ボクシングのゲーム、実写でボクシングのバナー(3)

飯田覚士

初めて筆者が飯田を知ったのは
あるバラエティ番組だった。

超人気番組「天才たけしの元気が出るテレビ」の
ボクシング予備校というコーナー。

元世界王者がボクサーを志す若者に
指導をする内容だった。

その中にのちの世界王者、飯田覚士はいた。

ボクシング経験のないその大学生は
キリリとしたマスクと熱心な練習によって
コーナーを支えるアイドルへと育つ。


が、筆者が当時注目したのは別の若者だった。

デビュー前とは思えないキレと経験を感じさせた
松島二郎という若者は忠実なフォームから
相当の実力を感じさせた。


両者がコーナーの牽引車となって
視聴者達の興味と番組を盛り立てていく。

湘南の砂浜に大勢の若者を呼んで
スパーリング大会を行った時には
黄色い声援が両者に浴びせられた。

それはゴールデンタイムの番組としては大成功だろう。


が、両者は決してアイドルを目指していたのではない。
ボクサーたる者、そんなのが目標のはずがない。

デレデレすることなく練習を重ね
真剣な姿を見せ続ける。

それしか想いを証明する手段はなかった。


松島は名門ヨネクラジム、
飯田は名古屋の緑ジムに入門。

同期デビューした二人は
階級すらも同じだったため
戦いを避けることは不可能だった。

最初の舞台は東日本新人王決勝。

無敗のまま迎えた両者の対決は
コントラストのはっきりした結果を残す。

序盤から才能豊かな松島の多彩な攻撃が
注目を集める内容だったが
時折返す地道な飯田のボディショットが不気味。

そしてその攻撃は松島の姿勢を
前傾姿勢へと変えていった。

ペースを奪われた松島は
反撃を試みるために
フォームを修正するのだが
そのたびに打たれる弱いボディ。

最後は苦痛に顔を歪めた松島の周囲を
飯田が旋回しながら駄目押しのボディ。

有利とされた松島は惨敗を喫したのだ。


その後、飯田は無敗街道を突き進む。
が、その試合内容は苦闘の連続だった。

現役世界ランカーの古豪、琉球カタルューナ戦では
苦しみぬいた末の判定勝ち。

勝利こそしたが、その単調なボクシングは
筆者を含めた多くのファンに疑問符を投げかけた。

パンチの切れ、スピード、破壊力、スタミナ…

「これが飯田の持ち味」と自信を持って
誇れるほどの才能は感じられなかったのだ。


迎えた世界初挑戦で食らった強烈なKO劇にも
それほど筆者は驚かなかった。

「世界王者になるほどの器ではない」

本当に申し訳ないが、
個人的には当時そう感じていた。


が、2度目の挑戦。

タイの強打者、ヨックタイ・シスオーに挑戦した飯田は
立派な世界挑戦者として完璧に仕上げられていた。

ビルドアップした肩の筋肉、絶妙なポジショニング。

なにより自信に満ちた瞳。

強打のヨックタイに臆することなく
カウンターを放つその姿はもう別人のようだった。

「うまい!」

飯田陣営が戦前から唱えていた
「リズムボクシング」
の真髄が至るところで発揮されていた。

相手の強打を空転させるのに十分なフットワーク
逃げるだけではない刺すようなストレート…

終盤にさしかかる時には、王者側に
疲れとダメージがありありと感じられた。

11、12RにはKOによる王座奪取すらあるのでは?
と予想されたのだが、飯田の張り詰めた集中力に限界が訪れる。

良くも悪くも相手に合わせるボクシングを身上とする
飯田のボクシングは、ヨックタイのペースダウンにまで
付き合ってしまった。

ラスト・ラウンドは両者疲れた状態での乱打戦となる。

それでも試合全体を通して
飯田優勢のまま試合は終了した。

「絶対、勝った!」

誰もがそう感じていた判定は
非情のドロー裁定…。

判定を聞いた挑戦者はリング上で落胆した。

「なぜなんだ!
これ以上、どう戦えばいいんだろう…」

それは「自殺してしまうのでは…」
と思わせるほどの落ち込みようだった。



数ヵ月後、両者は決着をつけるべく再戦のリングに上がる。

前回のドローは王者にとっても不服だったのだろう。
ヨックタイは初回に猛攻撃を選択した。

それに対して落ち着いてさばく飯田。
全体のペース配分を強く意識しているようだ。

「!」

ヨックタイが息をついた瞬間、
飯田のストレートが王者の顔面を直撃痛打!

直前まで力強い前進を続けていたヨックタイが
たったのワンパンチで真下に崩れ落ちた!

「ダウーン!」

誰もが予想しなかった展開に観客はもちろん
飯田本人も驚いていた。

それは数々の作戦を立てていた飯田陣営ですら
予想のできない事件(事故?)だったのだ。

「…!」

立ち上がった王者に対して、
飯田は当たり前のように襲い掛かる。
観客の大歓声はその選択を力強く後押しした。

とどめは刺せなかったものの
会場は最高に盛り上がり、
序盤は挑戦者の攻勢で過ぎていく…

が、中盤になると有利だった飯田に異常な消耗が感じられる。
やはりあのラッシュは飯田の戦い方ではなかったのだ。
(もしくは持病の肩脱臼だったのかも?)

ダメージの回復したヨックタイは
攻めてこない飯田の状況を即座に確認。

ヨックタイは王者としての自信と風格を取り戻し
堂々たる攻めを見せ始める。

対する飯田はストレートを捨てて
攻防一体化したジャブを選択。
(悪い状況下の中で、この戦法を用意していた飯田、
これがまさに頭脳派たる由縁だ。)

必死で適性距離を維持しようとしたが
ヨックタイの前進は止まらない。

逆に前に攻めるスタイルは
ヨックタイの十八番。

序盤の強烈なダウンは幻だったのではないだろうか?

水を得た魚のように攻めるその姿は
タイの英雄、そのものだった。

何度もロープを掴み、ふらふらになりながらも
倒れることを拒否し続けた飯田…

その必死の表情からは
アイドルの名詞は微塵も感じられなかった。

終了のゴングが鳴ると自陣コーナーに戻り
どっかと腰をかけた飯田。

もう余力なんてどこにも感じられない。
やることは全て出し切ったはずだ…

ボロボロになって判定発表を待つ飯田の瞳には
祈るような想いとあきらめのような淀みが感じられた。

「ニューチャンピオン誕生!」

努力型の飯田が報われた瞬間、
あの表情が忘れられない…


飯田は現役時代、どんな各下の選手との
スパーリングでもヘッドギアを外さなかった。

ダメージの蓄積を防ぐのと
引退後の生活を考えてのことだった。

印象的だったのは松島との2R公開スパーリング。

途中で松島がヘッドギアを外して飯田を挑発したのだが
それでも飯田はヘッドギアを外さなかった。


声を大にして言いたい。

飯田はアイドルボクサーなんかじゃない。
健康管理能力、相手を研究する頭脳…
堂々たる「ボクサー」だった!



投稿

1997年、実は自分のボクシング観戦暦は、
この年から始まる、すこぶる浅いものである。

その観戦暦初年の暮れ、辰吉丈一郎王座復帰の感動もさめやらぬ12月23日に、
端整なマスク、これといって不自由のない生い立ち、岐阜経済大学卒と、
たった十数人ながらそれまで見てきた辰吉や畑山、坂本といったボクサーのイメージと
およそかけ離れた28歳の男の引退を賭けた宿命の再戦にブラウン管越しながら立ち会う機会を得た。

飯田が戦う相手、タイのヨックタイ・シスオーは、
世界初挑戦だった飯田に5回TKOで
プロ初黒星を味わわせた当時の王者・アリミ・ゴイティアを
右ボディ一撃で沈め冠を手にした若きスラッガー。

彼の前に絶対の不利を叫ばれながら
2度目のトライアルに臨んだ飯田はしかし、
ほぼ完璧に試合をコントロールした挙句
1−0・飯田有利のドロー判定に泣かされたという。

軽快な入場テーマと名古屋の観客の手拍子に乗ってリングに現れた挑戦者、
タイの民族音楽で入場してきた王者。

余談だがファン一年目にはすべてが目新しく、
決して熱狂的なシュプレヒコールや怒号ばかりが
地元挑戦者を迎えるとは限らない、こういう選手もいるという新たな発見だった。

運命のゴングが鳴ると、サウスポーの飯田が
リング内を大きく右回りにサークルし始めるのに対し
王者は右構えから足をどっしり踏みしめ、じりじりと迫る。

ラウンド終盤にヨックタイが右をボディに2度ほど送りけん制した直後、
その場にいた全員が予想外の光景を目撃する。

飯田の左ストレートがカウンターで決まると、
スパッという快音から1拍おいて、
ヨックタイがばったりと背中からマットに落ちたのだ。

飯田のガッツポーズにも、
望外の先制であることが如実に伺えた。

そのまま一気に試合は挑戦者ペースへ。

しかし、勢いよく攻め立て左ストレートを
王者のあごにヒットしつづける姿を見ていても何かが腑に落ちない。

中盤には飯田の表情から知らない間に
余裕が消え、オーバーペースが露呈する。

そう、必ずしもリズムとフットワークの
飯田ボクシングの真髄とは言えない展開を
のっけのダウン劇は招いていたのだ。

ヨックタイは飯田の足を止めるべくしきりにボディに強打を送る。

6Rに飯田の左足付け根、9回にノーファウルカップを直撃してしまい
計2ポイントという大損をするが、
委細かまわず仕掛ける波状攻撃は後半に入り激しさを増す一方。

逆に飯田は前半の勢いが嘘のよう、
10回と11回には、コーナーからコーナーへなぶられ飛ばされ、
あわや逆転KO負けか、
とファンをはらはらさせるほどの大ピンチを、
見栄もなにもかなぐり捨てたクリンチで生き延び最終ラウンドをむかえる。

が、驚くべきことに、このシーンを飯田は、
「あとでビデオ見るとすごく危なく見えるんですけど、
あれ、ボクは倒れるなんて全然思ってないんですよね。」
と苦笑交じりに語り、戦友・辰吉丈一郎は、
「(飯田君のボクシングは)基本的には変わらん。
ただ、ハートが今までと違ったね。」と証言する。

端整なマスクが鼻骨を折られ台無しになるほどの打たれ方、
命綱の足はローブローの影響で痙攣し使い物にならず、
それでも考えていたのは勝つことのみ、
ダウン、ましてや逆転KO負けなぞ頭の片隅も掠めなかったという・・・。

誰がどこを見てこの男に「アイドル」などという
見当違いで無礼なスラングを付けたのだ・・・。

宿敵の強打を容赦なく浴び、
ふらつきながら足を止めず
ダウンを断固拒み続ける飯田の執念は、
きっちり最終12ラウンドのゴングまで切れることはなかった。

竹原・渡嘉敷ら3人の世界王者を世に送り出した
名伯楽・福田洋二が飯田に課したハードトレーニングには
重大なテーマが内包されていた。

ロードワーク・ダッシュ・筋トレ・サンドバッグ・ミット・スパー・・・
あらゆるトレーニングで「ラスト30」「ラストラウンド」と徹底して
『最後の局面』に重きを置くという福田イズムは
飯田の明晰な頭脳にしっかりと根をおろしていた。

決着のジャッジメントは115-112、115-111、114-113で・・・

「3対0、WBA世界Jr.バンタム級、ニューチャンピオン・・・!」

中山善治リングアナウンサーの声は歓声にかき消された。

勝利者インタビューの時には既に
福田トレーナーの姿がリング上から消えていた。

彼のポリシー、
「拍手喝采は選手のもの。自分は手助けしただけ」。

程なく、福田門下4人目の世界王者となって
控え室に戻ってきた飯田は、真っ先に師に抱きつき号泣した。

ひとしきり泣き終え、嗚咽交じりにインタビューに答えて曰く、
「長かったです・・・新人王獲っても、日本王者になっても、
アイドルアイドルって言われて・・・
いつになったら認めてもらえるんだろうって・・・」

自らペンとノートを執り、福田トレーナーの発する一語一句を書きとめ、
独自に栄養学やコンディショニングなどを勉強する頭脳派にして、
これと思ったものは実践に移す行動派。

サンドバッグやミットを打つときは、
途中から汗が出なくなるのでは?というほど熱心に打ち込み、
最後の一発を叩き込むと精根尽き果てその場に倒れ込むほどの真剣さ、
そして、そんな激情を
「お前がいくらきついとかしんどいとか言っても俺は負けねぇぞ」
と笑い、真正面から受けてくれる師との出会い・・・。

グローブを手にするときその目には、
普段は表に出すことが少ないであろう、
熱い、本当に熱い想いが燃えていた。

飯田覚士の戴冠と同じ時代にいたのは幸運なのかもしれない。

いわれのないバッシングを耐え抜き、
一見飛び抜けた輝きのない、
他人の2倍3倍の努力で構築したそのスタイルで世界の頂点に立ち、
2度防衛・それも指名試合をクリアという文句のない実績は、
「報われない努力など存在しないんだ!」
という強烈なメッセージを具現化してくれたのだから・・・!

(toshi氏)



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