- 26 :付き人 1/12:2006/04/28(金) 10:24:55 ID:???
- 五秒以上の直進は避ける、加速度を常に変化させる、出来るだけ頻繁に背後を確認する。
宇宙でのMS戦で生き残るコツ、パイロットに抜擢されたとき教官に嫌というほど叩き込まれたことだ。
戦争中も、ナチュラルとの停戦を選択した政府に耐えられずザフトを抜け出してからも、彼はそれを忠実に守って生き残ってきた。
そして今、ユニウスセブンを地球に落とそうとしているこのときも、その三ヶ条は彼に安全を保障している。
右旋回と同時に減速、首をねじって背後を振り返り、後ろについている二機のゲイツを確認する。
機体を僅かに左にずらし、二機の射撃をかわす。砕かれたユニウスセブンの破片に紛れ込み、やり過ごす。
ゲイツはジンを見失い、二、三度旋回した後母艦へと戻っていった。
「下らんな」
仲間内からはサトーと呼ばれているジンのパイロットは、そう呟くと破片の外に機体を出す。
あっさりと自分を見失い、すんなりと引き上げていったゲイツ。それを見たとき彼が感じたのは、安堵ではなく落胆だった。
あまりにも脆く、そしてふがいないザフト軍。この程度で敵を見失うなど、自分が在籍していた頃には考えられないことだ。
『サトー隊長!』
「ああ、今行く!」
無線に応じ、機体を降下させる。向かった先は、三つに割れたユニウスセブンの一つ。今なお、地球に向けて落下を続けているものだ。
政府も、評議会も、そして軍すらも変わってしまった。二月十四日のあの出来事を、この地で起こったあの惨劇を、
まるで忘れてしまったかのように。その議会を、評価するものもいる。その軍に、残ったものもいる。そうして戦後の穏やかな日々に、
舞い戻っていった者たちもいる。彼等の選択は、おそらくは正しい。地位も名誉も生命でさえ、そうすれば保証されるのだから。
『残党』、『テロリスト』、『殲滅主義者』、etc.
そのような名を冠せられ、さらには命を危険に晒し、このような行為に及ぶことに利点などどこにもありはしない。
どちらが利口な選択かは、ちょっと考えれば子供だって分かる理屈だ。
それでも、耐えられない。理解は出来ても納得は出来ない。この地を焼いたナチュラルと馴れ合うことなど絶対に。
馴れ合えないから彼等は焼いた、焼かれたからこそ我らは立った。真にあるべき世の中を、コーディネータの世界を作るため。
でなければ、自分の妻や娘、そしてここで暮らしていた多くの人々は何故死なねばならなかったのだ?
それではまるで、無駄死にではないか。彼等の死には何の意味もなかったと言っているようなものではないか。
そんなことが、あるはずがない。あって、よいはずがない。たとえ事実がどうであろうと、俺は決して認めない。
だから落とす、ユニウスセブンを。だから作る、コーディネーターの世界を。その邪魔は、誰にもさせない。
「フクヤマ、イトー、敵艦はもういい。全機ユニウスに戻れ、これ以上砕かせるな!」
無線で味方に命じつつ、加速を続けてユニウスに向かう。細かく機体を左右に振って、後の様子も確認する。
振り向いて見たジンの背後では、数機のゲイツが母艦ルソーへと戻っていった。
- 27 :付き人 2/12:2006/04/28(金) 10:25:48 ID:???
歌姫の付き人
第七話 分かれ道
「降下シークエンス、フェイズ1移行完了!」
「よし、フェイズ2移行準備、ならびにタンホイザー起動!」
ミネルバ艦橋に、タリアの声が響く。
「MS隊は帰還した?」
「いえ、まだです」
メイリンの言葉に、顔を曇らせる。高度は既に高軌道衛星と握手できるくらいまで低下している。艦の外装温度も、上昇を開始していた。
今のうちに艦に戻らないと、MSは砕きに行ったユニウスセブンもろとも宇宙の塵になりかねない。いや、もろとも塵になってくれる
のならまだいい(もちろん、乗っているパイロットたちにとっては『まだいい』で済まされる問題ではないが)。
最悪なのは、落下中のユニウスセブンの破片が未だ摩擦で燃えて塵になるには十分に大きすぎるということだ。
最後の頼みの陽電子砲にしたところで、降下しながら何発撃てるか……。
「タンホイザー、現在稼働率六十パーセント。あと二分弱で発射可能です」
アーサーの報告に、頷く。
「分かったわ。メイリン、もう一度MS隊を呼び戻して」
「はい」
外見上は平静を保ってはいるものの、内面では激しい葛藤が渦巻きはじめている。地球への被害軽減を考えれば、
タンホイザーは起動後すぐに放つ必要がある。たとえ、射線上に味方がいる可能性があっても。
激しくなった電波障害のせいで、MSの位置は特定できない。だが、ここから発進した四機はまだあそこにいるはずなのだ。
なのに、何故戻ってこない? 何か、トラブルがあったのか?
再び信号弾が打ち上げられ、メイリンが無線機で必死に呼びかける。赤いザクのパイロット、ルナマリアが、
彼女の姉だったことを思い出す。その脇ではアーサーが、陽電子砲起動のためにあたふたと邁進している。
タリアは不謹慎だと自覚しつつも、全てのMSが帰艦するまで砲の発射準備が整わないことを願わずにはいられなかった。
- 28 :付き人 3/12:2006/04/28(金) 10:26:38 ID:???
タリアの懸念通り、トラブルは発生していた。据え付けられた推進器の爆発、それに伴って発生したユニウスセブンの崩壊に、
マユの乗るインパルスは巻き込まれていたのだ。
バランスを崩したインパルスは、地球への自由落下を開始する。Gに耐え切れず剥離したユニウスの欠片が、表面装甲を叩く。
コクピットの中のマユは必死で操縦レバーを引くが、効果は少ない。降下速度は多少小さくなったものの、落下を回避できる
ほどのものではなかった。多少設計者の趣味が入ってはいるものの、基本的には民間機であるインパルスに
大気圏突入能力は付いていない。このまま落ち続けることが何を意味するかは明らかだった。
「マ…ん……」
耳元で、声が聞こえた。一瞬天国からお迎えが来たのかと考えて、すぐに声の出所が機体スピーカーであると気付く。
「マユちゃん、だいじょうぶ!?」
ルナマリアからの無線通信だ。機体頭部を動かして、右後ろにいる赤いザクを見つける。
「機体が、持ち上がらなくって」
「持ち上がらないって……当たり前でしょ! 右手にそんなもの持ってたら」
「右手……あっ!」
思わず、声を上げた。どうりで機体が思うように動かないはず、インパルスの右手は巨大な質量を持ったメテオブレーカーを
しっかりと握り締めたままだった。
「早く放しなさい、離脱できなくなるわよ」
「うん……ううん、やっぱりダメ!」
一端は同意したマユだが、すぐに首を横に振る。隣では、ユニウスセブンの巨大な破片も地球へと落ち続けている。
せっかく持っている砕く手段をむざむざと手放すなど、決してやってはいけないことに思えた。
「分かったわよ、しょうがないわね」
マユの考えていることを理解したルナマリアが、しぶしぶ同意する。バーニアで加速、インパルスの進行方向に回り込み、
メテオブレーカーを押し上げる。二機分の推力で支えられることで、地球の引力に引きつけられるままになっていたメテオブレーカーは
からくもバランスを取り戻した。
推力を同調させてユニウスを目指す。大質量を持つメテオドライバーの左右に、MSが一機ずつ張り付いて引っ張っているのだ。
少しでも二機の速度がずれると、遅いほうの機体を中心にしてすぐに円運動を始めてしまう。それを防ぐため慎重に、
緩めの速度でユニウスに近づく。彼女たちの進路では、未だ十機ほどの機体が舞い踊っていた。
- 29 :付き人 4/12:2006/04/28(金) 10:27:33 ID:???
「あの機体、凄い!」
戦闘状況を確かめようとしたルナマリアを、マユの声が抑えた。彼女の視線の先では、緑色のザクが瞬く間に
二機のジンを撃ち落していた。その操縦の巧みさは、素人のマユが見ても他の機体とは一線を画している。
「あれ、アスランさん?」
ザクの発している認識コードに、ルナマリアが気付く。ジンを撃ち落した銃は、おそらく敵の機体から奪ったのだろう
(これは、彼女の勘違いだった。ジン部隊が装備しているビームガンは、ジン本体からのエネルギー供給がないと使えない。
今アスランが使っているのはディアッカから借りたビーム突撃銃であった)。
彼の活躍により、構造物左の敵が一時的に排除される。その戦力の空白地帯へと、ルナマリアは機体を進ませる。
「なんで戻ってきた!」
レイの声が、無線に飛び込んでくる。白いザクの機体が、いつの間にか背後についていた。
「もう帰艦信号が出ているぞ」
「分かってるわよ!」
ルナマリアが、レイに言う。マユと共同して、メテオドライバーの設置準備を始める。
レイのザクがミサイルを発射して、近づくジンを牽制した。
「でもこのまま落ちるの見てるのも後味悪いでしょ。これを作動させたら帰るわよ」
「作動させるのにどれくらいかかる」
「二人でやれば一分強!」
ルナマリアの答えに、レイは顔をしかめる。数瞬の沈黙の後、言う。
「ルナ、お前は先に戻れ」
- 30 :付き人 5/13:2006/04/28(金) 10:28:53 ID:???
三人の前面で、アスランはジンを翻弄していた。ディアッカから借りた突撃銃が、予想以上の活躍を見せている。
連射により形成されるビームの弾幕。敵を落とすより味方を守ることを要求されるこの状況では、それは大威力の
オルトロスなどよりよほど使い勝手がいい。
帰艦信号に従って、味方のゲイツがルソーへ戻る。ディアッカのザクも、最後のオルトロスの咆哮でジンを一機堕とすと撤退した。
ミネルバからも帰艦信号は上がっている。マユたちがメテオブレーカーを作動させたら自分も引くべきだ。
メテオブレーカーに向かいかけたジンを突撃銃で撃ち、レイに作業状態を確認しようとする。上空(正確に言えば、
乗機が踏みしめているユニウスの破片の逆方向)から、三機のジンが覆いかぶさるように襲ってきたのはそのときだった。
ジンの銃撃が左肩の装甲を焦がす。正確な狙い、いい腕だ。アスランはそれに答えるように突撃銃を構えると、
狙いを隊長らしき機体に定め引き金を弾く。高温に加熱された粒子が、銃口から亜光速で飛び出――さなかった。
最悪の事態というのは何故かいつも最悪のタイミングで起こるものだ。ディアッカから借りた突撃銃もその例に漏れず、
考え得るかぎり最悪のタイミングでエネルギー切れを起こしていた。普段の彼なら残弾の計算くらいはするのだが、
今回は借りた銃ゆえ何発撃てるかすら把握していない(さらに言えば、ビーム兵器にもかかわらずエネルギー源を
機体本体に依存していない武装、などというものを扱うのもアスランにとっては初めてのことだった)。
当然、代わりのエネルギーパックなども用意していない。アスランは単なる鉄の塊となった銃を投げ捨ると、ヒートホークを抜き放った。
左後方に跳び引いて、体勢を立て直す。ジンのビームが、機体を襲う。かわしきれなかった一撃で、右肩に付いていたスパイクが砕けた。
一方、サトーのほうもアスランの動きに目を見張っていた。先ほどまでの素人どもとは、明らかに動きが違う。
「まだ少しは……出来るやつが残っていたか!」
ビームガンを撃ちかけながら距離をつめる。ヒートホークの視界に入る直前で、鞘から斬機刀を抜き放つ。
コクピットを両断するかと思われたその刃は、逆にヒートホーク上に形成されたビームによって断ち切られる。
溜まらず一歩引いたところにミサイルの追い討ち。フクヤマのジンが、足に被弾し擱坐した。
「それほどの腕を持ちながら、何故分からぬ!? 貴様とてコーディネーターだろうに!」
『分からぬ? 一体何を分かれというんだ』
ザクのパイロットが、答える。イトーの斬撃を左手で防ぎ、逆に彼のジンを斬り払う。
「貴様は、もう忘れたのか? この地で何が起こったのか、ナチュラル共が何をしたのか」
イトーのジンが、爆散する。あれでは、パイロットは助からない。
「忘れていないのなら気付かぬのか? パトリック・ザラの執った道こそが、我らコーディネーターにとって唯一正しきものと!」
ザクの動きが、停止した。
- 31 :付き人 6/13:2006/04/28(金) 10:29:49 ID:???
ディアッカが、後ろ髪を引かれながらもルソーに戻る。ミネルバと違い、ナスカ級には大気圏突入能力がない。
どんなに降下するにしても中軌道より下がることはできず、必然的にMSもミネルバ隊より早く戻らねばならないのだ。
ディアッカのザクが、艦に収納される。その作業と並行して、小破したゲイツが艦外に放棄される。それを恨めしげに
見つめているのは、ゲイツのパイロットだろうか。通常ならもちろん修理されるところだが、ボルテールの機体まで
収納しなくてはならないため機体の収納スペースが足りないのだ(放棄する機体がその一機で済んだのは、
ユニウスセブン上で多数の機体が撃墜され帰艦しなかったためだった)。
ルソーに収容された内火艇から、二人の人物が降り立つ。プラント評議会議長ギルバート・デュランダルと、
平和の歌姫ラクス・クライン。周囲の兵たちが、振り向いて敬礼する。デュランダルはそれを抑え、ブリッジに向かう。
格納庫の出口に着いたところで、ラクス・クラインは振り返る。作業を続ける兵たちに向け、微笑んだ。
「皆さん、ユニウスセブンの破砕作業への尽力、ありがとうございます。
我々にとって墓標でもあるあの地を破壊することは、大変辛い作業だったと思います。ですが皆さんのおかげで、
地球に住む多くの人々の命は救われました。そのことを、あの地に眠る人々も、きっと、よろこんでくれていると思います」
途中俯きながらも、何とか言葉を続ける。その後半は、半分以上自分自身に言い聞かせているようだった。顔を上げ、再び言う。
「お疲れだとは思いますが、どうか引き続きボルテールの救助作業をよろしくお願いします。
一つでも多くの命が助かりますように」
一礼して、格納庫を出てデュランダルの後を追う。一拍の後、格納庫は兵たちの歓声で埋め尽くされる。
気の早い数人のパイロットは、ボルテールからの脱出艇改修に向かうため未だバッテリー交換すら終わっていない
自らの愛機へと駆け出した。
- 32 :付き人 7/13:2006/04/28(金) 10:30:40 ID:???
- 「大丈夫かね?」
ブリッジへ向かう途中、デュランダルはミーアへ声をかける。
「はい」
どこか思いつめたような表情で、ミーアは答える。ユニウスセブンには、彼女の両親も眠っているのだ。
格納庫で述べた言葉を自分がどこまで信じているのかは、ミーア自身にも分からなかった。
多分まだユニウスに留まっているだろうマユのことも、気にかかる。普段の彼女なら、いても立ってもいられなかっただろう。
今彼女のことを支えているのは、『ラクス・クライン』という役目。『ミーア』ではなく『ラクス様』なら、
きっとこんな時だってしっかりしていらっしゃるはずだから、そして今は、自分がその『ラクス様』なのだから、
なら無様な様子なんて、決して晒すわけにはいけない。
「大丈夫ですわ。行きましょう、議長」
そう言ったミーアの顔は未だ青ざめてはいるものの、笑みのようなものを浮かべることに一応は成功していた。
「ああ、そうだな」
デュランダルは微笑むと、歩みを速める。自動ドアが開く間も惜しみ、ルソーのブリッジに上がりこむ。
いきなり入ってきた二人に、ブリッジのクルーが全員が振り向く。いや、一人だけ、ボルテールから移って指揮を取っていた
イザークは、珍客二人に気付かないかのようにモニターを睨み付けていた。
「状況は、どうなっている?」
「! 議長!」
話しかけられ、驚いたように顔を上げる。どうやら、本当に気付いていなかったらしい。
「よくはありません、こちらを」
一歩引いて、モニターの画面をデュランダルに見せる。画面に目を走らせて、デュランダルも顔色を変える。
「ミネルバに緊急通信を! いや、通常回線でいい、最大出力で呼び出せ!」
イザークが、管制官に向かって叫んだ。
- 33 :付き人 8/13:2006/04/28(金) 10:31:29 ID:???
ミネルバに二つの報告が届いたのは、ほぼ同時だった。
「ルナマリア機、確認。ユニウスセブンと本艦の中間地点です」
僅かに声を上ずらせて、メイリンが言う。
メインモニターが開いて、そこにイザークの顔が表示される。
『ミネルバ、そこを引け』
通常の連絡手順を一切省いて、イザークは言った。
『そこにいると落とされるぞ!』
「落とされる?」
『地球からユニウスセブン破砕を目的としたミサイルが多数発射された。
その位置だと、破片の一部とみなされて撃ち落されかねん』
「なんですって!」
『ザフト軍地球基地からの連絡だ。向こうはおそらく我々のことを認識していないし、認識したとしても気にかける余裕などない。
砲による破砕作業は諦め……急いでてっ…い………と――――』
画像と音声が急速に乱れ、ルソーとの通信は途絶えた。大気圏突入時に生じる電波障害だ。
艦の高度は、既に低軌道近くまで落ちていた。
「ルナマリア機は? それに、あとの三機はまだ戻らないの?」
「ルナマリア機は、現在本艦への着艦体勢に入っています。ルソーとの通信でメインモニターがふさがっていたため、
独断でサブモニターにより連絡を取りました。レイ機とマユちゃんは現在ポイント1038でメテオドライバー設置中、
アスランさんはポイント1040でジンと交戦中、陽電子砲発射の場合、射線をそこから外すようにとの要請です。」
メイリンからの報告、それを受けてタリアは考える。
ルナマリアの判断は、正しい。機体の位置さえ判明していれば、メテオブレーカーと陽電子砲での破砕作業は両立できる。
MSはぎりぎりまでユニウス上での作業を進め、限界がきたら近くにいるミネルバに帰艦、そのまま大気圏降下してしまえばいい。
危険ではあるが不可能ではない、士官学校卒業したての新兵がいかにも立てそうな、無謀だがどうにも魅力的な案だ。
おそらくはレイあたりが発案して、機体が損傷しているルナマリア(彼女の機体の右膝から先がきれいに欠けていることは、
ミネルバのレーダーでも確認できた)を、位置報告のため帰艦させたのだろう。だが、その前提はルソーからの報告で崩れた。
地球から発射されたミサイルは、MSはおろかミネルバにとっても危険な代物だ。大気圏突入過程での被弾は、
戦艦といえども致命傷になりかねない。
- 34 :付き人 9/13:2006/04/28(金) 10:34:00 ID:???
「タンホイザー、起動完了しました」
アーサーが、報告する。振り返った彼の目にも、迷いが浮かんでいる。取れる選択肢は二つだけ、ユニウス付近に留まるか引くか、
MSパイロットの命を取るか艦全体の安全を取るか。ああ、せめてMS隊と連絡が取れたなら……
電波障害がひどくてこの距離じゃあ通信も届かない。
――この距離じゃあ、届かない?
なら、届くようにすればいいじゃないの。
簡単な事実に気付いて、思わず笑みをこぼす。無謀だが、不可能ではないはず……だけどこんなことを思いつくなんて、
私もレイたちと大して変わってないということかしら?
「機関全速、進路そのまま! ユニウスセブン上のMS隊を回収する」
タリアの言葉に、クルー全員が息を呑んだ。
「危険すぎます!」
「でも、それしか方法はないわ」
アーサーの反論を一蹴する。
「地球から放たれたミサイルの目標はあのユニウスセブンよ。彼等を残して引くわけにはいかない」
「艦全員の命を、危険に晒してもですか?」
「ええ」
当然といった顔で、頷く。まるで勧められた紅茶のお代わりに応えるかのように。
「その程度の危険のために仲間を見捨てるものなんてザフトにはいないはずよ。
それに、私は誓ってしまったの、あの子のことは任せなさいと」
彼女が言っているのは、艦を後にするラクス・クラインにかけた言葉のことだった。
「なのにあなたは、私にその約束を破らせるつもり?」
「……分かりました。機関全速、進路ユニウスセブンの残骸」
アーサーが折れ、命令を復唱する。進言が聞き入れられなかったにもかかわらず、どこか嬉しそうな口調だった。
「ミサイル発射管にナイトハルト装填! 味方機以外はMSでもコロニーの破片でもちかずくもの全てを撃ち落せ!」
ミネルバのレーダーは下方から上昇してくる人工物を捕らえていた。
- 35 :付き人 10/13:2006/04/28(金) 10:34:49 ID:???
ザクの動きが、静止した。理由はもちろん分からない。目前の機体に乗ったパイロットが自分の言葉で何を思ったかなど、
サトーには決して知りえない。が、多くの戦場をくぐり抜けてきた彼の勘は、その隙が罠でないことを告げていた。
そして今の彼にとっては、それで十分だった。振りかぶり、切りかかる。ザクは、まだ動かない。が、サトーは斬機刀を
振り下ろさずに横に飛びのいた。彼の攻撃を止めたのは後方から放たれたミサイル群。それをかわし、発射地点を確認する。
白いザク、機体形状が目前の緑とは微妙に違う。その更に後ろには、見慣れぬ新型らしき機体もある。だが位置は離れすぎている。
今のミサイルにしたところで、味方のザクへの誤射を恐れた牽制以上のものではなかった。
ならば、あちらは無視していい。最優先で始末すべきは、動きの緩んだ緑のザク。振り返ろうとしたサトーのジン、
その足もとが、いきなり割れた。
「やった!」
「ああ」
最後のメテオブレーカを打ち込まれ、ユニウスセブンの残骸はさらに二つに分断された。ちょうど割れ目の辺りにいたジンが
大きくバランスを崩す。アスランの乗る緑のザクが、慌てて分断面から離れた。
「アスランさん!」
「あ、ああ、大丈夫だ」
声をかけたレイに、アスランが動揺つつも答える。ヘルメットの奥の表情は、モニター越しでは読み取れない。
「高度が危険域を割っています、急いで戻りましょう」
「ああ」
「はい!」
ミネルバがいるだろう方向に機体を向ける。三機が飛び立とうとしたところで、足元の大地が大きく揺れた。
- 36 :付き人 11/13:2006/04/28(金) 10:35:39 ID:???
「きゃあ!」
マユが出撃してから何度目かの悲鳴をあげ、インパルスが震える大地に倒れこむ。揺れに呼応して残骸上に残っていた
建造物がばらばらと崩れ、その一部はインパルスの上に降り積もった。
レイとアスランが、慌てて助け起こす。ユニウスの振動は、未だ収まらない。地球方向から昇ってきた何かが残骸へと喰らいつき、
更なる振動が発生する。地球の各国基地から放たれたミサイルだ。次から次へと上がってくるそれは、ユニウスからの脱出路を
ほぼ完全に塞ぐ。軌道衛星破壊用に開発されたそれは、一発でも当たればMSなど跡形もない。だがだからといって
ここに留まれば、大気摩擦で燃え尽きてしまう。
いや、もしかしたらそんな心配すらもはや無駄かもしれない。インパルスを助け起こす間に彼等の高度はさらに下がり、
モニターに映し出される機体は、摩擦熱で表面を赤くしている。コクピットにはアラームが鳴り響き、温度上昇による
機体異状を知らせていた。仮にミサイルの危険がなかったとしても、これではミネルバに戻るまで機体のほうが持ちそうにない……
焦りを絶望へと置き換えつつあったレイの前にさらに五発のミサイルが迫り――その全てがユニウスの手前で爆発した。
いや、したのではなくさせられたのだ。艦載ミサイル、ナイトハルトによって。それを放った宇宙戦艦によって。
「ミネ……ルバ……」
まだ進宙式も済ませていないザフトの新造新鋭艦は破片でその身を傷付けつつも、ユニウスセブンの残骸の上に
覆いかぶさるように到達し、格納庫の扉を開く。インパルスが、ザクが、摩擦熱と重力に耐えながら、そこを目指して飛び立った。
- 37 :付き人 12/13:2006/04/28(金) 10:36:39 ID:???
「MS……三機とも、収納完了。パイロットはいずれも健在です!」
メイリンの報告を聞いて、ミネルバブリッジに安堵の息が漏れる。
「まだよ!」
緩みかけたその空気を、タリアの声が引き締める。
「降下シークエンス、フェイズ3です」
更なる声に、唾を飲み込む。低軌道から対流圏までを降下するフェイズ3の範囲では、艦載ミサイルの発射どころか
満足な回避行動さえままならないのだ。それをこのミサイルの雨の中、無事に降りられるかどうかは運を天に任せるしかない。
「降下地点はいくらずれてもいい、艦をなるべくユニウスから遠ざけて!」
操舵手のマリクに、タリアが命じる。マリクは、艦の突入角度を適切に維持できるぎりぎりの姿勢で面舵を掛ける。
艦の鼻先を、ミサイルが掠めてとんだ。
「中間圏到達、ミサイル第五派、全弾回避! 続いて第六派、この高度は……対弾道弾用と思われます」
「総員、対ショック体勢、機関再始動用意! カガリ代表、安全ベルトを!」
「ああ、すまない。それにしてもこのミサイルは……うちの国からのものだな」
カガリとタリアが顔を見合わせる。思わず、笑いがこぼれた。
国を守るため放たれたミサイルが国家元首の命を危険に晒すとは、ブラックジョークにしても悪質だ。
「今の国防責任者は……セイランか。帰ったらとっちめてやる!」
顔を意図的にしかめて言う。その口調は、帰れなくなる可能性など微塵も考慮していない。
なんとも場にふさわしくないカガリの軽口に、ブリッジの数名が吹き出す。アーサーが感心したように口笛を吹いた。
オーブから放たれた28発の防空ミサイル、そのうちの23発は迷走後自爆し、4発はユニウスの破片に当たって
その落下角度を変更する。最後の間抜けな一発が命中したのは、大気圏突破中の人工物だった。
- 38 :付き人 13/13:2006/04/28(金) 10:37:27 ID:???
地球への降下の最終段階にはいったミネルバ、その遥か上空で、ルソーは180度回頭した。ボルテールの救助作業は既に完了している。射出された救命ポットは、全て回収していた。今周囲に漂っているのは、破砕されたユニウスの破片だけだ。
回頭後機関全速、最寄のコロニーへと急ぐ。艦内には先ほどの作業と戦闘で発生した多数の負傷者が収容されているのだ。
中には、一刻を争う重傷者もいる。彼等を早急に医療施設の整った場所へ移送する必要があった。
宙域を離れるルソー艦橋の窓際で、ミーアは外を見つめる。ミネルバがどうなったのかは、まったく分からない。
電波障害とユニウスセブン落下の混乱で、地上との連絡が一時的に途絶しているのだ。代わりにプラント本国からは、
議長の無事を確かめようとする通信がひっきりなしにかかってくるらしい。
ガラス一枚越しの真空の世界。今の戦闘では、一体そこでいくつの命が失われたのだろうか。
そして、砕ききれず地球に落ちたユニウスセブンの破片では?
ガラスから離れ、用意されていたいすに戻る。歌う気には、とてもなれない。本物のラクス様は戦闘後の
アークエンジェルでも歌っていたというけれど、一体どういうお気持ちだったんだろう?
艦橋から見えるユニウスの破片。次第に小さくなっていくその向こうでは、太陽系の第三惑星が蒼く輝いていた。
ルソーが立ち去ったその宙域に、一隻の船が近づいた。側弦に、ジャンク屋のマークを付けている。
早くも戦闘を聞きつけて、破損、廃棄されたMSを回収に来たのだろうか?
その船の接近に合わせるように、無数に砕かれたユニウスの残骸で何かが動く。原形をとどめているものはほぼいないが、
軍にかかわりのあるものが見ればなんだかはすぐに分かるだろう。ザフトを代表するMS、ジンの後期生産型だ。
先ほどまでユニウスセブンを守ろうと戦っていたものたちの機体。皆ぼろぼろで、数も五機にも満たない。
船はジンを素早く回収すると、逃げるようして立ち去った。
その船の乗組員も、回収されたジンのパイロットも、まったく気付いていなかった、
自分たちの後方に存在する、姿の見えない一隻の艦に。