メルファラ救出作戦 第3章 セイルズの郭にて

第3章 セイルズの郭にて


 二日後の昼過ぎ、一行はセイルズに到着した。

 大河ヘリオスに面した船着き場であたりを見回していると……

「うわあ、結構大きな町だったんですねえ……」

 アルマーザがつぶやくのが聞こえてくる。それにはアウラも同意見だった。

《あのときは来られなかったのよね……》

 ここはつい最近、アキーラからガルデニアに向けての大中央突破を行った際に立ち寄ったのだが、そのときは大軍の食料調達をするためみんなてんてこ舞いだった。

 彼女たちも夜遅くまで荷運びや整理の手伝いで、あたりをゆっくり見ている余裕などなかった。しかも翌朝には早々にガルデニアに向かって進軍だ。なのでセイルズの町は郊外のキャンプ地から遠目に眺めるしかなかったのだ。

「あ、こっちも家が木でできてるんですね」

 アラーニャが珍しそうに言う。

 サルモでもそうだったように、この町も中心部に見える庁舎は石造りのようだが、それ以外の家屋は大きく立派な家でも木造なのだ。

《ハビタルともちょっと違うのよね……》

 ベラの首都ハビタルも石造りではない家が多かったが、あちらは骨組みは木造でも壁は土で塗られていて、全面木造のこちらの家屋とはまた違った風合いを示していたが……

 だがそれよりも感じるのがこの町の開放感だ。

「あー……ここってこんな大きな町なのに城壁がないんですね……」

 アルマーザがあたりを見回しながら言う。

「あ? 言われてみればそうよねえ……」

 ティアが首を傾げているが……

 確かにこれまで訪れてきた大きな街は全体が城壁で囲まれたところが多かった。

 ここしばらく住んでいたアキーラやガルデニアがその例だが、そんな町は出入りするのにごつい城門を通っていく必要がある。おかげで外から見ても中にいても結構な圧迫感を感じるものだが、ここにはそれがないのだ。

 と、それを聞いていたキールが答えた。

「あ、それはセイルズが辺境だったからなんだろ?」

「辺境? ここが?」

 ティアがびっくりしたように尋ね返すが……

「ティアは都で習ったんじゃないのか?」

「え? あ、ほら、あちらでは色々習うことが多いから歴史ばっかり勉強してられないのよ! あはははっ!」

 そんな彼女を全員が生暖かい笑顔で見つめると―――キールが説明を始めた。


 ―――この中原地帯の歴史は大聖が西遷してきて白銀の都を築いたときから始まる。

 そのときはまず西遷路にあたるグラテスやアイフィロス、メリスなどができて、そこから平原の西を流れる大河アルバ沿いにたくさんの小国が乱立していった。

 小国群はその領土や水運の利権などを巡って争いを繰り返していたが、やがてその中からウィルガ、アロザール、レイモンといった大きな国が発展していった。

 一方、大河ヘリオス沿いの東部平原地方はそんなアルバ川沿いの争いからはじき出された勢力を中心に開拓されていった。

 こちらも最初は小国が分立していたが、やがてそれを統一するのがラムルス王国となる。

 そしてヘリオス平原の東や南東部地方は歴史的には最も開発の遅れた地域で、シルヴェストやサルトスは蛮族の地であった―――


 それを聞いてアラーニャが驚いたように言った。

「えー? そうだったの? ガルデニアってすごく立派な街だったけど」

「うん。でも歴史は一番新しいんだよ。サルトスは」

「へえ……」


 ―――そんな東部平原地帯だったが、西部でウィルガなどの大国が興って争いが熾烈になっていくと、そこと平原越しに接していたラムルスもまたそれに巻き込まれていくこととなる。

 しかしその当時のシルヴェストやサルトスの地域は小さな部族が割拠する状況で、ラムルスを後方から脅かす力がなかった。またラムルスにしても当初は西からの脅威に対応するのが精一杯で、そんな辺境に手を出している余裕はなかった。

 そんな結果として東部平原地域は、ちょっとした小競り合いはあったにしても比較的安定していたのだ。

 セイルズは元々そんな地域にあった河畔の小都市だったので、そこまでして戦乱に備える必要がなかった。

 そしてそんな平和な場所だということで各地から人が集まって現在のように発展していくが、それでも辺境であることには変わりなく、特に西の大河アルバ沿いの国家群にとってはあまり戦略的重要性がないことには変わりがなかった―――


 アルマーザがうなずいた。

「あー、なるほど。戦争がなければあんな壁を築く必要は無いですもんね」

「でも、今は違いますよね?」

 そう。アラーニャの言葉通り現在は思いっきり戦争中だ。

 今ここから見てもアロザール軍の制服を着た兵士があちこちうろついている。それを見て最初はみんな緊張したものだが、レイモンにいた頃のような無法な感じでもない。

《あ、フィンが言ってたあれかしら……》

 大中央突破後、セイルズは早々にアロザールに奪還されてしまったが、あんな奴らまたすぐ蹴散らしてやる! と息巻く人々も多かった。だがそれに対して彼は何度も、今度の敵は決して侮れないと言っていた。

《質の悪い連中はもう逃げた後だから、いま残ってるのは精鋭だって思ったほうがいいって……》

 カロンデュール大皇を旗頭とする連合軍の前にアロザールは一時は風前の灯だった。それが何とか持ち直したのはアラン王が裏切って敵方に付いたためで、その過程で多くのアロザールの傭兵たちは逃げ出していた。

 そして残っている兵士はアロザール人による部隊か、傭兵でもいったんある国に仕えると決めたらそこに忠誠を誓うような責任感の強いタイプなのだ。

 実際、レイモンで戦っていた頃のアロザール兵は正直町のチンピラレベルだった。しかし今いる奴らはあれよりはずいぶんと洗練されているのが一目瞭然だ。

「ここがこんなに重要な場所になったのはつい最近だったみたいだからね」

 キールが説明する。


 ―――その戦略性が変化したのはレイモン王国がウィルガとラムルスを滅ぼしてしまったためだ。そのためこれまでは後方の輸送拠点だったセイルズが一気に最前線となったのである。

 そこで突如矢面に立たされたシルヴェスト王国やサルトス王国はまさに風前の灯と思われた。

 ところがそこにアラン王が現れて、シルヴェスト、サルトス、アロザール、そしてアイフィロスからなる“小国連合”を立ち上げてレイモンと対決する道を選ぶ。

 このときもし彼がいなければこの四国は間違いなく各個撃破されて潰されていただろう。

 だが彼のおかげで四国が連携して動いたためレイモンはそれ以上の侵攻ができなくなったのだ。

 それからシルヴェストはベルジュ、サルトスはアコールを要塞化してレイモンの侵攻に備えた。

 だがそれに対してレイモンはシフラやセイルズを強化しなかった。シフラに関しては元々が要塞都市だったからだが、セイルズはこの通りほぼ無防備の状態だった―――


「どうしてなのかしら?」

「それはつい最近まで他の国にとっても謎だったみたいなんだけど……」


 ―――小国連合側はセイルズを要塞化しない理由を、レイモンは平原の会戦では圧倒的な強さを示していたからだとしていた。実際、平たい土地での戦いでは戦場を縦横無尽に駆け巡るレイモン騎馬隊はまさに脅威だった。

 しかし戦に絶対はあり得ない。些細な要因で戦いの帰趨がひっくり返ったことなど、歴史を見れば枚挙に暇はない。

 なのでやはり重要な拠点は防衛を固めておくのが自然だと思われたのだが―――


 キールが言った。

「そのあたりの答えは当事者から正解をきくことができたんだよね」

「あ、アリオール様ですね」

「うん。彼らと合流してから真っ先にフィンさんがいろいろ尋ねてたけど……」


 ―――実はレイモン国内でもガルンバ将軍などはここを要塞化すべきだと考えていた。

 しかしレイモン王国は拡張はしたが、四方を敵に囲まれた状態で大軍を維持しなければならず、財政的にも決して裕福とは言えなかった。

 そもそもレイモンの拡張は彼らの意思と言うよりは、降り掛かった火の粉を払ったという要素が強かった。アロザールにちょっかいをかけては撃退されていたウィルガ王国が業を煮やして北の小国に手を出したというのがその発端なのだ。

 だが戦いにおいて中途半端なことをして良いことはない。

 なので先々代のルナール王はまさに徹底的に抗戦し、その結果としてウィルガはおろか、ラムルスまで滅ぼしてしまうという、本人も予想だにしなかった結末を迎えてしまったのだ。

 すなわちレイモンにとって実はそんな広範囲の領土は少々持て余し気味だったのだ。

 さらにルナール王の後を継いだマオリ王にはそれを維持していこうという強い意志に欠けていた。

 こうして王が決断を先延ばしにしているうちに、今回の騒ぎが始まってしまったというわけだった―――


《そんな話、フィンやミーラがしてたわよね……》

 アリオールと合流した後、何やら彼らがそんな歴史の話で盛り上がっていたことを覚えているが―――アウラは興味があまりなかったので半分寝ていたのだが……

「キールよく知ってるのねえ」

 ティアが少々意外そうにつぶやくが……

「いや、だってヴェーヌスベルグの歴史とかにも関わってくることだから……」

「え? そうなん?」

 アルマーザがちょっと首をかしげる。

「ヴェーヌスベルグの祖となったさすらいの一族は、元はシルヴェストやサルトスの地域に住んでいた人々だったんだよ。それがやがて追い出されて各地に散らばっていって、その一部がこっちにやってきてるんだ」

「へえ……」

「だからアルマーザ達はサルトスとかの人々と遠い祖先は同じなのかもしれないね」

「へえぇ……」

 アルマーザとアラーニャが感心しているが―――それよりもアウラはそろそろ他のことが気になってきていた。

「それで今日はこれからどうするの?」

 ティアが我に返ったように答える。

「あ! それよっ! えっと、まずはともかくシフラに行く船とか乗合馬車とかがあるかどうか調べなきゃね」

 だがそれを聞いたアルマーザが尋ねる。

「あったとして……それに乗ってって大丈夫なんでしょうかね? ほら、あの船員さんも言ってたけど……」

「うーん……」

 ティアが考え込む。

 サルモからセイルズへの船旅の間、乗組員と色々話をしていたのだが、セイルズからシフラに行く途中でシルヴェストの支配地域に変わる地点では結構厳しい検問があるという。

《アラン王が裏切るまでは敵同士だったものね……》

 今では両国は同盟関係にあるとはいえ、それまでの経緯を考えればそう簡単に往来を自由にするわけにもいかないだろう。

「ってか、シルヴェストの通行手形がいるって言ってましたよね?」

「あ、まあ、それはそうなんだけど……」

 ガルデニアからここに来るまではジェニーやバラーダのサポートでそのあたりはみんな手配してもらえたのだが、これからは自前でやらなければならないわけで―――そう思うとアウラも少しばかり心配になってきたのだが……

「ま、どうにかなるんじゃない?」

 ティアはなぜか余裕だった。

「どうにかって、どういう根拠が……」

 さすがにアルマーザが突っ込むが……

「大丈夫よ? ジェニーさんの占いでもうまく行くって出てたじゃない」

 ………………

 …………

 全員が思わず絶句する。

「えっと……あれを……信じてるんですか?」

 ティアはちっちっちと指をふる。

「だってー、ほら、ガルデニアにいたときだってみんなどうしようかって思ってたけど、こうやってやってここまで来られてるんだし」

 ………………

 …………

「ああ、まあ、それはそうなんですけどね」

 今はそれどころではなく途方に暮れているような気がするのだが……

「それに占いじゃチャンスを逃さないことが大切って出てたでしょ? だからチャンスを逃さなければいいのよ?」

 ………………

 …………

 確かにカワウソ様のお告げはそんな感じだったとは思うが―――まあ、それ自体は決して間違ってはいないとは思うのだが……

「んで、それじゃこれからどうしましょう?」

 アルマーザが尋ねるとティアは首を傾げた。

「えっと……それは……どうしよう?」

 全員がなにやら力の失せた笑顔になるが―――と、今すぐにすることがないのであれば、アウラには少々気がかりなことがあった。

「えっと、すぐ行くところがないのなら、ちょっと郭に行っていいかな?」

「え? 郭に?」

「うん。実はここにカテリーナがいるかもしれないの」

「カテリーナ?」

 アウラはうなずいた。

「うん。ヴィニエーラにいたときにすごく仲良しだった子なんだけど……」

 そこで彼女が特に仲良かったのがタンディ、ハスミン、エステア、そしてカテリーナだったが、今回の旅では彼女とだけまだ再会できていなかった。

 そこにアルマーザが尋ねる。

「へえ? カテリーナさんってどんな人なんですか?」

「ん、そうねえ……」

 彼女のことはなんと言ったらいいのだろうか? ともかく“感度”の優れている娘だったが……

 あれからも彼女とは一番戯れあっていたような気がするが、もう軽く体に触れただけで恍惚の表情になっていた……

《あれってあたしのせいだけじゃないわよね……》

 アウラのところに来る前から明らかに彼女は燃え上がっていたが……

「なんかもう、一番エッチだったかな」

「あは。そうなんですね」

 アルマーザが苦笑するが……

「それはいけないわね」

 なぜかティアが真顔になる。

「はい?」

「これを断るわけにはいかないみたいね」

「どーしてですか?」

「だからそんな素敵なお友達とお姉ちゃんを再会させてあげなきゃダメよね?」

 ティアの目に何か怪しい輝きが宿っているが……

「あ、もしかしてティア様、郭に行きたいんですか?」

「え? 違うのよ? これはお姉ちゃんのためを思ってのことなのよ?」

 だがその視線はなぜかあらぬ方向を向いているのだが?

 それを見て納得したようにアルマーザがうなずいた。

「ま、確かにティア様、この間のパーティーには参加できませんでしたしね……」

 あのとき彼女はカロンデュール大皇を振ってしまった手前、断念せざるを得なかったのだ。

「違うのよ? そんな邪な思いではなくてね、私は純粋に……」

「あー、はいはい。別に一緒に行って大丈夫ですよね?」

 アルマーザがアウラに尋ねる。

「え? うん。それは大丈夫だと思うけど……」

 そこでアウラは思わずキールを見た。

 その視線に残りの者も気づく。

 即座にティアがびしっと彼を指差した。

「あ、イルドはダメだからね? 今回はあくまでお姉ちゃんが昔のお友達に会いに行くだけなんだから……」

 と、これまでならばここで彼女と奴の言い争いになって、最後はティアとアラーニャが一週間お預けだぞとか脅して仕方なくイルドが折れる―――といった展開になるはずだったのだが……

『ん? いいぜ』

 キールの喉からイルドの声がした。

 ………………

 …………

 ……

 その他全員がしばらく絶句した―――もちろんキールからイルドの声がしたからではなく、その内容がまさにあり得なかったからだ。

「ちょっと、いま何つった?」

 ティアが突っ込む。

『ん? だから行けば? キールが』

 ………………

 …………

 ……

「どうしてよ? 行くのは郭なのよ?」

『ん? 俺だって四六時中セックスのことばかり考えてるんじゃないんだぜ?』

 ………………

 …………

 ……

「あの、イルド、どこか具合悪い?」

 アラーニャが心配そうに尋ねる。

『どっこもどうもないって。ってか、俺がキールに譲ったらそんなにおかしいか?』

「「「「うん。おかしい」」」」

 即座に全員が首肯した。

『あのなあ……だからちょっとそんな気分にならないだけだって』

 一同は顔を見合わせた。

「ちょっと! キール! どうなってるの? 知ってるんでしょ?」

 ティアが彼に向かって尋ねると……

「あ、まあ……」

 キールが渋々うなずいた。

「何が起こったのよ?」

『おい。お前しゃべるのかよ?』

「秘密にしろとは言われてないだろ?」

「いったい何がよ?」

 ティアが更に尋ねると……

「だからサルモでジェニーさんと……」

 ………………

 …………

 ……

 一同はまた顔を見合わせた。

「ジェニーさんと……何したってのよ?」

『そりゃまあその、一晩じっくりと……』

 ………………

 …………

 ……

 全員の顔から血の気が引いていった。

「あんた……まさかジェニーさんを……手篭めにしたとか?」

 ティアが座った目でキール/イルドをにらみつける。

『んなことしてないって!』

「なわけないでしょうが! ジェニーさんは恩人なのよ? あの人がいなかったらどうなってたと思うのよ? その恩を仇で返すような真似を……」

 ティアが両手指をカギ型に曲げてキール/イルドにじりじりと詰め寄っていくが……

『違うって、誘われたんだって』

「あ? 強姦魔はみんなそう言うのよ?」

『違うんだって! 信じてくれよ』

 一同が顔を見合わせるが―――そこにアルマーザが言った。

「あ、でもサルモで別れたとき、ジェニーさんすごく上機嫌でしたよね?」

「え?」

 確かに思い起こしてみたら、あの日の彼女は襲われた後とはとても思えなかったわけだが……

 ………………

「えっと……マジなの?」

 キール/イルドがうなずいた。

『ああ。だからお前らがみんな酔いつぶれて寝ちまったあと、ジェニーさんがこっそりやってきてさ、これから楽しまない? とか言うからさ』

「ええっ?」

『でもな、お前が寝てる横じゃさすがにって思ったんだぜ? でもそしたらジェニーさん、部屋は取ってあるって言うからさ。それでついてったらもうすごいんだぜ。彼女、ローブを脱いだらものすごいボディーでさ……』

「はあぁ?」

 そういえば彼女とは一緒にお風呂に入る機会はなかったが……

『しかもさ、もう強いのなんのって。一目でおっ勃っちまったんで思わず行っちまったんだけどさ、そしたらもう大喜びで、ガンガンにやってもケロッとしてるし、もっともっとってせがんでくるし、それでもう一晩中……あんな女、初めてだったぜ』

 ………………

「で、キールは?」

 ティアがじとっとにらむと彼はバツが悪そうに答える。

「僕は……見てただけで……」

 ………………

「んで……もしかして朝寝坊してたっていうのは……」

『そりゃ朝方までそんな調子だったんだから疲れもするだろ?』

 一同は顔を見合わせた。


《あのイルドを一人で一晩相手にできるとか……ジェニーさんっていったい何者?》


 全員がそう考えているのは間違いなかった。

「まあ……ともかく、いいわ。襲ってなかったってのなら」


 ―――そんなこんなで郭訪問にはキールが来ることになったのだった。



 ―――のだが……

「はあ……」

 アウラはため息をついた。

「ディーネさん。落ち込まないで」

 アラーニャが慰めてくれているが……

「あはは……」

 そんなことを言われても、ここは落ち込まずにはいられない。

 なぜならカテリーナはセイルズにはいないということがいきなり判明してしまったからだ。

 あの後、近くの男に声をかけると彼女のいた郭はすぐに判明した。ディミヌーラというセイルズ一の郭なのだそうだが、その男が言うには彼女は何年か前に郭替えでどこかに行ってしまったというのだ。

 遊女が郭を変わることはよくある話だから、文句を言うわけにもいかない。

「そこ行けばそのカテリーナさんの行き先も分かるんでしょ? それに他にも……」

 アルマーザも元気づけてくれようとしている。

「そうよね……」

 ともかく今は前向きに考えなければ……

 それにまだ希望が潰えたわけではないのだ。フィンと一緒にグリシーナを出た後、同行していたブルガードが言っていたが、セイルズにはカテリーナの他にもう一人いたと……

《誰だったかしら……》

 だがその名前が思い出せない。

《見たら分かるんだけどな……》

 ヴィニエーラにいた遊女達ならその姿を見ればひと目で分かる自信はあるのだが、名前といわれると曖昧な子も多い。

 そこでともかく行って話を聞けば色々分かるだろうということで、こうしてみんなでディミヌーラに向かっていたのだ。

 そんなことを考えているうちに前方に立派な、これも木造の建物が現れた。

「あそこみたいね」

 男は一目見れば分かると言っていたから、あれがそうなのだろう。

 一行はそこに近づいたのだが……

「あれ? 閉まってますね」

 アルマーザのつぶやきにアウラが答える。

「あ、この時間は表門は閉まってるの。通用門に行かないと」

「そうなんですか」

 郭が動き出すのは夜からだ。まだ時間は少々早い。

 そこで一行は通用門の方に回ったのだが……

「あれ?」

 門の前に誰かがいる。三十すぎの女性のようだが……

「何しているんでしょう?」

 その女性は門の前で何やらうろうろしている。それからいったん立ち去る素振りを見せるが、すぐに引き返してきてまた門の前で首を振った。

 一行は顔を見合わせる。

「中に入りたいんでしょうか?」

「さあ……」

 そこで立ち止まっているわけにもいかないので一行が近づいていくと、その姿に気づいた女性がびくっとして逃げ出そうとする。

「あ、もしもし?」

 そんな彼女にアルマーザが声をかけた。

「え? えっ⁉」

 女性はひどくあわあわした様子だが……

「もしかしてここに入りたいんですか?」

「え? えっ? いえ、その……」

「あ、あたしたちもこれから行くんですけど……一緒に入ります?」

「ええっ?」

 女性がぽかんとした顔で一行を見つめるが―――と、そのときだ。

《あら?》

 アウラは彼女の首筋に刃物でつけられたとおぼしき傷跡を見つけた。

《何があったのかしら?》

 あんな傷はそうそう付かないものなのだが……

 と、その間に一行は通用門の前に来て、ティアが扉を叩いた。

「すみませーん。ごめんくださーい」

 すると中から少女の声がした。

「どちら様でしょうか?」

 それを聞いてティアがすらすらと話し出す。

「あ、あたしたち旅の者なんですけどー、ちょーっとこちらの姉御さんに用があって」

「えっと、どんなご用でしょうか?」

「こちらに以前、カテリーナさんっていう遊女さんがいたでしょ? その人についてちょっとお尋ねしたくて」

「あ、分かりました」

 ガタンと扉が開き、中からかわいらしい少女が現れて一行を中に招き入れた。

 振り返ると先ほどの女性も最後から付いて入ってくる。

《やっぱり入りたかったんだ……》

 アウラやエルミーラ王女、それに最近ではメイも慣れっこだからいいのだが、やはり遊郭というのは女性は入りにくい場所なのだ。

 門の向こう側は小さな前庭になっていて、横手の池には綺麗な魚が泳いでいる。

《へえ……》

 こんな場所はあまり見たことがなかったが……

「しばらくそちらでお待ちください」

 玄関前の庇のある場所で小娘がそう言って奥に入っていった。

 そんなあたりを見回しながらティアが尋ねる。

「へえ……郭の中ってこんな風になってるんだ……ディーネさんのところもこんなだったの?」

「ううん? あそこは白い石でできてて、これとは全然違ったけど」

「へえ……場所によって変わるのね……」

 そんな話をしているとすぐに小娘が戻ってきた。

「こちらにどうぞ」

 一行は中に案内される。

《うわあ……》

 郭の内部はアウラもこれまで見たことのない内装だった。

 大きな建物は天井も壁も床もすべてが磨きぬかれた木造だ。淫靡な感じではないが、ここはスタッフ用のエリアなので当然だが、それでも空気には甘い女性の香りが漂っているのが分かる。

「こちらです」

 小娘が一行を応接室に案内する。ここも客用の間ではないので落ち着いた雰囲気だ。

 そんな感じであたりを見回しているとすぐに郭の姉御が現れた。

「どうも。私がここの支配人をしておりますエルバでございますが……」

 それにまたティアが答えた。

「あ、急にすみません。ちょっとお尋ねしたいことがあって……実はこちら、ディーネさんっていうんですけど、以前ヴィニエーラってところに勤めてたことがあったそうで……」

 そう言ってティアがアウラを紹介するが……

「ヴィニエーラ⁉」

 姉御の目が丸くなった。

「あ、ご存知ですか?」

「それは……有名ですから……」

 なにか相当にびっくりしているようだが?

「そこで彼女、カテリーナって子と仲が良くって、その子がこちらにいると聞いて来たんですけど……どこかに郭替えになってしまったって聞いて……」

「あ、はい。三年ほど前メリスのルナデミエールに替わりましたが」

「メリス? 三年前?」

 思わずアウラが口を挟む。

「はい。そうですよ。そしたらすぐにレイモンが都を攻めたとかで一時期音信不通だったんですが、最近また連絡が取れるようになって、あちらで元気にやってるみたいですよ」

「えーっ⁉」

 その頃には確か都にいたはずだが―――そう。アロザールから失礼な手紙が来て、王女と共に中原に向かったが、メリスはその経路の途中だ。

《そのとき……いたんだ……》

 なんということだ! 分かっていたら絶対―――会いに行けただろうか? さすがにあのときはエルミーラ王女も息抜きしているような余裕はなかったし……

 アウラがそんなことを思っていると……


「えっと……もしかして、あなた、ヴィニエーラのアウラ様ですか?」


 いきなり姉御が図星を突いてきたのだ。

「えっ? あ……」

 一同も全く予期していなかったので返す言葉がない。

 そんな様子を見て姉御が頭を下げる。

「あ、申し訳ありません。何か名を隠す必要がございましたか?」

「え? あ、まあ……」

 聞いていたティアたちがあーっという顔になる。

 それを見てアウラも気づいたが―――もしかしてこれって完全にバラしてしまったってことでは?

 だが姉御は別に他意はないようだった。

「やっぱりそうなんですね。あの子がさんざん話しておりましたから……そうですか。いたらもう喜んだでしょうに……」

 しかしまあ、こうなってしまったら仕方ない。それにあまり偽名を使うのは気分も良くない。

 そこでアウラは彼女に尋ねた。

「あの、それで、こちらに他にヴィニエーラから来た子、いなかった?」

「一人いますよ?」

「え? 誰?」

「ロジカですが……」

「あーっ!」

 そうだ! 思い出した! ブルガードは確かにここに彼女がいると言っていた!

「えっと……あの、ちょっと会ってっていい? あ、まだ寝てるかな?」

 その剣幕に姉御は少々引いていたが、にっこり笑うと控えていた小娘に言った。

「それじゃロジカを呼んでらっしゃい」

「はい」

 小娘はすたすたっと出ていった。

 と、他の一同はそんなやりとりをぽかんと見ていたが……

「えっと、それで皆様はアウラ様と一緒に旅を?」

 姉御に尋ねられてティアが慌てて答える。

「え? まあ……って、こちらの方は別なんですが」

 彼女が一緒についてきた女性を指差した。

「えっとこちらは郭の前で出会って……何かご用がある様子だったので……」

 そこで女性が慌てて挨拶する。

「あ、申し遅れましたが……私、ウバの森のアルテラと申します」

 それを聞いた姉御の目がまた丸くなった。

「え? ウバの森から?」

「あ、はい……」

 それから一行を見渡すと首を振った。

「まあまあ、今日はどんな日なんでしょうねえ?」

 ティアたちは顔を見合わせた。

《あ、知り合いだったんだ……》

 これまでの様子では顔見知りには見えなかったのだが―――仕事か何かの関係なのだろうか。

 などと考えていると……


 ダダダダダーッ! ズザーッ!


 そんな爆音と共に応接室の扉がバターンと開く。

 入口には寝起きと見えるアウラより少し年下の娘が下着一枚で立っているが……


「うわーっ! 本当にお姉さまだーっ」


 そう叫んで部屋に飛び込んでくるといきなりアウラの膝の上に飛び乗った。

「うわーっ! うわーっ! 本物だーっ!」

 それからほっぺたをすりすりし始めるが……

「ちょ、ちょっと! ロジカ……」

「覚えていてくださったのね?」

「うん」

 それはもちろん覚えている。

 彼女とは特別に親しかったわけではないが、当然夜は何度も共にしていた。おかげでその身のこなし、体つき、手触り、それだけでなくどこをどうしてやれば悦ぶのかもすべて熟知していた。

 普通なら大変親しい関係と言ってもいいのかもしれないが―――そうなるとヴィニエーラの娘たちとは全員とそんな関係ということになってしまうので……

《何かフィンも言ってたわよね……》

 グリシーナ中の男を敵にしたくなかったらそのことは黙ってろとかなんとか……


「ちょっと? ロジカさん?」


 そこで彼女は初めて部屋の中に他にも人がいることに気づいたようだ。

「え? 姉御さん? いたの?」

「いたのじゃありません! 他にもお客様がいらっしゃるのですよ?」

「あっ!」

 呆然とその様子を見ていた一同に気づくとロジカは照れ隠しの笑いを浮かべる。

「えっと……で、こちらは?」

「あたしの友達なの。ちょっとセイルズに寄ったんで、来てみたの」

 アウラが答えると……

「そうなんですか。あ、ロジカと申します。ご贔屓にしてくださいね?」

 と、キールに向かって艶っぽい笑みを浮かべる。彼もまたどぎまぎした様子で視線が定まらなくなるが……

《あはは。あっちでもこんな元気でちょっとおっちょこちょいだったけど……》

 そういうところが結構好かれてる娘だったわね―――そんなことを考えているとロジカが上目遣いで尋ねる。

「えっと……それで、お姉さまはこれからは? すぐ帰るの?」

「ううん? 時間はあるけど?」

「じゃ、ちょっとあたしの部屋に来ない?」

「え? お部屋があるの?」

「えへ そうなの!」

「うわ。見てみたいな。いいの?」

「もちろんよ!……あ、みなさんもどうぞ」

「あ、はい……」

 ティアたちが何やら目を白黒させているが……

「それじゃはやくはやく!」

 ロジカがアウラの手を引っ張って立たせると、アルテラ以外が立ち上がる。

「あら、あなたは?」

「いえ、私は姉御さんに用があるので」

「え?」

 ロジカがティア達一行の顔を見る。

「この方はたまたま郭の前で一緒になっただけなので」

 ティアが答えると……

「あ、そうなんですね。失礼しましたーっ」

 アルテラが慌てて大きく頭を下げた。

「いえ、こちらこそどうもありがとうございました」

 アルテラも一同に深く礼をする。

 こうして彼女と別れると一行は郭の中に向かったのだが……

「えーっ、何かすごい……」

 ティアが感極まったような声を上げる。

「あ、中はこういうのが普通なの」

 アウラが答える。

 一行は従業員用から一般客用の区画に出てきたのだが、そこはこれまでとは全く違った光景が広がっていた。

 磨き抜かれた木の通廊の両脇には名手が織ったと思われる見事なタペストリが飾られていて、数々の燭台の光でその絵柄が妖しく浮き上がっているのだが―――もちろん美男美女が様々な状況であられもない姿で絡み合っている場面だ。

 また木製の柱や壁面にも何やら緻密な彫刻が浮き彫りにされているのだが、そのモチーフをよく見ると男女の裸体の一部だったりする。

《あっちだと壁に直接絵が描いてあったんだけど……》

 細かい造作は違っていても、本質的にここがどういう場所なのかは明らかだ。

「ふえーっ……」

 他の一同は何やら圧倒されているが、アウラは何かちょっと心落ち着く気持ちがした。

 そんなみんなに率先してロジカがすたすた奥へ向かっていく。

 すると何やらもっと派手な装飾に覆われた一角に出た。

 ちょっと幅の広い廊下の両側に、これも装飾された扉がいくつも並んでいる。

「へえ……ここが八角御殿みたいなところ?」

 アウラが尋ねるとロジカが大きくうなずいた。

「そうなの ここじゃ流水殿っていうんだけど」

「へえ、すごいじゃないの。頑張ったのね?」

「えへ。うん……」

 彼女がちょっともじもじしながらうなずいた。

 アウラは彼女たちがこの部屋を得るためにどれだけ頑張っていたかをよく知っていた。

 こんな部屋を持てるということは、まさに遊女のトップに君臨するということなのだ。

 そもそもこのような高級な郭で働けるということ自体が幸運以外の何物でもない。多くの娘たちが一見華やかなこの世界を目指してくるが、そのほとんどがもっと格下の郭でうだつが上がらないまま終わっていくのだ。

 そして運良くこのような場所に来られても、そこで部屋を持てる娘というのはさらにそのひと握りなのだ。

《あの頃は……何か普通だったんだけど……》

 ヴィニエーラにいた頃からロジカは快活で親しみやすい娘だったが、それだけならばあそこにはそんな娘はゴロゴロいた。そこから抜け出すにはもう一つ何かが欲しいという印象だったのだが……

《もしかして、こっちに来れて良かったのかもね……》

 アウラがそんな感慨にふけっていると……

「あ、ここなの。あたしの部屋」

 そう言ってロジカがその一つに一行を招き入れた。

 中はわりと落ち着いた部屋だった。中央に大きなベッドがあって奥にはバスルームへの扉があるが、それ以外に目立つ家具は大きめの本棚に綺麗な茶器の入った食器戸棚だけだ。

 ベッドサイドには数人が座れるような応接セットもあるが、それもあまりけばけばしいデザインではない。

「へえ……けっこう地味な部屋なのね?」

 アウラは思わずつぶやいていた。何しろこれまで見てきた部屋持ちの部屋はどれもがこれでもかというほどに趣向が凝らされたところばかりだったからだ。

 それを聞いても彼女は快活に笑う。

「あはは。それが急に部屋がもらえることになっちゃって、そんなことないだろうって思ってたから全然考えてなくって」

「そうなんだ」

「そうなのよ。カテリーナ姐がメリスに行っちゃった後、いきなりあたしにくれるっていうのよ? でも何だろ。ご贔屓がおじさまが多くって、あんまり少女趣味にしてもドン引かれそうだし、だからこんな感じにしたんだけど。落ち着くってけっこう評判いいのよ?」

「あー、確かに……ぬいぐるみの山だったりしたらねえ」

 ヴィニエーラにいたときも彼女は年配客に受けが良かったのは確かだったが……

「そーなのよ……って、それよりお姉さま。こちらの方々は?」

 二人が話している間、ティア一行は目を丸くして部屋の中を見つめていたが、ロジカはそんな一行に興味津々のようだ。

 そこでアウラが答えた。

「あ、あの後、グラテスで出会って……スカウトなんだって」

「スカウト?」

 それを聞いてティアが胸をたたいた。

「あ、初めまして。あたしね。リアンっていうんだけど、都で半月亭ってお店に頼まれてね、そこに出演するダンサーや歌手を集めてたのよ」

「へえ……」

 話を聞いたロジカの目が丸くなる。

「こちらが途中で見つけた歌姫のリブラちゃんと、ダンサーのミアさんなの」

「あ、どうも」

「ども。よろしく」

「うわー! すごい! へえ……それじゃお姉さまもスカウトされたの?」

「いや、それは違うんだけど……」

 そこでまたティアが答える。

「それはね。ほら、最近いろいろと危ないことが多いじゃない。それで最初はこっちのキールと二人だったんだけど、こいつけっこう役に立たなくって。それでグラテスでディーネさん……ってか、アウラさんと出会って、そこで護衛になってもらったの」

 ロジカはまさに納得したようにうなずいた。

「あ、そりゃそうよね。お姉さまが護衛だったらもう百人力よね」

「ん……もう……」

 この設定はセイルズに来る船の中でみんなで考えたものだった。

 サルモまではジェニーが一緒だったのであまりそんなことを考える必要がなかったが、今後はこういう地域を彼女たちが移動している理由を訊かれたら答えられなければならないからだ。

「でも……どうしてお姉さま、ディーネなんて名乗ってたの?」

「え? あ……」

 それにもティアが答える。

「あ、それはね。彼女がグラテスであたしたちが喧嘩に巻き込まれてたのを助けてくれたんだけど、それで相手をボッコボコにしちゃったら逆恨みされて、逆にお尋ね者にされちゃったの。それでディーネって名前で一緒に来たのよ」

「へえーっ! へえーっ! あはは。確かにお姉さま手加減がなかったものねえ。男には」

「あはは……」

「それでこっちの方に来てたんだ……でもお姉さまがいても結構危ない目に会ったでしょ? アロザールの兵隊って本当に質の悪いのが多いから……」

「あ、そうみたいだけど、あまりアロザール兵には絡まれなかったかな? 野盗は出たりしたけど」

 またロジカの目が丸くなる。

「うわあ。それで大丈夫だったの?」

「大丈夫よ。彼女だけでなくってミアさんも結構腕は立つから」

「へえ? そうなんだ……」

 そう答えてロジカがアルマーザを見つめるが……

「あ、本当だ。ミアさんも……あ、ちょっと触っていい?」

 彼女が一瞬ぽかんとしてからうなずく。

「え? あ、まあどうぞ?」

 そこでロジカが彼女の腕や足をさすり始める。

「うわっ。いい筋肉してますね。これは……男も女も泣かせられる筋肉ですよ?」

「え? そうなのかな?」

「はいっ!」

 アルマーザがなんと答えていいかわからないという顔になる。

「そちらの歌姫ちゃんは……」

「え?」

 そして今度はアラーニャの手足をむにゅむにゅさすり始める。

「あん……ちょっと……やーん……」

「あっ。あなたも素敵よ。ふんわかしてて……恋人はもういるの?」

 それを聞いて彼女がキールの顔をちらっと見て赤くなる。

「あーっ。君、商品に手を出していいのかなーっ?」

 キールもそれを聞いて絶句しているが―――そんな様子を見ながらアウラは思わずつぶやいていた。

「でも……そっか……メリスなんだ……」

 それを聞きつけてロジカが振り返る。

「あは。お姉さま、カテリーナ姐とは仲良しだったものね?」

「あ、うん……」

「でもメリスの郭って都への登竜門だったりするって聞いたけど?」

「あ、うん。そうみたい」

「カテリーナ姐だったらバーボ・レアルにだって行けるんじゃないかな? もう最高に色っぽかったし」

 それを聞いてアウラがうなずいた。

「あ、そこ、クリスティがいたけど」

「え? クリスティ姐さんがどこに?」

「バーボ・レアルだけど」

「え? お姉さま、行ったことあるの?」

「あ、うん。何度か。そこでクリスティ、部屋持ってて」

 ロジカの目が真ん丸になった。

「えーっ? すごい! すごいっ!」

「魔法使いが好きなのが良かったみたい」

 彼女がうなずいた。

「あ、そうよね。クリスティ姐、そうだったものね。都って魔法使いが一杯いるんでしょ?」

「うん。すごい人が一杯いたけど」

 そのうちの二人とはかなり長い付き合いになるのだが―――そういえば彼女はあの夜、ファシアーナにお持ち帰りされていたが……

「へえ……他にもどこかに行ったの?」

「あ、まあ……いろいろ。この間まではガルデニアにいたけど……」

「あ、あそこにタンディ姐とアミエラがいたんじゃない?」

「うん。会ってきた。よく知ってるわね?」

「だってほら、この間まではサルトス軍がいたんだし。でもなに? 今は若妻なんだって?」

「そうみたい。だからお菓子とかはちょっと焦がしたりして出すとか言ってたけど」

「あはは。そうなんだ!」

 彼女はヴィニエーラにいた頃から料理やお菓子作りはプロ並みの手腕だったのだが、若妻接待ということであえてちょっと下手に作っているとか言っていたが……

「それでそれで? 他にはどこに行ったの? 誰かに会えた?」

 ロジカがせがむのでアウラはその他、ハスミンやエスエア、パサデラなどのことも話す羽目になってしまったが……

「うわーっ! うわーっ! うわーっ! なんかすごい! お姉さま、それにみなさんも世界中を回ってきたんですねえ」

「あ、まあね……」

 実際、フォレス、ベラ、エクシーレを初め、シルヴェストも都もレイモンも、そしてサルトスにも足を踏み入れてきた。行ったことのない場所といったらあとはアロザールとヴェーヌスベルグくらいだろうか?

 彼女がそんなことを考えていたときだ。

「あ、そういえばお姉さま、知ってた? レジェ姐のこと……」

「えっ⁉」

 アウラは虚を突かれた。

「実はあの後、亡くなってたんだって……」

「えっ⁉」

 アウラは絶句する。

 もちろん忘れるわけがない。

 あの日のことは最悪の思い出として今でも心の底で疼いているのだが……

「ほら、ユーリスさんがあんなことになっちゃって、その関係者だってことで悪い奴らに殺されちゃったんだって」

「え?……あ……」

「お姉さま、レジェ姐とすごく仲良かったから……って、あ! ごめんなさい。急にこんな話しちゃって……」

「あ、いや、いいんだけど……」

 ロジカはアウラがレジェの死にショックを受けたと思ったのか、いきなり話題を変える。

「ごめんなさい。お姉さま。えっと、それでね? それでね? そうそう。お姉さまってあのベラトリキスの疾風のアウラだって噂があるんだけど……まさか本当?」

「まさか。違うけど?」

 アウラは首を振った。

「あー、そりゃそうよね。あたしも聞いたときにはびっくりしたけど……でも、お姉さまと同じ名前でそんな強い人がいるなんて……」

「あはは。そうね……」

「でも……大皇后様とベラトリキスってすごいわよねえ。たった二十一人と一匹でレイモンを開放しちゃうんだから」

「あはは。そうよね」

「もうこちらでも大人気なのよ?」

「へえ、そうなんだ」

「そりゃそうよ」

 と、そこでまたティアが口を挟んだ。

「人気って、どんな人が人気なのかしら?」

 ロジカはうんとうなずくと答えた。

「えーっとねえ、色々と派閥が分かれてるんだけど……あたし界隈は魔法使いの皆様よね?」

 それを聞いて今度はアルマーザが尋ねる。

「へえ……シアナ様とかリディール様とか?」

「シアナ様とリディール様?……って、ファシアーナ様とニフレディル様のことですか?」

「え? あー、そうですけど……」

 ロジカもまた意外そうな顔になる。

「へー……みなさん、そんな風に呼ぶんですか? それって……怒られそうで怖くありません?」

「いや、そうでもないんだけどな……」

「へーっ。でもシアナ様、リディール様か……うんうん。こう呼ぶとあまり怖くないかも……いや、そのお二人もカッコいいんですけど、あたしの一押しはやっぱり黒後家蜘蛛のアラーニャ様なの」

「けほっ!」

 思わずアラーニャが咳き込む。

「えーっ⁉ おかしい?」

「いえ、そういうわけでは……」

「だって魔法のおっぱいって素敵じゃないの」

「あ、それはそうですよね」

 アルマーザが即座に答えるが……

「それとねえ……やっぱりあとは白き魔法のフィーネ様よね」

 ………………

 …………

「「「ぶはっ!」」」

 それには全員が思わず吹き出してしまった。

 ロジカはびっくりして一同の顔を見る。

「えーっ⁉ どうして? だって命をかけた大魔法で敵の大軍をやっつけたんでしょ? 一番素敵だって思いません?」

「あーまあ。確かにそうですね」

「それにアロザールの呪いを解いたのもフィーネ様なんですよね? 魔法のしずくで」

 ………………

 …………

「「「ぶはーっ!」」」

 一同がまた吹き出して―――それからティアが爆笑を始めた。

「きゃーっははははっ! しずくよ。そうそう。魔法のしずくっ!」

 そんな彼女をロジカがぽかんと見つめた。

 その雰囲気がちょっとまずいと悟ったか、アルマーザがごまかし始める。

「だからリアンさん、フィンさんとフィーネ様は違うでしょ?」

「あ、だけどほら……」

「え? 何かそんな似た方がいらっしゃるんですか?」

 そこで彼女がまた出任せで答え始めるが……

「えっと……ほら、だからフィンさんがフィーネ様の真似をして、俺の魔法のしずくでお前の呪いを解いてやるーとかいつも言っててですね」

「何ですか? その変な人」

「あはは。まあそうなんだけど、でもディーネさんのフィアンセだったりもして……」

 ………………

 …………

 ……

 ロジカの目が真ん丸になった。

「あの……ディーネさんってお姉さまのことなんですよね?」

「あ、まあ……」

 アルマーザがまずいといった表情になるが……

「でも……お姉さまって……」

 彼女がアウラをじーっと見て―――それからにこーっと笑う。

「騙されませんよ? もちろんフィアンセっていうのは女性なんですよね? いまフィンさんとか聞こえましたが本当はフィオナさんとかですよね?……って、でも俺の魔法のしずく? それとも体は男だけど心は女の人ですか?」

「いや……だから一応男なんだけど……」

 思わずアウラは答えていたが……

 ………………

 …………

 ……

「えーっ⁉ そんなぁ……」

 ロジカがしばらく絶句する。

「そんな! 嘘ですよね。シャノンとかエステアが聞いたらもうブチ切れちゃいますよ?」

 ………………

 …………

 ……

「「「ぶはーっ!」」」

 またまた一同が爆笑する。

「はい?」

 首を傾げるロジカにティアが言った。

「あ、実はそのエステアさんにそれがバレたことがあって……」

「えっ⁉」

「ほら、さっき彼女がエステアさんはレイモンの偉い人のお妾さんになってるって言ったでしょ」

「はい」

「その偉い人とそのフィンさんがちょっと揉めて……」

 そこでフィンがアリオールに捕まって彼女に拷問された話になる。

 ………………

 …………

 ……

「まさか……それでその男が勝ったと? エステアに?」

「あ、そういうわけじゃなかったんだけど」

「それじゃやっぱり報いは受けたんですね? 当然です! お姉さまを誑かすなんて……」

 そう言ってうんうんうなずくが……

「いや、ギリギリのところで助けられたみたいで……」

「はいぃ⁉」

 ロジカは憤懣やる方ないという表情になる。

 それからふっと鼻を鳴らすと……

「ま、良かったですね。捕まったのがエステアで。これがシャノンだっりしたら……」

「ぶっ」

 それを聞いて今度はアウラが吹き出した。

「シャノンって?」

 ティアが尋ねると……

「あ、後輩の子なんですけど、彼女、剃刀の使い方が上手で……彼女だったら本当に皮を剥かれてたわよね? 先っぽじゃないところを」

 ロジカがアウラに同意を求めるが……

「え? あはは……」

 確かにその可能性はあったかもしれない。

「えっと……剃刀でいったいどんなプレイを?」

 アルマーザが思わず尋ねるが……

「あ、それはお客様の体中の毛を剃ってあげたりするんだけど……」

 みんながなんと答えていいのか分からないという顔なので、ロジカは話題を変えた。

「あははっ! ともかくー、ベラトリキスの皆様のおかげで戦争が終わって本当に良かったって思ってたんですけどねー……」

「あー、ここって色々なところに占領されて大変だったんですよね」

 アルマーザの言葉にロジカがうなずく。

「はい。まあ。サルトスの人たちはわりと良かったんですけど、最初にアロザールが来たときは本当に大変でしたよ?」

 彼女は思い出すのも嫌だという表情になる。

 確かイービス女王やアスリーナと話したとき、アロザール軍がセイルズを略奪するのに忙しかったので孤立したサルトス軍が何とか撤退できたような話をしていたが……

「そいつらを追っ払ってくれて安心してたらまたこれだし……」

 今回の戦乱でセイルズは、最初はレイモン領だったところにまずサルトスが侵攻してきて、それがアロザールに駆逐された後、再びサルトスが奪還したと思ったらアラン王が裏切って、そこをレイモン騎馬隊が通りすぎていったらまたまたアロザールに占領されるという、まさに猫の目のように状況が変化してきた。

「やっぱりひどいの?」

「ううん? 今度は前ほどはひどくないけど……でもまあ色々と……」

「色々と?」

「やっぱり町で暴れる兵隊はいるし、それに今度来た司令官なんかは高貴な奥方を捕まえて閉じ込めてるっていうのよ?」

 ………………

 …………

 ……

「えっ⁉」

 一同は顔を見わせた。


《司令官が? 高貴な奥方を捕まえて⁉》


 みんなそんなことを考えているのは明らかだが……

「その奥方って?」

 ティアが尋ねるがロジカは首を傾げた。

「さあ、詳しくは知らないんだけど。レイモンの偉い人の奥方って聞いたけど……」

 一同はまた顔を見合わせる。

《それじゃ違うわよね……》

 メルファラだったらそんな言い方はしないと思うが―――と、そのときだ。

「あの……ロジカ姉さま、そろそろ準備なさらないと……」

 やってきたのは彼女付きの小娘だ。

「え? もうそんな時間?」

 郭の部屋には窓がないので時間が分かりにくいのだ。

「あ、それじゃそろそろこちらもおいとましなきゃ……」

 これ以上居座ったら彼女の仕事に差し支えてしまう。

「あーっ……えっとみなさま、いつまでこちらに滞在されるんですか?」

「え? あまり長くはいられないんだけど……」

「あの、明後日ならあたし大丈夫なんですけど。みなさませっかくだから遊んでいかれません? ちょっと割引しちゃったりもできますけど」

「え?」

 一同は顔を見合わせる。

 彼女たちはあまりこんなところで時間を潰すわけにはいかないのだが、シフラに行く方法が見つかっているわけでもない。

 サルモからここまではアロザールの支配地域だったのでいろいろ甘かったが、それがシルヴェストの兵隊に通用する保証はないのだ。

「あ、それじゃ……いいのかしら?」

「ええ! もちろんっ」


 ―――というわけで彼女たちはもう何日かここに滞在することになったのだった。



 翌日の午前、一行はセイルズの中心街を歩いていた。

「市長の公邸ってこっちでいいのかしら?」

「多分合ってるんじゃないですか?」

 ティアの問いにアルマーザが自信なさげに答えているが……

 いま歩いている通りの両脇には大きな屋敷が立ち並んでいる。セイルズは商業都市なので大商人の館もたくさんあるのだ。

 彼女たちがそんな場所を歩いていた理由は、レイモンの高官の奥方を拉致して連れ歩いているという司令官が、市長の公邸を接収して住んでいるという話を聞いたからだ。

 その話はわりと有名になっているらしく、彼女たちが泊まった宿屋の主人も知っていた。

「でもその人がファラ様なんてこと……ありませんよね?」

 アラーニャがティアに尋ねるが……

「そりゃそう思うけど……確認だけはしとかないと」

 確かにまさかとは思うが、もし本当にそうだったりしたらとんでもないチャンスを逃してしまったことになる。それに明日の晩はロジカのところで遊ぶ予定なので、少なくとも明後日まではここにいる。ならばその間にちょっと調査くらいはしておこうということになったのだ。

「でも……大きな家ばっかりですねえ」

「そうねえ」

 このあたりの屋敷はみんな石造りで高い塀で囲まれている。アラーニャの助けでちょっと覗いてもみたのだが、中には広い庭があってその先に二階とか三階建ての大きく広い建物がいくつも建っていた。

《さすがに単に突っ込んでくのはダメよね……》

 よしんば本当にファラが囚われていたとして、どこに閉じ込められているかも分からないのにいきなり突入するなど、いかな楽観的なアウラでも考えられなかった。

 もしかして今回のミッションは思いの外に困難なのかも―――そんな気分になってくるのだが……

 などと考えていたら……

「あ、あそこでしょうかね?」

 アルマーザが指差す先にひときわ大きな屋敷が見えた。

「そうみたいね」

 宿屋の親父の話ではこの通りで一番大きくて立派な屋敷だという話だ。だとしたらあそこに間違いないが……

「あー……けっこう警戒が厳重みたいですね……」

 公邸の正門の両脇には門番の兵士が立っている。聞いた話だとそのアロザール軍の司令官と共にその直属部隊が大勢そこに駐留しているという。

「ディーネさん。あいつらって強そう?」

「うん。結構ね」

 ティアの問いにアウラはうなずく。

 司令官直属だけあってアロザール軍の中でも精鋭揃いのようだ。実際、いま見えている門番の兵士にもその振舞いには隙が見えない。

 一人二人なら何とかなるにしてもそれがたくさんやってきて、なおかつファラを守りながら戦うとなると……

《どうしよう……頼りになるのはアルマーザだけだし……》

 ティアやキール/イルドは戦闘には不向きだし、アラーニャの魔法は心強いが彼女を前線に投入するわけにはいかないし……

「やっぱり正面からは無理かしら」

「そうねえ……」

「じゃ、裏の方を回ってみましょう」

 そこで一行は門の前を通り過ぎると公邸の裏手に回ってみた。

 だが通りに面しているところはどこも似たような状況で、裏門にもしっかり門番が立っている。

「それじゃ隣から入るとかはどうかしら?」

 ティアが言った。

「隣の家からですか?」

「うん」

 両脇の屋敷も大きな屋敷だがそこには兵士はいないから、そちら経由で行くことはできるかもしれないが……

「でも騒がれたらまずいですよね?」

 アルマーザが首をかしげているが―――もちろんそんなことになったら間違いなく警戒されるだろうが……

「でもほら、こっちの人ってアロザール軍をよく思ってない人が多いから協力してもらえないかしら?」

「そんなうまく行きますかねえ……」

 元々この地域はアロザールとも繋がりの強い地域なので、そちら出身の人も多いと聞く。開放作戦のときのようにはいかないのではないだろうか?

 ―――などと一行が話していたときだ。

「あ、誰か出てきますよ?」

 アルマーザが指差すと裏門から人影が現れるのが見えた。

「あ!」

 その姿を見てアウラは思わず声を上げていた。

「どしたの?」

「あれ、昨日のあの人じゃない。郭の前にいた……」

「アルテラさん? 本当ですか?」

「間違いないけど。あの歩き方」

 彼女はフードのあるコートを羽織っていたからここから顔は見えないが、アウラの目には一目瞭然だった。

「どうしてあんなところにいるのかしら?」

「もしかしてアロザール兵だったとか?」

 ………………

「いや、それはないでしょ?」

「うん」

 彼女の動きはどう見ても戦いの訓練を受けているようには見えない。

「それじゃ雑用に雇われてるとか?」

「多分そうなんじゃ?」

 そう考えるのが一番妥当だった。

「それじゃ彼女に聞いたら中の様子分かるかしら?」

「そうね」

 一行は彼女の後をつけた。

 そして彼女が人通りの少ない一角に差し掛かかったところでティアが声をかけた。

「もしかしてアルテラさんじゃない?」

「えっ⁉」

 彼女がびくんとして振り返り―――一行の姿を認めると目を丸くした。

「え? あの? え?」

 びっくりして言葉が出ない様子だ。

「ごめんなさい。急に声かけちゃって……ちょっとお尋ねしたいことがあって……」

「あ、はい……」

「あの、アルテラさんってさっきのお屋敷にお勤めなの?」

「え? あ、まあ……はい」

 彼女はうなずいた。

「そこって今、アロザールの司令官が住んでるのよね?」

「あ、はい……」

「そこに何でも、高貴な奥方が捕まってるって……本当?」

「え?」

 アルテラはしばらく絶句した。

「ど、どうしてそんなことを?」

「あ、いえ、こちらもちょっとそういう奥方を探してて……で、まさかその人だったりしないかなーって思って……」

 アルテラは再び驚愕の眼差しで一同を見る。

「えっと……確かにそのような奥様はおりますが……私たちがアキーラにいたときに捕まってしまいましてここまで連れてこられたのですが……」

 一同は顔を見合わせる。

「え? アキーラにいたときに?」

 そこで捕まったということならば、メルファラであるはずがない。

 一同が落胆の表情になる。それを見てアルテラが弱々しく笑う。

「やはり人違いみたいですね……アキーラやバシリカではそんなことがよく起こっていたと伺いますし……」

「あー、そうなんですね」

「それでは……」

 アルテラが振り返ってそのまま行こうとするが―――そのときまた彼女の首筋の刀傷がちらりと見えた。

「えっと……その傷、どうしてついたの?」

 アウラは尋ねた。

「え?」

 彼女が思わず傷を手で隠す。それから何やら泣きそうな表情になってしまう。

「あ、ごめん。何か辛いこと聞いた?」

「いえ……まあ……」

 彼女はしばらくうつむいていたが、それから話し始めた。

「それが……以前一度奥様と二人で逃げ出そうとしたことがありまして……」

「うん」

「そこで私がヘマをして捕まってしまいまして……それで奥様だけでも逃げろと申し上げたのですが……」

 一同は顔を見合わせる。

「えっと……じゃあそのとき人質に取られて?」

「…………はい」

 アルテラの目から涙がこぼれ落ちる。

 これは!


《その奥様って……彼女を見捨てて逃げられなかったのよね?》


 アウラはその光景をありありと思い浮かべることができた。

《あのときも……》

 レジェが人質に取られてしまって―――そしてアウラが相手の言うことを聞いて薙刀を捨ててしまって……

 思い出した瞬間、アウラの目からも涙がこぼれ落ちていた。

 それを見たアルテラが逆に少々慌てる。

「あの……いかがいたしました?」

 ………………

 …………

 ……

「助けてあげる」

「え?」

「あなたとその奥様を助けてあげる」

「えっ?」

 アルテラは目を白黒させて絶句するが……

「えっと……その、ディーネさん?」

 ティアも面食らった表情だが……

「その奥方って、この人を見捨てて逃げなかったんでしょ? だったら助けてあげないと」

「あ……」

 それを聞いて他のメンバーも状況を察したようだ。

 そこでアルマーザがうなずいた。

「あー、そういうことなら仕方ありませんか?」

「そうよねえ。そんな人を放っておくなんて……」

 そんな一同の様子にアルテラが慌てる。

「えっと、みなさん、いったい何を?」

 そんな彼女にティアが言った。

「実は私たち、アキーラの人たちには随分お世話になってたの」

「え?」

「それにあたしたち、そういうことに関してはまあちょっとした実績もあったりするしね?」

 そう言ってアウラやアルマーザの顔を見る。

「あー、まあ、そうなんですけどね……」

 そんな一同をアルテラがぽかんと見つめていたが……


 ―――そんなこんなで一行はメルファラ救出の前に、アキーラの奥方の救出作戦をすることになったのだった。