坂本博之
デビュー当時に右拳を骨折したのだが
坂本にとってプラスに働いたといえる。
左ブローの練習を繰り返し
生涯の主武器となる必殺の左フックを習得したのだから…
ボクシング・スタイルは
上体を揺すりながら、相手に接近し
重い左右フックをたたきつける強打者タイプ。
「平成のKOキング」
「和製デュラン」
強敵リック吉村を倒した頃から
坂本はそう呼ばれるようになる。
初防衛戦、無敗の変則ファイター安藤をボコボコに殴った末
レフリーストップでの勝利を収めた坂本。
直後の勝者インタビューでは
自分のパンチに対する自信とKOへの強いこだわりが滲み出ていた。
「次は相手が5分くらい寝てるようなパンチを見せますんで…」
そしてその後も、その発言に恥じない戦いぶりで
我々ボクシング・ファンの心を揺さぶり続けるのだ!
1階級上の現役日本王者、タイ国王者、そして前世界王者ファンマルチンコッジ…
強敵相手に苦戦を経験しながらも着実に力を付けていく。
準備万端で迎えた世界挑戦だったが
強豪ひしめくライト級の壁は想像以上に厚かった。
最初の世界戦は、自慢の強打が警戒されてしまい
不発に終わる。(2-1判定負け)
2度目の世界戦では得意の接近戦をクリンチで封じられる。(判定負け)
タイプがはっきりしている坂本だけに、王者陣営の対策も万全だったといえよう。
だか2試合とも、決して
坂本の評価が落ちる内容ではなかった。
平成12年3月、坂本は3度目の世界に挑んだ。
…両国国技館2階席の片隅に
手書きの応援団幕が下がっていた。
坂本が少年時代に過ごした養護施設、
和白青松園の子供達が応援に駆けつけたのだ!

「昔、日本王者になる前に
ひょっこりと施設に来たんです。
自分が何者か伝えずに
子供達と楽しそうにボール遊びしてましたよ…」
(渡辺勝美園長)
チョコレートをダンボールいっぱい持ってきた
お兄さんの勝利を信じて
声を枯らして応援する子供達…
そして坂本の強打が初回からいきなり爆発する!
技巧派王者セラノから2度のダウンを奪ったのだ!

これまで坂本の歩んできた道程、気が遠くなるような努力、
心から勝利を信じている子供達の声…
両国国技館のファンは坂本の悲願達成を
100%確信して狂喜乱舞した。
が、セラノも一方的に打ち負けたのではなかった。
ピンチの最中、必死の反撃を慣行しており
坂本の左目視力を完全に奪っていたのだ!
結局、それが勝敗を分ける原因となってしまう。
5R終盤、両目の腫れた坂本はポイントをリードしたまま
レフリー・ストップによる無念のTKO負け…
坂本はその夜
子供達が宿泊するホテルをこっそり訪れた。
そこでこう約束している。
「もう一回、チャレンジする!」
坂本は再び、新世界を目指す!

子供達は色紙に応援メッセージを書いたり、
手作りのチャンピオンベルトを作って坂本に送った。
「今の俺にとって、一番の宝物」

「本物のベルトよりも豪華かも知れないね」
彼の寝室は、ファンからの
想いでいっぱいだ!
心優しき男、坂本博之が本物のベルトを巻く姿を熱望しています!

続く畑山戦、坂本は倒れた。
その悲運が一層濃く感じられた…

逆転を狙った坂本渾身の左フックだったが、
余力のある佐竹がアゴの先端にカウンター。
大一番で黒星が続き、苦しい状況の我らが坂本。
坂本物語の結末、我々は見守るしかない…
|
皆さんの坂本選手に関する文章を募集しています。こちらまでお願いします! |