサで忘れられた計画。

『思うんです、やれることがあるなら、自分も頑張らなきゃって』

「そうだ、な」
先ほどマユが言った言葉を思い出し、自らの意思を確認するようにうなずく。
私も頑張ってみよう、自分に出来る限り……このデスティニープランの実現のため。




435 :付き人 9/15:2006/03/15(水) 20:29:12 ID:???
「あ、さっきは……」
廊下を歩いていたルナマリアは、向かいから来たマユに声をかけた。
格納庫では険悪なムードで怒鳴りあったりもしたものの、その事情が誤解ということは既に議長から聞いていた。
すまないことをしたと素直に謝ろうと思ったのだが……。
「あー! さっきの赤いザクのパイロット!」
と、こうまで警戒されては謝るにも誤れない。

「ちょ、ちょっとー、なんでそんなあからさまに避けるのよ!?」
「いきなり人に銃を突きつけるような人、普通は避けます!」
「え、いや、だって……」
「それにアーモリーワンじゃあコロニーの中なのにミサイル撃つし!」
「それは……仕方ないじゃないの、あの状況じゃあ」
「仕方ない? 仕方ないなんて言葉で済ませるんですか、それた弾に当たって死んだ人だっているかもしれないのに!」

マユの姿勢はルナマリアが思っていた以上に強硬で、言うだけ言うと目をあわせようともせずにそのまま廊下を駆けてゆく。
ルナマリアも、仕方がなしにパイロット控え室へと向かう。くしゃくしゃと自分の髪をかき回しながら。

控え室には誰もいない……誰も、といったって自分のほかにはレイしかいないのだが。
予定では後三人配属されるはずだったが、その三人が乗るはずだった新型機は奪われてこの有様だ。
今ミネルバが乗せているのは二機のザクだけ、パイロットは両方とも新人だ。果たして、これで大丈夫なのだろうか?
湧き上がった不安が、先ほどのマユの言葉を思い出させる。
『それた弾に当たって死んだ人だっているかもしれないのに!』

『六番ハンガー周辺の避難、おおむね完了』
ミサイルを撃つと決めたとき、艦長が彼女に言った言葉。『完了』に『おおむね』が付いていたことを、彼女は確かに聞いていた。
それでも、ためらわずに撃った。『おおむね』でない人々を無視して。彼等が死んでも構わないと思って。
そしてその事実にすら、あのマユという子に言われるまでは気付かなかった。
そんな自分に、ミネルバが守れるのか? 守る資格が本当にあるのか?


436 :付き人 10/15:2006/03/15(水) 20:30:12 ID:???
「どうした、ルナ?」
いきなり、後ろから声をかけられる。レイだ。いつの間に来ていたのだろう。
「うん、ちょっと自己嫌悪中」
「アーモリーワンでのことか?」
「……なんで分かったの?」
「なんとなくだ」

部屋のすみの自販機でコーヒーを買って、それに口をつけながらレイは言う。
「ルナ、お前は正しい。あの時は、打たなければさらに被害が広がっていた可能性が高かった」
「ホントにそう思うの?」
「ああ。そうでなければあの時点で俺が止めている」
「なによそれ、まるでレイの判断のほうが私より絶対に正しいみたいじゃない」
「そう思ってもらって構わない。状況判断と戦術構築のアカデミーでの成績は、俺のほうが上だったからな」
「言ったわね、男の癖に私より白兵戦の成績低かったくせに」
「男女差別的発言だな。それにそういうことは調理演習で一度でも俺よりいい点を取ってから言ってくれ」
「あ、人が気にしてることを!」

冗談めかして怒って見せて、そしてそのまま少し笑う。
「ま、あんま終わったことくよくよ考えててもしょうがないか。それで過去が変わるわけじゃないんだし。
 そんな暇あったら、これからのこと頑張んないとね」
「その意気だな……なんだ?」
レイの言葉の後半は、ルナマリアではなく部屋のスピーカーに向けられたもの。
やはり新造艦らしく、艦内放送一つとってもまだまだなれていないらしい。
手間取りながらそれでも何とか、流れてきた声は副長のもの。
『ボコ、ボコ、ボン!(何かを叩く音)
おい、変だぞこのマイク……え、うそ! もうこれ流れてるの? ……失礼しました!
コホン! ボギーワンの動きに変化発生、減速しながら前方のデブリ帯に向かっている。
予想到達時間は五時間後。状況確認とそれに伴う作戦立案を行うので関係するものは第一会議室に集まってくれ』
 



437 :付き人 11/15:2006/03/15(水) 20:31:02 ID:???
デブリ帯に向かうガーティー・ルーの艦橋では、作戦の最終確認が行われていた。
既にエグザスの修理も三人組の調整も終了し、戦闘準備は万全である。ならばもう逃げ回る必要は無い。
むしろこちらから戦闘を仕掛け、戦いにおける主導権を握ったほうがいい。
追撃してくるミネルバは、新造艦のため練度は低い。操舵の難しいデブリ帯に誘い込めば、ミスを犯す可能性は十分ある。
しかもこちらはミラージュコロイド搭載艦、姿を隠した不意打ちにも、障害物の多いデブリ帯は向いている。

「いいか、ミネルバがデブリ帯に入ってくるまでは手を出さずにじっとしてデブリにまぎれてろ。
 入ってきた段階で展開しておいたMS、MA、ガーディー・ルーで包囲して沈めるぞ」

ネオの命令に従って、デブリ地帯に侵入したガーディー・ルーはMS、MAを発進させる。
さらに自身もミラージュコロイドを展開し、姿を隠してミネルバが入ってくるのを待つ。
だが、彼等がやっているのは戦争である。敵がいつも、自分たちの都合よく動いてくれるとは限らないのだ。



『レイ・ザ・バレル、ザク、発進する!』
発進していく僚機を見ながら、ルナマリアは溜息をついた。
『何やってんの、お姉ちゃん。さっさと出て出て』
管制官にして妹のメイリンが、彼女の発進を促す。
「ガナーがよかったのに……あー、もー、分かったわよ、しょうがないわね!」
ぶつくさ不満を言いながら、ルナマリアも自分のザクを出す。ボギーワンの潜むデブリ帯までは、まだだいぶ距離がある。
「まったく、それにしてもなんでまたブレイズなのよ!」
『オルトロスを持ったままじゃ作業が出来ないからだ』
ルナマリアのぼやきに、レイが律儀に答える。今回のザクのウィザードは二機ともブレイズ、その手に複数の円柱状の物質を抱えている。
彼等が手にしているのはスターシューター、メテオブレーカーと並んでザフトが開発した、対隕石用機具である。
破砕を目的としたメテオブレーカに対し、小型推進器であるスターシューターの目的は軌道をずらすこと。
取り付ける相手は隕石だけでなく、大破漂流している艦のサルベージ作業にも使用されている。
そのスターシューターを、レイとルナマリアは手近なデブリに取り付ける。ザクの指で入れられるスイッチ、
スターシューターは赤い炎を上げて始動、デブリをボギーワンの潜むデブリ帯へと進ませる。
「さー、どんどんいくわよ!」
ルナマリアが二個めのデブリに取り掛かる。そのスイッチを入れるのとほぼ同時に、後方のミネルバが主砲を発射、
デブリ帯へと進んでいたスターシューターつきのデブリを打ち砕いた。



438 :付き人 12/15:2006/03/15(水) 20:31:53 ID:???
打ち砕かれ四散したデブリは、そのままデブリ帯へと進んでいく。そこでデブリはデブリに当たり、運動エネルギーを伝達する。
動き出したデブリが他のデブリにぶつかって、結果そのデブリもまた動き出す。
安定状態にあったデブリ帯、その安定は脆くも崩れ、そこに生じるのは宙塵の嵐。
高速で飛び交う小デブリが、存在するものすべてを穿つ。たとえ姿を消していても、その例外にはなりえない。

「こりゃあすごい! これならきっとボギーワンも……」
「油断しないで! ナイトハルト装填、トリスタン、イゾルデ起動!」

感心するアーサーを戒めて、タリアは更なる一手を打つ。

「これは……!」
背後で上がる声、と、同時に五人の客人たちが遮蔽ブリッジに入ってくる。
「これより本艦はボギーワンと戦闘状態に入ります。危険を避けるため、皆様にはここにいてもらいます」

それだけ言い、すぐに戦闘指揮へと戻る。同じミスを二度繰り返す積もりはない。
一瞬の判断ミスが命取りになる戦闘、今彼等に構っている暇はない。



「くそ!」
デブリの陰に隠れたエグザスで、ネオは唇をかみ締める。彼の作戦は完全に裏目に出た。
このままここに潜んでいれば小デブリになぶり殺し、だがとび出せば、あの戦艦に狙い撃ちだ。
進むも地獄、引くも地獄、特に巨体のガーティー・ルーは、飛び交う宙塵で受ける影響も大きい。
「しょうがないねー、俺のミスだし。やっぱ責任取るしかないか」
さすがにワンサイドゲーム狙いは調子に乗りすぎだった。多少の被害は覚悟しよう。
四基のドラグーンを起動させ、ネオはエグザスをデブリ帯の外へと機体を走らせる。


デブリ帯からとび出したその機体は、すぐにミネルバのレーダーにも捉えられた。
「トリスタン、イゾルデ!」
「照準、つけました」
「撃っ!」
即座に五門の砲が放たれる。二門がビーム砲、残りが実体弾だ。それは見事狙いを誤らず……
「命中、目標消滅……ですが、後方より更なる機影四!」
メイリンの声がブリッジに響く。



439 :付き人 13/15:2006/03/15(水) 20:32:42 ID:???
ガンバレルが一基破壊され、残りのガンバレルとエグザス本体が飛翔する。その光景は、デブリ帯内からも確認できた。
ミネルバの火力はエグザスが引き付けている。この機を逃がす愚か者は、ファントムペインには存在しない。
「チャーンス! 行くぜ!!」
「……今のうち」
「出るぞ!」
「ミラージュコロイド遮断、機関最大高速反転! ゴットフリート起動急げ!」
アビスが、ガイアが、カオスが、そしてガーティー・ルーが、思い思いの方向にデブリ帯から一斉にとび出す。


「上方よりガイア、下方よりアビス、正面からカオス、左からはボギーワン!」
次々ともたらされる情報。その量は、練度の低いミネルバの処理能力を容易に超える。
「アーサー、タンホイザーおよびナイトハルトの指揮任せる!」
「は! ナイトハルト一番から十番はガイア、十一から二十番はアビスを狙え!」
「トリスタンは継続してMAを、イゾルデはボギーワンに狙い変更」
結果生じる指揮系統の一部委譲、さらに、火力の分割運用。
始めに狙ったMAこそ三基のガンバレルを落とすものの、残りは目立った被害を与えられない。
ボギーワンは主砲を放ち始め、MSにも交戦距離に迫られる。
「CIWS起動。レイ、ルナマリア、MSを抑えて!」
次々と発せられる命令、それに従い動くクルー。その戦場の只中で、ただ見つめるしかない男女が五人。
その中の、最年少の栗毛の少女は、何も出来ないわが身を呪い硬く両手を握り締める。

――何も、出来ない? 本当に私は何も出来ないの?

そんなことは、ない。何か自分にもできることがあるはずだ。
固めたそれは、決意というよりも蛮勇。
しかしマユはそんな事実に気付くことなく、そっとブリッジを抜け出して、格納庫へと走り出す。



440 :付き人 14/16:2006/03/15(水) 20:37:20 ID:???
「行くぞ、ルナ」
『分かってるわよ』
迫る四機の機体に対し、迎撃に出るのは二機のザク。二倍の敵は分が悪すぎる、なんとしても早く一機落としたい……
『って、レイ、どうしたの?』
「!?……いや、なんでもない。援護頼む」
急に感じた妙な感覚、しかしそれを強引に引き剥がし、目前のMAに意識を集中させる。
ルナマリアの放ったミサイルが敵機に迫り、回避のための強引な旋回を迫る。
ミサイルをかわすため側面を見せたガンバレルをビーム突撃銃で破壊、そのまま一気に距離をつめる。

「させない、よ!」
先行するネオに急接近する白いザク、さらにその後ろには赤いザク。
それを後方から認識したアウルは、ミネルバへの肉薄を中止し援護射撃。白と赤を引き離し、攻撃しようとした白を牽制。
『すまん、アウル』
「昨日のお返し。あれ、ネオどうかした?」
『いや、急にめまいが……』
「おいおい、もう歳なんじゃねーの?」
『俺はまだ若いっつーの!』

アビスのビーム砲の援護射撃を受け、エグザスがレイを、ガイアがルナマリアを抑える。
「ガンバレルの無いMAなど……ビームサーベルだと?」
「残念! エグザスはただのガンバレルの母機じゃあないんでね」
「この、落ちろー!!」
「ああ、もう。オルトロスがあればこんな奴!」
「ネオ、ステラ、もっと離れろ! じゃないと一緒に撃っちゃうぜ!」
もつれ合う五機のその脇を、カオスが一機すり抜ける。
「ここは任せるぞ、俺はあのでかぶつを!」


441 :付き人 15/16:2006/03/15(水) 20:38:57 ID:???
「面舵四十度!」
リーの命令でガーティー・ルーが、ミネルバに左の側面を晒す。被弾面積は増大するが、反面ゴットフリート十二門全てが使用可能に。
「交互撃ち方。手を緩めるなよ!」

「まずーい! タンホイザー起動!」
ボギーワンの火力が上昇したのを見て、アーサーは陽電子砲の充電を命じる。
『機関部被弾、推力50パーセントダウン!』
『モビルスーツハッチ開けてください!』
「モビルスーツハッチ開放、タンホイザー起動完了しました!」
『艦長、正面からカオス接近中!』
「回避、面舵二十度!」
「よーし、目標ボギーワン! 発射!」

アーサーの命令で陽電子砲が放たれるが、直前にタリアの出した回避命令によりそれは大きく目標からずれる。

『速力30パーセント低下!』
『マユ・アスカ、インパルス、出ます!』
『カオス、さらに接近!』
「トリスタン、目標をカオスに変更」
「間に合いません!」
「タンホイザー第二射、充電急げ!」

「って、マユ!?」

背後で上がったラクス・クラインの声に、アーサーは思わず振り向いた。驚きで見開かれた彼女の目、それが向けられたメインモニター、
そこに映しだされていたのは、どさくさにまぎれて格納庫からとび出したアルファワンだった。


442 :付き人 16/16:2006/03/15(水) 20:39:47 ID:???
「そらぁ、これで終わり……って、なに!」
側面に回りこんでミネルバへの攻撃態勢に入っていたカオスに、インパルスが突っ込む。
「まだ残ってやがったのかよ、それなら……」
MA形態に変形し、距離をとる。体勢を整えて再度攻撃に……
移ろうとしたスティングの目に、ガーティー・ルーから上がった青い光が入った。
「っち、時間切れか。命拾いしたな」
青い信号弾は撤退の合図、あと一歩のところだったが命令じゃあしょうがない。
機体を旋回させミネルバの砲火から素早く逃れる。追撃を避けるため、大きく迂回してガーティー・ルーへと帰艦する。
同時に、他のメンツも戻ってくる。ネオのガンバレル四基以外、目立った損害はなさそうだ。


「退いてく……助かったの?」
インパルスのコクピットで、マユは呆然と呟く。
とりあえずとにかく跳びだして、近くにいた敵に突っ込んでみたはいいものの、
そのあとどうすればいいかなど、分かってもいなければ考えてもいない。
そのまま宙を漂って、何とか姿勢維持だけはしているうちに、だが幸い敵は引き上げてくれたようだ。
それをようやく理解して、ほっと息をつく。操縦レバーを握り締めた手が震えていることに気付く。
どうやら緊張していたようだ。

「きゃっ!」

そのまま浮いていたインパルスの腕を、戻ってきた赤いザクが掴む。そのままインパルスを引っ張って、ミネルバのほうへと連れて行く。
機関部に被弾したミネルバは、若干速度を落としながらも、それでもまだまだ健在な様子だった。