メルファラ救出作戦 第9章 最悪の中でも最悪のケース

第9章 最悪の中でも最悪のケース


《何なんだよ? これって……》

 休息時間なのに頭の中で色々なことがぐるぐる回って全然休みになっていない気がするのだが……

 再び集合した一同もそんな表情だ。

 そんな彼らの前でリラだけが相変わらずの表情で話し始めた。

「さて、まず父が戦況をどのように把握していたかをお話ししようと思いますが……一言で言えば詰んでいるということでございました」

 一同はうなずいた。

《まあそりゃそうだよな……》

 こちらの分析の通りなら、あの大中央突破が成功すればアラン王側にはもう勝ち目はなかった。

 サルトスは結局白銀連合側につくことになったし、そうなるとシフラのシルヴェストの本隊が周囲から囲まれる形となる。

「残された手段と言えば敵の首狙いくらいなのでしょうが、それはもちろん相手に読まれていると。ただ、アルクス王子にああ言った手前、仕掛けぐらいはしてみるが結果は期待できないだろうと、そう父は申しておりました」

 一同は顔を見合わせる。

《やっぱそう来るよな……》

 今後の展開で最も危険なのは大皇や大皇后が都に向かう道程だ。

 その際にはシルヴェスト王国の首都グリシーナを経由しなければならないが、そこはアラン王のお膝元なのだ。

 だが普通の刺客ではサルトスの剣士や、都とベラの一級魔導師にがっつり守られたターゲットには接近すらできないだろう。

 一つ懸念があるとすれば、フォレス・ベラ連合軍がグリシーナを占拠したときシルヴェストの首都防衛隊が無抵抗で城を明け渡したことだ。

 これは言い換えれば首都防衛隊の戦力はそのまま残っていることになる。それが呼応して蜂起したら面倒なことになるのは事実だが……

《でも、そうするとグリシーナが戦場になるってことだよな?》

 大皇や大皇后を守るためだ。連合側も出し惜しみなどしていられないわけで―――それは歴史あるグリシーナが灰燼に帰することを意味するかもしれないのだ。

《さすがにそんなことはできないってことだったわけで……》

 リラは続けた。

「なので父は結局、無理をせずにじわじわと攻めてこられるだけでもこちらは手の打ちようがないと申しておりました」

 一同が小さくうなずいた。

 現在の戦況は以下のようになっている。



 アラン王のシルヴェスト軍本隊は現在シフラに、ベルジュにはサンダール王子の軍が駐留しているが、これらが三方向から取り囲まれている状況だ。

 アロザール軍の主力は今バシリカにいるが、アキーラのレイモン軍がどんどん復活を遂げているので、ここから迂闊に動けないだろう。

 シルヴェストとアロザールは現在はクルーゼ経由、もしくはセイルズ経由で連絡を取り合っていられるが、共に防衛には不向きな場所だ。ここを遮断されると両国は分断されてしまう。

 そもそも戦力的に言えばサルトスがこちらに付く前の状況でほぼ互角だったのだ。

 サルトス軍がアイフィロスを攻略したせいでレイモンが孤立していたのだが―――今ではそのサルトスが味方に付いて、なおかつフォレス・ベラ連合軍ががっつりとグリシーナ、グラテスの連絡経路を確保している。

 もはやこちらが二倍以上の勢力で大きな弱点もないのに対して、シルヴェスト・アロザール軍は勢力に劣る上に側面の弱点を露わにしているのだから……

《だからまあ、慌てずにこちらの地固めを行ってからじっくり行こうってことになってたわけで……》

 こちらの問題として大きかったのが、サルトス軍の主力がアイフィロス方面に、レイモンの精鋭部隊がアコールにと配置が逆転していることだ。

《これでもやれそうだって話だったんだけど……》

 しかしお互いに慣れない土地で戦うよりは、雪解けと共に兵の再配置を行って万全の形で攻めた方がいいだろうということになったのだ。

《その場合はまずはベルジュを攻略することになってたけど……》

 ここはかつてシルヴェストとレイモンが対峙していた際には最前線の要塞都市だった。そのため西からの攻撃に対しては大河ヘリオスもあって、レイモン軍でもここを攻略するのは至難と思われていたのだが―――ところが現在の敵はその反対側にいるのだ。

 すなわちグリシーナとアコールから攻められたら、あちらが背水の陣になってしまうのだ。

 またここを守る守備隊の規模もそれほど大きくなく……

《その上、王子なんだよな……》

 ここを統括しているのはアラン王の子息であるサンダール王子なのだが……

《言っちゃ悪いが、何てか、普通なんで……》

 彼とはグリシーナで一度会ったことがあるが……

《あのときはアウラに求婚しやがったんだよな……》

 アウラもアウラだ。勿体ないからと婚約指輪を嵌めてなかったとか―――などというのはともかく、アラン王とは会った瞬間に背筋がぞわっとしたものだが、正直王子からはそんな圧力は感じられなかった。

《まあ油断はできないんだけど……》

 人が危地に立って変貌するということは得てしてあることだ。

《あの女王様みたいに……》

 思わずフィンはイービス女王の方を見る。

 彼女はそれまではむしろ“おとぼけイービス”の名で知られていた、少々変わり者の姫でしかなかった。それが国王や王子達の死によってまさに豹変したわけで……

 それはともかく―――ベルジュの軍が撤退してシフラの本隊と合流できたにしても、本国とは完全に切り離されて孤立することになる。

 そこから更に圧力をかければ彼らはバシリカのアロザール軍と合流するしかなくなるのだが……

《それをレイモン軍が見逃してくれるわけないし……》 

 シフラからバシリカへの平原地帯でレイモンの騎馬軍団に襲われることになるのだ。それを何とか凌ぎきったとしても……

《あとはアロザール本国まで押し込められるだけだし……》

 そこまで行ったらもう完全な袋の鼠だ。

《しかも……魔導軍の規模まで桁外れだし……》

 何しろ友軍には都の魔導軍に加えて、ベラの魔導軍の精鋭までが加わることになるのだ。

《ま、喧嘩さえしなきゃだけど……》

 一度それでやられたこともあるのだが、そんな轍はそうそう踏むことはないとすれば……

 ともかく現状はこちらは一歩一歩、着実な手を打っていくだけで相手は何も抵抗できないという、そんな圧倒的な勝勢なのだ。

 ―――そんな思いがフィンの脳裏を駈けめぐるが……

 その間にもリラの話は続いていた。

「なのでこのままずるずると後退するだけではどちらにしても楽しくないだろうから、ここで最後に大きな花火を打ち上げてやろうと父は申しておりました」

「花火⁉ ということは……」

 アリオールが尋ねるとリラがうなずいた。

「はい。そこで皆様方と最終決戦を行おうと、そんな腹づもりだったのでございます」

 一同は顔を見合わせた。

《まあ、確かにこんな状況ならどうにかして一発逆転を狙うしかないんだろうけど……》

 これから素直に攻めていくなら白銀連合軍はベルジュ、シフラ、そしてバシリカという大きな城塞都市を連続して攻略していくことになる。

 城塞とはは無理に攻めたら味方にも被害が大きい。なので安全に攻めようと思えば孤立させて兵糧攻めにすることになるが、これは場合によったら年単位の時間がかかってしまう。

 ただ、籠城側もそうやって粘っていたら援軍が来るという希望があればいいが、そうでなければ緩慢なる自殺行為だが。

 しかもこれらの都市には一般市民もたくさん居住している。

 これがベルジュであれば自国の防衛ということで市民の協力も得られるだろうが、シフラやバシリカはそうではない。内部にそんな火種を抱えた状態で戦闘を続けることなどほぼ不可能だろう。

《でもなあ……決戦といっても……》

 結果がこの戦争の趨勢をひっくり返すような戦いにならなければ、それは決戦とは言えない。

 ではシルヴェストはいったいどこを狙う気なのだ?

《グリシーナを奪回できればそれが一番いいんだろうけど……》

 そうすればまた南北が分断されてサルトスに孤立した軍がかなりまずいことにはなる。

 だが……

《あそこにいるフォレス・ベラ連合軍を、今のシルヴェスト軍だけでどうにかできるのか?》

 ベルジュの軍だけでは到底不可能なのは確かだから、最低でもシフラの本隊まで投入しなければどうしようもないと思うのだが―――そうすれば当然アコールやトルボの軍が動くだろうし……

《それじゃトルボを狙うのか?》

 トルボ、そしてメリスを落としてしまえば東西を分断することは可能だが……

《でもトルボだってそう簡単には落とせる所じゃないし、レイモンだって動くだろうし……》

 アキーラは今、ティグレ将軍という名将が守っている。騎馬軍団の精鋭はこうしてアコールまで来ているが、レイモン人とは老若男女すべてが馬に乗れて当然な国民だ。既にそこそこの規模の騎馬軍団が復活している頃だろうし……

《それにこっちだって黙って見てるわけじゃないし……》

 シフラの軍がいなくなればこちらだって一気にベルジュに攻めかかることになるだろう。

《ともかくあのあたりが大混戦になって……まあどこも持たないだろうけど……》

 そもそも敵と味方の勢力差が二倍あるのだ。不利な側は持てる全戦力を一点に集中するしかないのだが、これではただでさえ少ない戦力をさらに分散しているようなものだ。

《かといって、悠長に全軍を集結させてる余裕もないよな?》

 アロザール軍まで含めてどこか一点に攻めかかればそこを陥落させることはできるかもしれないが―――それはそれ以外の場所ががら空きになるということだ。

 しかも集結にはそれなりの時間がかかるから、そんな動きが見えたらこちらだって即座に対応するだろうし……

 ―――と、そこでアリオールがまさにその疑問を呈した。

「しかし……決戦といってもどこで行うつもりだったのです?」

 リラは答えた。

「はい。それはアコールのレイモン騎馬軍団を目標にすると申しておりました」

「なんだと?」

 アリオールの表情が険しくなる。

《え? そんなところを狙ってどうするんだ?》

 フィンは首をかしげた。

 決戦という以上、勝てば相手に大ダメージを与えられる戦いでなければならない。

 しかしそもそもシフラのシルヴェスト軍とセイルズのアロザール軍を合わせても、堅固な要塞都市のアコールが落ちるとはとても思えない。

 しかも最悪アコールが陥落してもそれで大勢が動くかというと微妙だ。

《そこからガルデニアまではまだあるし、大皇様達だってア・タン越えでグリシーナに避難できるだろうし……》

 しかもその間に北から攻めてこられたらシフラがまずいことになるだろうし……

「それがそれほど効果的だと?」

 アリオールが尋ねると、リラはまたうなずいた。

「はい。ですので父の目標はアコールではなく、アコールのレイモン騎馬軍団なのでございます」

「え?」

 ぽかんとするアリオールにリラが答える。

「この軍団は確かに数からいえば一万ですが、将軍様直々に率いられ、レイモン第三の奇跡を成し遂げた軍団なのです。それがもし敗れたとなれば、皆様方の士気に大いなる影響を与えることになるだろうと父は申しておりました」

 一同は顔を見合わせる。

《あ……確かにそういう要素はあると思うが……》

 戦いにおいて兵士の士気とは大変重要な要素だ。

 兵士達が踏みとどまって戦おうとする意思を失ってしまえば、どんな大軍であろうと潰走するしかなくなる。

 アリオール将軍とその配下のレイモン騎馬軍団は、間違いなくアキーラを解放し、コルヌー平原で機甲馬を撃破し、アラン王の裏切り後も中原の大突破を行って形勢を大逆転させた。彼らがこの戦いの中核に存在していたことは確かだが―――そこでアリオールが尋ねる。

「しかし、アコールはなかなか堅固な要塞ですからそう簡単に落とされることはないと考えますが?」

 そう。彼らがアコールに立てこもってしまえば、そう簡単に陥落することはない。そうなれば他の軍団も動き出すわけで―――それを聞いたリラがにっこり笑って答える。

「はい。ですので父は皆様方には平原での決戦を持ちかけようとしておりました」

「平原での決戦⁉」

「はい。悠長に攻城戦などを行っていても互いに時間の無駄なので、とっとと会戦で決着をつけようではないかと」

「会戦で決着を?」

「はい。レイモン人が平原の戦いに臆することなどないので、アリオール様なら必ずや出てきて下さると」

 ………………

 …………

 アリオールがしばし絶句するが……

「ふっ。嫌なところを突いて参りますな」

 だがその顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

《ん……まあ……アリオールならそうだよな……》

 それはまさにレイモン人の誇りだった。

 そして会戦とは短期決戦だ。結果如何ではまさに戦争の決着がついてしまうこともあるのだが……

「でも~、相手の数ってどのくらいになるんですか~⁉」

 イービス女王が尋ねた。

 そう。アリオールがそう簡単に怯むことはないだろうが、それも戦力差による。

 女王の横に座っていたブランコ将軍が答える。

「ベルジュの軍は動けないでしょうから……基本シフラのシルヴェスト軍に、セイルズのアロザール軍を加えたくらいでしょうか?」

「それでも~……倍くらいになりませんか~?」

 それを聞いたアリオールがまたにやりと笑う。

「それはまあそうですが……しかし今は都の魔導軍にも加わって頂いておりますし……」

「あ~……」

 そうなのだ。今回は彼らに加えて都の魔導軍―――第一級の魔導師が三十名ほどアコールに駐留しているのだ。

《それだけで控えめに見て一万五千くらいの計算になるわけだし……》

 敵の数が単純に倍であっても実質の戦力差が無いのなら、もちろん出ていって決着をつけてしまったほうがいい。

「しかし、アラン殿がそのことをご存じないとは思えませんが?」

 アリオールがリラに尋ねる。

 そう。その程度のこと、彼に分からないはずがないのだ。

 リラがうなずいた。

「はい。もちろんでございます。なので父は援軍を要請しておりました」

「援軍を?」

 あたりがざわめく。

《援軍って……でもバシリカのアロザール第三軍しかないよな?》

 そうなればバシリカの防御が弱くなるが、アキーラのレイモン軍は復活を遂げつつあるとはいえ、まだ単独でバシリカ攻めをするには時期尚早だろう。

 だが……

「バシリカですか? さすがにあそこの軍が動いたとなればアコールで待ち受けるようなことになるでしょうが?」

 アリオールといえどもそんな大軍が来るとなればそうせざるを得ないだろう。前述の通り、こちら側はそんな無理をしなくともじっくり構えていればいいのだから。

 だがリラは首を振った。

「でもバシリカの軍の動きが分からなければいかがでしょうか?」

「分からなければ?」

 一同が顔を見合わせる。

 バシリカからシフラまでの街道は平原や緩い丘陵地を走っていて、遠方からでも容易に監視できる。そんな中を大軍を見つからずに動かすことができるのか?

 人々のそんな表情にリラが答える。

「はい。父はその決戦をセイルズの先のヘリオス平原で行うつもりだと申しておりましたが……」

「ヘリオス平原で?」

 あのあたりはこちらに来る途中に通ってきたが、確かに会戦を行うにはうってつけの草原地帯ではあるが……

「はい。そこならば援軍をヴェルデの森経由で送っておけばギリギリまで発見されることはないと。そうなればレイモン軍が戦場に来たら想定外の四倍の勢力に直面することになるだろうと……そのような計画でございました」

「何だと⁉」

 アリオールの顔色が変わる。

 彼の横にいたラルゴが尋ねる。

「しかし……あそこは深い森で道も悪く、容易にはそんな大軍は動かせませんが?」

 リラが答える。

「ですので既に軍は動かしております」

「は?」

「確かにあの道は険しいので大軍を一気に動かすのは困難ですが、少しずつ時間をかければ可能です」

「え? ということは……」

「はい。父はアロザールにそのような策を示して、既に動きを始めていたのでございます」

 ………………

 …………

 ……

 一同は絶句した。

《えっと……何だって? 既に動いていたって?》

 確かにアラン王ならばやりかねないのだが―――そこにアリオールが尋ねた。

「だが……そんな秘策をいま我々に明かしてしまってどうするのだ?」

 リラはうなずいた。

「はい。父が存命でございましたらそこは何と申しますか、阿吽の呼吸で事を進めようとしていたようでございますが……もしも今回のような事態になってしまった場合にはそうもいかないので、皆様方には種を明かしておけとそう申し使っております」

「種を?」

「はい。父はその決戦で裏切るつもりだったのでございます」

 ………………

 …………

 ……

 一同は呆然とリラの顔を見た。

「何だと? 裏切るということは……?」

「はい。そこで皆様と一緒にアロザールの援軍を壊滅させ、それを手土産に投降する予定でございました」

 ………………

 …………

 ……

《何……だって?》

 一同は呆然と顔を見合わせた。

 あまりの展開にすぐには頭が追いつかないのだが―――と、そこでリラが一同に尋ねた。

「さて、こう致しますればこの戦乱も終結いたしますが……皆様、それではこのようなことを仕出かした王をいかがなされましょうか?」

 一同がぽかんとする。

《こんなことを仕出かした王を? どうするか??》

 考えてみればそうなのだ。

 そもそもアロザールが潰走した時点で本来ならば戦いは終わっていたのだ。ところがそこでその王が裏切ったため再び世界を二分するような戦いになってしまったわけで……

《ところが俺たちに上手くやられて逆に大ピンチになって……》

 そこで再度裏切り返して白銀連合軍についたということになるわけだが……

《いや、ダメだろ……》

 そのことだけを見ればまさに全く信用のおけないクズ野郎と言うより他はないのだが……

 一同が顔を見合わせる。みんな同じようなことを考えているのは間違いない。

 と、そこでエルミーラ王女が尋ねた。

「アラン様は……ご自身を処罰せよとおっしゃるのですか?」

 リラはにっこりと微笑んだ。

「そんなこともできないようで世界を制覇するなどおこがましいと」

 ………………

 …………

 ……

 そう。リラの弁ではアラン王の目的は、ここにいる一同に世界を統一してもらうことだった。

 彼らはその力があることを既に示している。

 そして王は彼らにその大義を与えると言った。

《これなら……シルヴェストを潰す十分な理由にもなるんだろうけど……》

 そこで再びエルミーラ王女が尋ねる。


「リラ様はそんな父君のご遺志を継ぐとそうおっしゃるのですか?」


 リラはまったく臆すことなくにっこりと微笑んだ。

「はい。そのために私はここにやって参りました」

 一同は顔を見合わせる。

《確かに最初、彼女は俺たちと決戦を行うために来たって言ってたよな……》

 その意味することは今となってはただ一つ―――彼女はアラン王の計画を遂行しようとしているということなのだ。

 言葉のない一同に向かってリラが言った。

「先ほども申し上げました通り、父が存命ならばこれは自らの手で行うはずだったものでございます。しかしそれが叶わなくなった今、誰かが代行しなければなりません」

 一同はうなずいた。

《だよな……やり始めてしまった以上、おいそれとは止められないわけで……》

 リラは続ける。

「最初はその役割はフェデレ様が行うことになっておりました」

 一同は一瞬息を呑み、それから小さくうなずく。

《ああ、あの人なら確かに……》

 以前シルヴェストで男娼ルートを潰した際に関わったが、彼はアラン王の若い頃からの親友で、最も信頼されていた人物だった。

「しかしフェデレ様がそうしてしまうと、その後の占領政策に色々と不都合が出てきてしまいます」

 一同はうなずく。

 どういう形であれ一つの国を滅ぼして支配下に置こうというのだ。それなりの抵抗があるのは間違いない。その際に王の意図をよく理解している実力者がこちら側にいてくれれば非常に都合が良いのは確かだ。

 だがそうやって彼が前面に出てきてしまうと彼もまた処断されなければならない。

「そんなときに私が帰りつくことができたのでございますが……こんな場合のお飾りとしては私はまさにうってつけでございました」

 そう言ってリラはにっこりと笑うが……

《いや、確かにそれはそうなんだが……》

 彼女がアラン王の血を引く王女である以上、その気になれば王位を継ぐことだって可能だ。年齢もサンダール王子より上だし……

「そしてそんな女が父親の死に錯乱し、皆様方を敵だと信じ込んで決戦を煽った挙げ句に、いざ戦場に来たら怯んで敵に寝返ったとしても……」

 彼女はニコニコ笑いながら続けた。

「納得頂けるのではございませんか?」

 ………………

 …………

 ……

 一同、まさに呆気にとられたという表情だ。

《いや、全然笑い事じゃないんだが……》

 どうして笑っていられるのだ? 全ての責任を押しつけられて処刑されたっておかしくはないのだが?―――そのことが分かっていないのか?

《そんなことあるはずないよな?》

 とすれば、このリラという女性は間違いなく……

《あの王の……娘なんだ……》

 ともかくアラン王は引き返せぬ河を渡ってしまった。

 そしてその後継者もまたその遺志を継ぐと腹を決めているのだとすれば……

 マグニ総帥が首を振った。

「もはや我々には選択の余地は残されていない、ということですかな?」

「そうなのかもしれませんね……」

 エルミーラ王女もうなずく。

 そう。この決戦の提案を無視することはできる。だがそうしたら中原は今後まさに混迷を極めることになるだろう。

 アラン王という要を失ったシルヴェスト王国はほどなく分裂することだろう。

 アロザールも既に力をほとんど失っている。

 主を失ったアイフィロスも同様だ。

 残るはサルトスとレイモンで、結局その両国が各地を制圧していくという流れになるだろうが……

《どこを国境線にするかで絶対揉めるよな?》

 特にシフラという要の都市をどちらが取るかが大問題になるのは間違いなく―――そうなった場合ベラ派のサルトスと都派のレイモンでは調停できる勢力も存在しない。

 だが、いまの彼らであれば……


《それを可能にできるんだよな?》


 彼らには大変な勢いがあるのは事実だ。

 人々はそれこそ新たな神話の誕生に立ち会うことができて熱狂している。

 この状態ならば……

《エルミーラ様……が⁉》

 フィンは思わず彼女の横顔を見る。そこにはこれまで見たことのないような厳しい表情が浮かんでいた。

《彼女も気づいているんだな?》

 そう。この戦いの後、世界がどうなるか―――まずリラの提案どおりに決戦を行えば、シルヴェストが再度寝返って味方についてくる。

 そこでともかく全軍を集結して残されたアロザールに確実に引導を渡す。

 問題はこの後だ。

 裏切りに裏切りを重ねたシルヴェストには滅んでもらわなければならない。妙な温情をかけていては他国に示しがつかないからだ。

 そして主を失ったシルヴェストとアイフィロスを誰が今後統治するかだが―――それがエルミーラ王女になるのだ。

 彼女はその立場こそまだ辺境の小国の一王女に過ぎないが、既にその名は“暁の女王”として人々に知られている。

 彼女が今回の戦いにおいて示した存在感は、むしろアリオールやイービス女王のほうがよく分かっているだろう。

 そして彼女はメルファラ大皇后の親友であると同時に、ベラのロムルースとも懇意なのだ。

 すなわち―――彼女を介して都とベラの両魔導勢力が手をつなぐことができるのだ。

 そんな彼女にレイモンもサルトスも対抗は困難だ。

《どっちの魔導軍にも睨みが効くわけなんだし……》

 だが幸いなことに現在は両国ともにすこぶる良好な関係だ。そして王女がそこを統治するにしても、結局のところ現地の人たちの協力がなければ始まらない。

《上手く両国を取り込んでしまえれば……》

 中原全土、いや旧界も含めたまさに世界を支配する大王国が出現することになるわけだが―――そう考えるとフィンは背筋がゾクゾクしてきた。

《いやいや、マジかよ……》

 論理的には可能に見えるが―――まったく現実感がないのも確かだが……

「いやはや、しかしとんでもないお話ですな」

 マグニ総帥が呆れたように首を振る。

 それを見たリラがうなずいた。

「はい。私も父より初めて話を聞いたときには開いた口が塞がりませんでしたから」

 そんな彼女を総帥がじろっと見つめる。

「しかしまさに言うは易しと申しますが……」

 リラはまたにっこり笑ってうなずく。

「はい。それはその通りだとは存じておりますが……でも父はこうも申しておりました。初めはたった二十三人でレイモンを取り返してしまったことに比べたら、どれほど楽な話だろうかと」

 一同は一瞬絶句して―――それからみんな吹き出した。

「まあ、確かにあれに比べたらな……」

 アリオールがそう言って、じとっとフィンの顔を見る。

《え? いや、だってあれは……》

 あの解呪の方法はいまだに禍根の種だった。

「あはは。ハフラさんの言うこと、もうちょっと聞いてあげてればよかったですねー」

 メイが笑いながらフィンにささやく。

「あのときはそんな余裕なかったんだって!」

 そこにエルミーラ王女が怪しい笑みを浮かべる。

「ですわね。リーブラ様には他にも考えることが山のようにございましたし……ふふっ

 ふふって何だよ! しかもそのはっ!

 ―――などと話しているところにリラが口を挟んだ。

「あ、父はこうも申しておりました。もちろん今後も難題が次々に出てくることにはなるだろうが、そんな問題を次々に解いてくれた方もいらっしゃるから、安心しておれと……」

 そう言ってフィンを見つめて微笑んだ。

 一同の視線が彼に集まる。

《んあ?》

 ちょと待てっ! それって……

「うわ。フィンさん、責任重大ですね」

 メイがニヤニヤ笑いながらささやくが……

「あん⁉」

 いや、そんな大それた責任を負わされても……

《ってか、おのれだって十分に首突っ込んでたよな?》

 そもそもアキーラを奪還しようなんて無茶な話になったのも、元はと言えば彼女が魔導師一人は五百人とか言い出したせいだし、あのマグナ・フレイムも間違いなく彼女のアイデアだし―――と、そこでそれまで黙っていたニフレディルが口を挟む。


「しかし……今それを行うにはたいへん大きな問題が残されておりますね?」


 一同は即座にその意味を悟る。

 そう。彼らがこの“事業”を行うためにはなくてはならない存在があった。

「ファラ様ですね?」

 エルミーラ王女の答えに一同はうなずいた。

 そう。そのためにはその中心に輝く人物―――メルファラ大皇后の存在が絶対に必要なのだ。

 エルミーラ王女はまだ山の向こうの小国の王女でしかない。そんな彼女がかような大役を担うためには、メルファラ大皇后という後ろ盾がなければ不可能だ。

 また残された様々な勢力間の軋轢も発生するだろうし、そうなった場合の最後の手段が“大皇后様の御意向なので”ということになるだろう。

 この世界の制覇という偉業の達成が決して不可能ではないと感じられるのも、まさに今のこの大皇后人気の中であれば少々の不和などそれで抑え込んでしまえるからだ。

 ところがその肝心要の彼女がいま、アロザールのアルクスのもとに囚われているのだ。

 一同の頭の中にそんな思いが渦巻いているのが一目瞭然だが―――そんな彼らにリラが言った。

「そうなのです。大皇后様がいらっしゃらなかったら、父の計画は根底から覆ってしまうのです」

 一同は息を呑む。

《だよな……アラン様は既に色々とやっちまった後なんだし……》

 王は既に賽を投げてしまった後なのだ―――なのにここでフィンたちが世界を統一できなかったら、それらが全て無駄だったということになる。

「なのでお二方から大皇后様が拉致されたという話を聞いて、父は心底驚愕しておりました」

 一同はうなずいた。その意図を知った今ならば、それが彼にとってどれほど致命的なことだったかは明らかだ。

「そこでともかくもアロザールに探りを入れて、先程もお伝え致しましたように、アルクス王子がその配下のものに浚わせたということが判明したのでございますが……」

 その話を思い出して、フィンはまたカッと頭に血が上ってくる。

「皆様方には早急に大皇后様を救い出して頂かなければなりません。そして私どもはそのためならば可能な限りの援助を致す所存でございます」

「援助を?」

 アリオールの問いにリラは答えた。

「はい。もちろん私共がそのために直接動くわけには参りませんが、情報の提供や、潜入の手助けなど、できうることは何でも致そうと考えております」

 一同はうなずいた。

 アラン王の意図がそうだったのならば、彼らはそうする他はないのだが―――そこでリラが一同の顔を見て真剣な表情になる。

「ただ、これは可能な限り急いで頂く必要がございます」

「急げと言われましても?」

 マグニ総帥が首をかしげるが……

「それは存じておりますが、父が殺められたことで国民や兵士たちは大変に憤っております。私共の立場としては、早急にその元凶を懲らしめに行かざるを得ませんので……」

 ………………

 …………

 ……

 一同は顔を見合わせた。

 確かにそれももっともだった。

 シルヴェストではアラン王の暗殺はこちらの仕業ということになっているのだ。だとすればそんな相手に何かしらのアクションを起こさねば筋が通らない。

《うわ……もしかして時間がない?》

 メルファラが囚われているシーガルはここからかなりの距離がある。シルヴェスト軍が侵攻準備を整えるのにもそれなりの時間がかかるとはいえ―――と、そこでラルゴがまた尋ねる。

「しかし……本当にその女性は大皇后様なのでしょうか?」

 一同はまた顔を見合わせるが―――リラが答えた。

「その確証は高いと思われますが?」

「しかし……だとしたらアロザールはどうしてそれを利用しないのでしょうか?」

 ………………

 …………

 ……

 リラもうっと言葉に詰まり、それから黙って首をふる。

《なんだよな……》

 ここが全く理解に苦しむところだった。

 あのときのアロザールの状況はまさに風前の灯だった。

 そこにアラン王の裏切りがあって一時は持ち直したように見えたが、結局は前同様に極めて不利な立場に立たされているのだ。

 そんなときにメルファラ大皇后という最大の切り札を得たのだ。ならば今こそその札を切るべきときなのでは?

《でも、切り方が難しいのも確かなんだけど……》

 メルファラ大皇后はレイモンの人々にとってはまさに女神のような存在だ。

 いや、彼らだけではない。彼女はあのアロザールの呪いによって絶望していた人々全てにとっての希望の光となったのだ。

《サルトスの人だってそうだったもんな……》

 一時期は敵側に回っていたとはいえ、こちらに来て会う人は皆、彼女を祖国に迎えられることを心から誇りに思っていた。

 そしてそれがアロザール人であっても―――フィンがかつて接した生粋の人々ならば、たとえ敵だったにしても彼女を尊敬しているのは間違いないだろう。

 そこで迂闊に大皇后を殺すぞとか言って脅すようなことをしたら?

《そりゃ絶対みんなブチ切れるよな?》

 そんな怒りが国内外のどこから噴出してくるか分からないわけで……

《……ってことは、それとは違った方法で?》

 例えば―――魔法をかけて彼女に正義はアロザールの側にあるとか言わせることはできるだろうが……

《いや、まさに怪しい魔法の総本山じゃ何の説得力もないよな……》

 そしてそんな風に彼女を利用しようとしていると思われてしまったら―――これも結果は大差ないことになるだろう。

「だとしたら?」

 思わずフィンはそうつぶやいていたが……

「はい?」

 振り返るとエルミーラ王女と目が合った。

「え? いや、ちょっと考えてまして……ほら、大皇后様の身柄を政治利用するのはかなり難しいかと……」

 そしてフィンはいま考えていたようなことを説明した。

「でしょうね……本当に何を考えているのでしょうね……」

 エルミーラ王女が首を振った。

 場に重苦しい沈黙が降りるが―――そのときだ。

「ってことは……」

 メイのつぶやきが聞こえた。

「どうしたの?」

 王女が尋ねるが……

「え? あ、いや、ちょっと思いついただけで……」

 メイが慌てた様子で手を振る。

「何をなの?」

「あ、いや、大したことじゃないと思いますけど……」

「大したことかどうかはこちらが判断しますよ?」

「えー?」

 メイが目を白黒させているが―――それから答える。

「あー、それでほら、なんて言いますか、アロザールのアルクス王子って、アキーラが陥落したらすぐに大皇后様を寄越せなんて手紙を出してきたじゃないですか」

「そうだったわね」

「それに今度も大皇后様をさらっても何も言ってこないし」

「そうね」

「なので、もしかして……」

「もしかして?」

「アルクス王子って大皇后様のことが好きなのかなーって」

 ………………

 …………

 ……

 しらっとした空気が場を覆う。

 メイが真っ赤になった。

「だーかーら、大したことないって言ったじゃないですかーっ!」

「本当にそうだったわね……ふっ」

 メイの目が三角になるが……

《でも……一理ある⁉》

 もしかして一同は何か根本的な思い違いをしているのではないのか?

 現在のアロザールを支配しているのは実質的にアルクス王子で、フィーバス一派がそれを支えているという構図だった。

 だがフィンから見ても王子の行動には戦略というものが感じられなかった。確かにアロザールの呪いとか機甲馬とかを投入して世界を混乱に陥れたのだが……

《結局その目的ってのがよく分からないんだよな……》

 常識的に推察すればアロザールは中原を制覇しようとしていたことになるわけだが……

《まさかその全てがファラを得るため⁉》

 それが目的だった?

 だが―――全然ピンとこないのだが?

《ってか、アルクスってファラと会ったことはないよな?》

 彼女とカロンデュールの婚姻の際には世界各国の王族が多数参列していたが、そのときには奴はまだ子供だったわけだし、その後出会う機会も無かったはずだし……

《それにそもそも年齢も随分違うよな?》

 奴がものすごいマザコンだったというなら話は別だが、それでも―――正直そこまで彼女にこだわる理由が分からない。

 と、そこでマグニ総帥が言った。

「まあ、そのような理由はともかく、いま我々が行わなければならないことは、早急な大皇后様の救出ですな」

 一同はうなずいた。まさにそのとおりだ。

《パミーナもそろそろ本気で限界だし……》

 うっかりしてメルファラがいないことがバレてしまったら、味方は大混乱に陥ることだろう。

《いま一番怖いのはそれだよな……》

 そこでアリオールが尋ねる。

「リラ殿。先程アルクス王子がその女性を連れ歩いていると言っておりましたが、それは頻繁に?」

「そうですね。報告ではかなりの頻度で目撃されているようです」

「護衛はどの程度で?」

「王子ですのでそれなりには付いているようですが、でも彼女が大皇后に似ていると報告した使節はかなり間近で見たようです。だから分かったと」

 一同は顔を見合わせる。

 これが後宮の奥に幽閉されていたりすれば色々と面倒なのだが、そんな風に出歩いてくれているのなら隙も多そうだ。

「その方が本当に大皇后様か確認するための人員は既に送っております。またその行動スケジュールなどが掴めれば知らせるようにも命じております」

「それは本当に助かりますな」

「いえ、こちらも父の夢を無碍に潰してしまいたくはございませんので」

 ともかくシルヴェスト側のこんな協力があるのなら、救出は決して不可能ではないだろう。

《それにシーガル城の中とかにはけっこう出入りしてたしな……》

 情報が得られれば救出計画も具体的に立てられる。

 一同の間にホッとした空気が流れた。

 これまではまさに五里霧中だったところに、まさに天からの光明が射し込んできたのだ。

 だが、まだ喜ぶには早かった。

 そんな彼らにエルミーラ王女が辛そうに言った。

「これで大皇后様救出の道筋は見えてまいりましたが……ただ、何事にも絶対というものはございませんから……」

 人々がうっと息を呑む。

 そうなのだ。彼方に光は見えたとはいえ、そこに届くまでにはどんな陥穽が待ち受けているかは分からないのだ。すなわち……

「ここで最悪の場合についても検証しておく必要はあるでしょうか」

 ………………

 …………

 ……

 場に重苦しい沈黙が降りる。

《最悪って……》

 そんなことは考えたくもなかった。

 だが、彼らは神ではない。運命がどう転ぶかなど誰にも分からないのだ。

 そしてそのような場合には―――ただ諦めるのか?

《……んなのは無いよな?》

 これは乗りかかった船というか、気づかぬうちに既に乗り込んでしまっていて、陸地はもはや水平線の彼方といった状況なのだ。

「でも~、最悪って~、具体的にはどんな~?」

 イービス女王の言葉に、一同は息を呑んで顔を見合わせる。

 そこでエルミーラ王女が答えた。

「そうですね……例えば、作戦が露呈していて待ち伏せされてしまったとか……その結果……」

「その結果~?」

「例えばファラ様が救出困難なところに連れ去られてしまったとか……もしくは……」

 イービス女王の目が丸くなって……

「あ~……」

 彼女はそれ以上何も言わなかった。

 だが人々は悟っていた。

《もしくは……永久に失われてしまうとか?》

 ………………

 …………

 ……

 一同は顔を見合わせた。

 だが何らかの理由で奪還作戦が失敗したとなれば、そのような結末もあり得るのだ。

 フィンは胃がきゅっと痛くなってきた。

 そこで気を取り直したようにエルミーラ王女が言う。

「ともかくはまず……救出に失敗して大皇后様がどこかに連れ去られてしまったような場合ですが……」

「それはもちろんその行方を探すことになりますな」

 マグニ総帥が答える。

「それは当然ですが……その場合、大皇后様がご不在のことをいつまで隠し通せることか……」

 一同はまた顔を見合わせる。

 今でさえ長期にわたって大皇后は“体調不良”で人々の前にあまり顔を見せていないのだ。

《パミーナもそろそろ限界っぽいし……》

 彼女は本当に頑張ってくれているのだが―――総帥が首を振る。

「もしそれが露見したとなれば……味方の動揺は大きいでしょうな」

「ですな……ちゃんと統制が取れるかどうか……」

 アリオールの顔も青い。

 そう。ファラが浚われたことが公になるということは、まず第一にこちらの大失態が明らかになるということだ。そうなれば指揮下から離れて勝手に行動する連中も現れてくることだろう。

《元々そんな強固な同盟じゃないんだし……》

 だがそれでもその後ファラを取り返すことができれば、まだ傷は浅いだろう。

 マグニ総帥も皆に向かって言う。

「しかし……大皇后様がご存命であるのなら、挽回は常に可能かと」

 一同はうなずいた。

 それはそうだ。ともかく彼女が“生きてさえいれば”いつだって逆転の目はあるということだ。

 だが……

 人々の脳裏にはもっと悪い可能性が浮かんでいた。


《じゃあファラが……失われてしまったら?》


 そんなこと……

 そんなこと……

 フィンは呆然とあたりを見回す。

 人々も愕然とした表情で言葉が出てこないようだ。

 だが……

《そう! そうだよな?》

 と、そこでフィンは言った。

「そのようなことは……ファラ様が失われるようなことはあまり考えなくともよいのではありませんか?」

「え?」

 人々の視線がフィンに集まる。彼は続けた。

「人質というのは、生きていなければその役割は果たせませんよね?」

 一同が目を見張った。

《そうなんだよ! 殺してしまったら人質にはならないんだから……》

 アロザール側としても彼女の命は最優先で行動せざるを得ないのだ。

 彼女の命があればそれと引き換えにどんな交渉だってできるのだ。

 すなわち彼女の命は同時に彼らの生命線とも言えるわけで……

 一同が少しホッとした表情になる。

 だが、そこでラルゴが暗い声で言った。

「しかし……奪還作戦では敵味方の混戦になる可能性もあれば、決して絶対とは……」

 ………………

 …………

 ……

 それも事実だった。

 作戦がすんなりと無血でいく保証はどこにもない。

 そんな状況ではどんな不測の事態が発生するかは分からないのだ。

「そのような最悪の中でも最悪の事態に陥ってしまったとしたら……我々にはもはやどうしようもない、ということなのでしょうか?」

 ………………

 …………

 ……

 一同は無言でその言葉を反芻する。

《そんな最悪の中でも最悪の事態になってしまったら?》

 そう。そんな状況になったということは―――アラン王の夢が破れるだけではなく、フィンたちがみんなで苦労して成し遂げた成果が水泡に帰すということでもあるのだ。

《そんな……》

 フィンは目の前が真っ暗になってきた……

 ―――だが、そこで唐突にエルミーラ王女がフィンに尋ねたのだ。

「リーブラ様? あのときおっしゃいましたよね?」

「え? 何をです?」

 王女がじっと彼の目を見据える。

「伝説の完成には……むしろ永遠の存在になったほうがいいと」

「えっ⁉……あ!」

 フィンの脳裏にルンゴの公開処刑の対策会議の情景が浮かび上がった。

「どういうことです?」

 ラルゴが尋ねる。

 エルミーラ王女は大きくうなずくと答えた。

「あのときのファラ様は文字通り命がけでございました。あのときファラ様はフランコが血迷って女将さんを処刑したならば、迷わずに自分の首を落としてくれとおっしゃいました」

 一同が息を呑んだ。

「でもそのことによって彼女はこの世の命は失うことにはなりますが……それこそまさに神話の中で永遠に生き続けることになるのだと……」

 一同の目が丸くなる。

「今回もそれと同様と考えるのならば……私どもの為すべきことは……」

 王女はそこで言葉を切って一同を見渡す。

「そんな彼女の物語を語り継ぐことなのではないでしょうか?」

 ………………

 …………

 ……

 あたりに沈黙がおりた。

 人々がみな、その彼女の言葉を噛み締めている。

《確かに……そうなんだよな……もはやファラは半分神話上の存在みたいなもので……》

 フィンはふっとためいきをついた。

 彼らはそう。あのとき既に神話の世界に片足を突っ込んでしまっていたのだ。

「しかし……語り継ぐと言ってもどのように?」

 ラルゴの問いに王女は少し考えてから答えた。

「そうですわね……そのためにはやはり、語り部が必要でしょうか?」

「語り部⁉ ですか?」

 目を丸くするラルゴにマグニ総帥が言う。

「まあ、物語を語り継ぐという以上は……しかし誰が一体?」

 王女はまたしばし考えてから答えた。

「それはやはり……新しい大皇后様でしょうか?」

「新しい大皇后様⁉」

 一同は顔を見合わせるが―――確かに仮に彼女が失われてしまったとしたなら、カロンデュール大皇は新しい后を迎える必要があるわけだが……

《その后が語り部⁉》

 ―――ということは……

「皆様もご存知だとは思いますが、ファラ様があれほど光り輝くことができたというのは、ご本人が大変お美しいということだけでなく、彼女がまさに大皇后様だったからでございます」

 それは確かにそのとおりだった。

 白銀の都の大皇とは伝説の大聖の直系で、その后とはまさにその最高位の人物の伴侶という立場でもある。

 そんな女性がかつては敵だったレイモン王国の再興に、文字通り命をかけて尽力したという事実―――それがレイモン人たちの心をこれ以上なく掴んだのだ。

 そして彼女がそうした理由というのが表向きには現大皇カロンデュールの意向だったということになっているのだ。

《だから……カロンデュールの協力があればまだ何とかなるってことだよな?》

 彼とその新大皇后が、志半ばで命を落とした悲劇の元大皇后の物語を語り継ぐことで、本人がいなくとも“彼ら”の役割を全うし得るのだとすれば……

「ということは……その新しい大皇后様とは、その物語を語れる人材でなければならないということですな?」

 マグニ総帥が尋ねる。

《物語を語れる人材⁉》

 一同の視線がエルミーラ王女に集まった。

 王女がうっと言葉に詰まる。

 確かに彼女なら適任とは言えるかもしれないが―――と、そのときリラが言った。

「それは……父ならば反対したかもしれませんね」

「アラン王が⁉」

 総帥が首をかしげる。

「はい。父は事が成就した後のことも色々と話してくださいましたが……エルミーラ様は中原を統べる女王として立っていただくのが一番良いだろうと申しておりまして……」

 ―――それは確かにそうだった。

 レイモンの開放のとき彼女が何を為したのかといえば―――それは決断だった。

 決断ができるということは、まさに王者に対して最も求められる資質だ。

 今後彼らがこの世界を統べて行く際には様々な難問が立ちふさがることだろう。

 そんな中で優柔不断にならずに、同時に独善的にもならずに毅然と対応していくこと―――エルミーラ王女ならばそれができるとアラン王も買っていたのだ。

 ここにいる彼女をよく知る者ならば、そのことは納得できた。

《だが……彼女じゃないとしたら?》

 物語を語れる人材であれば彼女の他にもまだ存在している―――メルファラ大皇后の女戦士たち(ベラトリキス)だ。

 その仲間達ならば今ここにも何名かいるわけだが―――フィンはちらっとリラの横にいるティアを見る。

《あいつは……ダメだよな……》

 あのアホはおしゃべりだからそれはべらべら語れるとは思う。それに元々カロンデュールからも気に入られてはいたのだが……

《やっぱあいつの正体が元メルフロウ皇太子妃のル・ウーダ・エルセティアだってのは色々まずいし……》

 この地域ならともかく、都に戻れば顔見知りは山のようにいるわけで……

《ってか、こういうときにあいついないんだよな……》

 そう。アルマーザならばここ最近カロンデュールにたいへん気に入られていたし、変なやつだが頭も悪くない。ただ、あんな天然娘が都に行ったらいったいどんな騒ぎが巻き起こるのか―――フィンは想像しただけでクラクラしてくるが……

《でも何とかしちゃいそうなんだよな? 大皇様も味方なんだし……》

 とすれば有りなんじゃ? という気にもなってくるのだが―――ただし彼女が帰ってきたらの話だが……

 ともかく現状では彼女とその同行メンバー―――アラーニャとキール/イルドの行方は全くの不明だった。

《だとしたら他には?》

 例えばアーシャがいてくれたらビジュアル的には申し分ないのだが、ただ物語を語るとなると……

《あー、まあ彼女ならそれを踊りで表現とかできちゃうかもしれないけど……》

 もちろんヴェーヌスベルグまで迎えに行っている余裕はない。

 とすれば残っているのは―――ハフラ、リサーン、サフィーナ、マジャーラとかだが……

 ………………

《あははは! 全く想像もつかないっ!》

 その上彼女たちと大皇の接点というのが全く無いし―――接点といえばパミーナならば十分に顔見知りだし、スタイルとかも申し分ないのだが……

《でもファラの侍女という立場ではなあ……》

 大皇后ともなればそれなりの格式や教養が求められるわけで……

《あとベラトリキスの仲間といえば……ニフレディル様とファシアーナ様も一応はメンバーだが……》

 フィンは吹き出すのを必死でこらえる。

 そしてもちろんアウラは論外として―――とフィンは消去法でダメなメンバーを次々に省いていったわけだが……

 ………………

 …………

 ……

《え? あれ? もしかして?》

 最後に残った一人だが―――彼女ならもしかしてどうだ? “語り部”なんだろ?

 思わず彼が振り向くと何故かまたエルミーラ王女とバッチリ目が合った。

 王女がニッコリと笑った。

「あらまあ、リーブラ様も?」

「えっと……もしかして?」

 そして二人はその間に座っていたメイを見つめた。

 その視線に気づいて彼女が顔を上げるが……

「え? 何ですか?」

 そんな彼女に王女が黙ってにこ〜っと微笑みかける。

 ………………

「え? 何ですか? いったい……」

 その頃には他のメンバーも気づき始めていた。

「まさか……メイ殿が?」

 マグニ総帥がつぶやいた。

 エルミーラ王女がうなずく。

「はい。彼女ならいかがでしょうか?」

 一同が絶句してメイを見つめるが……

「あ、あの……いかがって一体何がですか?」

 メイだけが状況を理解していないようだが―――エルミーラ王女がみんなに説明を始める。

「確かに彼女の見かけは大皇后様には似ても似つきませんが……でも彼女にはそれに匹敵する実績があることは、皆さんご存知だと思いますが……」

 人々が一瞬息を呑み、そしてうなずいた。

「えっと、一体何なんですか?」

「だからあなたが大皇后様になることよ?」

 ………………

「はいぃぃぃぃ⁉」

 メイは口をあんぐり開けたまま固まってしまった。

《いや、まさにそうなんだよな……》

 メルファラ大皇后とその女戦士(ベラトリキス)たちの中である意味最も目立っていたのは誰かといえば、大皇后本人を除けば実はメイと言っても過言ではなかった。

《みんなの前に最初に姿を表すのは彼女だったし……》

 開放作戦中から彼女たちが人前に出る場合は、その先導役としていつも何やら派手なドレスをまとった少女が現れるのだ。

 人々が都の大皇后と聞いて一体どんな人が現れるのだろうと期待しているところに、まるで場違いな姿なのだが―――ところがそんな彼女が今度は滔々と前口上を述べはじめて、人々が何やら圧倒されたところでおもむろにメルファラ大皇后本人が他の女戦士たちと共に登場するのだ。

《あれってけっこう効果的だったもんな……》

 なので一般にはベラトリキスのメイ秘書官の知名度は大皇后本人に勝るとも劣らなかった。彼女たちと直接関わらない民衆たちの間では、“ベラトリキス=メルファラ大皇后+メイ秘書官+その他大勢”という認識をされていたりもするのである。

《しかもそれ以外の実績も十分だし……》

 彼女の武勇伝として有名なのは何と言ってもアキーラ城の開放時だ。そのときに彼女が城の兵士たちをみんな眠らせてくれたおかげで、城はほぼ無血で開放できたのだ。

《しかもあれだけじゃないもんな……》

 あのマグナ・フレイムのアイデアを考えたのは彼女だったし、フィンがあの人数でアキーラを開放しようなどという常軌を逸した作戦をする気になったのも、元はと言えば彼女のせいだ。

 その他にも今回の大中央突破の際にはレイモンの大軍団を率いて兵糧の購入に行っているし……

《あれも結構語りぐさになってるんだよな……こっちじゃ……》

 確かに彼女のあの二輪馬車がピンクのカーテンをなびかせて騎馬軍団の先頭を突っ走る様は一見の価値があっただろうが……

「いや、だからどうしてあたしなんですかーっ!」

 事態にやっと気づいたメイが慌てはじめる。

「だからあなたにはその実績があるって」

「実績? そんなのありましたっけ?」

「まあ、そんなに謙遜しなくていいのよ?」

 そして王女はフィンがいま考えていたようなことを説明し始める。

 ………………

「いや、だからですね? あたしなんかほら……」

 そう言って口をパクパクさせながら身振り手振りを始めるが……

「え? なに? だから胸がなくって? 体格も子供みたいだから?」

 王女が翻訳するとメイがかくかくうなずくが……

「えっとね? メイ。誰だってそんな方面でファラ様に対抗するなんて、無理でしょ?」

 王女はあっさりと切って捨てた。

 ………………

 メイは絶句する。

《あはは。確かに……》

 希代の美女であるメルファラ大皇后を姿形で凌駕するとか、世界中から美女を集めても容易ではない。

《それにファラの価値はあの容姿だけじゃないんだし……》

 例えばルンゴの演説は全レイモン人の心の中に刻み込まれている。美しいだけでは彼女の代わりにはなりえないのだ。

 しかしメイは間違いなくその実績においては決して彼女に劣るわけではなかった。

「あ、でもほら、私、大皇様とはほとんど面識がありませんし……」

「え? でもこの間仲良く話してたじゃないの?」

「は? いつですか?」

「ほら、アキーラからこちらに来る途中、あなたが作ったお料理を大皇様がたいへんお気に召してくださって……」

「え?」

 メイがしばらくぽかんとするが……

「いや、あれってほら、一般兵用の携行食じゃあまりにもだからって……」

「でも大皇様、喜んでらしたじゃない。それにあなたも楽しそうに使ってたハーブの説明してたでしょ?」

「いや、だからこれは何の味だっておっしゃるから、お答えしたまでで……」

「ふふっ、まあ細かいことはともかくね?」

 王女がにこっと怪しい笑みを浮かべる。

 メイの表情がひきつるが……

「これは言ってしまえば、ガルサ・ブランカ郊外の農家に生まれた普通の女の子がね? 王宮の料理人から王女の秘書官に抜擢されて、やがてはアキーラ解放の立役者となって、ついに大皇后の座にまで上りつめた……っていう素晴らしいサクセスストーリーになるじゃない?」

「はーいーっ⁉」

「もう、世界中の女の子に夢を与える話じゃないかしら?」

 ………………

 …………

 ……

「ちょと待って下さいよっ! それってむしろ世界中の女の子から恨まれるんじゃ?」

「え?」

 ………………

 …………

 ……

「なに言ってるの? そんなことないから

「何ですかっ! 今の間はっ!」

 大慌てのメイを王女がじっと見つめる。

「ねえ、メイ。そんなに大皇后の座が嫌なの?」

「いや、だからあたしになんか無理ですって! それにほら、引退したらサフィーナと一緒にレストラン開く約束してるんですから!」

「だったらサフィーナと一緒なら?」

「はいぃ?」

「彼女に妾姫になってもらえばいいんじゃない? 今だってファラ様の他にアルマーザさんがいるんだし」

「いや、でも……」

「それにメイも言ってたじゃない。一人でできなければ二人でって……」

「あ゛~~~~っ!」

「あ、それに……サフィーナならアウラから教わった技もあるから大皇様だって……うふ

「えっと、王女様? こんな場所でお戯れが過ぎますよ? 前にティベリウス様に求婚されたときだって……」

 だが王女は首を振った。

「いえ、今回はちょっと腹をくくっておいてほしいんだけど……」

 メイはまたあんぐり口を開けて固まってしまった。

「皆様もいかがお考えでしょうか?」

 その言葉にアリオールが答える。

「うむ。確かにメイ殿ならば……あり得るやもしれませんな」

「えーっ⁉」

「私も、大賛成ですよ!」

「アスリーナさんっ!」

「ですね〜。そうなったら〜、サルトスも全面バックアップ致しますよ〜?」

「女王様ーっ!」

 その場の全員の視線がメイに集中するが……

「だから、ほら、その……」

 メイはもうしどろもどろだが―――と、そのときだ。

「あ、リラ様〜? そういえば伯父様〜、最初はとっても悩んでらっしゃったんですよね〜?」

 イービス女王が尋ねた。

「はい?」

 リラが首を傾げるが……

「その〜、シャコンヌの舞のときに〜」

「あ、はい。主役が誰かと?」

 女王がうなずいた。

「そうです〜。それで〜、もしメイさんがああ言っていなければ〜?」

「え?」

 リラは意外そうに眉を寄せたが―――それからその表情に怪しい笑みが浮かぶ。

「さあ、私は父ではないのでよく分かりませんが……もしかしたら時期を逸していたかもしれませんね。父はそれで踏ん切りがついたと申しておりましたから……」

「え?」

 メイが口をパクパクさせているが―――それを見たエルミーラ王女がにこーっと笑った。

「あらまあ、メイ。これは責任重大ね?」

「え? えぇぇぇっ⁉」

「まさに口は災の元ですね〜

 イービス女王もにっこりと笑う。

「ちょっと、どうしてですかーっ!」

 メイがもはや完全なパニックだが……

《ふっ。さっき同じように虐められた気がするが……でもまあ、ちょっと可哀想だよな、もう……》

 そこでフィンは彼女に言った。

「だから、これは最悪の中でも最悪の場合の話だから」

「へ?」

「言っただろ? アロザール側だって大皇后様は大切に扱わなければならないんだから、そもそも彼女の命が危なくなることなんてもうほとんど絶対ないから」

「ですよね? ですよねっ!」

「うん。だから、そこまで気にしなくていいから」

「ですよねっ! ですよねーっ!」

 そう。ファラの命は敵味方にとっての最優先事項なのだ。だからメイが大皇后になることなんていうのも―――ま、ほとんど絶対にあり得ないわけで……

「はひーっ……」

 彼女の口から何やら魂が抜けているようだが―――それを見たリラがニコッと微笑んだ。

「というわけで皆様……皆様方に託された父の願い、お聞き届け頂けるでしょうか?」

 一同は黙って顔を見合わせる。

 それからエルミーラ王女が顔を上げると答えた。

「さすがに少々大事ですので、少しばかり時間を頂けますか?」

 リラはうなずいた。

「もちろんでございます。それでは私どもは席を外させて頂きますので……」

 彼女はアルテラと立ち上がり、側にいたティアとアウラに言った。

「それではどうぞ。お戻り下さいな」

「あ、うん」

「ども。それじゃ」

 そしてリラたちは退席した。

 一同はその姿を見送ると―――じとっとティアとアウラを見つめる。

「あ、ども。皆様、ご心配おかけしましたー」

「あ……ごめん」

 二人が引きつった笑いを浮かべて手を振るが――― 一同ははあっとため息をつくと……

《ま、こいつらを絞り上げるのは後にして、ともかく今は……》

 そう思ってエルミーラ王女を見ると、彼女も小さくうなずいて切り出した。

「それで今のリラ様のお話ですが、いかが致しましょうか?」

 一同は顔を見合わせるが、そんな彼らに向かって王女が言った。

「私は彼女の話は信じられると思うのですが?」

 一同は言葉に詰まる。

「我々を騙そうとするのであれば、そもそもこんな会合を開く必要はなかったわけですし……」

 それはフィンも感じていたことだ。

 彼女が騙しているのならば予定された決戦でシルヴェスト軍が裏切らずにアロザールと共に攻めてくることになるが……

《それだったら最初から黙ってた方が効果的だしな……》

 それならばこちらもシルヴェストがアラン王の死にブチ切れて決戦を挑んできていると判断して、そんな策略があることには気づかなかったかもしれない。

 しかしこんな話をしてしまった以上、こちらだって百パーセントそれを信じるほどのお人好しではない。決戦の際にもそんな可能性も織り込んで準備することになる。

 そして相手がちょっとでも怪しい動きをすれば相手にせずにとっととアコールに引っ込んでしまえばいいのだ。

 ―――しかし、だからといって容易にその話に乗るわけにもいかなかった。

《いくら何でも話がでかすぎるし……》

 一同は困惑の表情だが―――と、そこにマグニ総帥が言った。

「しかし……アラン殿があのような行動をとるにはよっぽどの理由があるとは思っておりましたが……」

 一同がうなずく。

 そう。今回の王の変節における最大の問題は、彼の意図が全くもって不明だったということなのだ。

 最初の時点ではまだ得られた領土が不満でアロザールと組んで山分けしようとしていたとも取れた。

 だが、アラン王はアイザック王に介入を仄めかすような書状を送っているし、フィンたちが中原を大突破してサルトスと結ぶことも想定済みのようだった。

《そうなれば現在みたいな情勢になるのも明白なんだし……》

 すなわち彼の目的は領土ではなかったことになる。

 ―――そこでフィンはアウラに尋ねた。

「アウラ、アラン王には会ったのか?」

「え? うん」

 彼女がうなずく。

「大皇后様がさらわれたこと、アラン様は知ってたか?」

 アウラは首を振った。

「え? ううん? 何度もそれは本当かって尋ねられたけど? 知らなかったんじゃない?」

 一同が顔を見合わせる。

 リラは、王がその知らせに驚愕したために大皇后の探索には全面的に協力すると言っていた。大皇后がいなければその王の夢が叶うことはないからだ。

 と、そこでアスリーナが隣のイービス女王に言った。

「それじゃ……あのときアラン様、本気で言ってたんでしょうか? 誰も見たことのない世界を見てみたくはないか? とか……」

「そうねえ〜」

 彼女たちはアラン王の口車に乗せられてサルトス軍を貸して、その軍がアイフィロス王国を滅ぼすのに使われてしまったわけだが―――ともかく王がそのときから既に本気でフィンたちに世界を手に入れさせようと行動していたのならば……

《少なくとも王の一連の行動の意味はまさに理解……できるんだが……》

 だが―――そのときラルゴが尋ねた。

「しかしそのためにシルヴェスト王国を……擲つと?」

 そうなのだ。その王の決断は彼の国の終焉も意味しているのだが?

 一同はしばらく無言だった。


 ―――その夢とはそんな犠牲を払ってまで見る価値があるのだろうか?


 そのとき、エルミーラ王女が口を開いた。

「私が国を継ぐと心に決めてから常に考えておりました。王とは一体どんな存在なのかと。そして一つ分かったことは、王とは絶対の存在だということです」

 彼女にマグニ総帥が尋ねる。

「絶対の存在ならば自分の国を滅ぼしても許されると?」

 王女は首を振る。

「いえ、許すとか許されるといった問題ではなく……王とはそれを可能にする者なのです」

 マグニ総帥がうっと言葉に詰まった。

 “それを可能にする者”―――この世界では誰もが知っている大聖様の三つの問いかけで、東の帝国を滅ぼそうとした大聖が人々に『一体あなたは誰なのか?』と問われたときの答えだ。

「アラン殿がこの世を墓場だと思ったと?」

 王女はまた首を振る。

「さあ、それは存じませんが……でも、アラン様は見たのです。王のみに見ることが許された夢を……そしてアラン様はそれに手を伸ばした。私たちが語れるのはただそれだけなのです」

 マグニ総帥は何か言おうとしたが、それから大きくため息をつくと……

「そうですか」

 とひと言言ってうなずいた。

《エルミーラ様……アラン王の気持ちが分かるって言いたいのか?》

 フィンには何だか想像も付かないのだが―――しかし彼女は自らの意思でフォレスの女王になろうとしている。

 それは一般の王位継承としては例外的だった。

 それを彼女自身もよく理解していて―――それ故に王となることとはどういうことかと日々自問を続けていたに違いない。

 だからこそ彼女はここまで彼らを率いて来られたのだ。

 そんな彼女だからこそ、アラン王の抱いた誰も見たことのない世界を見たいという気持ちを理解できるのかもしれないが―――と、そこで王女が一同を見渡して……

「それにそもそもこんな突拍子もない話、あまりに馬鹿馬鹿しすぎて……」

 にっこり笑う。

「もう本気で言ってるとしか思えないじゃありませんか?」

 ………………

 …………

 ……

 一同はしばらく絶句した挙げ句――― 一斉に吹きだした。

「まあ、そうですな」

「ふっ。確かに……」

「ほんとにもう~」

 そんな人々を見渡してエルミーラ王女が小さくうなずいた。

「私はリラ様と、そしてアラン様の願い、叶えて差し上げたいと思いますが、皆様はいかがでしょうか?」

 一同は一斉にうなずいた。

 王女はにっこりと微笑むと宣言した。

「では……そのように致しましょう」

 その光景にフィンは背筋がゾクゾクしてくる。

《いったい何が決まっちゃったんだ? ここで……》

 行く手はまさに道なき道だ。人々の表情には不安の色が拭えない。だがその道の先には細やかな光明が確かに見えている。

《その先に……いったい何が?》

 彼らはまさに世界の行く末を決定する会議―――世界会議に立ち会っていたのだ。