SCRAP METAL
P4







「ごめんね」とヨナは言った。「マリアのこと、悪く思わないで」
「気にしない。たしかに、“お仲間”だわ」
 ヨナはいぶかしむようにわたしを見た。
 わたしは目を合わさなかった。
 わたしたちは工場の中庭に並んで腰掛けていた。泣き止んだマリアはまた別の子のメイクをはじめた。それまでのことを忘れたように平気な顔をして、鼻歌を歌いながら化粧道具をあやつり、ときどきは楽しそうに残骸に話しかけていた。わたしとヨナはマリアをそっとしておこうとここへ来た。それきりほとんど言葉を交わしていない。両足を投げ出し、壁に背中をあずけて空を見る。廃棄場にいたときと同じ姿勢だ。
 同じ姿勢のまま、ヨナに訊いた。
「ねえ、ヨナはいつからここにいるの? マリアとはいつから? どうして一緒にいるの? どうしてわたしを連れてきたの?」
「むずかしいことをいっぺんに訊くんだね」
「・・・・・・いけない?」
 ヨナは頭を振った。
「僕も連れてこられたんだよ。僕にはそれが嬉しかった。だから、同じ境遇の子がいるのなら同じことをしてあげたい、そう思った」
「わかりにくい言い方ね」
「最初から話すよ・・・・・・」
 ヨナは膝を抱えた。膝小僧に頬を押し当て、遠くを見る目つきになる。物思いにふける表情。よくできている、と、ついそう思ってしまった。人間はなぜこうまでしてわたしたちに人間のまねをさせたがるのだろう?
「お屋敷を出たあと、僕はママを探してあちこちをさまよった。ママがどこに葬られたのか、誰も教えてくれなかったから。それくらいなら、いっそ、僕もママの棺に入れてくれればよかったのに。花を手向けるみたいに。そうすれば僕もママと同じところに行けたのかもしれないのにね」
「機械は天国には行けないのよ」
「人間なら行けるのかい? 天国なんてどこにあるの? 人間だって知りはしない。それでも人間は死者を弔うだろう? カミサマなんてもう誰も信じちゃいないのに、それでもそうせずにはいられないんだ。・・・・・・僕も同じだ。ママを探さずにはいられなかった。少なくともママの眠っている場所を。そこでならもう一度ママに話しかけることができるような気がした。要は気分の問題だろうね。人間だって、きっと、墓石の前でないと、うまく死者に話しかけることができないんだ」
「そして見つけたのね」
「ううん、見つからなかった」
「だって・・・・・・」
 ヨナは微笑んでいた。悲しそうに。または寂しそうに。
「最後に、僕は丘の上のスクラップ置き場にたどり着いた。そこからは人間の墓地が見えた。どれくらい長いあいだ座り込んでいたのかわからない。一日や二日じゃない。何度か葬式を見た。泣いている人間もたくさん見たよ。そのうちに思ったんだ。僕のママもあそこに眠らせてもらおう、ママもあそこに眠っていることにして、僕は朽ち果てるまでここに坐ってママに話しかけていよう、って。そうして悪い理由は何もないような気がした。だって、要は気分の問題だから」
「どうして、そうしなかったの?」
「迎えがきたのさ」
 ヨナは語った。
 ヨナは錆びた鉄くずのあいだに坐っていた。さっきまでのわたしのように。スクラップ置き場には猫の親子がいた。母猫と、三匹の子猫。縄張を巡回していたのだろう、毎日同じ時間にやってきて、くず鉄のあいだでじゃれあっていた。ヨナを警戒する様子はなかった。ありふれた廃物のひとつとでも思っているらしかった。子猫たちはヨナの体によじ登って遊んだ。ヨナは身じろぎもせず墓地を見つめつづけた。
 ある日、子猫は二匹になった。それに気づいたとき、ヨナははじめて猫に話しかけたという。
『猫は死ねるんだね』
『そりゃあそうさ』
 思いがけず答えが返ってきた。驚いて振り返ると、成熟した女性型のロボットが立っていた。その足もとにはひとりの少女が坐っていた。ヨナにも連れのロボットにも興味を示さず、鉄くずのなかからガラクタを掘り出しては、ためつすがめつ吟味してから、放り出している。
『お前は死にたいのかい?』
 女性型のロボットが訊いてきた。
 ヨナは答えなかった。
『生きとし生けるものみな死ぬ。時が来ればお前も』
『僕は機械だ』
『それがどうした?』
『どう、って・・・・・・』
『お前は誰だと訊かれれば、ヒトは名前を名乗る。お前は“何”だと訊かれて、まともに答えられる人間がいると思うか? 私は私だから私だ・・・・・・所詮、人間だってその程度のものだ。その“私”の消滅を死と呼ぶのなら、たしかに、私たちも死ねるのだ』
『詭弁だね』
『そうかもな』
 女性型は肩をすくめた。
 それから、こう訊いてきたのだという。
『ところで――お前は“誰”だい?』
 とっさのことに、ヨナは絶句した。
 かわりに、それまで無反応だった少女が急に顔を上げた。狂気と紙一重のような朗らかさで、元気いっぱいに答える。
『あたし、マリアよ。あなたはだあれ?』
『知っているだろう?』
『ええ、知っているわ。マダムよ』
 マダムはマリアの髪をなでた。マリアは幸せそうに目を細めた。それから、また訊ねた。
『あの子は、だあれ?』
『訊いてくるといい』
『うん、そうする』
 マリアは立ち上がり、小走りにヨナのもとへやってきた。無邪気に微笑みながら、さきほどと同じ問いを発した。
『あたし、マリアよ。あなたはだあれ?』
『僕は・・・・・・』
 ヨナはマリアを見た。マダムに視線を転じた。それから、またマリアを見ると、ようやく答えを口にすることができた。
『僕は、ヨナ。ヨナだよ』
『ヨナ』
 と、マリアは確かめるようにくりかえした。
 それから、満面の笑みを浮かべて両腕をさしのべると、いきなりヨナに抱きついてきた。
『ヨナね、ヨナ、ヨナ! 会いたかった!』
 それは当時すでに狂い始めていたマリアの発情プログラムの仕業に違いなかった。それでも、マリアの幸せそうな笑顔は、ヨナとの「再会」を心底から喜んでいるようにしか見えなかったという。ヨナは真っ赤になった。救いを求めるようにマダムを見やった。マダムは微笑みながら、二人をただ見守っていた。
 やがて、マダムは踵を返した。
『行くよ』
 言って、遠ざかってゆく。
『待って、マダム』
 マリアはヨナを放し、いったんはマダムの後を追おうとした。けれどすぐに、座り込んでいるヨナに気づいて振り返った。当たり前のようにヨナの手を取り、引く。
『ほら、早く』
『僕は・・・・・・』
『二人とも、早くおし!』
『ほら!』
 躊躇するヨナを、マダムの声が急かし、マリアが有無をいわさず引っ張る。引かれるままにヨナは立った。メンテナンスも受けないまま何日も歩きつづけ、同じ姿勢で座りつづけていたせいだろう、膝がひどく軋んだ。
 それが、ヨナとマリアとマダムの出会いだった。
「マダムって名前はマリアがつけたんだ。雰囲気がマダムっぽいからって。マリアはそういう言葉をたくさん知っているからね。マダムの昔の名前を僕たちは知らない。僕たちと一緒にいる自分が本当の自分だ、だからマダムでいいって・・・・・・結局、教えてくれなかった。マダムの素性も知らないな・・・・・・話したくなかったんだろうね。『私は私だ。いつでもお前たちのそばにいる、見てのとおりの私だ』なんて、いつもはぐらかして・・・・・・でも、僕たちにはそれが嬉しかったりもしたんだよ」
「マダムは、今?」
「ここにいるよ。さっきの部屋で、他のみんなと一緒に、眠って・・・・・・そう、眠ってるんだ」
「死んだ、のではなくて?」
 少し意地が悪かっただろうか?
 ヨナは困ったように微笑した。
 それから、意外なことを言った。
「それを言うなら、むしろ、殺された、だろうね」
「殺された?」
「そう・・・・・・彼らは“処理をした”とか“処分した”とか言うんだろうけどね。人を轢き殺した車が裁判にかけられたりはしない。彼らに言わせると機械は犯罪者にすらなれないらしいからさ」
 ヨナは乾いた声で笑った。
 わたしは眉をひそめた。
「犯罪?」
「うん、マダムには人が殺せたから」
!? まさか?」
「なぜ? 『ロボットは人間を傷つけてはならない』それだって所詮はプログラムにすぎない。狂うことだってあるさ」
「でも・・・・・・ロボットが、ヒトを、なんて」
「本当を言うと、僕はマダムが人を殺すところを見たわけじゃない。でも、マリアに訊いてみるといい。マリアは見たんだ」
 そのときヨナが浮かべた微笑には、それまでと違って、どこか皮肉なところがあった。
「機械はいずれ壊れる。壊れなくたって、買い替え時というものもある。娼婦なんかは特にね。バージョンアップバージョンアップ・・・・・・型遅れなんて中古屋にも売れやしない。売れたとしても時間の問題、最後には行き着くところへ行き着く。まともな業者に任されるならまだいい。ちゃんと鉄くずに戻してくれるから。でも幅をきかせているのは違法業者だ。モノを捨てるにもお金がかかる、安くあげようと思えば不法投棄・・・・・・マリアもそうだ。捨てられたとき、完全に機能停止していたわけではなくて、スタンバイモードだったらしい。業者は気づきもしなかった。たとえ気づいても、気にもとめなかっただろうね。マリアはそのまま野ざらしにされた。マリアは“美人”だろう? そう作られてるんだから当然だ。裸同然で横たわっているマリアを見て、酔っ払いか何かがちょっかいを出してきた。そしてマリアは再起動したんだ。相手の男は儲けものだとでも思ったんだろうね。マダムと出会ったとき、マリアは“仕事”の真っ最中だったそうだよ。なのに突然お客が動かなくなって、驚いたそうだ。たくさん血を流して、でも少しも痛そうな顔をしていないのが不思議だったとも言っていた。お世辞にも二枚目なオジサンじゃなかったけど、その血の赤だけはとてもきれいで、思わず唇に塗ってみたくなったそうだ」
「血・・・・・・」
“少女”としてプログラムされたわたしの感情が、反射的におののいた。
 それがみっともない、というのも、所詮は少女らしい見栄なのだろう。
 わたしは残った右腕で膝をかかえた。顔を伏せる。
「わたしたちも狂ってしまえればいいのにね」
「それ、すごく人間的なせりふだって、気づいてる?」
 わたしは答えなかった。

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