第7章アコール秘密会談
一週間後。フィン達は今、アコール要塞の一室で会談相手の到着を待っていた。
飾り気のない部屋の中は寒々としている。
ここアコールは元々サルトスの外れの町だったのだが、レイモンに対抗するためにかなり最近拡張された要塞都市だ。そのため街や建物の作りは実用一辺倒で、ガルデニアのような華やいだ雰囲気はない。
《ま、いつ最前線になるか分かったもんじゃなかったからな……》
そのため以前はサルトス軍の主力が駐留していたのだが、今はそれがアイフィロス方面に展開しており、代わりにフィンたちと共にやってきたレイモン騎馬軍団がここを守っている。
《町の人なんかはどう思ってるんだろうなあ?》
今のところは大したトラブルもないようだが―――などとフィンが思っていると……
「あー、やっぱ無理か」
サフィーナの残念そうな声が聞こえた。
「あのカフェには私も何度も行ってましたから」
そう答えたのはニフレディルだ。
ティア一行が消えてしまったという話はもちろんアコールにいたニフレディルやファシアーナの元にも届いていた。そこでまず彼女たちならアラーニャの居所なら突き止められるのでは? と期待されたのだが、彼女たちにもそれは無理だった。
その理由はある意味アラーニャの才能が凄すぎたせいでもある。
心話というのは互いに相手をよく知っていればいるほどスムーズに接続できる。ニフレディルとファシアーナはもうまさにツーカーの仲なので相手がどこにいても問題ないが、彼女たちとアラーニャはそうでもなかった。
それはアラーニャが精神魔法をちょっと見本を見せてやっただけですぐできるようになってしまったからだ。普通ならもっと時間がかかるため、結果的に相手のこともよく分かってしまうものなのだが……
おかげで彼女を探すのは一般人を見つけるのと大差なくなってしまい、よく知っている場所にいたならともかく、そこ以外となると彼女たちでも河原で石ころを探すようなことになってしまうのだ。
《サフィーナにとっちゃみんな家族みたいなものだからな……》
ティアにアラーニャ、キール/イルド、アルマーザはヴェーヌスベルグでは同じ家の一員だった。それに加えてアウラは彼女の薙刀と―――夜のテクニックの師匠であって……
《あはははっ!》
ともかく彼女にとってはまさに他人事ではなかったのだ。
「サフィーナ様! 大丈夫ですって。絶対見つかりますよ!」
「あ、サンキューな」
そんな彼女をクリンが慰めている。
《あはは。彼女は明るくていいよな……》
彼女はこの中では最年少なので事態の深刻さをあまり理解していないからだとは思うが……
この部屋はフォレス関係のメンバーの控室だった。そこにニフレディルが訪ねてきたのでサフィーナが彼女にアラーニャのことを尋ねていたのだが、控室の奥の方にはエルミーラ王女とメイにコルネ、別な片隅にはネブロス連隊長とその配下が二人固まっている。
いずれも緊張を隠せないようだ。
《しょうがないよな……》
正直、今回の会談がどのようなことになるかは全く予想がつかなかった。
《ってかなあ……アラン王が暗殺されるとか……》
ファラが行方不明ということだけで頭がいっぱいのところに、更にそんなややこしい話が舞い込んで来るし……
《いったい誰がそんなことをやったんだ?》
あの使者の様子では少なくとも対外的にはアラン王は暗殺されたということにしたいということだ。
しかしこの時期に王を暗殺して誰にどんなメリットがあるというのだ?
味方側には当然そんな動機はない。現在の戦況はこちらが圧倒的有利なのだから、危険を冒してそんなことをする必要はない。
また仮に暗殺するにしても、薙刀使いを投入などしない。
そもそも彼女たちはエルミーラ王女個人の護衛部隊であって、そんな役ならもっと他に適した者たちがいるだろう。
もちろんアロザールも論外だ。何しろ彼らはアラン王が味方したおかげで壊滅を免れている立場だ。ここで王を殺すことなどあり得ない。
《ってことはやっぱり反対派か?》
あの日イービス女王が看破したように、一番動機があるのがシルヴェストのアラン王反対派だ。何しろ本当ならば戦いは終わっていたところなのに、王の謎の変節であのアロザールと同盟することになったのだ。納得いかないのは間違いない。
《よっぽど王って慕われてたんだよな……》
にもかかわらず王に付いて行った者たちが多数なのだ。普通だったらそこで国が分裂してもおかしくないのだが……
それはともかく、その反対派が業を煮やして王を暗殺したということは考えられる―――のだが……
《じゃあ、だったらどうしてこっちに接触して来ないかだよな?》
その反対派はアロザールに付いた王に反対しているわけだ。ならば王を倒したなら速やかにこちらと講和すべく動いてこないとおかしいわけで―――なのにそのようなコンタクトも一切ない。
《全部潰されたとか?》
連絡の使者は出したが全部が体制派に見つかって始末されたとか? ということは無きにしもあらずだが―――まあ、普通はないとしたものだ。
だとしたら……
《やっぱ自然死か?》
アラン王もかなりの高齢だ。いつ何時死んだとして決して不思議ではない。
だがこの時期にそんなことになったら当然国は瓦解してしまう。なので残った者がこちらを悪者にして国をまとめようとしている、というのはあり得る解釈だ。
だが……
《それなら今回の会談の意味は?》
相手方はここまでやってきて何かを説明したいらしいが―――先方にとってもかなり危険な行動だ。それに見合う“裏事情”があるということなのだろうが……
《だとしたら……やっぱりファラのことか?》
やはりシルヴェスト側はメルファラ大皇后の誘拐に関わっていたということだろうか?
だがそれならばどうしてこれまで黙っていたのだ?
またこの間の使者も彼女の拉致に関しては一切触れていない。純粋に王の暗殺に関して詰問してきただけで……
《やっぱ、これにシルヴェストは無関係と考えたほうが自然だよな……》
ただ、あの手紙の「決して口外できないような秘密を共有できる方々」というのは少々引っかかる書き方だが……
このあたりはもう考えても仕方のないところだが……
《しかし……薙刀使いねえ……》
フィンたちにとってはこれが一番の大問題だった。
何しろこの地域では薙刀というのは普通は使われない。すなわち単純に考えればアラン王を倒したのはエルミーラ王女の手のものだということになってしまうわけだが。
だがさすがに面と向かってそのようなことを言う輩はいなかった。
《まあ、イービス女王も言ってたとおり、薙刀を手にするだけなら誰だってできるわけだし》
それに薙刀というのは隠し持つことが困難なので暗殺用の武器としては不向きだ。なので大勢の意見はこちらの仕業と見せかけるための偽装工作だということになっているのだが……
《でもなあ……》
フィンはため息をついた。
そう。その薙刀使いが二人も行方不明なのだ。
《少なくともアウラなら、機会があったら何も考えずにやっちまうなんてことは……》
………………
…………
「いやいやいや!」
確かにあいつならそうかもしれないとつい反射的に考えてしまうが、その“勢力”がそんな迂遠なことをする理由など無いって話だっただろ?
「どうしました? フィンさん」
思わず叫んでしまったフィンにメイが尋ねてくる。
「いや、だからまさかアウラじゃないよなってな……」
それを聞いたメイがうなずいた。
「そうなんじゃないですか?……もしかしてあの謎の組織が?」
「いや、だから関係ないだろうなって……」
「ですよねー。だってそうなったらもうそいつらって、アラン様を騙してアロザールと同盟させて、こっちが上手くやったら今度はファラ様をさらって、そのうえアラン王を暗殺しちゃったんですよね? その上ティア様たちまで連れ出したと?」
「………………まあ、そういうことになるわけだが……」
フィンはためいきをつく。
あれから今日まで色々と検討してきた結果、これまでの様々な出来事の背後に共通の謎の“勢力X”が関与していたのなら? という説が浮上していたのだ。
だがそんな勢力が存在したならば結局、彼らは今メイが言ったようなことを実行したことになってしまうのだ。
現状でまずひとつ言えることは、アラン王の死によってシルヴェスト側は態度を硬化させていて、もはや戦いは不可避ということだ。
確かにこれまでなら講和の道もあったわけで、すなわち都とレイモン、サルトス、フォレス、ベラによる白銀連合とシルヴェスト・アロザール連合をどうしても戦わせたい奴らがいるということになる。
《確かに最初の状況とは雲泥の差だからなあ……》
当初の状況ではこちらがもはや風前の灯火だったのに、サルトスが味方についてくれた後は完全に形勢逆転だ。
そこで仕方なくアラン王が和睦しようとしていたところ、その組織が王を暗殺して戦闘を継続しようとしているというシナリオは考えられるのだが……
《でもあの王をどうやって言いくるめたんだ?》
そもそもあの戦乱の後、中原の勢力バランスはシルヴェストにとってかなり有利な状況だった。
レイモンは奇跡的な復活を遂げたとはいえ、その勢力は以前に比べて大きく弱体化している。その結果シルヴェストはシフラまで、サルトスもセイルズまでは領有できそうな状況になっていたのだ。面積でいえば一挙にそれまでの二倍になるわけだが……
《すなわち……それよりもいい条件だったってことだよな?》
例えばアロザールと組んで他を滅ぼして世界を山分けとかいった話だったのだろうか? それならまあ分からなくもないが……
《でもだったらむしろここで講和なんてできないだろ?》
こんな状況でヘタれたらシフラはおろか、本国の半分くらいは持っていかれそうだ。そんな大損をするくらいならむしろダメ元で決戦を挑むくらいでないと、やったこと全てが無駄になってしまうわけで……
《アラン王だったらそんなこと分からないはずがないよな?》
要するにこれだとアラン王はその勢力の甘言に乗せられて裏切ってはみたが、状況が一変してしまって慌てて和平を模索していたということになるのだが……
《うーん……あの王がこんな情けないことをするかなあ……》
まずもってそんなことはあり得ないという気がするのだが……
それはともかく、そんな勢力が存在したならばアラン王と独立に動いてファラを拉致したことは考えられる。
そしてそう考えると―――フィンはちらっと王女の顔を見る。
《んなことあってほしくはないんだけど……》
フィンはため息をつく。
そう。メルファラと共に姿を消した薙刀使いがいるのだ。彼女が何らかの形でその組織に関わっていたのなら―――アラン王の暗殺に彼女が関わることも可能なのだ。
その上、もしその組織が彼女を利用できるほどこちらの内部に食い込んでいたとすれば、メルファラの拉致だけでなくティア一行の脱出にも関わることは可能だっただろう。
あのメンバーが自力で探索の網をくぐり抜けて行ったなどもはや想像もつかない。
すなわち何者かの手引があったとしか考えようがないわけで……
《サルトスから出ていけたんなら、もうどこだって行けるわけだし……》
そんな奴らと一緒なら一行がシフラまで行っていてもおかしくはない。そしてそいつらに言いくるめられたアウラがやっちまった、という可能性は十分でてくるわけで……
《でもそのためにわざわざアウラをガルデニアから連れ出したのか?》
そんなことあり得なさそうなのだが―――それともその勢力は何か別の目的で彼女たちを連れ出したのか?
《いや、だからどうしてそんな奴らがあのバカたちを?》
フィンはため息をついた。
確かに彼女たちもベラトリキスの一員ではある。アウラもアラーニャもアルマーザもみんなそれなりの人気はある。
《あの食っちゃ寝女だってな……》
あのバカまでがなぜか大皇后の危急の際に駆けつけて勝利に導いたミステリアスな“黄昏の女王”として巷では結構な人気らしいのだ。
とはいえ、彼女たちでは人質の価値としても一段下がるし、何よりもこれまた誘拐犯からのコンタクトもないわけで……
《ともかくそこなんだよな……》
最大の問題はその勢力から何のコンタクトもないため、その目的が全く不明なことだった。
それが分かっていればまだ手の打ちようもあるのだが……
《ってか、そもそも本当にそんな勢力が存在するのか?》
その理由は仮にそんな勢力が存在していれば、これまでの色々なことに説明がつけられるからだが……
《でもなあ……》
そう。そんな勢力があったとしたらそいつらは先程メイが言ったとおり、アラン王を言いくるめて、メルファラを拉致して、王を暗殺して、さらにティアたちを連れ出したということになるわけで―――その上その存在の尻尾も全く掴ませていないとなれば、何を考えているかはわからないが、ともかくとんでもない力を秘めていることになる。
《そんな奴らが……⁉》
何だか考えたくもないのだが―――しかし、一つそんな勢力の候補があった。
それはアロザールの背後にいる何者か、という可能性だが……
《確かにあの呪いとか機甲馬とか、そんな物を持ち出してきたわけだから……》
それらに関しては都もベラもその存在や利用方法を全く知らなかった。従ってアロザールには何かしらの情報源があったのは間違いない。
またアルクス王子も普通ではなかった。
《あの若さで異常に老成していたんだし……》
しかしそれに関しては魔法を使って英才教育をすれば不可能ではないことは知られている。実際に王子は精神魔法に熟達していたのも事実だ。
すなわち王子にそんな教育を施した何者かが存在するということになるわけだ。
《それにフィーバスの一派が関係してるのか?》
彼は元々ベラの国長の一族だ。それが権力闘争の結果追放されて最終的にアロザールに流れ着いたのだが、その途中で彼らが何をしていたかは定かではない。
なので彼らがそんな勢力と接触してアロザールに取り入ったという可能性は十分にあり得るのだが……
《あのロクスタさんって結構な大物だったんだよなあ……》
何だか飄々としたおじいさんという感じだったのだが、聞けばかつてはあのグリムールと並ぶ英才だったという。
すなわちそんな高位の魔導師が仲間にもいるわけで、彼らがそういうことをやろうとすればできるかもしれないのだ。
《でもなあ……》
フィンはかなり長くアロザールにいてフィーバスやアルクス王子と接触してきたから彼らのことはかなりよく知っていると言えるのだが……
《何かピンとこないんだよなあ……》
両者に共通して言えることは、共に野心家ではないということだ。
アロザールの現在の王は相変わらずザルテュス王だが、彼は愛妾と籠もりっきりでほとんど表舞台には出てこなくなっている。そこで実際に国政に携わっているのがアルクス王子とフィーバスなのだが……
《確かに王子が実質トップだったんだけど……》
ここぞというときには国政にも口を出していたようだが、普段はもう権力を持ったただのエロガキが好き勝手やっているとしか言いようがなかった。
《クーレイオンのときだってほとんど女漁りが目的だったみたいだしなあ……》
おかげであのチャイカさんと同居する羽目になってしまって……
《うぷっ!》
いや、何だか惜しいことをしてしまったような気もするが―――いやいや!
ともかくそんな彼がトップでやって行けていたのはフィーバスがサポートしていたからだ。
彼は比較的最近アロザールに来た、いわゆる成り上がりなのだが、彼が地元人とも傭兵団の連中ともうまくやっていたせいで、ああいった国がまとまっていたのだ。
しかし彼は戦略家ではなく、内政に力を発揮するタイプだ。アロザールのあんな拡張を牽引していたわけではない。
《おかげでスカウトされそうになってたし……》
あのままだとわりとマジで軍参謀とかにされていた。まあ、あんな状況でなければ非常な高待遇だったと言えるのだが―――ともかくそんなわけで彼らを背後から操っていた謎の勢力が存在するかもしれないというのは全くの荒唐無稽というわけでもなかった。
《でもなあ……どう見たって操られてるって感じじゃなかったし……まあ、ザルテュス王はともかくとして……》
その目が節穴だったと言われればそれまでだが、フィンはそんな組織が存在するような気配にすら気づいたことはなかった。
《まあ、確かにどこかに情報源があったのは確かなんだろうけど……》
だがそれだけならば組織である必要はないわけで……
そして問題なのは……
《で、そんな奴らがいたとして、一体何をしようとしてるんだ?》
結局ここに戻ってきてしまうのだ。
《そんな力があったのなら世界を征服することだってできたかもしれないのに……》
実際確かにその一歩手前まではいっていたのだ。あの呪いについても運良く解呪方法は分かったものの、その正体はいまだ不明のままだ。機甲馬にしてもたまたまこちらがその情報を持っていたから何とかなった。
だがその後が何だかおかしい。
コルヌー平原の戦いの後の相手の崩れようは、全くそういうことを想定していなかったかのようだ。
《まるで実力を過信しすぎて足元をすくわれるパターンだよな?》
すなわちその勢力は戦いにおける非常に基本的なミスを犯していたわけだ。
実際彼らがもうちょっとしっかりと占領政策を行っていれば、フィン達がアキーラを開放することはできなかっただろう。
また機甲馬にしてもそうだ。
《セロの戦いのことは知っていたはずなんだし……》
あれでこちらが機甲馬の弱点を知ることができたわけだが、逆にそれをカバーする形で運用されていたらこれも手がつけられなかっただろう。
―――すなわちその組織とやらは恐るべき力を持っているはずなのに、その行動はかなり杜撰に思えるのだが?
《何なんだよ? いったい……》
ともかく“彼ら”には謎が多かった。
《アラン王がもっと前にフィーバスの正体に疑問を持っていてくれたらなあ……》
そうすればベラももっとアロザールのことに注意を向けていたはずで、今回のようなことは根本的に避けられていたかもしれなかった。
《でも四〇年近くも前の話なんだし……》
アロザールの宰相になったフィーバスがベラから追放された“アドルト・フィーバス”だったということは、フィンがボニートに託してアロザール国内の情報を送ったときまで旧界側には気づかれていなかったのだ。
しかしアラン王にもやむを得ない理由があった。何しろ彼はウィルガとラムルスを滅ぼした大国レイモンと対峙しなければならなかったからだ。
アロザール王国はウィルガの侵攻を何度も跳ね返したという実績がある。
また小国連合の結成当時はまだアロザールのザルテュス王は健在で、多くの傭兵を雇い入れて国軍を拡張するなど、本来はかなりの切れ者として知られていた。
なのでアラン王は同盟のウィークポイントだったアイフィロス王国方面に注力していたのだ。
《そのためにあんなことまでして……》
フィンとアウラが巻き込まれた男娼ルートの件だが、彼らはレイモンにアイフィロスを攻めさせないために、敢えて自らの首を差し出すような駆け引きを行っていたのだ。
確かにやがてザルテュス王がおかしくなってきたという情報は入ってくるが、同時にフィーバスという傭兵上がりの宰相が国内を上手くまとめているということも伝わってきたので、王はそれ以上深く追究していなかったのだ。
《まあベラだったら念の為に調査くらいはしたんだろうけど……》
だが大昔の他国のお家騒動だ。アラン王の思考から抜け落ちていたとしても責めることはできないだろう。
《それに傭兵のボスが偉そうな名前を名乗ることなんてよくあることなんだし……》
かつてフィンとアウラが潰した盗賊団の首領の“ボルトス”というのも昔の王の名前だし、ウィルガの大地の“ティタニオン”もウィルガ建国に関わる古い英雄の名前だ。
今更そんなことを言ってもまさに始まらない。
《ともかく、奴らは何がしたいんだ?》
全ての疑問はそこ―――そんな組織が存在すればこれまでの出来事に説明はつけられるのだが、ではその組織の目的は何なのだ? という点に跳ね返ってくるのだった。
《うーん……やっぱそんな奴らいないのかなあ?》
でもそうだとしたら一連の出来事はみんなたまたま起こったということになるのだが……
《それもなあ……》
何かが間違っている気がする。
これが的を得た仮説だった場合、バラバラだったピースがぴたぴたっと貼り合わされていく感じがするものなのだが……
フィンがそんなことを考えていたときだ。
トントントン!
控室の扉がノックされた。
室内にさっと緊張が走る。
それからクリンがたたたっと走っていって扉を開けて使者と二言三言話していたが―――それから振り返ると言った。
「あ、いらっしゃったみたいです」
再び一同は顔を見合わせると、無言で立ち上がった。
アコール要塞の小会議室にはあの日シルヴェストからの使者を迎えたときと同様、まさにそうそうたるメンバーが集結していた。
サルトスを代表してイービス女王とその腹心アスリーナにブランコ将軍。都からはマグニ総帥にニフレディル。レイモンからはラルゴだけでなく今回はアリオール将軍本人も参加している。
そしてフィンの横にはフォレスとベラを代表してエルミーラ王女とネブロス連隊長、ついでにメイが並ぶのだが……
《マジ俺がここにいていいんだろうか……》
その中に彼が混じっているというのはかなり不自然に思えるのだが……
《でも名指しなんだしなあ……》
あの手紙の中でなぜかわざわざ彼の名前が明記されていたのだ。
《ってか、シアナ様のほうがいたほうが良かったんじゃないか?》
ニフレディルとファシアーナは都の大魔導師であると同時に、ベラトリキスの重鎮でもある。だが彼女は面倒だからと酒をかっ食らっているらしい。
《まあ、あの人らしいっちゃらしいけど……》
まあ、いざとなればあの二人はいつでも心話で連絡が取れるので別な場所で困らないといえばそうなのだが―――などとフィンが思っていると、部屋の扉が開いて兵士に先導されて二人の人物が入ってきた。
共に旅行用のポンチョを纏ってフードも被っているが―――その姿は女性と思われる。
あの手紙を書いたのは明らかに女性だったから、そのこと自体には違和感はなかったのだが……
二人のやや小さい方が一歩前に出て優雅に一礼すると、二人は被っていたフードを後ろに下ろす。
そこに現れた姿を見て一同が息を呑んだ。
今は一介の旅行者という出で立ちだが、それでもその顔には思わず人を引きつけるオーラのようなものが現れている。
だが……
「えっ⁉ あなたは……」
フィンは思わず声を上げていた。
他の一同が不思議そうに彼の顔を見る。
《いや、確かに見たことあるんだけど、二人とも……》
だがどこだったか?
フィンがそう思ったときだ。
「お久しぶりですね。ル・ウーダ様、いえ、今はリーブラ様でしたか?」
フィンは目を見張る。
《この声も覚えているが……》
口をパクパクしているフィンにエルミーラ王女が尋ねる。
「この方をご存知なのですか?」
「えっと……」
口ごもるフィンに女性が微笑みかける。
「まあ、お忘れになったのですか? アキーラではあのような時を過ごした仲だと言うのに?」
………………
…………
……
一同の目がフィンに集まる。
《何だ? アキーラで?》
そして彼は思い出した。
「いや、一度お会いしただけじゃないですかーっ! それもちょっと話を伺っただけで!」
「うふ。でも私にとっては楽しい時間だったのですよ? 都からいらした方にお目にかかれる機会などなかなかございませんでしたから」
そうそう! こういう意地悪な話し方!
「で、どなたなのです?」
エルミーラ王女がまた尋ねる。
「あ、ですから情報提供者の方です。確かアキーラのコモド卿、でしたか? その奥方で……」
「何だと⁉」
思わずアリオールが叫んで彼女の顔を見た。
彼女はにっこりと笑うと言った。
「皆様はじめまして。私はリラと申します」
?
《あれ? そんな名前だったっけ?》
一瞬フィンは混乱するが……
「かつてはアキーラのコモド・リンデルの妻でございましたをが、そのときはライラックと名乗っておりました」
考えたら当然だった。任務に使う名前なら偽名であるほうが自然だ。
「リーブラ様のおっしゃったとおり、私はシルヴェストの裏組織にレイモンの内部情報を流す役目をしておりました」
「あなたが……」
アリオールが目を丸くして彼女を見つめる。彼が文官の妻の顔まで知らなくとも仕方はないが―――思わずフィンは尋ねた。
「いったいこれまでどちらにいらっしゃったのです?」
彼女のことはドゥーレン達も行方を知らなかった。
シルヴェストの裏組織が摘発されてメンバーのほとんどが捕まってしまったのだが、その中に彼女たちはいなかった。
「それに関してはまあいろいろございまして、詳細はまた後ほどお話いたしますが」
「ああ、はい……」
そしてリラは一同の顔を見渡すとまたにっこり笑って言った。
「このたびは亡き父の名代として参上いたしました」
………………
…………
……
《え? 亡き父?》
一同もそれを聞いて唖然とする。
『アラン様にこんな姫君、いらっしゃいましたっけ?』
『さあ……』
メイとエルミーラ王女の話し声が聞こえるが……
《いや、確か姫君はいたけどどこかに輿入れしてるって話だったし……》
みんなそんなことを思っているのが丸分かりだが―――リラはまたにっこり笑って続けた。
「私の母はタミアと申しまして、かつてシフラで舞姫をしておりました。それを見初めたのが父アランでございまして、このリラというのは父に頂いた名前なのでございます」
タミア⁉
そういえばその名はアラン王の口から何度か聞いたことがあるが……
《あのアウラのシャコンヌの?》
そうそう。シフラの著名な舞姫のファルシアーナの弟子だったという?
「父は私共をとある片田舎に囲っておりました。それは私共を政争の世界に関わらせたくないというご厚意からだったと存じておりますが……まあ、いろいろございましてあのような活動を行っておりましたが……」
彼女はまたちょっと言葉を切って一同を見渡した。
「ともかく亡くなる前に父は私を正式に認知して下さいましたので、今では“フィリア・リラ・ノル・シルヴェスト”と名乗りをあげることが叶うようになっております」
一同は唖然として彼女を見つめた。
《わざわざそんなことを言ったってことは……》
要するに彼女は正式なシルヴェスト王国の名代としてやってきたことになる。
となればここで何かが取り決められたのならば、それはここにいる全ての国の間で公式に取り決められたということに他ならない。
《これって……予想以上に重要な会議なんじゃないのか?》
フィンは背筋が寒くなってきた。
《そんなところにどうして俺が?》
そんな思いがますます募ってくるのだが―――確かにこの中で彼女と一番面識があったのは彼だったのだが……
と、そこでリラがいきなり言った。
「まず最初に申し上げますのは、父、アランは、とある腕の立つ薙刀使いによって殺められたということでございます」
………………
…………
一同がざわめく。
《んえっ⁉ んじゃ本当にアウラが⁉》
フィンは顔から血の気が引いていくのを感じたのだが―――リラはまたにっこりと彼に向って言った。
「いえ、アウラ様が犯人であるなどとということは絶対にございませんよ?」
「えっ?」
「何しろその時間には私自身がこちらの方々とは一緒でございましたので……」
そう言って控えていた侍女に目配せした。
侍女が行って部屋の扉を開けると、同じようなポンチョ姿の人物がまた二人入ってきた―――のだが……
《あぁぁぁぁ⁉ あれって……》
フードで顔は見えなくとも、その二人の立ち居振る舞いには見覚えがあった。
二人がリラの側にやってきてフードを下ろすが……
「アウラ⁉ それにティア??!!」
二人がバツが悪そうな顔で手を振るが―――あたりが騒然とする。
この二人ならここにいる者たちはみんな知っていた。
《何でこいつらがーーーーっ⁉》
フィンはしばらく金魚のように口をパクつかせてから尋ねる。
「こいつらと一体何をして……らっしゃったんです?」
リラはまたニコっと笑う。
「それはもちろん女子会ですが?」
「はあ?」
「女子会をご存知ありませんか?」
「いや、だから……」
リラはまたにっこり笑う。
「その日はティア様の大冒険のお話を聞かせて頂いておりましたが……」
あー? ちょっと、ティアの大冒険ってあのバカの大冒険のことか? そんな話をそんなお姫様にしちゃっていいのか? あ、いやエルミーラ王女とかももう聞いちゃってるわけだし―――じゃなくって!
「いや、だからどうしてこの二人がそちらに?」
リラはうなずいた。
「それを話せば長くなるのでかいつまんでお話いたしますが……私がアロザールの軍団長に囚われていたのを助けて下さったのがこちらの方々なのでございます」
「えっ?」
「父はレイモン国内にスパイをたくさん送り込んでおりましたが、その組織が摘発されてしまったことはレイモンの方々ならご存知かと思います」
アリオールとラルゴがうなずいた。
「その際に私と彼女は最初の手入れの際には運良く逃げ延びることができたのですが……」
そう言ってリラはちらっと横にいた侍女の顔を見る。
《あの人も確かいたよな? 前に会ったときに……》
名前は思い出せないが、あの何か抜け目のない表情はよく覚えているが……
「アキーラから逃げ出すことはできそうもなかったので、ウーベル卿の屋敷に身を寄せていたのでございます」
それを聞いたラルゴが尋ねる。
「ウーベル卿⁉ 彼が組織の仲間だったと?」
だがリラは首を振った。
「いえ、彼は組織とは無関係でしたが……」
「え? それではどうして?」
「それは私共が彼の弱みを少々握っておりまして……」
アリオールとラルゴが顔を見合わせる。
「弱みを?」
「はい。ウーベル卿が実は裏で少々、人には言いにくいような取引をなさっておいでなことを組織が掴んでおりまして、そこでまあ、平たく申し上げればそれを公にされたくなければ私達を匿ってくれとお願い致しました次第で……」
「はは! なるほど……」
アリオールがうなずいた。
「そこでその取引経路を通じて国外に脱出できると思っておりましたところ、取引先にトラブルがあったとかで、結局その屋敷にずっと留まることになってしまいまして……」
「ではアロザールが侵攻してくるまでずっと?」
「はい。そうなってしまいました」
「それでアロザールの虜囚となったわけですか?」
「はい。私とこのアルテラともどもアロザールの士官に捕らえられて、その後ずっと連れ回されることになってしまいました」
《あ! そうそう。アルテラさんだった!》
フィンがそう思ったところにラルゴが尋ねる。
「ウーベル卿は……やはり?」
リラの表情が沈む。
「はい。彼もそのときには呪いに冒されておりまして、やってきたアロザールの兵士たちに殺められてしまいまして……本当に親切なお方だったのですが……」
「ウーベル卿を知っているのか?」
アリオールがラルゴに尋ねる。
「はい、それほど親しかったわけではありませんが、学校で同期で。なかなかの美青年で女子によくモテておりましたが……」
「なるほど……それで?」
リラはうなずいた。
「その後、私共は最初はメリスにおりましたが、大皇后様と皆様方のおかげでアロザール軍が総崩れになると、その後シフラ、バシリカ、シーガルと点々としまして、最近セイルズにやってきていたのです」
「今セイルズを占拠している軍と共にということでしょうか?」
ラルゴが尋ねるとリラはうなずいた。
「はい。私達を捕らえていた士官というのが、セイルズのアロザール軍の司令官、デイモンでございまして……」
「何と? あ奴に捕らえられていたのですか?」
「はい。なので逃げるに逃げられなくて……」
「なかなか切れる男のようですからな……と、そこからアウラ殿たちがあなた方を助け出したと?」
ラルゴが驚いた表情で尋ねる。
「はい。そうでございます」
リラはあっさりとうなずいたが―――アリオールとラルゴが顔を見合わせた。
それはフィンも同様だった。
《確か今セイルズに来てるアロザール軍って相当の精鋭揃いだよな?》
入っている情報では、その軍はかつての傭兵主体の第一軍と第二軍を統合したもので、いい加減な奴らがみんな逃げた後のもっと骨のある兵士で構成されていると聞いている。
そのことは実際に対峙していたアリオールが肌で感じていたに違いない。
「いったいどうやって? というか、そもそも何故そのようなことに?」
リラはにっこり笑った。
「それが、最初みなさんは高貴な奥方が捕まっていると聞いて、私達をメルファラ大皇后かもしれないと思われたそうなのです」
………………
…………
「えっ⁉」
一同が思わず顔を見わせる。
「しかしすぐにそれは誤解と分かったそうなのですが、そこで彼女が私共の身の上をお話いたしましたらたいへん哀れんで下さいまして、それで助けて頂けるということに」
………………
…………
一同がぽかんとした表情でアウラとティアを見る。
「それで……助けたの?」
「あ、まあね」
フィンの問いにアウラがあっさりうなずくが――― 一同はぽかんとして彼女たちを見つめた。
《あはは! はあ……まあこいつらなら……だよなあ……》
長い付き合いだ。彼女が女性の窮状を見逃せないというのは納得行くが―――と、そこでアリオールが尋ねる。
「しかし……アロザール軍の司令官の所ならば、数多くの兵士がいたのではありませんか?」
「はい。それは。軍団長の直属部隊が数十名、宿舎には詰めておりました」
一同は顔を見合わせる。
「そんな所からどうやって?」
さすがにアウラでもそんな人数は相手にできそうはないし……
「はい。なので一計を案じまして、アキーラのレイモン騎馬隊が動いたという偽の知らせをでっち上げて頂いて、彼らが迎撃に出た隙に助け出して頂いたのでございます」
アリオールとラルゴが目を丸くした。
「あ? 何と? あれがそれだったのか?」
「それならば納得ですが……」
「何かそんな動きがあったのですかな?」
マグニ総帥が尋ねるとラルゴが答える。
「あ、はい。一月ほど前アロザール軍がいきなり大河ヘリオス沿いに展開しまして、何をする気かと思っていたらまた戻っていたという謎の動きがありまして」
「まあ、それがリラ様たちの策略だったと?」
エルミーラ王女が尋ねたが……
「あ、いえ、セイルズにはまだシルヴェストの組織が残っておりましたので」
リラが首を振った。
「ああ、あちら方面には手をつけている余裕はなかったからな……」
アリオールがうなずいた。
《あ、あの後すぐに都攻めとかをやってたもんな……》
セイルズは反対側だし後回しになっていたのが僥倖だったと……
「しかし……それにしても見ず知らずの人を助けるためにそんな危険なことを……」
アリオールが呆れたようにアウラたちを見た。
「いえ、それが交換条件がございまして……」
「交換条件?」
「はい。私どもにシフラに囚われているメルファラ大皇后の救出に協力してほしいとおっしゃられまして」
一同が驚いた顔でアウラとティアを見るが……
「え? 別にそれはできればでいいってことだったんだけど……」
「は?」
アウラの答えにアリオールがぽかんとした顔になる。
フィンはため息をついた。
《全くこいつらときたら……》
開放作戦中もそうだったが、本当に手綱を握ってないと何をしでかすかわからない連中ばかりで……
そこにエルミーラ王女が尋ねた。
「しかしその組織というのは、シルヴェストの諜報組織だったのですよね?」
リラがまたにっこり笑う。
「それが皆様、それをレイモンの諜報組織だと信じ込んでいらっしゃいまして……」
「はいぃ?」
「アキーラの貴族の奥方を助けようとしているのだから、当然レイモンの組織だろうとお考えになられたようなのですが……」
一同がじとっとアウラとティアを見る。
「あはは。だってそうでしょ? 普通……」
一同が一斉にため息をつく。
「私どももこのような御恩を受けた方々を罠に嵌めるような真似は大変心苦しかったのですが、しかし父より皆様を丁重にお連れしろという命を受けておりまして」
「それでレイモンの組織のふりをして彼女たちをシフラまで連れて行ったと?」
「はい。無理に連れて行こうとすればこちらにも大変な損害が出てしまったことでしょうし」
一同がうなずいた。
《確かにアウラだけでなくアラーニャとかもいたしなあ……》
ってか、罠に嵌められたってよりは、自分から率先して手足を突っ込んでいったようなものなんだが―――そうフィンが思ったときだ。
「それで、もしかして残りの方々はやはりお帰りになっていらっしゃらないのですか?」
リラが尋ねた。
一同は一瞬ぽかんとする。
「残りとは……一緒に行った他の? アルマーザさんとかアラーニャさんとか?」
エルミーラ王女が尋ねる。
「はい。そうですが?」
王女は首を振る。
「いえ、こちらには帰っておりませんが?」
………………
…………
……
「んえぇぇぇぇぇっ⁉」
しばしの絶句の後にティアが素っ頓狂な声をあげた。
「本当に帰ってないの?」
「はい。こちらには?」
「どうして?」
などと問われても王女が答えられるはずないが……
「あのなあ、お前らが一緒にいたんだろうが! どうしたんだよ?」
代わりにフィンが突っ込むと……
「いや、だからみんな約束の場所に来なかったんでてっきり……」
「約束の場所?」
それにリラが答える。
「あ、それがシフラ城の塔に大皇后様が囚われているということに致しまして、こちらのお二人が中に潜入して、残りの方々が外で待っているという手筈になっていたのですが、その場所に三人はいらっしゃらなかったのです。なので罠に気づいて逃げられたのかと思っておりましたが……」
一同は顔を見合わせる。
《いったいどういう状況だったんだよ?》
そんな彼らを見てリラがにっこり笑う。
「まあ、詳細は後ほどご本人たちよりお聞きになれば宜しいかと。なかなか手に汗を握る冒険談でございますので……」
まあともかくあとでこってりと絞ってやらなければ―――と思ってティアの顔を見ると、何やら魂が抜けたようになっている。
《アラーニャとキールとイルドがマジ帰ってると思ってたのか?》
確かにそりゃショックだろうが―――いや、まさに自業自得だし!
フィンがそんなことを思っている間にも、リラは話し続けた。
「こうしてお二人には城に来て頂いたのですが、もしお二人のおっしゃったとおり本当に大皇后様が誘拐されたというのなら大事なので、すぐお帰りいただくわけにもいかなくなってしまいまして」
「それではやはり大皇后様の誘拐はそちらには無関係だったということですか?」
エルミーラ王女の問いにリラは答えた。
「はい。父も寝耳に水といった様相でしたが」
「ではいったい何者が?」
もちろん王女は答えを期待していたわけではなかっただろうが……
「おそらくアロザールのアルクス王子ではないかと」
リラがあっさりと答えた。
………………
…………
……
「はいぃ?」
あたりが騒然とする。
「アロザールが拉致したのならどうして黙っているのです?」
リラは首を振る。
「それはこちらにも……ただアロザールに送った使節から、ここ最近王子が謎の美女を連れ歩いているという情報を得ておりまして……」
「美女というだけでは大皇后様とは言えないのでは?」
「いえ、その使節は大皇后様と謁見したことがございまして、何だかよく似ているなと不思議に思っていたそうなのですが……」
………………
…………
……
《ん な ん だ っ て ?》
アルクスが?
ファラをさらって??
連れ歩いている???
―――だと????
フィンはかっと頭に血が上る。
「もちろんこちらも王子がそっくりの美女を探してきたのだと思っておりましたが、実際に大皇后様が拉致されていたと聞いて父もたいへん驚いておりまして……」
いや、普通はそう考えるのが当然だが……
「それに加えて、アロザール内の協力者よりもそれを裏付ける情報が得られまして……」
「裏付ける情報ですか?」
「はい。その協力者は確かにアルクス王子の命で大皇后を拉致したと。その際にそんなことは不可能だろうと尋ねたら、こちらにはまだ奥の手があるのだとか」
一同は顔を見合わせる。
《奥の手? そんな物がまだあるというのか?》
フィンは背筋が寒くなってきたが……
「最初はその協力者が出任せを言ったのだろうということになっていたのですが、その後父がおそらくリモンという方によって殺められたということで、やはりそう考えるのが妥当かと」
………………
…………
……
「えっ⁉ リモンが⁉」
思わずエルミーラ王女が立ち上がる。
「それはこの方がそうおっしゃっておりまして」
そう言ってリラがアウラを指した。
「アウラ! 本当なの?」
「あ、あの斬り口はまずリモン」
エルミーラ王女の目が丸くなって―――それから椅子にへたり込んだ。
「うわっ! 王女様っ!」
慌ててメイがその肩を抱いているが……
また場が騒然となる。
「えっと〜、もっと詳しい状況を〜、教えてもらえませんか〜?」
それまで黙っていたイービス女王が尋ねた。
リラはうなずくと話し始める。
「その日は先程も申し上げましたとおり、この四人で集まって女子会をしておりました。そこでティア様の楽しいお話を伺っていたのですが、何やら騒ぎが聞こえて参りまして、聞けば父が殺められたとのことで……」
リラはそこで一息つく。
「それで私達は父の居室に駆けつけたのでございますが、そのときはもう父は事切れておりましたが……私にはよく分かりませんでしたが、アウラ様のおっしゃるには、この斬り口はリモンさんではないかと」
「どうしてですか〜?」
「あ、左袈裟で一刀両断とか、他じゃ……左構えの剣士とかじゃないと? そんなのいないでしょ?」
それを聞いたアリオールなどの武官達は何やら納得したようだ。
「そうなんですか〜? メイさ〜ん」
「え?」
いきなり振られてメイがちょっと飛び上がる。
「あ、確かにほら、薙刀って右からでも左からでも斬れるのが特徴で、リモンさんは左からの袈裟斬りが大得意っていうか、もう必殺技みたいになってましたし……」
「左構えの剣士って〜?」
「え? それは……」
メイが口ごもるが、代わりにブランコ将軍がアウラに尋ねた。
「それは左手を前に構えた剣士のことでしょうか?」
「あ、うん」
将軍は納得したようにうなずく。
「左利きの素人が最初はそんな風に構えていることはよくありますが、即座に矯正されますから、まともな剣士で左構えなど普通はおりません」
「そうなの〜?」
「はい」
「へ〜……」
何やらイービス女王は納得いかない様子だが―――あー。言われてみればどうしてなんだろうとフィンが思っていると……
「それで~、刺客の姿は見ましたか~?」
「いえ、もうおりませんでしたが、床に転々と血が落ちておりましたので逃げた先を追うことはできたのですが……」
一同が彼女に注目する。
「その血痕は城のバルコニーで忽然と消えておりました」
「バルコニー……で~⁉」
「はい」
一同がまた顔を見合わせる。
「もちろんそこを上り降りすることは……」
ブランコ将軍が尋ねるが……
「それは無理だと思います。城の東側で崖に面した所でございますから……なのでそちらには衛兵もおりませんでした」
シフラ城の構造は王族のプライベートエリアについてもフィンはよく知っていたが……
《そこじゃ普通は出入りできないよな……空を飛んででも来ない限りは……》
………………
…………
……
ということは?
「それは……大皇后様のときと同じということですかな?」
マグニ総帥が尋ねるとリラはうなずいた。
「おそらく」
ファラが拉致された場所もガルデニア城の裏庭の絶壁の上だ。そんな場所だから魔法使いが関与していなければ、内部の手引しかないと思われていたわけで……
そこにリラが続けた。
「その際にリモンという方も行方不明になったそうですね?」
思わず一同がざわっとエルミーラ王女の方を見る。
王女がさっと青ざめる。
その横でメイがおろおろしているが……
《うわ! これは……》
今回の件に彼女が関わっているという風説は根強い。だがこれまで薙刀使いと言うだけでは彼女とは言えないということで、何とか収まっていたのだが……
思わずフィンは立ち上がった。
「あ、いや、まだ彼女が関係していたとするのは早計かと。あのアルクス王子は怪しい魔法を使いますし、即断はなされませんように!」
場が一瞬しんとするが……
「確かに、並の人間が悪意ある魔法に抗するのはなかなかに困難ですからな」
助け舟を出してくれたのはマグニ総帥だった。
当然のことながら、誰かが犯罪を犯してもそれが魔法で操られていたのであれば無罪だ。
「ですね〜。それはともかく〜、どうしてアロザールは伯父様を暗殺なんかしたんでしょうか〜?」
場の全員がうっと言葉に詰まる。
「何かアロザールとの間にトラブルでも有りましたか〜?」
女王の問いにリラは首をふる。
「いえ、とりあえずはすこぶる良好な関係だったと伺っておりますが」
そう。ともかく理解できない。アロザールがこんなことをして何の得があるのだ?
《調子に乗ってたときならまだともかく、今どうして?》
まさにシルヴェストとアロザールの連合は大ピンチの状態なのだ。そこで同盟の要となるアラン王を殺してどうする?
一同がみんなそんなことを考えているのは一目瞭然だが―――と、そこでアリオールが尋ねた。
「それでリラ殿」
「はい。なんでしょう」
「真犯人が分かっていながら、なぜこちらが暗殺したなどと公表したのです?」
彼女はまたにっこり笑った。
「それはもちろんアロザールとの同盟が瓦解しないようにでございます」
一同はまた唖然とする。
「王を暗殺した相手との同盟を?」
リラはうなずく。
「はい。私どもは当面は現状の同盟を続け、やがては皆様方と決戦を行う所存でございますから」
………………
…………
……
は?
全員が訳が分からないという表情になる。
「それにどんな意味があると?」
アリオールの問いにリラはまたにっこりと笑みを返した。
「それにはそもそも、父がどうしてあのような暴挙に出たかを説明する必要がございます」
………………
…………
……
《あのような暴挙って……王が裏切ってアロザールに付いたことか?》
そう。全ての始まりはあのアラン王の謎の変節だった。
《ってことは……》
場の空気がきーんと張り詰めた。




