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鬼嫁


「残念ですが、これはO93ではなく……悪性のO24MEに間違いありません」
検査結果を指し示しながら、初老の医師は私にそう宣告した。
会社の健康診断で精密検査が必要と言われたのは一ヶ月前のことだ。良性のO93であれば問題ない、しかし結果は非情だった。
「先生」私は声を震わせながら言った。「そうなると治療は……?」
「ここまで進行してしまった場合、対症療法は困難です。以前説明しましたとおり、LICONしかありません」
「そんな!」私は叫んだ。
LICON。通称リコンと呼ばれるこれは、O93の根本的な治療法としては唯一のものだ。だが、それにはあまりにリスクが大きかった。妻と別々に暮らさねばならない上、莫大な金がかかるという。
「すぐにでもLICONを行わなければ危険です」
「保険がありますから金は都合できるんですが、でも」
医師は驚いた顔をした。「失礼ですが、とてもそれだけでは……」
「いえ、かなり多額のものですので。半年くらい前、妻に強引に勧められたんですけどね。全く大した物ですね、女の勘というものは」
私は平静を装ったが、声が震えているのははっきり分かった。
医師は訳知り顔で頷いた。「なるほど、そういう事ですか……で、治療の件ですが」
「いや、……もうしばらく考えます。妻ともよく相談しないと」
そうですか、と呟きながら医師はカルテに二三行書き加え、看護婦に手渡した。
礼を言って去ろうとすると、ふと医師に呼び止められた。
「失礼。ときに、貴方おいくつでしたかな?」
「来月で三十になります」
「ならんでしょうな。……それではお大事に」
聞き間違いだろうと流したのは、恐怖が限界に来ていたからだ。私は死ぬかもしれないのだ。他人が気づくほど高く、歯がカチカチと音を立てている。
私が死んだら、か弱いあいつはどうするんだ……。死にたくない。まだやり残したことがある。
妻のくれた苦いサプリメントを噛んで恐怖と戦いながら、私は家路を急いだ。


(ZIR氏)



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