188 :憑いてる人:2006/07/16(日) 23:44:33 ID:???
七話までの概要から。

先の大戦中プラントに移住、ミーア(ラクス)の付き人のお仕事をしていたマユは、アーモリーワンでの騒ぎに巻き込まれ、
ミーア、インパルス(ミーアのコンサート用MS)とともにミネルバへ。
インパルスでユニウスセブン破砕のお手伝いをするものの、戦闘に巻き込まれ、その間にミーアは他の艦に避難、
ぎりぎり艦内に戻れたマユとともに、ミネルバは地球へと降下……するも、地球からのミサイル(ユニウスセブン破砕用)に撃たれて被害を受ける。

189 :付き人 1/23:2006/07/16(日) 23:46:20 ID:???
格納庫の口が開き、三機のMSが開いた滑り込んでくる。
どの機体も損傷が目立ち、中でも緑と白二機のザクは塗装が三割ほどが剥がれている。
ジン部隊との交戦もさることながら、その後の降下時に発生した大気との摩擦による熱が機体への大きな負担となっていた。
あと少しでも帰艦が遅れていたならば、機体は分解を始めていただろう。
倒れこむようにして、二機のザクは収納される。
それに続いた最後の一機、見慣れぬ機体、インパルスは、『ように』ではなく本当に倒れこんだ。
その身を床に叩きつけ、機体整備用の機材の幾つかをスクラップに変えつつも、インパルスは動きを停止する。
待機していたヨウランたちが慌てて機体に駆け寄って、繋留器具でその場に固定する。
開放された胸のハッチは格納庫の床に遮られ、僅かに開いたその隙間からマユは外へと這い出した。

「レイ! マユちゃん! 」

機体から降りた三人にパイロット、彼等の無事を確認して、先に戻っていたルナマリアが言う。
ヘルメットをつけたままのレイが、それを大声で遮った。

「来るぞ、つかまれ!」

インパルスが倒れこんだときの何十倍もの振動が、ミネルバの艦体を揺るがせた。



「被害確認!」

艦長席に体を押さえつけ、振動を乗り切ったタリアが命じる。

「は、はい! 損傷箇所、報告急げ!」

そう言った副長、アーサーのほうは、揺れでいすから投げ出され、ブリッジの床に尻餅をついていた。
三半規管が異常を探知する。浮かしかけた腰を抑え、無意識にいすの手すりを掴む。床の傾きが大きくなっているのだ。

「艦体後部にミサイル一発被弾! 機関損傷、推力30パーセントにまで低下しました!」

メイリンの悲鳴のような報告。それが事実であることを証明するがごとく、艦の傾きはますます大きくなる。

「艦の高度は?」
「対流圏に入ります」
「降下シークエンス、フェイズ4を飛ばして5に移行。艦のバランスを保て!」
「現在、高度15000」
「補助翼展開まだか」
「フェイズ5移行、大気圏航行用の補助翼展開、開始します!」
「推力さらに低下中、エンジン持ちません!」
「あと三分でいい、持たせろ!」

報告を受け、矢継ぎ早に指示を飛ばす。その間も、ミネルバは落下を続けている。



190 :付き人 2/23:2006/07/16(日) 23:47:06 ID:???
「艦傾斜回復、現在高度8000……5000……」
「機関最大、補助翼展開急げ、総員、対ショック体勢!」

各員が手近な物に掴まり、推進器が核融合で生み出されたエネルギーを懸命に吐き出す。
地表近くの密度の濃い大気を補助翼が捉まえて浮力に変換し、落下速度を低下させる。
それでも、自重が五万トンを超えるミネルバが重力に打ち勝つには足りなかった。
艦の高度がゼロを切る。途端に、それまでをはるかに上回る規模の振動がミネルバを襲う。
今度のそれに比べれば、今までの揺れなど前座にも及ばない。
海へと突っ込んだミネルバは、内にためた浮力で直ちに浮き上がる。そのまま海面上に飛び上がり、再び落下。
何度か繰り返されたその動きが収まるまで、艦の内部はミキサーにでも掛けられたかのような混乱に襲われていた。
ようやく艦が水面上に落ち着いたときには、そのブリッジも脱水を終えた洗濯機の中よろしくもみくちゃにされていた。
前部オペレーター席にいたメイリンは後部艦長座席脇に、艦長席にいたタリアも中央のモニター前に飛ばされている。
ブリッジからの出入り口で、副長のアーサーがうめいた。

「みんな……生きてる?」

タリアの声に、各々がうめくように応える。メイリンが、オペレーター席に這うようにして戻った。

「現在位置……ええと、南半球の赤道近く、オーストラリア大陸の東です。
 あ、通信、入りました。発信源は艦艇、国籍は……オーブ?」



191 :付き人 3/23:2006/07/16(日) 23:47:53 ID:???


      歌姫の付き人

    第八話  オーブの休日


宇宙が人類の同属同士の闘争の舞台に加わったばかりだった一時期、宇宙戦闘用の艦艇は潜水艦に喩えられていたことがある。
両者とも、その外部を深海と真空空間という人間が生存できない環境に囲まれているためだ。
僅かな損傷が即座に致命傷になり、おまけに脱出しようがないので沈んだ艦の生存者がほぼ皆無である点でも二つはよく似ていた。
もっともこれは、もう半世紀近くも昔の話である。核レーザー融合炉の実用化によるキャパシティーの増大、複合装甲の積極的な採用、
宇宙空間での長時間生命維持を可能とする救命ランチの搭載により、今では宇宙艦艇も大洋上を航行する通常の艦艇と同程度まで
沈みにくい、そして沈んだとしても助かりやすい代物へと変わっている。
だが、地球連合が極秘裏に開発した宇宙戦艦、ガーティー・ルーには、旧世代の宇宙艦艇とは別の意味で、潜水艦と大きな類似点を
持っていた。すなわちユニウス条約を無視して搭載されたミラージュコロイド散布装置、それを起動させることで得られる隠密性である。
装置を起動させつつ、ガーティー・ルーは航行する。その前方には、ジャンク屋のマークを付けたオンボロ船。
彼等からは、こちらの姿は全く見えていないはずだ。
追尾を続けるガーティー・ルー、その艦橋の入り口が開き、仮面を付けた部隊指揮官、ネオ・ノア・ロークがはいってくる。
彼はやや重たい足取りで指揮官席へと歩みを進め、そこにどっかりと腰を下ろした。
オペレーターの何人かが、同情と忍び笑いを交えた視線を彼に送る。彼等は知っている、ネオが今まで格納庫に拘束されていたことを。
ユニウスをめぐる戦闘でまたガンバレルを損失したことについて、彼が整備班からこっぴどく叱られていたことを。
この後彼は、『バレルブレーカー』というなんともありがたくないあだ名を頂戴することになる。

「大丈夫ですか」
「……状況は?」

からかうようなリーの声を無視して、ネオは言う。


192 :付き人 4/23:2006/07/16(日) 23:48:46 ID:???
「ご覧の通り、追尾中であります。相手は民間船と見られる中古船。
ユニウスでジン部隊を回収しておりましたので、今回の事件に何らかのかかわりがあることは間違いありませんな。
これ見よがしにジャンク屋マークを付けておりますが、本当にジャンク屋に所属しているのか、はたまたマークだけをどこからか
奪ってきたのかは不明です。」
「気付かれる心配は?」
「ありません。あの船がザフトの軍事コロニーより優秀な警戒機器を積んでいれば別ですが」
「よし。現在針路から予想できるあの船の目的地は?」
「このまま行くと、廃棄コロニー群のそばを通過します。書類上は無人となっとりますが、実際はいろんな連中が住み着いております」
「厄介なところだな……まあユニウスを地球に落としたような連中だ、厄介でないはずもないか」

ネオが面倒くさそうに溜息をつく。

「だからといって、手を引く積もりはないのでしょう?」
「当たり前だ。せっかく掴んだ手がかりだ、あいつらがどういう組織なのかしっかり掴んでやろう」
「鬼が出るか蛇が出るか、なんとも楽しみでありますなあ」

リーがニヤリと笑う。ネオも不敵に頷いた。

「そうそう、ユニウス上での戦闘経過に関しては、僭越ながら追尾に入る前にジブリール様への送信を済ませておきました」
「お、すまんな」
「ですがこうなると、地球への報告は当分できなくなりますな」
「確かにこんなところで通信を開こうものなら、即座に向こうに気付かれちまうからな……だがまあ、仕方ないか」

ほんの一瞬の瞑目の後、ネオは言った。

「何しろ戦闘の途中で被弾して、自力航行が不可能になっちまったんだからな」
「はあ?」

リーが、戦艦の艦長としてはまったくふさわしくない声で聞き返した。

「だから、ユニウス落下を防ごうとした戦闘中に機関に被弾、
その修理が済むまでは動けないから、ミラージュコロイドを展開して隠れてる
――っていうのが、今の俺たちが置かれている状況だろ?」

ネオがとぼける。

「……ああなるほど、そうでしたな。いや、ついボーっとして忘れていました」

リーは、すぐに彼の意図を読み取った。


193 :付き人 5/23:2006/07/16(日) 23:49:35 ID:???
「記録上は、そういうことにするというわけですな」
「そういうこと。記録上はガーティー・ルーは未だ地球軌道上に留まっている。
ユニウスを落とした連中を回収しに来た船なんて見つけちゃいないし、ましてやそれを追跡したりもしていない」
「了解いたしました、大佐」

リーは頷くと、乗組員たちのほうを向いて立ち上がる。艦橋内をゆっくりと見回して、言う。

「全員聞いたな!」

彼等の視線が自分に集まるのを待って、続ける。

「これより本艦は、任務外の行動に入る。
これは軍規に照らし合わせれば明らかな命令違反であり、ことが公になれば処罰は免れ得ない。
よって、異議のあるものは今のうちに申し出ろ。咎めはしない。それ相応の待遇は保障する」

それだけ言うと言葉を切り、皆の反応を待つ。
何人か顔を見合わせているものはいるものの、明確に反発するものはいなかった。

「ありがとう、諸君。それでは本艦は改めて、ネオ・ノア・ローク大佐の指揮下にはいる。
これ以降の行動については、艦を降りた後は皆の胸の中だけに潜めておいてもらいたい。大佐、お言葉を」

促されて、ネオも立ち上がる。ぽりぽりと仮面を掻いて、少し考えてから言った。

「あー、まあなんだ、その、これからもよろしく頼む」

ネオの言った、なんともとぼけたその言葉。それは彼の率いる第八十一戦略機動群の、事実上の独立宣言だった。
彼の行動が、その意味が、公になるにはまだ少し時の流れが必要である。
だが今、種はまかれた。賽は振られた。ルビゴン川はもう越えた。彼の言葉を聞いた者達全員は決意した、
ロード・ジブリールの下ではなく、ネオ・ノア・ローク大佐の下で戦うことを。



194 :付き人 6/23:2006/07/16(日) 23:50:31 ID:???

――などと大見得を切ったあとで大変申し訳ないが、一つだけ訂正を入れさせてもらう。
決意したのは、言葉を聞いた全員ではなかった。
ただ一人、聞いていたのに決意していない、それどころかよく意味さえも理解していないものがいた。
調整が他の二人よりも早く済み、艦内を散歩していた生態CPU。
彼女の耳にもネオの言葉は入っていたが、それがどういうことなのかはまったく分かっていなかった。
それでも、何か大切なことが艦橋で起こっているらしいことだけは、なんとなくだが感じられた。
首をかしげて、考える。自分ひとりじゃ分かりそうにない。でもどうしよう? ネオはなんだか忙しそうだ。

「そうだ!」

いい考えを思いついて、顔を上げる。軽い足取りで艦橋から、もといた調整室へと戻る。

「スティングに聞いてみよ」

彼の調整ももうすぐ終わるはずだ。自分ひとりでは分からないことでも、彼ならきっと教えてくれる。
調整室に向かうステラ・ルーシュは、いつの間にかスキップを始めていた。

ガーティー・ルー内部で発生したその出来事は、小さいながらも後々のことを考えると決して無視できないものだった。
もっともそれは現時点では、どこにでもある些細なことに過ぎないようにも思われた。
ユニウスセブンをめぐる戦闘が終了し、今、宇宙空間はつかの間ながらも小康状態を取り戻した。
たとえそれが、嵐の前の静けさに過ぎなかったにしても。



195 :付き人 7/23:2006/07/16(日) 23:52:23 ID:???
宇宙の騒ぎは収まったが、それで人類が平和を取り戻したわけではなかった。
むしろ世界は更なる混沌の渦へと巻き込まれ、内に秘めていた問題を再び外へ吐き出そうとしていた。
細かく砕かれ落とされた、ユニウスセブンの無数の破片。
その大半は大気圏突入時の摩擦によって燃え尽きたものの、幾つかは存在を保ったままで地表へと到達し、そこに災厄をもたらした。
米国大陸に落下した破片は着弾点から半径五kmを灰燼に変え、そこに存在していた自然物、人工物全てを破壊した。
大西洋上に落ちた破片は、有史以来最大規模の津波を引き起こし、アフリカ、欧州、アメリカそれぞれで沿岸部の地形を変更させた。
他にも世界各地で被害は発生し、混乱、喧騒が引き起こされた。
それは、幸運にも直接的な被害からほとんど免れえたオーブ首長国連邦といえども例外ではなかった。
全ての破片が落下を終えた段階で、それにより生じるであろう被害の第一集計が、オーブ国防本部に詰めていた
ユウナ・ロマ・セイランのもとへと寄せられる。それに目を通したユウナは、オーブ本国の防衛態勢をレベルDから
レベルCへとひきあげさせた。規定に従って、休暇中だった軍人たちに職場への復帰を命じる連絡がまわされる。
配備されているMSの四分の一が、緊急発進可能態勢へと移行する。その手続きが滞りなく進んでいくのを確認してから、
ユウナは第四艦隊の出港命令を下した。
同盟派の影響力が強い軍の中で、本国派が手綱をしっかりと握っている第四艦隊はユウナにとっては虎の子の戦力である。
主力の重巡六隻は、第一から第三艦隊には及ばないものの、それなりの戦力、および抑止力を持っている。

「俺も出るか?」

後ろに控えていた黒髪の青年が、ユウナに話しかける。

「うーん……いや、ゲンはいいや」

ユウナは、少し考えてから彼の提案を退けた。

「ブラックフレームの最終調整、まだ終わってないんだろ? それに今回のところは、単なる牽制で収めるつもりだし」
「そうか。分かった」

ユウナの言葉に、ゲンと呼ばれた青年はあっさりと引き下がる。
その落ち着いた声は顔に掛けられたバイザーとあいまって、彼に驚くほど大人びた雰囲気を与えている。
だがよく見ればこの青年、顔立ちは驚くほど幼い。青年というより、むしろ少年といった呼称のほうが似合うほどに。

「さてと、次は在外資産の被害状況? あーあ、こりゃあ税金投入して救済処置取らないとだめかなあ……ん、なに」

報告書とのにらめっこを再開したユウナに、新たな情報がもたらされる。
それにさっと目を通したユウナの顔が、まるで恋する乙女の目をしたロンド・ミナ・サハクでも見たかのような驚愕の表情に包まれる。

「宇宙から降りてきたザフトの宇宙戦艦、しかもカガリを乗せている!? ええと……あ、いや、ちょっと待って……」

深呼吸を、一回、二回。何とか気分を落ち着かせ、その情報の意味を理解する。

「うん、分かった。第四艦隊の任務を変更、早急にその船に合流して、うちの港まで護衛してあげて。くれぐれも失礼の内容にね」

指示を下し、軽く頷いてからもう一度唖然として呟く。

「それにしてもあの人は……一体何をどうすればそうなるのさ?」

優秀な国防本部付きのスタッフも、その問いに答えることは不可能だった。
代わりに彼等はユウナの命令を正確に伝達し、命令を伝えられた第四艦隊はそれを忠実に実行した。

196 :付き人 8/23:2006/07/16(日) 23:53:20 ID:???


「右舷前方よりオーブ艦隊、接近してきます」

小一時間もたたないうちに、第四艦隊はミネルバのレーダー監視区域に入る。
そのままさらに接近し、ミネルバと同航になるように変針する。
その頃には、艦隊を構成する大小十隻強の艦型が、ミネルバからも確認できるようになっていた。

「艦隊の巡洋艦、主砲塔旋回!」

メイリンの報告で、気が抜けていたブリッジに一気に緊張が走る。

「そんな馬鹿な!」

艦長席後ろについていたカガリの引き攣るような叫び声は、重巡の主砲発射音にかき消された。
重巡が発射した250mm砲は、ミネルバにたどり着くことなく空中で爆発する。
他の五隻が発射した砲弾も、続けて放たれたミサイルも、全弾がそれに続いた。

「落ち着きなさい、礼砲よ」

タリアが、浮かしかけた腰を艦長席に納めなおして言った。
事実オーブ艦隊が放ったものに、実弾は一発たりとも含まれていない。全てが空砲、あるいは演習弾。
それをあえて放ってみせることで砲塔内に何も装填されていないことを証明する、軍艦における古くからの礼式である。

「こちらもトリスタンとミサイルで答礼を」
「は!」

直ちにミネルバからも、上空に向けてビーム砲とミサイルが放たれる。

「それにしても、いきなり撃たれると驚きますな」
「そんなこと言ってると、オーブの方々に笑われるわよ」

冷や汗をかくアーサーをタリアがたしなめる。
その奥で、先ほど誰よりも慌てて取り乱したオーブの国家代表が、自らの顔を真っ赤に染めた。

「オーブ軍巡洋艦より信号。先導ス、我ニ続ケ。曳航ノ必要アリヤ」
「オーブ艦に返信。微速ナレド自力航行可能ニシテ曳航ノ要ナシ、サレド貴艦ノ心遣イニ感謝ス」

艦の間で信号が交わされ、ミネルバはオーブに向け航行を開始する。帽子を取り外して息を吐き、タリアが周りを見回して言う。

「コンディション、グリーンに下げて。予想外のことが起きすぎちゃったけど、ともかくこれでユニウスセブンの破砕作業は終了するわ。
みんなごくろうさま。オーブまではしばらくかかるから、航行要員以外は楽にしてちょうだい」

オーブの第四艦隊はミネルバを取り囲み、自国の空母を護衛するように見事な輪形陣をつくっていた。



197 :付き人 9/23:2006/07/16(日) 23:54:24 ID:???

ミネルバがオーブへと艦首を向けたちょうどその頃、世界各地の豪邸をつなぐ情報ネットワークの中で、一つの結論が下されようとしていた。

「しかし、よくこの程度の被害ですみましたなあ」
「いやいや、この程度というにはあまりにも大きすぎる」
「左様。表面上の被害だけならばともかくとして、これでどれほどの難民が生じたかと思うと……」
「厄介なのは難民問題だけではありませんぞい。北米農業地域への被害は穀物価格の高騰を招きかねんし、
他の産業でも未来予測がさっぱり立てられのうなっとる。おかげで債券市場では、今回の件を受けてどこも最安値を更新中ですわい」

情報ネットにつないでいるものたちが、適当な相手とモニターを通して雑談を交わしている。
そんな中、新たなモニターが点灯し、そこに映し出されたブルーノ・アズラエルが口を開く。

「よいかな、諸君」

それを合図にぴたりと雑談が止んで、みなの視線が正面に(つまりは、各々の屋敷のモニター脇に備え付けられているカメラのほうに)集まる。
アズラエルは満足げに笑みを浮かべると、続けた。

「事前に送り届けておいた資料のほうには目を通していただけましたかな」

モニターを通した沈黙が、諾の意を伝える。

「そちらのほうにも書いておいたが、儂としては今回の機を利用してテュケープランの実行を考えておる。
とはいえ実行に移すともなれば、このロゴスを構成する諸君の協力も不可欠だ。そこで今日、皆の意見を聞きたいと思ってのう」

再び、沈黙。互いを牽制しあうように、モニター越しの視線が行き交う。
が、それも一瞬のこと。

「よろしいのでは、ないですか?」

最初の一人が賛同すると、後のものも皆それに追随した。

「そうですな、私としても、異存はございません」
「テュケープラン……プラント相手の総力戦でしたか。
なるほど確かに、がたがたになった国内をまとめるには、外に敵があったほうが手っ取り早い」
「まあ私のような工場経営者といたしましては、軍需を増大させる提案に反対する理由などありませんからなあ」
「同意いたしましょう。ですがやるからには、前回のようなことになるのはごめんですぞ」
「確かに。いや、ご子息のことを悪く言うつもりはないが、確実に勝ててこその総力戦ですからなあ」
「いやあ、お恥ずかしい」

話の流れが『やるかやらないか』から『どうやるか』に移り変わったのを見て取って、アズラエルは再び口を開く。


198 :付き人 10/23:2006/07/16(日) 23:55:15 ID:???
「前の戦争ではうちの馬鹿が見苦しいところをお見せしてしまって……」
「何をおっしゃられます、アズラエル様。ムルタ殿は立派に戦われた」
「そう。全ての原因はあのジェネシスなどという物騒なものを持ち出したコーディネーターども、それにあの訳の分からぬ三隻の……」
「そういってもらえると嬉しいが……やはり前回のことがあるからのう。今回は儂は一歩引こうと思っておる。
幸いにも、計画実行に関しては立案者であるロード・ジブリール君が自分に任せてくれといってくれたのでな」

その言葉に、モニターに映された顔たちがざわめく。中でも半分ほどのものは、明らかに不満そうな顔。
長い歴史を誇るロゴスにあってはジブリール財団は新興もいいところ。新参者に厳しいのは、どこの世界も同じである。

「そこでだ、ジブリール君には剣の握り手の権限を付与したいと思っておるのだが」
「剣の握り手というと……たしか戦争関連全般についての統制役でしたな」
「通称、戦争計画主任ですか。まあ、よろしいのでは?」
「ありがとうございます」

モニターが移り変わって、そこに大きく表示されたジブリールが、初めて声を上げた。

「だがジブリール君、主任就任となったからにはそれなりの具体的なプランは見せてもらえるんだろうねえ」
「はい、一週間以内に詳細をお見せいたします。とりあえず今日のところはこちらをご覧ください。
私の部下が撮ってきた映像ですが、今日中にも全世界に公表する予定です」

再び画面が移り変わり、映し出されたのは宇宙空間。

「こんなものが何に……ほう!」

そこを地球へと進むユニウスセブン、そのコロニーの残骸には、据え付けられた推進器とジンの姿がはっきりと映し出されている。
つい先ほど、第八十一独立機動群より送られてきたものである。

「なるほど、これは決定的だ」
「人的関与はほぼ確実視されていたが、こうもはっきりとした形で示されると、やはり違いますなあ」
「しかもありゃあ、ザフト製のMSだわい」

映像を目にした者たちが、おもいおもいの感想を漏らす。
それを聞いたジブリールは、モニター前から席を外すとテーブルにおいてあったワイングラスに口をつける。
映像の中でメテオブレーカーを破壊するジン、その脇に映っているアズラエルのモニターを睨みつけ、彼は楽しげに呟いた。

「まったく、食えない爺さんだ。私が成功すればよし、失敗すればそれもまたよし、
その時は私をいけにえにして自分の地盤を固めようというわけですか。
まあですが、今しばらくはあちらの思惑に乗ってやるのもいいでしょう……今しばらくは、ね」



199 :付き人 11/23:2006/07/16(日) 23:56:05 ID:???

オーブへと向かうミネルバでは、警戒態勢が通常に戻され、手すきの各員には艦内での自由行動が許されていた。
パイロットスーツからいつもの赤服に着替えたレイとルナマリアも、職務から解放されて休憩室の住人となっている。
入り口のドアが不意に開き、ソファーで本に向かっていたルナマリアが顔を上げた。

「あら、マユちゃん」

開いたドアの後ろに立っていた人物に、ルナマリアは驚いたような声を上げる。

「どうしたの、その服」
「へへ、艦長さんに貸してもらっちゃった」

そう言ったマユが着ているのは、ザフト軍用の緑服である。

「どう、似合うかな?」
「ええ……けど、どうしてまた軍服なんか」
「だって、他に着るものないんだもん。さっきまで着てたのは、今洗濯してもらってるの」

長い単独航海を想定しているため大抵のことは艦内での自己完結が可能な軍艦にも、さすがに子供用普段着までは置いていない。
アーモリーワンの混乱の中、身一つ(プラス、ミーアとインパルス)で乗艦したマユに用意できる替えの服といったら、
予備の軍服くらいしかないわけであった。

「だいぶ、大きいな」

横から、レイが口を挟む。

「うー、どうせ私は小さいですよ!」

マユが頬を膨らませ、上げた右腕に視線を向ける。
Sサイズだというのに、服の襞は手を隠してさらに折れ曲がるほど余っている。

「オーブに着いたら新しい服買ってもらうからいいもん! 艦長さんも経費で落とすって言ってくれたし」
「そういえば、マユはオーブ出身だったな」
「うん!」
「そうなんだ。じゃあ、アスランさんと一緒に来た代表の女の人のことも知ってるの?」
「女の人って、あのカガリさんのこと?」

ルナマリアの問いに、マユは少し考えてから答える。


200 :付き人 12/23:2006/07/16(日) 23:57:23 ID:???
「私がいたときは父親のウズミって人が代表だったからよく知らないけど……
女なのに行動的で、すっごい腕白って噂は聞いたことがあるよ」
「悪かったな、腕白で」
「え……わっ!」

振り向いたマユの後ろには、僅かに顔をしかめたカガリがアスラン、タリアとともに立っていた。

「あ、そのー……ごめんなさい!」
「べつにいい。間違ってはいないしな。だが、ならどうして今はプラントにいるんだ?」

何気なく発したカガリの疑問、それは今回プラントからのオーブ人帰還のためアーモリーワンを訪れた彼女にしてみれば、
どうしても聞いておきたかったこと。だがマユの口から出てきた返答は、予想以上に重いものだった。

「どうしてって言われても……他に行くところなんてなかったから。私の家族はみんなオノゴロの戦闘で死んじゃって、
オーブに戻ってもどうする当てもなかったんです」
「それは……」
「あ、でもべつにそれだけじゃないんですよ。戦争が終わって帰れるようになったときにはこっちで友達もできてたし
仕事も見付かってたしで、帰れない状態になってたんです」

目を伏せるカガリに、マユは慌てて付け加える。それを聞いたカガリは、何故かさらに複雑そうな顔を見せた。

「だから今回行くとなると、二年ぶりか。カガリさん、やっぱりオーブ、だいぶ変わりました?」

湿っぽいのは嫌いである。マユはカガリの沈んだ調子には気付かなかった振りをして、努めて明るい調子で言う。

「あ、ああ。もう復興作業も大半が完了したし、色々と新しくなっているぞ」
「へー、どんなになってるんだろ? 楽しみ!」
「艦の修理でしばらくオーブに停泊させてもらう予定になってるから、見て回る予定は十分あるわよ」

カガリの横で聞いていたタリアが、会話に参加する。

「そうだ、上陸許可も出すから、ルナマリアとレイもお邪魔でなければご一緒させてもらったら? 外国の土地を見て回るのも、なかなかいい経験になるわよ」
「え、いいんですか!」
「マユさんさえよければ」
「うん、案内してあげる」

マユが、ルナマリアに頷く。その傍らで、レイがタリアに小声で聞いた。

「ですが艦長、緊急時に備えてパイロットは一人は艦に残しておいたほうがいいのでは」
「心配しすぎよ。そうたびたびアーモリーワンみたいなことがあったらたまらないわ。あそこにはオーブ軍だっているんだし
……それに機体は全部、分解整備中。パイロットだけいても、当分は動かせないって報告があったから」

201 :付き人 13/23:2006/07/16(日) 23:58:25 ID:???
タリアの言葉に、レイは顔をしかめる。機体を酷使したことは自覚していたが、そこまでひどくなっていたとは思っていなかった。
一方マユはソファーに腰を下ろし、向かいのルナマリアが読んでいた本を覗き込む。

「それ、何読んでるんですか?」
「あ、これ? アーモリーワンで買ったんだけど……マユちゃんにはあんまり面白くないと思うわよ」
「えー、そんなこと――ありますね」

本の題名を見たマユは、即座に読むのを諦めた。ルナマリアの読んでいたそれは、ハルバートン著、『機動戦論』。
知将として名高い彼が低軌道会戦で戦死する直前に纏めたその著書は、MS、MAの登場により変化した現在の戦場について
学ぶための教典として一部軍事関係者の間ではかなりの注目を集めている……のだが、さすがにマユには守備範囲外だったようだ。

「ルナマリアさんには面白いんですか」
「うーん、面白いっていうよりも勉強になる、かな。私もザフトで赤服着てるんだから、それに恥ずかしくないように
しっかり精進しなきゃいけないし、それに将来は指揮を取る立場にまで上がるつもりだしね」
「へー、そうなんだ。赤服って結構すごいんですね」
「そりゃあアカデミーのトップ10だもん。もちろんそれだけで全部が決まるってわけじゃないけど、なったからにはそれなりの
期待はされるし自分としてもそれに答えたくなるじゃない。でもMSのパイロットなんて肉体的に三十、四十になっても続けられる
もんじゃないんだから、軍人をずっと続けるつもりなら将来に備えてこういうことも勉強しておかないと……
ね、レイだってそう思うでしょ」
「……ああ。多分、できたらそうなんだろうな」

同意を求められたレイは、複雑そうな顔をしてあいまいに頷いた。
その態度にちょっと首をかしげたルナマリアだが、すぐに矛先をマユへと変える。

「じゃあさ、マユちゃんの将来の夢とかってあるの?」
「え、うーん、とりあえず当分はラクスの付き人続けるだろうから……目指せ、トリリオン(1,000,000,000枚)ヒット、かなあ。
そのあともKDプロダクションに勤め続けるんだろうから、自分で見つけた新人をマネージャーとして一人前に鍛え上げてやる、とか?」
「いやに現実的な夢だな」

カガリが、ぼそりと呟く。

「えー、じゃあそういうカガリさんはどうなんですか? 将来の夢とかなりたいものとか」
「いや、なりたいものも何も……私はもうオーブの国家代表なんだが……」
「……あ、忘れてた」

ポン、と手を叩いて言ったマユに、ルナマリアとタリアが思わず噴出す。
レイも僅かに頬を緩め、どこか浮かない顔をしていたアスランも微かな笑みを浮かべた。
その中で、ただ一人険しい顔を続けるカガリ。彼女が発しようとした言葉を、ミネルバの艦内放送が遮った。

『艦橋より総員に伝達、本艦はこれよりオーブ、オノゴロ島に寄港します。
到着時間は1400、今から三十分後の予定。警備班は接舷準備を開始してください』

メイリンのその放送を聴いて、マユが部屋の窓から外を覗く。
周りを囲むオーブ艦の向こうに、オノゴロ島の港の姿が覗いていた。


202 :付き人 14/23:2006/07/16(日) 23:59:18 ID:???

寄港後、カガリは代表としての仕事があるということでアスランを伴って艦を後にした。タリアはオーブの技術士官と艦の修理方針に
ついて話し合い、修理完了予定を一週間後に設定した。マユはミネルバ内で、ルナマリアたちと明日のオーブ見学について話し合った。
見学に同行することになったのは、パイロットのレイとルナマリア、その妹で管制官のメイリンに整備兵のヨウラン、ヴィーノだった。
彼等は歳相応に騒がしく(約一名、例外あり)どこに行くかを検討し、その後早々に床に就いた。他の部署も皆、それに倣う。予定を
無視しての出港とそれに続くいきなりの激務で彼等は皆疲れていたし、昼夜を問わない(もっとも、宇宙には始めからそんなものは
ないが)勤務体制で狂いっぱなしだった体内時計を早急に現地時間にセットしなおす必要もあった。



ミネルバ艦内が沈黙に包まれている頃、しかしオーブ行政府はまだ眠ってはいなかった。
ほとんどの部屋に明かりが灯され、ユニウスセブン落下による諸々の影響の分析、統計が行われている。
その廊下を、カガリは早足で奥へと進む。書類を抱えた役人が、彼女に驚いて道を譲った。

「ユウナ! どういうことだ!?」

目指していた部屋の扉を空け、開口一番に叫ぶ。その様相は、あたかも敵陣に単身で乗り込んだ兵士のよう。
実際今の彼女の立場は、それと似たようなものなのだが。

「やあカガリ、おかえり」

部屋で、書類に向かっていたユウナが顔を上げる。

「ゴメンね、出迎えにいけなくって。僕も色々と忙しくってさ」
「そんなことを聞いているんじゃあない!」
「え、じゃあ……もしかして君のルージュ勝手にデータ取りに使ったのばれちゃった?」
「ストライクルージュをデータ取りに……最近軍工廠で姿を見かけると思ったら、お前そんなことやってたのか、って、違う!」

ユウナの後ろ、バイザーをかけた青年は、言い争う(というより、カガリが一方的に突っかかっているだけだが)二人を興味なさげに
眺めている。やっと追いついたアスランが、開けっ放しになっていた扉から、部屋の中に入ってきた。

「第三艦隊の件だ。何故あれを、外洋展開させる必要がある? 今第一にやらなければいけないのは、被災地への救援、救助だろう」
「ああ、そのこと。ところがそれが、そうも言ってられなくなってきててね」

ようやくカガリの問いを理解したユウナは、部屋に置いてあったテレビをつける。

「これは!」
「ありゃ、間違えた」


203 :付き人 15/23:2006/07/17(月) 00:00:18 ID:???
映し出された映像を見て、二人は対照的な声を上げた。映っているのは、落下途中のユニウスの映像。そこに取り付けられた推進器と、
それを守るジンの姿。ジブリールが、情報ネット上で流していたものだ。次に画像が移り変わると、ユニウスの落下で引き起こされた
世界各地の惨状とともに、今回の事件についてプラントを非難する趣旨のアナウンサーによる解説が流される。続いては、各国での
プラント非難のインタビューやデモ。絶句するカガリ、苦い顔で見つめるアスラン、画面に目も向けず相変わらずの無表情な青年。
ユウナはリモコンをいじくって、テレビのチャンネルを切り替える。

「これは今日の夕方から流れている放送、見ての通り世界各地で反プラントの声が上がっている。
まああんなものが落ちてきたところでこんな映像が流されれば、無理もないだろうけどね。
でもそれよりも、僕らにとって重要なのはこっちのほうだ」

切り替えられた画像、そこに映されているのは先ほど同様のデモ行進。
だが、唯一つ違うのは、隊列を組んだ人々が放つ非難の対象。
そこで槍玉に挙げられているのはプラントではなくてオーブだった。

「なんだ、これは!」
「隣国、オーストラリアの映像だよ」
「何故こんなことが?」
「いや、まあ、実は僕の責任みたいなところもあるんだけどね」

デフォルメされたオーブ国家代表の似顔絵が破られ焼かれるのを見ながら、ユウナは苦笑いを浮かべた。

「そうだ、先に謝っておこう。ゴメンね、カガリ。君の乗っているプラントの艦にミサイル撃ち込んじゃって」
「え……あ、ああ。驚いたが、あれはユニウスセブンの破片を狙ったんだろう?」
「うん。でも一緒に落ちてくるミネルバとかいう艦にも間違って当たっちゃった」
「あの状況ならそれは仕方ないだろう、不可抗力だ」
「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ。
ついでにもう一つの不可抗力についても、向こうがそう言って許してくれると嬉しかったんだけどね」

そう言ったユウナは、再び画面を操作する。オーブ周辺の地図が表示され、そこの上空に当たる位置を二つの黒点が移動し始めた。

「それでこれが、そのミサイルを発射したときの状況。
黒点がミネルバとユニウスの破片……この時点だと二つは判別できてなかったからね。
それでこの白点が、オーブから撃ったミサイルだ」

現れた白点は、黒点と重なって消える。黒点の一つは移動速度を緩め、もう一つは落下軌道をオーブ近海から右にずらす。

「この、右にずれたほうが破片。そして軌道がずれた結果落ちたのが――」

カガリの見つめるその先で、右にずれた黒点は、地図上のオーストラリア大陸と重なって消る。

「よりにもよって、なんていうところに……」

カガリが呻いた。


204 :付き人 16/23:2006/07/17(月) 00:01:21 ID:???
「なるほど、分かった。それでこの件に関してのオーストラリア政府の反応は?」
「表向きは、今回の件に関する謝罪と責任者の引き渡し、ならびに発生した被害についての全額賠償、
オーブ西方領海問題における領海権および海底資源採掘権の全面委譲ってとこかな」
「相変わらずだな」
「うん。ついでに向こうの軍にも動きが見られたから、即応できる艦隊で牽制させた。第三艦隊を動かした件、納得してもらえたかな?」
「ああ。だがこれは、大変なことになるぞ」

頭を抱えたカガリに、ユウナが深く頷いた。

オーブとオーストラリアの仲は、現在きわめて悪い。それは、通勤中に電車の中で週刊誌のつり革広告さえ眺めていれば、誰にでも
分かる事実である。もっとも、この二国の仲は始めからそう険悪だったわけではない。仲がこじれたきっかけは、前回の戦争の後半期
における立場の違いにある。つまり、結果的にはともに連合と対立しながら早々に降伏したオーブ、最後まで抗戦し続けたオーストラ
リアの違いだ。特に広大な国土の中に敵を引き込む戦法をとったオーストラリア本土では、文字通り国民を総動員しての徹底抗戦が行
われ、その戦火は終戦後もしばらくは収まることがなかった。現在の人口が戦前の三分の一に達していないという事実からも、その凄
まじさが窺える。そうして戦争で深い傷を負ったオーストラリアの国民感情は、戦後比較的浅い傷で戦争を乗り切ったオーブに対して
牙をむいた。実際、先に降伏し連合に下っていたオーブはエアーズロック降下作戦においてはきわめて有能な後方基地としての役割を
果たしていたわけであるから、それはまったくの逆恨みとも言い切れない。
一方のオーブも、連合軍の上陸を簡単に許してしまったという戦訓から、国防方針を洋上での迎撃重視に変更、それに伴ってあいまい
なまま放置してあった西方領海の領有権をオーストリアに対し明確に主張することになっっていた。さらに戦中における水中MSの発
達によって初めて採掘可能となった深海資源の問題がそこの絡み、両国の間には修復不可能な溝が生じていた。
ここで、さらに話を複雑にしているのが、オーストラリアに存在するカーペンタリア基地の存在だ。ここに駐留するザフト軍は、
オーストラリアのオーブに対する無言の圧力となっている。オーブとてプラントと友好的な関係を保ってはいるが、貴重な地上勢力圏
を維持したいプラントにとって基地の土地を提供しているオーストラリアとの関係のほうが重要なのは明らかだ。その関係を維持する
ため、プラントがどこまでオーストラリアに譲歩するかは分からない。オーブ国防省は最悪の事態――連合とプラントが再び戦争に
突入した場合における、ザフト軍と協力したオーストラリア主導によるオーブ侵攻――を想定して、基本的な防衛体制を整備している。
その象徴ともいえるのが、二番艦が就役間近のタケミカズチ級巨大航空母艦の存在である。
もちろんそのような事態を未然に防ぐべく、外交面での努力も行われている。一個艦隊を用いて行われたミネルバに対する盛大な
出迎えも、その一端である(外交努力がオーストラリアではなくその後ろのプラントに対して行われているという点がこの問題の
深刻さをあらわしているといえよう)。


205 :付き人 17/23:2006/07/17(月) 00:02:19 ID:???
「そこでだ、一つ提案があるんだけど、いいかな」

ユウナが、微笑みながら言う。

「なんだ?」

カガリは眉をひそめて応じた。

「いやー、ユニウス落下でこれから色々と大変なことになりそうじゃない? 大西洋連邦のほうでもきな臭い動きあるみたいだし。
だから今、国内が本国派と同盟派に割れてるのって、色々まずいと思うんだよね」

実際、二派の対立は国政を取るにあたっても深刻な問題を引き起こしている。
それを思い出し、アスランは苦々しい顔を見せた。

「それはそうだが……だからといって簡単に纏め上げられるものでもないだろう。できたらとっくにやっている」
「うん。でも一つ、いい方法思いついちゃったんだ」
「なんだ、それは?」
「えっとね……結婚しない?」

そのユウナの発言に、部屋にいるほかの三人の反応が始めて一致した。すなわち、目をまん丸に見開いて絶句した。

「色々考えたんだけど、それが国をまとめる一番手っ取り早い方法なんだよね。あ、もちろん愛人の一人や二人は自由にもっていいよ」

そう言って、ユウナはアスランにウインクしてみせたが……相手に聞こえているかどうかは判別できなかった。



206 :付き人 18/23:2006/07/17(月) 00:03:08 ID:???

そんなこんなで夜も明けて、翌日のオーブ市街地である。
商店区画の中央を貫く大通りには、ものめずらしそうにあたりを見回しつつ進む六人組の姿があった。
上陸許可をもらい、買い物に出たマユたちである。
レイはいつもと変わらぬ様子。
だが続くルナマリアとヨウランはなぜかげっそりした様子で、ヴィーダとメイリンはそれとは逆に元気一杯である。
その違いを作っているのは、彼等に囲まれて盛大に愚痴を吐いているマユであった。

「だからさあ、私としては思うわけよ。あんたは一般人じゃあないんだから、もう少しそのことを自覚しろって!
 なのにラクスってばいくら言っても!」

ヨウランとルナマリアが、仲良くハアと溜息をついた。

この状況のきっかけは、ヨウランの発した何気ない一言だった。

「マユちゃんって、ラクス様の付き人やってるんだって。普段のラクス様ってどんな感じなの?」

別に、秘密の恋人の存在を聞き出したかったわけではない。
ただ普通なら絶対に知りえない有名人の普段の顔がどんなものなのか、聞いてみたかっただけだった。
一般人が知りえないラクス・クラインの素顔を知ることで、ほんの僅かな優越感に浸り、
それにより普段の生活にほんの僅かでも張りが出ればそれで彼は満足だった。
が、マユの口から出てきた言葉は、彼の想像のはるか斜め上をいっていた。

「ほんと、朝は起きないし練習はすぐサボろうとするし部屋はすぐ散らかすしにんじんとピーマンとしいたけは残すし……」

彼女が漏らしたのはラクスに対する盛大な文句、しかもどれも母親が自身の子について言うようなものばかり。
どうやら、なんか溜まっていたものがヨウランの言葉をきっかけに爆発してしまったらしい。
そりゃあまあ、仕方ないのかもしれないけど、そういう文句もあって当然なのかもしれないけど、
それでもやはり、マスメディアによって作り出された偶像の真実の姿(?)がぼろぼろと現れてくるのは、
見ててあまり楽しいものじゃない……いや、まあ、メイリンとヴィーダはなぜかすっごい楽しそうなんだけど。

「こないだのアーモリーワンでだって、不用意に帽子取ったせいでファンの人に追いかけられて、すっごい大変だったんだから!」
「……へえ、そうなんだ」
「あっ、あった。ここのお店は入ろう。そうだ、今の話他の人には秘密にしといてね」

そういうと、マユは店の中に入っていく。ヴィーダ・ヨウラン・メイリンも、それに続く。

207 :付き人 19/23:2006/07/17(月) 00:04:56 ID:???
「なんだかなー。ラクス様がそんなだらしない人だったなんて、驚いたわ」
「そうなのか?」

溜息をついたルナマリアに、レイが不思議そうに聞いた。

「そうじゃない。だってあのラクス様なのよ」
「なんだお前まで、馬鹿馬鹿しい」

少々興奮気味のルナマリアとは対照的に、レイの口調は平静そのもの。

「おそらく皆、そうしてイメージを気にする。お前のように。
 だが何故かな。何故人はそれを気にする。歌手は清純で、普通の人間とは違うと思うからか」
「え?」
「俺はそれはどうでもいい。ラクス・クラインは歌が上手い、俺はそれでいい」

そういうと、レイも店の中に入っていく。
「……レイって、芸能とか興味なさそうだからなあ」

彼の反応に、ルナマリアはある意味ものすごく納得してあとを追った。


マユ・アスカは戦災孤児である。オーブ戦後プラントに移住したのはいいものの、そこに頼ることの出来る親戚なども
一人として存在してはいなかった。ミーアと出会ったことにより寂しさを紛らわすことは出来たものの、そのことでも
経済的側面での問題は、全く解決していなかった。結果強いられた窮乏生活、その経験は彼女に対し重大な影響を与えていた
……いろんな意味で。

「あ、これも買っちゃおう!」

ポイ、と、何のためらいもなく、また一つカゴに服が放られる。
いったい何着目になるのだろう? 店に入ってまだ十五分も立っていないのに、マユのカゴの中では服が山をなしていた。
トレーナー、スカート、ズボン、ワンピース、いくら女の子が買い物好きとはいえ、一度の買い物で買う量の限界を、それは優に超えている。
一枚一枚を見る限りでは、どれもどちらかというと地味目、おとなし目で決して高価ではないのだが、
枚数が枚数なだけにこれでは勘定もちょっとした額になるだろう。

「えっと、後は普段着をもう三枚くらい……」
「ちょっとマユちゃん、まだ買うの!」

さらに別の売り場に移動しようとするマユをルナマリアは慌てて止めた。

「うん、だってタダだし」
「え?」
「艦長さん、経費で落とすから遠慮するなって言ってくれたし
……今たくさん買っとけばこの先一年くらいは洋服代ゼロに抑えられるもん」

マユ・アスカの座右の銘、その一。おごられる場合は遠慮はするな!
議長に拾われるまでの間の貧乏生活で、彼女が学んだ生きるための知恵である。


208 :付き人 20/23:2006/07/17(月) 00:06:11 ID:???
「でも、そんなにたくさん買っちゃって、払うお金あるの?」
「うん、副長さんにカード貸してもらっちゃったから」
「へー」

結構いいとこあるんだ、と、アーサーを見直しかけたルナマリアは、

「あ、でもその後『領収書は絶対に切るんだぞ』って、しつこくしつこく言われたけど」

すぐにその思いを取り消した。

「そうだ、ルナマリアさんたちも何か買います?」
「あ、私この手提げ鞄ほしーい」

横から口を挟んだメイリン、手には流行りもののバッグが握られている。

「ちょっとメイリン、無駄遣いは止めなさいよね」
「えー、でもー……」

バック片手に渋面をつくるメイリン。が、ルナマリアも譲る様子は見せない。

「あんたはすぐに無駄遣いするんだから!」
「無駄じゃないもん! それにお姉ちゃんだってアーモリーワンでは高そうな本買ってたじゃない。
あの後お金足りなくなって妹に昼飯たかろうとしてたのはいったい誰よ」
「そ、それは……」

そんなことがあったのか、と、驚き顔のヨウラン、ヴィーダ。横では、レイが黙ったまま頷いている。

「あ、あの本は面白いからいいのよ!」
「じゃあこのバッグは可愛いからいいのよ!」

顔を赤くして言うルナマリアに、メイリンが応じる。
どう見ても、優勢なのはメイリンのほう。姉の面目丸つぶれである。

「お、おい」
「まあまあ」

にらみ合った二人に、ヴィーダとヨウランが割ってはいる。そこに、

「あ、大丈夫ですよ」

すっと伸ばしたマユの手が、メイリンの持っていた流行物のポーチバックを掴む。
ポーチバックは、新たに選んだ白いTシャツと共にカゴの中に入れられた。


209 :付き人 21/23:2006/07/17(月) 00:07:49 ID:???
「一緒に買っちゃえば問題ありません!」
「ダメよ、そんなの」

慌てて止めようとするルナマリアに、マユはにっこり笑って言う。

「領収書も一緒に切っちゃうから平気です……払うのはザフトですから」
「あ、なるほど」

マユ・アスカの座右の銘、その二。領収書は魔法の紙、一緒に切れば恐くない。
人生、綺麗事だけじゃ生きていけないのである。

「みんなも買うものあったら入れちゃってください、どうせ支払いはザフト持ちです」
「あ、じゃあ俺も!」
「こないだシャツをMS整備用の油で汚しちゃって、新しいのほしかったんだよね」

マユの言葉にあっさり甘え、ヨウランとヴィードも自分のほしいものをカゴに入れる。

「え、でもいいの?」
「気にするな、俺は気にしない」
「ちょっと、レイまで……まあ、みんながそうするんだったら私も……」
「とか言って、自分が一番高いもの選んでるんじゃない」
「ほ、ほしかったのよ、このバック!」

ちなみにレイが選んだのは0G空間でも使える特製万年筆、ルナマリアはツャネルのポーチ。

「それはそうとルナ、それ偽者だぞ」
「偽者?」
「ああ、有名ブランドのまがい物だ」
「いいのよ、私はこれが気に入ったんだし」

「あ、お会計お願いしまーす」
「はい、ありがとうございます」
「支払いはカードで、あと領収書を」
「はい。品目名と御宛名のほうはいかがなさいますか?」
「お品代で、名前のほうは……ザフト宇宙軍宇宙戦艦LHM−BB01ミネルバでお願いします」
「……え?」

会計係の店員が目をまん丸と見開いたのも、まあ無理ならぬことといえよう。


210 :付き人 22/23:2006/07/17(月) 00:09:17 ID:???
――ミネル……バ?

マユのその声を聞いて、店内に買い物に来ていた一人の女性が首をかしげた。

――そういえばあいつ、新型戦艦が地球に降りてったって昨日メールで言ってたっけ。

女性はそんなことを思い出して、深くは考えないままにその店を出た。
彼女の名はミリアリア・ハウ。先の大戦ではアークエンジェルに乗艦し、オペレーターを勤めていた人物だ。
現在の彼女は駆け出しのジャーナリスト、
今日この店を訪れた目的は、ユニウスセブン落下の被害取材に出かけるにあたり必要な生活必需品を取り揃えること。
ジャーナリストになってから体験する、大きな事件……いや、ジャーナリスト云々に関係なく、出来れば二度と体験したくない
あまりにも悲惨すぎる事件。その存在に気を取られ、今の彼女はジャーナリストにとって必要不可欠な資質、ネタを嗅ぎ付ける嗅覚を、
一時的とはいえ失っていた。もし彼女がマユたちの会話にもっと聞き耳を立てていたら、そしてマユの横に立つ金髪男が何物なのか
気付くことが出来ていたら、翌日の朝刊にはきっとこんな見出しが躍っていたことだろう。

『プラント最高評議会議長の息子、ザフトの資金を私物購入に流用!
 昨日、オーブの〇〇商店でギルバート・デュランダル議長の義理の息子、レイ・ザ・バレルさんが
新鋭戦艦に割り振られた接待用予算を流用し、高級万年筆を購入していた事実が判明した。このこと
に関連し、評議会はデュランダル議長に事実認識の有無を確認するとともに氏の道義的責任を追及し……』

不幸(あるいは幸運)にも、ミリアリアはそのまま店から立ち去って、真実は闇の中にうずもれ消えた。
ミリアリア・ハウは目の前にあった大スクープを物にすることが出来ず、ギルバート・デュランダルは
自身の政治生命にとってもしかしたら最大だったかもしれない危機を知らぬ間に乗り越えることが出来た。
もしこのとき、ミリアリアが気付いてそれを記事にしていたならば、その後の歴史はいったいどのような展開を見せていたのだろうか?
それは、非常に興味深い『if』である。が、今それについて問うことは、何の意味も持つことはない。
『if』はあくまで『if』でしかない。歴史に『……たら、――れば』は厳禁である。
そんなありもしない仮定の話を面白おかしく語ることは、どこぞの与太な物書きにでも任せて、
我々は真実の歴史に――買い物を終えたマユたちがオーブ観光に繰り出そうとミリアリアとは別の方向に歩き出した歴史に
――目を向けていこうではないか。



211 :付き人 23/23:2006/07/17(月) 00:10:11 ID:???

真実――嘘偽りの無い本当のこと。しかし歴史における真実とは、必ずしも明らかにされるとは限らない。
実際に起こったことでありながら、もろもろの都合で公開されず、闇へと葬られるものも数知れない。
そんな真実がまた一つ、今宇宙では作り出されようとしていた。

「死角はコロニーの中心軸の延長線、そこからはずれなければ大丈夫だ」

ネオが、目の前の三体の鉄塊に言う。鉄の塊がかすかに動き、外に設置されたスピーカーからノイズ交じりの声が響く。

『心配すんなって、うまくやってくるからさ。ま、ネオはそこでのんびり見ててよ』
「ああ、期待しているぞ」

ネオは三体を――三着の試作装甲機動宇宙服を着込んだスティング、アウル、ステラを見渡して、改めて頷いた。
今の戦艦ガルディー・ルーは、ミラージュコロイド散布状態で停止中。
前方には、追尾していたジャンク屋船が入港している廃棄コロニー。
建造途中で打ち捨てられ、先の大戦でのメンデル同様今は陰謀の温床となっている場所だ。

「連中のユニウス落とし関与に関するの証拠を手に入れたい。
MSでぶっ壊すわけにもいかないから、潜入して可能ならやつらを排除しろ。
ただし、絶対に無理はするな。人数が多すぎると思ったら速やかに退け」
『大丈夫だよ』
『わかった、任せて』

格納庫から、アウル、ステラが外に出る。あたりには小デブリが舞っている。
MSならともかく、人間レベルの大きさなら探知される心配は無い。

『なあ、ネオ』
「なんだ?」
『いや、今はいい。この仕事終わったらちょっと話あるんだけど、いいか?』
「ああ、かまわんぞ」

最後に残ったスティングはゆっくり頷くと、自身も宇宙へと飛び出した。
黒く暗いその宇宙で、廃棄され放置されたコロニーは、今の時代から取り残されたように、唯一つ、浮かんでいた。