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「ありがとう」
※このストーリーはフィクションです。※


 今日もファーストフード店は混んでいる。
真昼の時間帯には、カウンターはお客様が入り口からはみ出るほどだ。
そんな中、僕は一アルバイトとしてPOSの前に立っている。
実に様々な人たちがやってくる。休憩時間でやってきた忙しそうな
サラリーマン。午前中の講義を終えて来た大学生。昼食を作る手間を
省くために来た主婦。休校日で遊びに出掛けている中学生。
孫にせがまれて買いに来た老夫婦。実に様々だ。
 一人一人、笑顔を見せつつも半ば機械的に数をこなしていく。
しかし、中にはそういかない人たちも少なからずいる。
「あの〜、コーヒーのミルク3個欲しいんだけど。」
言ったのは、髪の毛を逆立てた軽い雰囲気の青年だった。
「申し訳ございません、ご追加は1つまでとさせて頂いております。」
角を立てないよう、丁寧に謝りながら頭を下げる。
「はぁ!?ケチくせぇ…。」
周りに憚らず、大声で文句をつけていく後ろ姿を見送る。
仕事だからとは言え、理不尽な文句に心が曇っていくのを感じた。
しかし、それらにいちいち気を取られ続けるわけにはいかない。
目の前には、一刻も早く注文して昼食を手にしたいお客様が、
切れ目なく続き、迫ってくる。
「いらっしゃいませ、店内でお召し上がりですか?」
また、心とは正反対の笑顔を浮かべながら、注文を受け続ける。
心を切り替える、切り替えないなどと悠長なことを言っていられない。
止まれば、それだけ店にもお客様にも迷惑が掛かる。
動いている間は良かった。何も考えないで歯車として回り続けること
のみを意識すれば良いのだから。
 しかし、一旦ピークが過ぎ、足りなくなったものを補充する作業
などに入ると、先ほどの出来事で起きた感情が再び首をもたげる。
(決まり事なのに、そんな無茶を言われても…。)
(この仕事、別の人間がやっても、自分がやっても同じなんだろうな…。)
こんなことが急に頭の中を駆け巡り、気が滅入って来る。
 事実、アルバイトという雇用。僕の場合、保険も労災以外はつかない。
労働力という面でこれほど柔軟に扱えるポジションはない。
故に、最初の育てる時間という問題を除けば、僕を必要としている
わけではない、僕の労働力を必要としていると、考えれば考えるほど
現状の自身の立ち位置に不満を覚え始めてくる。だからと言って、
すぐに自ら仕事を立ち上げるような能力も経済力もあるわけではない。
これらがなおさらのこと、僕の気持ちを深く沈めていった。

 休憩時間中、弁当を食べていると同僚の主婦同士の会話が聞こえた。
「ようやく、夏の家族旅行のための資金が貯まったから、来月の頭に
辞めようと思うの。」
「へぇ〜、良かったじゃない。旅行から帰ってきたら、話はともかく、
お土産だけは置きに来てね。」
 申し合わせたように2人とも大きな声で笑っていた。その人は、
半年前から勤めていた。生活に困っていたわけではない。
先ほどの話のように、家計に響かないように旅行資金を貯めたい、
それだけで来ており、またそれを公言していた。
「鈴木君は、今度のお給料入ったら何か買うの?洋服とか?
今の若者はファッションとかにも敏感だしね。」
「いえ…僕は家賃と携帯の料金払えば一杯一杯ですから…。」
「そうなの、若いのに大変ね。」
そう言ったきり、話しかけた主婦はまた世間話に話を咲かせていた。
同じ給料だが、使い道にこうも差が出ている。身を置く環境が違うのだ、
当たり前だと思ってはみるが、やはり不公平を感じてしまう。
主婦のお小遣い稼ぎにしかならない仕事を僕はやっているのか。
そんな気持ちが膨らんでくる。しかし、ハローワークへ向かっても、
技術者であったり、実質コネがなくては入れない事業所ばかりで、
社員として転職できる状況は皆無だった。そんな中で、最も不得手だが、
唯一空きがあった職場がここだった。年中人の出入りが激しいため、
採用されること自体は簡単だったためだ。しかし最近は、
こうした小遣い稼ぎを公言する同僚、理不尽な言動を行うお客が多く、
そこへ先の感情が強くなってきたため、いよいよ次のバイト先でも
探そうかと考えていた。ふと時計を見ると、休憩終了3分前だった。
「あ…弁当片付けなきゃ。」
僕は、バッグの中に弁当箱を適当に押し込み、急いで店内へ戻った。

カウンターに立つと、客席には、家族連れが目立っていた。
大方、幼稚園の帰りだろう、かなり賑やかな店内になっていた。
「どうしたんですか?顔色あまり良くないですよ?」
同僚の後輩が問いかけてきた。気分転換もできないまま来たため、
顔に表れていたようだった。
「何でもないよ。ちょっと眠かっただけ。」
その場を取り繕うも、いつまでも引きずりがちな自分に、内心苦笑いした。
その後も、昼間ほどではないにしろ、次々と注文を受けていると、
客席の端の方から2,3人の高い声が聞こえてきた。
子供がジュースをこぼしたのだった。上司が僕を呼んだ。
「あの客席へジュースの替え持ってって、あとモップで拭いてきて。」
せわしない素振りで指図をした後、上司が僕の代わりに注文を受け始めた。
誰でもいいけど、ちょうど目に止まったから、という具合だった。
僕は返事をしてから、オレンジジュースを届けに客席へ向かった。
席へ行くと、親子連れの若い夫婦が子供の服を拭いていた。
「大丈夫ですか?代わりのものをご用意しましたので、どうぞ。」
親子連れの母親が少し驚いたような目をしていた。
「すいません、いいんですか?」
「はい、殆どお飲みになっていませんでしたし。ただいま、床を
拭きに参りますので。」
そう言い、オレンジジュースを席へ置いて、すぐにモップを持ってきた。
「お足下失礼します。」
そう言いながら、僕は客席の床を拭き始めた。
「本当にすみませんねぇ、わざわざ替えのジュースまで」
父親がひっきりなしに頭を下げ続けていた。店としては当然なすべきことを
したまでだったが、夫婦から感謝をされ続けていた。
「ありがとう。」
Tシャツが少し汚れてしまった子供がたどたどしく言葉を話した。
僕は思わず小さく声を出して笑った。
床を拭き終わり、お辞儀をして戻る際に、夫婦が私のネームプレートを
覗き込んでいた。僕は少し気恥ずかしくなって早足でモップを物置へ
しまいにいった。

しばらくすると、その親子連れは食べ終わったらしく、トレーを置きに来た。
「どうもご馳走様、さっきはありがとうございました。」
母親の方が僕の目を見ながら軽く会釈をすると子供が
「バイバイ。」
と、手を振りながら手を引かれていった。
「ありがとうございました。」
僕はいつもより少しだけ長めにお辞儀を続けていた。
僕はただ、上司の判断で替えのジュースを運び、持って行くだけだった。
しかし、これほどまであの親子連れに感謝してもらえるとは思わなかった。
子供からありがとう、とただ一言、言われただけなのに充実した気分だった。
確かに私の仕事は誰でもできる。ただ、誰もやらなくても構わない仕事じゃない。
自分の仕事を見てくれる。そんな人たちも確かにいる。
お辞儀をし終えると、次の家族連れが入ってきた。私は、昼間のそれよりも
気持ちの篭もった表情で接客を始めた。
「いらっしゃいませ、店内でお召し上がりですか?」

(フリッカー氏)

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