メルファラ救出作戦 第8章王の見た夢

第8章王の見た夢


《アラン王の意図がついに明らかになる?》

 王が裏切ってアロザールに付くなど、誰もが予想だにしていなかった。

 彼らがアロザールの呪いや機甲馬を撃退できたのは、まさに絶望の中で足掻いていた彼らを白の女王が哀れんでくれたからとでも言うべき幸運であって、誰もが安堵し、来る平和を待ち望んでいたところだったのだ。

 その希望をアラン王は完膚なきまでに打ち砕いた。

 その後の展開といったら……

《何だったんだ? ありゃ……》

 最初は少なくとも互角と思えていたのが、いきなりアイフィロスが陥落して逆に包囲されてしまって……

《そこにアイザック王が介入して……》

 フォレスとベラの連合軍が山脈を超えて侵攻してきて、それで一見落着かと思ったら……

《グリシーナの放棄とか……普通あり得ないし!》

 アラン王はシフラに籠もってしまって、また戦線は膠着状態になってしまったのだ。

 そのままでは再興したばかりのレイモンは持たなかったと思われるが、たまたまフィンが上手い作戦を思いつけたおかげでまた再逆転できたのだが……

《イービス女王にも意図を知らせてなかったとか……》

 サルトスは古くからのシルヴェストの同盟国だ。今回も最初はアラン王と行動を共にしていたことから、少なくとも彼が何をやろうとしていたかは知っていると思っていたのだが……

《こっちがそれを訊かれたりするしさ……》

 アラン王はイービス女王には、今回のことは彼とレイモンが裏で組んで仕掛けた狂言だと思わせていたのだ。

《ま、ともかくそれですんなりとサルトスがこっちに付いてくれたのは良かったんだが……》

 しかし不審なのは、例えばアイザック王が迅速に出兵できたのは、その前にアラン王からそれを仄めかす手紙が来ていたからだそうだ。

 またイービス女王に対してもやがてフィン達が中原を突破してやって来るようなことを言っていたわけだし……

《何だか何もかもが王の手の内で転がされていたみたいなんだが……》

 しかしその王はもういないのだ。

《だとしたら……これから何ができるっていうんだ?》

 他の面々も同様な興味津々の様子でリラを見つめている。

 彼女は小さくうなずくと話し始めた。

「私がその話を聞いたのはシーガルで囚われていたときでしたが、まさに青天の霹靂、目の前が真っ暗になったような気持ちでございました。その頃にはアロザール国内には既に諦観の念が広がっておりまして、来る大皇様のお裁きを甘んじて受け入れようという空気になっていたところでございます」

 リラはそこで言葉を切る。

「アロザールの国内でもその知らせは驚きをもって迎えられておりまして、まさに国の滅亡は首の皮一枚をもって避けられたのは確かですが、その意味するところは誰にとっても詳らかではございませんでした」

 彼女は再びそこで一息つく。

「そこで私が父と再会を果たした際、最初に尋ねたのはやはりそのことでございました……すると父は答えて下さったのでございます。なのでこれから語ることはまごうことなき父の真意でございまして……」

 そこでリラは一同の顔を見渡した。

「そして……父の身になにかあったような場合にはこれを皆さんにお伝えしろとも言われております」

 ………………

 …………

 ……

 一同が顔を見合わせた。

《え?》

 王の身に何かあったような場合?

《ってことはこういう状況も王の想定内だったってことか?》

 そんな人々の表情を見てリラはまたにっこりと笑うと語り始めた。


 ―――アラン王の祖国、シルヴェスト王国は中原の辺境にあって、山がちで生産力も高くない小国に過ぎなかった。

 それでもこの国が中原の各国に比較して長い歴史を持てたのは、辺境ゆえに外敵が攻めてきにくく、また攻め取る価値も低かったためだ。

 長らく王国の目前にはラムルス王国が立ちふさがっていた。しかしラムルスは反対側に相対する大国、ウィルガ王国との抗争を長年続けてきていた。両国の力は拮抗しており直接的にはなかなか決着がつけられなかった。

 なのでウィルガからシルヴェストには何度も秘密裏に同盟の申し入れが舞い込んできていた。ウィルガに呼応して背後からラムルスを討ってくれれば中原に広大な領土を約束しようと―――


《あ、やっぱりそんなことがあったんだ……》

 ウィルガからしたら敵を背後から撹乱してくれる勢力があれば願ったりかなったりだ。逆にラムルスは敵に挟撃されることは何としても避けなければならないのだが……

「しかし……なかなかの好条件なのでは?」

 アリオールが尋ねる。

 それまでシルヴェストの国土はほぼ東の森林地帯のみで、生産力の高い平原地帯はベルジュ付近の僅かな地域だけだった。戦いにおいてどの程度の戦果を挙げたかによって変わってくるにしても、それまでに比べたら広大な領土が手に入るのだ。

 しかし結局そのような同盟が結ばれたことはなかった。

 リラはうなずいた。

「確かにそうでしょうね。父も申しておりました。もしそのときの王が自分だったなら受けたやもしれぬと……まあ怖くなる気持ちもよく分かるが、と……」

 アリオールもうなずく。

《ま、そうだろうな……》

 そう。それまでの状況は前方はラムルスに塞がれてはいたが、少なくともウィルガの圧力がある限りはその戦力がこちらに向くことはないのだ。すなわち余計なことをしなければこちらも安泰という状況だった。

《でも今度は自分がウィルガの相手をしなきゃならないわけで……》

 ラムルス亡きあと、ウィルガが大人しくシルヴェストを安堵してくれる保証はどこにもない。むしろ勢いに任せて中原全土を掌握しようとしてくることの方がありがちで……

《そのことまで見越せば簡単にはうんとは言えないよな……》

 決して当時の王の判断が弱腰だったとは言えないと思うが―――と、そこでリラがアリオールに向かってにっこり笑った。

「ところが、気がついたらそのようなことになっていたのでございます」

「あはは。まさに……」

 彼も笑ってうなずいた。

 そう。そのようなバランスはレイモン王国の出現によって崩壊してしまったのだ。

 それまではラムルスという壁に守られていた形で安泰に過ごせていた東方の国家は、いきなり最前線に放り出されてしまったのだ。

「そこでご存知の通り父は小国連合を立ち上げました。レイモンの勢力は強大でしたが、シルヴェスト、サルトス、アロザール、そしてアイフィロスの勢力を合わせればそれに拮抗することができたからです」

 一同はうなずいた。つい最近まではまさにそのような均衡のもとに世界は成り立っていたのだから……

「しかし皆様はお気づきだったでしょうか。その同盟を維持することがどれだけ大変だったかを……」

 それを聞いてアリオールがまた笑った。

「ああ、まあある程度は……」

 そのさなかに身を投じるまではフィンも真剣に考えたことはなかったが、アラン王の小国連合はまさに水と油をレイモンという外圧で力任せに混ぜ合わせたようなものだった。なのでちょっとでも油断をしたら即座に元通りに分離してしまうような、そんな脆い存在だった。

 そもそも、各国の魔導師の派遣元がシルヴェストとサルトスはベラ首長国、アイフィロスとアロザールは白銀の都だった。

《それだけで対立するのには十分なんだよな……》

 またシルヴェストとアイフィロスは長年、中間のグラテスを巡って争ってきた歴史があるし、サルトスは兄弟国であったからそこまで大きな衝突はなかったが、当時の王は武闘派で知られたハグワール王だ。

《こういうときって独断専行されると本当に困るんだよな……》

 またアロザール王国は遠隔の地で連絡が取りづらく、内陸の国と海洋国ではその考え方も異なっている。

《おかげで内情が知れるのが遅れちゃったんだよな……》

 アロザール内部で起こっていたことについては、フィンがボニートに託して送った情報が大きな決め手になったくらいなのだ。

「父は即位してからというもの、つい先日までまさに小国連合を維持するためだけに奮闘していたと言っても過言ではございませんでした」

 一同はうなずいた。

「父は申しておりました。どうして私はこんな国の王をしているのだと。いっそのこと、とっととこの国を征服してくれたほうが楽になるのに、と思ったこともしばしばだと」

 ………………

 …………

《うわあ……》

 あの王がそんなことを思うなんて―――だが傍から想像するだけでもその重圧が半端なかったのは間違いない。

 一同、特にレイモンのメンバーは返す言葉もない様子だ。

「ですがレイモンがそうできなかった理由も私はよく存じております」

「え?」

 アリオールが思わず言葉を返すが―――リラがまたにっこり笑う。

「そんな内情を父の下に伝えるのが私の役目でございましたから」

 ………………

 …………

「あはは! そうだったな!」

 そう。彼女は長年アキーラに潜入してレイモンの内部事情を秘密組織を経由してシルヴェストに送る任務に携わっていたのだ。


 ―――中原の覇者であったレイモン王国はかなり最近までは中原の西の辺境にある小国に過ぎなかった。

 その頃既にウィルガ王国は中央平原の西部をほぼ手中に収めていたが、さらに拡大すべく断続的に侵攻を行っていた。

 それまではウィルガの矛先は主に南のアロザールに向かっていた。だが湿地で攻めにくい地勢に加えて生粋のアロザール人たちが勇敢だったために、よくそれを凌いでいた。

 そこでウィルガは業を煮やしたのか、今度は北のレイモンに襲いかかる。

 その緒戦でレイモンはあっけなく破れて国土の大半を失い、マグナバリエ山脈沿いの小地域へと押し込められてしまう。

 そのままレイモンは消滅するかに思われたが、ウィルガ王国内の内紛もあって国体の存続だけはすることができる。

 しかし誰もがそんな国は長続きしないだろうと考えていた。何しろ先の戦いで国王は戦死し、国を継いだのは僅か五歳の少年王だったからだ。

 だがレイモン王国は滅びなかった。

 それは相変わらずのウィルガ王国内の内紛に加えて、側近たちが諦めずによく王を支えていたからだ。

 それから二〇年。ついに雌伏の時を終えてルナール王が反攻を始めた。

 彼は各地でウィルガ軍を撃破する。だがレイモンは小国であったため一気に広い領土を確保することができず、全体としては戦線は膠着気味で、じわじわゆっくりと国土を広げていくような形となった。

 ウィルガはそれに大いに手を焼いたが、相変わらずの国内の不和に加えてラムルスの動きも活発になっていたため全力でレイモンを征伐することが叶わなかった。

 そこでウィルガが一計を案じる。それは都に働きかけてレイモンの魔導軍を撤退させることだった。

 中原の各国にとって都またはベラより魔導師を雇い入れるのはまさに当然のことで、彼らを中心とした“魔導軍”は軍事力の要であった。それは当時のレイモンも同様で、彼らは都から雇用した魔導師による魔導軍を持っていた。

 レイモン軍の戦いではその魔導軍が絶大な威力を発していたのだ―――


《考えたら皮肉な話だよな……》

 後のレイモンは魔導軍無しで中原を制覇したことで知られるようになるわけだが、初期のレイモン軍はむしろ魔導軍主体で戦っていたのだ。

 その戦いは当時から騎馬隊の機動力を活かした戦い方だった。すなわち敵の動きを察知したら即座に有利な地点に移動してそこに陣を構えて待ち伏せるという作戦だ。

 その作戦は大変に有効だったが、同時にそれに携わる魔導師にとっては大変に評判が悪かった。何しろ敵の動向によっては夜っぴて馬を駆って戦地に駆けつけるようなことがごく当たり前に行われていたからだ。

 当時の魔導軍の戦い方は、多数の壁役兵士に囲まれた魔導陣の中から魔導師が大魔法をぶっ放すという戦い方が主流だった。そんなとき彼らはは豪華な馬車や輿に乗ってゆったりと現地に移動してくるというのが通例だった。

 すなわち魔導師が一般兵士に混じって馬を駆るようなことは、敗走しているとき以外はあり得なかったのだ。

 フィンは笑いをこらえる。

《ってか、そいつらに小鳥組作戦とかやらせたらどんな顔してただろうな?》

 だが当時としては異例のそんな扱いに魔導師たちは辟易としており、そこにウィルガの工作が加わったこともあって、レイモンの魔導軍はみんな都に引き上げてしまったのだ。

 それはまさに大ピンチだった。

 ルナール王ももはやこれまでと諦めかかったとも伝えられているが―――そこに現れたのがそれまでの戦いの中で頭角を現してきていた若き武将たちだった。

 すなわち大ガルンバ将軍とティグレ将軍である。

 彼らはルナール王のそれまでの戦いを見てその本質をよく理解していた。

 そもそもそれまでも数の上ではレイモンはウィルガに対して圧倒的な劣勢だった。正面から戦うなど論外で、だからこそ王がそのような戦い方を編み出したのだ。

 そして起きたのがレイモン第一の奇跡であるクォイオの戦いである。

 ガルンバ将軍の率いるレイモン軍はそこで魔導軍無しでウィルガの主力部隊を完膚なきまでに撃破した。

 ウィルガは主力軍が敗れるなどとは夢にも思っておらず、長らく続いていた国内の不和も加わって、中原の覇者であったその歴史をここに終わらせる結果となったのだ。

《ここでやっとかなきゃしょうがなかったからな……》

 あそこでウィルガがレイモンを滅ぼさずにおいた結果が今なのだ。ならば手心を加えてウィルガに立ち直られてしまったら次はないと考えるべきなのだ。

 ルナール王としてはここで都と和解したかったという。

 だが都とのパイプはウィルガのほうが遥かに太かった。そして国を追われた彼らはこう主張したのだ―――レイモンは魔導師などいなくとも国など簡単に滅ぼせると嘯いていると……

《これって……みんなけっこう信じちゃってたしなあ……》

 フィン本人もかつてはそうだったのだが……

 それは他国に対して多大な影響を及ぼす。

 そしてレイモンにとって不運だったのは、その話を聞いたベラまでが敵対する側に回ってしまったことだ。

 それまでは都に見放されるような国があればベラが手を差し伸べてきた。それ故に都とベラの両国が世界のパワーバランスをコントロールしているとも言えた。

 だがレイモンがその概念をぶち壊してしまったのだ。

 こうして史上初めてといえる都とベラの連合軍が結成され、ついにラムルス王国の首都であったシフラにおいて決戦がおこなわれることになる。レイモン第二の奇跡―――シフラ攻防戦である。

《あれもなあ……》

 それに関しても今のフィンにとっては、都とベラの間の不和がその敗北の主因であることは明らかだったが、当時の人々にはまさに奇跡だった。

 その戦いの結果レイモン王国が中原のほとんどを支配して、それに対してアラン王が小国連合を結成して対抗することになるわけだが……

《そのときにはルナール王は五四歳だったっけ……》

 王の人生はまさに戦いの連続だった。

 だがその戦いは決して彼の望んだ戦いではなかった。

 幼くして継いだ国は誰の目にも風前の灯で、彼が打って出たのも座して死を待つよりはとの思いだった。

 彼が戦いに勝ち続けられたのも、それは彼が本当に必死だったからだ。

 そして幸運にもそれに勝ち抜いて、図らずも手にしてしまった中原の版図を見て彼は何を思っただろうか?

《それを知っていたならあれほど恐れずとも良かったんだろうけど……》

 だが人々の目には―――特にその力を直接に感じた者たちにはまさに脅威だった。

《だからアラン王はああするしかなかったんだろうけど……》

 小国連合の結成によって世界は表向きは平穏になった。

 だがその裏でどのような駆け引きが行われていたかもフィンは既によく知っている。

 一見動きがないような世界の中で、アラン王は必死にそのバランスが崩れないように奮闘してきたのだ。彼もまたほとんどその一生をかけて……

 ―――そこでリラが言った。

「父は嫉妬しておりました。そんな力を持っていた者に対して……」

 確かにルナール王やその後を継いだマオリ王が本気で取りに来たならば小国連合が維持できていたかは怪しいところだ。

 だが彼らはそうしなかった。

 それに対してアラン王は、自分からは動くことができずただそれを見ていることしかできなかった。

《相手が動いてくれたらまた全然違ったことになったんだろうけど……》

 王はそのために国内に様々な仕掛けを巡らしたと聞いている。その結果がどうなったかはもはや知ることはできないが―――ともかく彼もまた歴史を動かすことができたのだ。

「ですので、まさに千載一遇のチャンスだったのです。皆様が都攻めをなさろうとしたことは」

 アリオールが黙ってうなずいた。

「兎にも角にも状況が動き始めれば、これまでやってきたことが無駄になることはないと。父は心底ホッとしたと申しておりました」

 確かにアラン王も既にかなりの高齢だった。まさに最後の一花が咲かせられると思ったのだろうが……

「ところがその結果は誰にとっても意外なものになってしまったのです」

 一同がうなずく。

 そう。その後の展開を予想できていた者はいなかった。

 確かにアロザール王国は小国連合の中では最も軍事力が大きかった。

 だがそれでも単独でレイモンと戦えるほどではない。侵攻を食い止めることはできても、自分から打って出ることは―――特にレイモンの得意な平原の戦いではほぼ勝ち目がないと思われていた。

 それがあれよあれよという間にレイモンを滅ぼして中原を制覇してしまったのだから……

 その理由は彼らがそれまで隠していたあのアロザールの呪いのせいで―――その解呪方法は何とか明らかになったものの、その本質に関しては未だに不明なのだ。

「確かに彼らの用いた手段は尋常ならざるものだったとはいえ、父にとってはそれはもはや些細なことでした」

 一同がえっといった表情でリラを見る。

「父にとってはそれで彼らが何をするのかということが重大でした」

 一同が納得したようにうなずく。

《ま、そうだな……当時は友軍だったわけだし、そこが一番重要な点だよな?》

 リラは続ける。

「そしてレイモンの滅亡後、その領土分割に関する会議が行われましたが……そこで父はまさに衝撃を受けたそうでございます」

「衝撃を?」

 アリオールの問いにリラはうなずいた。

「はい。何しろアロザールがかつてのレイモン領を総取りするなどと言い出したからでございますが……」

 それを聞いたマグニ総帥が言った。

「まあ、あまりにもそれは図々しいとは思いますがな……」

 ところがリラが首を振った。

「いいえ。違います」

「違うと?」

 リラはうなずく。

「はい。父はまさかその程度でいいのかと、心底驚愕したそうなのです」

「え?」

 一同が顔を見合わせるが……

「考えてもご覧ください。アロザールは結局のところ単独でレイモンを滅ぼしたようなものです。そんな力を持ってすればその他の国だって易々と滅ぼしてしまえるのは明らかです」

 一同は言葉に詰まる。

「だから最低でも全員が自分に跪けとか、あるいは皆殺しにされても逆らえないかもしれないところだったのです……それなのに彼らはこう言ったことになるわけです。 自分たちはレイモン領だけで十分だと」

 ………………

 …………

 ……

《確かに……その気になればそうだよな……》

 それに比べたらとんでもない好条件ということになってしまうが……

 あの時点ではさらにその後どんな展開になるかなど、まさに世界中の誰一人知らなかったわけで……

「なので父はよっぽどその程度でいいのかと聞き返そうかと思ったそうですが……」

 リラはにっこりと笑う。

「さすがにそれは止めておいて、会談決裂ということにしたそうでございます」

「その条件を呑むのではなくて?」

「はい。まずはハグワール様が難色を示されたことと、やはり相手の言いなりになるというのは気分が悪かったからだそうですが……」

 一同はうなずいた。

《まあ、誰だってそうだよなあ……》

 アラン王は何十年もの間レイモンの言いなりにならぬように身を削ってきたのだ。ここで簡単にヘタれるようなことがあったら何をやってきたか分からない―――という“気持ち”は分からないでもないのだが……

 一同の表情にも同様の思いが見て取れるが―――リラは続ける。

「それともう一つ、アロザールが相手ならば何とかなるのではないかとも思ったからだそうでございます」

 ………………

 …………

 ……

 一同はぽかんとした。

「何とかなると⁉」

 マグニ総帥が意外そうに尋ねる。

「はい。その当時から父は、アロザールはあの呪いを除けば大したことはできないのではないかと踏んでいたからだそうですが……」

 一同は顔を見合わせる。

《いや……まあ……》

 その現場に身を置いていたフィンにもそれは分かっていた。

 まず傭兵主体の第一軍と第二軍は全然統制が取れていなかった。だからもし呪いがなかったらバシリカを陥落させるどころか、それ以前にレイモン軍に蹴散らされていただろう。

「しかしまさにあの呪いは都にもベラにも未知の魔法だったわけですし……」

 リラはうなずく。

「はい。でも呪いはアロザール軍には効いていないのだから、必ずや防ぐ方法はあるに違いないと思っていたと」

 それを聞いたアリオールやエルミーラ王女が怪しげな笑みをフィンに向ける。

《いや、だからあれは……》

 確かに最善だったかどうかはともかく、効果はあったんだし!

「王は呪いの解き方が分かることに賭けたということですかな?」

「はい。そういうことになります」

 とんでもなく危険な賭けにしか思えないのだが?―――それこそあの会談の時点ではその後の展開は誰にも予見できていなかったわけだし……

 しかし―――そこでアラン王がアロザールの言いなりになっていたら、フィン達がアキーラを開放したとしてもその先が続かなかった。その上、東方に送られていた精鋭も戻ってきていただろうし、そうなるとそもそも開放作戦だって失敗していたかもしれないし……

《うわあ……ここも何てか綱渡りだったんだなあ……》

 フィンは遅まきながら背筋が寒くなってきた。

「そこで父は時間を稼ぎつつ、アロザールの情報収集に全力を上げたそうなのですが……ところがそこで彼らがさらなる秘密兵器を隠し持っているという情報を得て、まさに目の前が真っ暗になったそうでございます」

 一同がまた顔を見合わせる。

《機甲馬か!》

 あれも対処方法が分からなければまさに手がつけられなかったはずなのだが……

「そのようなときでございます。まさに信じられぬ知らせが舞い込んできたのは」

 そう言ってリラはアリオール、そしてエルミーラ王女の顔を見る。

 二人の顔がちょっと紅潮した。

「確かに……まさにレイモン第三の奇跡でしたな?」

 マグニ総帥も二人に笑いかける。

「本当に信じられませんでしたよねー。あれは」

「そうよね〜」

 アスリーナとイービス女王の声も聞こえてくる。

《あはは。まあ、自分でも本当に信じられないんだけど……今でも……》

 あれはまさに夢のような日々だった。

 今でも時々、作戦が失敗してどうみんなを逃がすかと苦悶している夢を見たりするが……

「それに父は心底驚愕したそうでございます。父はこう申しておりました。これは奇跡などではないと。これは彼女たちとレイモンの国民が成し遂げた偉業なのだと」

 そんな褒め言葉は確かアキーラで聞いたような気もするが……

《まあともかく上手くできたのは確かなんだし……解呪の方法を除いては、だけど……》

 ―――フィンがそんなことを思っていると、リラは先を続けた。

「ともかく皆様方がアキーラを開放し、機甲馬の軍団を壊滅させると王の見立ては証明されることになりました」

 一同がうなずく。

《だよなあ……あの後の崩れっぷりは……》

 一時はほぼ旧レイモンの版図を手にしていたアロザールは、反攻するシルヴェスト、サルトス、アイフィロスの軍に対して全く抵抗もできず、ずるずると撤退していくばかりだった。

 そしてまさにダメ押しの一撃として、カロンデュール大皇の出陣だ。

 これまでの長い歴史の間、白銀の都の大皇が直々に中原の騒乱に介入するようなことは無かった。だが今回の立役者はメルファラ大皇后その人だ。ここで彼が出てこないわけにはいかなかったのもあるが……

《まさに“朝敵”ってことになっちまったわけで……》

 長らくアロザールは都派の国家だった。しかも今回はベラの助勢も絶望的だ。

「こうしてアロザールの危機は去ったのでございますが……問題はここからでございます」

 リラの言葉に一同は思わず身を正す。

《そう。ここからだよな……》

 本来ならここで平和が訪れるはずだったのだが……

「そこで父は考えたそうでございます。確かにしばし平和の時が来るのは間違いないだろうと。だがその後はどうなるだろうかと」

 一同は顔を見合わせる。

「当時の予備会議で、戦後どのように領土が分割されるかが話し合われたそうですが、そのときにはレイモン王国がクルーゼの線まで縮小し、シルヴェストがシフラまで、サルトスがセイルズからサルモまで、アイフィロスがトルボまで拡大するという方針が示されたそうです」

 フィンは小さくうなずいた。それはほぼ彼が想像していた通りだったからだ。

「しかしこれでは当初はともかく、やがては中原に再び紛争が発生することは必定だと」

 一同は顔を見合わせる。

《ん……まあ、それはそうなんだけど……》

 それまでの各国は地形で分断されていたため、国境をめぐる争いはそれほど大きな物にはならなかった。しかしこれからは中央平原内に長い国境線が生まれることになるわけで……

 結局のところ中原の歴史はそんな肥沃な平野の取り合いで成り立っていたと言っても過言ではない。

「そんな堂々巡りがまた始まるかと思うと、父は心底腹が立ってきたそうでございます」

 そう言ってリラは一同の顔を見る。

《そんなことを言われたって……》

 一同も同様の表情だが……

「思い起こして下さいませ。実は世界は既にそんな運命の輪から逃れる可能性を二回も逃していたことを」

 ………………

 …………

 ……

《え?》

 彼女は何を言っているのだ? もしかして……

「最初はルナール王でした。彼は辺境の地から始まって平原を統一するという偉業を成し遂げました。しかし彼に与えられた時間はそこまででした。そして今度はアロザールのアルクス王子ですが……彼にはそもそもその意志が欠けていました」

 ………………

 …………

 ……

《えっと……もしかして彼らが世界を統一していたら良かったと⁉》

 彼女はそんなことを言っているような気がするのだが?―――フィンがそう思ったときだ。

「しかしここにそれを可能にする方々がおられるのだと」

 フィンは彼女が何を言っているか分からなかった。

 一同も同様の表情だ。

 そんな彼らの顔を見てリラはにっこりと笑った。


「ですから三度目の正直で、皆様方には是非、世界を制覇して頂きたいと」


 ……………………

 …………

 ……

 一同はしばしの間呆然として……


「はあぁ?」

「何だと?」

「ええっ?」

「何ですと?」

「え〜〜っ?」


 ―――それから一斉に突っ込んだ。

 それを見てリラは何やら嬉しそうに笑う。

「まあ、驚かれるのも無理はありませんが、それがまごうことなき父の願い。そしてどうして父があのような行動を行ったのかの理由でございます」

 ………………

 …………

 ……

 絶句する一同に向かってリラは話し続ける。

「父は申しました。世界を手にするためには何が一番必要かと?」

 相変わらず言葉の出ない一同に彼女は続ける。

「確かに力、そして智謀は必要でしょう。行く手に立ちふさがる障害を蹴散らしていくにはそれらなくしては始まりません。しかしそれだけではただ焼け野原を作っていくだけのこと。さらにその先に続く世界を作り上げるためには……」

 リラはそこで言葉を切って一同を見渡す。


「父は神話が必要だとそう申しておりました」


「神話が⁉」

 思わずアリオールが尋ねるが……

「白銀の都の大皇様がなぜ未だに敬われているのか? それはもちろん東の帝国を滅ぼし、この地に渡ってきて都を築いた大聖様の物語があるからです」

 一同はうなずく。

「ベラの皆様方々の誇りもまた、その大聖様に抗い勝ち取った長の血筋にあると存じております」

 エルミーラ王女がうなずく。

「そしてルナール王は魔導師の力を借りずにその都とベラを打ち破ったわけですが……これはその神話を打ち破ったと同時に、それ自身が新たな神話となったのはお分かりですか?」

 一同がうっと言葉に詰まる。

《いや……そう言われてみたら……》

 リラは続けた。

「アロザールもまたそんな神話に登場してくることとなりました。ただしこちらはさらにそれより強力な神話によって打ち滅ぼされた邪な存在として……」

 フィンにはおぼろげに彼女の言いたいことが分かってきた。

《その強力な神話って……》

 リラがフィンに、それからエルミーラ王女に、アリオールににっこり笑いかける。

「そうです。そんな邪悪な力によっていったんは滅びた焼け野原から不死鳥のごとく復活を遂げた皆様方は、まさに最高の神話の登場人物にふさわしい……と、父は申しておりました」

 ………………

 …………

《いや、えっと……》

 いきなりそんな大層なことを言われても―――なのだが……

「しかし父は大きな問題に直面しておりました。というのは、まごうことなくその神話とはメルファラ大皇后様の物語なのですが……」

 リラは言葉を切って一同を見渡す。

「父がその大皇后様に謁見をしたときに何か違和感を感じたそうなのでございます」

 一同はぽかんとして彼女の話を聞く。

《違和感って……いったいどこに?》

 彼女の何がおかしいというのだ?

「それが何なのかしばらく悩んでおられたそうなのですが……そして気づいたのは、大皇后様が大変お優しいお方だということでした」

 一同は顔を見合わせる。

《いや、確かにそうなんだけど?》

 そんな表情を見てまたリラは微笑んだ。

「父はこう申しました。まさにそれは大皇后様の美点ではあるが、覇者には不要な要素であると」

 ………………

 …………

 ……

《あ?》

 一同はぽかんとしてリラを見る。

「覇者に求められるのは非情で冷徹な決断力、鋼の意志であって、優しさなどはその妨げにしかならないと、父はそう申しました」

 ………………

 …………

 ……

《いや……まあそう言われたらそうかもしれないけど……》

 だからといって彼女にそれを求めても仕方がないのだが? 彼女はあくまで彼女なんだし―――フィンがそう思ったときだ。

「問題は、それにも関わらず、皆様方はその偉業を成し遂げたということなのです」

 一同がまたうっと言葉に詰まる。

《いやまあ、何てかもうみんなで勢いで突っ走ってたって感じだったしなあ……》

 あれは彼女がみんなを率いてたってわけじゃなく、正直成り行き任せだったという他ないのだが……

 ちらっと見るとエルミーラ王女も何やら考え込んでしまっているが……

「そこで父は思ったそうなのです。これは見事な神話であるが、ではいったい誰の神話だったのだろうかと?」

 一同がまた顔を見合わせる。

「世界の始まりの物語の主役はもちろん大聖様でございます。ベラの始まりの物語はヴァレンス公で、レイモンの物語はまたルナール王の物語でもあります」

 一同はうなずく。それはまさにそのとおりだからだ。

「かように神話には主役と呼ばれる存在がございます。では今回の物語は誰の物語なのだろうか? と、父は悩んでいたそうなのでございます」

 ………………

 …………

 ……

 主役のいない物語を物語と呼んでいいのかどうか? ということか?

 一同も皆、顔を見合わせているが……

「父に新たな時代を開くための神話と思わせたものが、単に歴史の偶然、運命の女神の気まぐれに過ぎなかったとしたら、それに未来を託すのはもちろん無謀と申すべきでしょう」

 リラは再びそこで一同を見る。

「しかし皆様方はこれ以上なく見事にやり遂げられたのです。単なる偶然でそこまでのことができるのでしょうか?」

 一同は曖昧にうなずいた。

「そんなことで頭がもやもやしているところに、あのシャコンヌを見せてもらったそうなのでございます」

「えっ⁉」

 思わずエルミーラ王女が声を上げる。

 リラがにっこりと笑った。

「はい。正月の宴でアウラ様とアーシャ様のシャコンヌが披露されたのでございましょう?」

「それは……はい」

「その舞ですが……私の母タミアがかつて舞ったことがあると父は申しました。その姿は美しく、父の目に焼き付いてしまったそうなのですが……それでも何かが物足りなかったと……」

 リラは続けた。

「ご存じの通り、その古の曲に付けられたミュージアーナ姫の振り付けは、夏と冬、破壊と創造、生と死、といった対極を同時に表していると言われておりまして、それ故にそれを舞いきるには高度な技巧だけでなく、相反する心情を同時に表現しきれる創造性、天賦の才が要求されるそうなのですが……」

 一同はうなずいた。

「私の母にはそれは備わってはおらず、完全な物はもはや見ることは能わないかと思っていたそうなのでございます」

 再び一同はうなずいた。

「ところが……それが思いもよらぬ方法で実現されていたのを見て、父は心が震えたそうです。これはいったい何なのだと。自分はいったい何を見せられているのだと?」

 確かにあれは思いも寄らぬ方法だったが―――それが何なんだ?

 そう一同が思ったときだ。

「その秘密を説き明かしてくれたのが、そちらにいらっしゃる小さな秘書官殿だったと」

 リラがエルミーラ王女の横にいたメイに微笑みかけた。

 ………………

 …………

 ……

「んえーっ⁉」

 彼女がおかしなうめき声をあげるが―――そんな彼女にリラがにっこり微笑んで言った。

「そのときメイ様はこうおっしゃったのですよね? 一人でできなければ二人でやればいいと」

 メイは一瞬ぽかんとして、それから慌てて答える。

「いや、あたしが言ったんじゃなくてですね……」

 そう言って口をパクパクさせているところにアウラが言った。

「いや、メイが言ってたでしょ?」

「いや、だから元はほら、あのときアカラが……」

 などと彼女がもごもご言っているが……

「ともかく父はそれに大変感銘を受けたそうなのです。そう。考えてみればあの舞の主役がどちらかと問う意味がないことは明白だと。ならばこの偉業の主役が誰かと問うこともまた同様なのではないかと」

 ………………

 …………

 ……

 ぽかんとする一同を見ながらリラは続けた。

「歴史上の偉大な王というのは一人でそれを兼ね備えていたので彼が主役たり得たのですが、今度の物語に関しては、まさに人一人の手には余る物語であったと……一見確かにその主役はメルファラ大皇后様とも思えますが、彼女一人の力だけではなく……」

 リラがアリオールを見る。

「まずアリオール様とレイモンの人々の不屈の魂があって……」

 ………………

 彼の顔が紅潮する。それからリラはエルミーラ王女を見る。

「そんなまさに茨の道を行くと決めたエルミーラ様の鋼のような意思と……」

 ………………

 それを聞いた王女も赤くなる。それに続けて彼女はフィンを見た。

「それを実現するための道を実際に指し示したリーブラ様の深謀遠慮……」

 ………………

《えっ⁉ 俺?》

 フィンはぽかんとするが――― 一同が彼の顔をみてうなずいた。

 それに気づくとフィンもまた顔が熱くなってくるが……

「さらには大皇后様の危機を知って遠隔の地よりはるばると駆けつけて、勝利に導いたティア様とそのお仲間たち」

 ………………

 …………

「え? あたしも?」

 ティアが目を丸くしてなにやら腑抜けた笑みを浮かべているが……

《ん、まあ確かにあいつらもまあ、その一員と言っていいとは言えるんだが……》

 何やら納得がいかないのだが―――そんなことを思っている間にもリラは続けた。

「この物語はその誰が欠けても語り得なかったと父は申しておりました……ならばそんな“彼ら”が主役だったという神話があってもまた良いのだろうと」

 ………………

 …………

 ……

《世界を……? 制覇⁉》

 フィンはそんなことはもちろん考えたこともなかった。

 この場にいる一同もそうだっただろう。

 だがここでもう一度考えてみたら……

 ………………

 …………

 ……

《もしかして……できる⁉》

 メルファラ大皇后の傘下に集う者たち―――彼女に心酔するレイモン軍、都の魔導軍、さらには彼女とエルミーラ王女との絆を考えれば、フォレスやベラもその味方だと言っていい。

 それに対するのはアロザールの他にはアイフィロス、シルヴェスト、サルトスだが……

《アイフィロスは間違いなく都側に付くし……》

 残る二国はベラ派の国だ。

 だがここでエルミーラ王女のベラの国長に対する“強烈な影響力”を利用すれば……

《シルヴェストやサルトスも完全に孤立させられるよな?》

 確かに彼らにはそれだけの“力”があるのだ。

 あるのだが……

《いや、やればできそうなのは間違いないんだが……やれるか? 実際……》

 そんなフィン達を見てまたリラは微笑む。

「そうですね。可能だからと言っても必ずしも実現できるかどうかは分かりません。特に大きな問題にはそのための“大義”という物が必要になりますが……」

 そう。彼らが仲間のシルヴェストやサルトスを滅ぼす理由などない。

 いや、そんな物は後付けでも構わない―――というのは歴史にはよくある話だが……

《……ってことはまさか⁉》

 フィンが驚いてリラを見ると―――彼女と目があった。

 そしてまた彼女は微笑むと言った。

「はい。そうです。だから父はその“大義”を皆様に差し上げようと、そうお考えになったのでございます」

 ………………

 …………

 ……

 人々がしばし絶句する。

 それから彼女にマグニ総帥が尋ねた。

「そのためにアラン殿は裏切ったと⁉」

 リラはうなずいた。

「はい。そう申しておりました」

「いや、だがしかし……」

 総帥は混乱して言葉がそれ以上出てこない。それを見てリラが言った。

「私の感想もまさにあなたと同じだったのですが……でも父はこう申したのです。大いなる力を持つものは、その力に責任を負わねばならないのだと……」

 ………………

 …………

 ……

《いや、だからって……》

 見回すと一同は皆、まさに目を白黒させているが……

「それが正しいのどうかは私には分かりません。しかし父はそう決断したのでございます。だとすればあと私にできることは、父を信じること以外にはございません」

 そう言って彼女が一同を見渡した。

《そうなんだよ……ともかく現状を見たら……》

 アイフィロスはアラン王によって滅ぼされてしまい、サルトスはこちらの味方に付いている。残るシルヴェストとアロザールも圧倒的不利な状況に置かれていて……

《しかもこれなら両国とも潰してしまっても誰も文句は言わないだろうし……》

 そうなった後、残った世界をどうするかだが……

《その気になればメルファラ大皇后の旗の下、統一した世界を作ることも……可能か⁉》

 フィンは背筋がゾクゾクしてきた。

 見渡すと人々がその事実に気づいてきた様子が見て取れる。

「それに、父は急いでその“事業”を行う必要がありました。物事にはそれを行う時があると……今を逃したらそれも不可能になると」

 ………………

 …………

《それはまあ……そうなんだが……》

 確かに現在、大皇后人気は絶頂までに盛り上がっている。

 だが時と共にその熱狂も冷めていく。今ここで事をなさなければ、後からではもう遅いのだ。そうなってから後悔しても手遅れなのだと―――フィンの胸にズキリと痛みが走る。

「それに父の余命も決して長くはございませんでした」

 ………………

 …………

「え? そうだったのか?」

 アリオールが驚いたように尋ねる。

「はい。実は腰に大きなしこりができていて、最近はそれが痛み出していたのだと」

 一同は顔を見合わせる。

「なので父はこうして皆様方に反旗を翻したのでございます……そしていざ、やるとなったのであれば最大の効果を上げるべく事を進めたそうでございます。物語はドラマチックでなければ面白くないだろうと……」

 一同が憮然とした表情になるが……

「そこで父はアロザールと結ぶと同時にサルトスも引き入れたのでございますが、それはそうしないと戦力が足りなかったのと同時に、父が“姪っ子さん”のことを心から誇りに思っていたからだそうでございます」

 ………………

 …………

 ……

「え~~~~~~っ⁉ どうして~?」

 思わずイービス女王が声を上げる。

「父とハグワール様は古くからの盟友でございましたが、彼らの戦死の知らせを聞いてサルトスはもはや終わりだと観念したそうでございます。ところがその土壇場で踏ん張ったのが女王様でございました」

 それはまさにその通りだった。

「なので女王様にもその神話の登場人物になって頂こうと、そう申しておりまして……」

 ………………

 …………

 ……

 一同がしばしぽかんとして……

「うぷっ!」

 思わずアスリーナが吹きだした。

「なによ~!」

「いえ、でも……イービス様が? 神話⁉……うぷっ!」

「あ~~~っ! 何かひどい~!」

 そんなやりとりを一同はぽかんと見ていたが……

「まずシルヴェスト、アロザール、サルトスを合わせただけではまだ互角の形勢だったと言います」

 一同はうなずいた。

《だよな……あの時点じゃ全然余裕はあったし……》

 当初の状況では都やフォレスへの道筋も空いていたし、危なくなったらいつでも撤退できる状況だった。

「そこで父はサルトス軍を配下に入れて、一気にアイフィロスを攻略してしまったわけですが……」

 それはまさに予想外だった。

《おかげで逃げ道がなくなっちゃったわけで……》

 そこで彼らは中原に孤立してしまったのだ。

「父は申しておりました。あの国にはほとほと手を焼いていたと」

 一同は顔を見合わせるが……

《いやまあ……確かに……》

 アイフィロス王国はエルゲリオン王が治める国だったのだが、彼らはまさに浮世離れしていた。

《会議も紛糾しまくりだったしなあ……》

 アラン王の変節のおかげでレイモンとアイフィロスは同盟して戦うことになったのだが、正直彼らは状況をよく理解していないのではと思うことしばしばだった。

《しかも此の期に及んで呑気に跡目争いなんかをやってたわけだし……》

 そこを利用されてあっさりと潰されてしまったわけだが……

「なのでもし本気で勝とうと思ったなら、放っておけば良かったと。そうすれば皆様の同盟は勝手に瓦解していただろうからと……」

 フィンは吹き出さないようにするので精一杯だった。

「あははは! 確かに……危なかったですな……」

 アリオールが首を振る。

「なのでそうなる前に禍根は断っておかなければならなかったそうでございます」

 一同は言葉に詰まるが……

《いや、確かにそれでこっちは一枚岩になれたわけだし、だからその後も……》

 一見大ピンチに陥ったように見えたが、実はその逆だったのだ。

「そうしてアキーラに孤立してまさに風前の灯と思えた所からの大逆転をお膳立てしたのだそうです」

 一同は顔を見合わせる。

「では……フォレスとベラが進軍してきたのも?」

 そこでエルミーラ王女が尋ねる。

「はい。アイザック様は大変よく協力してくれたと……もちろん直接に依頼したのではございませんが、父の意図をよく汲み取って下さったと、大変感謝しておりました」

 聞くところによるとアイザック王が出兵を決意したのは、アラン王から『近々ちょっとばかりゲームをしてみようかと思う。だがゲームというのは一人ではできないから……』といった内容の手紙を受け取っていたからだったが……

「そしてその後の展開も見事だったと。凡百の将ならばあそこはシフラに特攻をかけていたところだろうが、そうなればまさに凄惨な戦いが繰り広げられていただろうと」

 フィンが思わずアリオールの顔を見ると―――彼もまたこちらを見ていた。

《やっぱりあれも……》

 そこまで王の計算のうちだったのだ。

「しかし……それもまた危険な賭けでしたな?」

 マグニ総帥が尋ねるが……

「はい。確かに。でももしそうなっていたならその時はその時だ。父もあなた方もその器ではなかったのだということで……でも結果はまさにご覧の通りでございます。父は本当に喜んでおりました」

 一同はしばし沈黙する。そこにアリオールが尋ねる。

「しかし……アラン王は自分の国が消え去ることに関して、どのようにお考えだったのです?」

 人々の視線がリラに集まった。

 そう。彼のしていることは歴史あるシルヴェスト王国の終焉を意味しているのだが?

「はい。私もそれを尋ねました。そうしたら父はこう言ったのです……それ以上に見てみたいのだと。これまで誰も見たことのない世界への道が開けているのだから、と……」

 一同は顔を見合わせる。

《それはそうかもしれないんだけど……》

 フィンにはよく分からなかった。

 確かに興味深いのは確かだ。まさにここから時代が変わるのだから―――だが、それでも彼の国の歴史を擲ってまで見に行くべき物なのだろうか? それにそこまでの価値があるのだろうか?

 そんな思いが一同皆の顔にも浮かんでいるが―――と、そこでエルミーラ王女が尋ねた。

「そのようにアラン様は思ったということなのですね?」

 リラはうなずいた。

「はい。そうでございます」

 あたりに沈黙が下りた。

 誰もが心の中でその意味を噛み締めていたに違いない。

 と、そのときだ。

「でも〜、アラン伯父様は亡くなられたんですよね〜? それではこの後一体どうなさるお積もりなんですか〜?」

 イービス女王がリラに尋ねた。

 彼女が真顔になる。

「はい。そのことをこれからお話しようと思いますが……」

 リラはあたりを見回す。

「ここで少し休息を頂けますか? この先もまだまだございますし」

 たしかにそれはそうだった。