術前検査の勧め

全身麻酔のリスク

全身麻酔の実施には、残念ながら一定のリスクを伴います。これは、人が手術を受ける場合と同様に、動物たちにとって全身麻酔を実施するということは、身体(心臓、肺、肝臓、腎臓等)に、ある程度の負荷がかかります。

その為、日常生活において、健康状態に問題が無いように見える動物達にも、隠れた身体の異常を持ち合わせているケースもありますので、隠れた異常を認識せずに、通常通り麻酔薬の投与をしてしまうと、麻酔の危険性が増大してしまいます。

全身麻酔、手術における予想しえるリスクには、次のようなものが挙げられます。

  • 麻酔中の血圧低下、心拍数の低下、不整脈、血液中の酸素飽和度低下、心停止
  • 麻酔薬に対するアナフラキシーショック
  • 術中、術後の止血異常、血栓症(脳梗塞、脊髄梗塞、心筋梗塞、肺塞栓等)
  • 静脈内点滴過剰による肺水腫、心不全
  • 術後腎不全、術後膵炎
  • 術後サイトカインストームによる多臓器不全

全身麻酔の安全性向上の為に

麻酔におけるリスクファクターを排除する努力を最大減する事が、麻酔の安全性の向上につながるものと考えます。それには、術前検査を実施することが効果的だと考えます。

術前検査の項目としては次のようなものがお勧めです。

  • 血液検査(血球計算、血液生化学検査)
  • 胸部レントゲン検査
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  • 必要性があれば、胸部、腹部超音波検査、凝固系検査
血液検査により、我々獣医師は、次のようなことを考えながら検査結果を確認します。
貧血は無いか?体内で炎症は起きていないか?血を止めるのに必要な血小板は十分にあるのか?血小板は多すぎはしないか?麻酔薬を分解して体外に排泄する腎臓機能、肝臓機能は正常かどうか?血圧を維持するために必要な蛋白質は十分か?等ということを確認します。
胸部レントゲン検査により、我々獣医師は、次のようなことを考えながら検査結果を確認します。
心臓の形が変形していないか?心臓が拡大していないか?血管の太さは正常か?気管は虚脱して細くなっていないか?肺炎はないか?肺に腫瘍などの異常陰影は写っていないか?肺は十分に含気しているか?肋骨の形に異常はないか?等ということを確認します。
上記検査で異常が認められた場合には、超音波検査を追加して実施します。
血液検査で、臓器の異常所見が認められた場合には、腹部超音波検査を実施し、各臓器に形態的な異常が認められないかどうか確認をします。
胸部レントゲン検査で異常所見が認められた場合には、心臓の超音波検査を実施します。それにより詳細に心臓機能の確認を行います。

この様に厳しい眼で検査結果を確認したうえで、手術に臨むことで、全身麻酔に潜むリスクを最大限回避する事に繋がります。

術前検査をするもう一つのメリット

また、もう一つの検査を実施するメリットとして、健康時の血液検査、レントゲン検査所見が残せるということです。何故かというと、人間と同様に動物にも検査値の正常値とされる数値の設定はされているのですが、人間と違い正常値の幅(正常域)がかなり幅広いので、正常値の上限と下限では倍ぐらい数値が違う検査項目もあります。その為、もともと正常値下限の患者さんにとっては、病気の初期に検査値が上昇しても、まだ、正常値内にとどまっている事も出てきてしまいます。その為、術前検査を実施することで、その患者様の正常値が残せるので、体調不良で検査を実施した際には、術前検査の結果と比較する事で、より確実に患者様の病状を早期に把握する事が出来るようになります。レントゲンについても、同様の事が言えます。