恵子と陽子の付き合いは、小学校4年生の時からだからもう7年になる。
その間に色々なことがあったが、恵子にとって一番頭が痛いのは、恵子の母親と陽子が
恵子もうらやむくらい仲良くなってしまったことだ。
何かに付けて、陽子と二人で同盟をつくり恵子を撃退する。
音楽のジャンルも恵子はポップスがいいといえば、二人ともジャズがいいというし、
恵子は紅茶党で二人はコーヒー党。本当に一々逆らうのだ。
恵子は昔から絵を描くことが好きで運動は苦手、二人はスポーツ大好き。
これではどちらが本当の娘なのかわからなくなる。
だから、今回のフィットネスクラブに入会することについて、『陽子が行きたいんなら
恵子も付き合いなさい』と逆に命令されてしまった。
その上、陽子と一緒にレオタードやシューズを買いに行くよう万札を5枚も押し付ける。
『絶対にアプリケーションソフトの資金に回すんじゃないよ』としっかり念も押された。
恵子は福沢諭吉の顔をみつめながら、目の前が真っ暗になっていくような気がした。
派手な色彩が店内中に溢れている。ショッキングピンク、蛍光グリーン、きらきら光る
ラメ入りのマーブル模様。奇麗に磨き上げられたフローリング。スポットライトでさらに
強調されるディスプレイ。BGMは少々古いがテンポの速いラップ。
そこにいるだけで自然と体が踊り出してしまうような独特な雰囲気が溢れている。
陽子はあちこち飛び回りながら、数着のレオタードを掻き集めてきた。その中には見た
だけで恥ずかしくなるような超ハイレグというより、下半身部分がひものような過激なも
のもあって、恵子は顔が真っ赤になってしまう。
「バカね、スパッツの上から着るのよ。で、なければエアロビどころか人前に出られない
じゃない」
陽子に教えられて、変な想像をしていた自分が恥ずかしくなった。
「恵子は、ピンクと黒でコーディネートすれば似合うと思うな」
そう言いながら、恵子にパステルカラーのピンクのレオタードと光沢のあるスパッツ、
トップス(しかも、ご丁寧にBカップ)を押し付けた。
「先にフィッティングルーム行ってて、私もすぐに行くから」
そう言いながら陽子は、またレオタードのコーナーへ行ってしまった。
「もう、別に普通のウエアでいいのに」
恵子は文句をいいながらも、フィッティングルームに入った。
制服のブラウスを脱ぎながら、鏡に写る自分のプロポーションが気になった。
(最近、ちょっと太ったかな?)
恵子はどちらかというと着痩せするタイプらしい。制服を着ていると、少し細く華奢に
見える。胸が大きい方ではないのでそう見えるだけなのかどうかは分からない。
けれど下着姿になると、一応ちゃんとバストがあるので太って見えるのかも知れない。
もっともバスト78センチでBカップでは、アピール度は低いが…。
陽子が持ってきてくれたスパッツを着る。…きつい。ヒップをつぶされている感じで
動けない。
(やばぁ、またヒップだけは成長してくれたのね…)
サイズはMだった。
(えーん、スパッツだけはLにしなくちゃ…やっぱり、椅子に座ってばかりだから
かなぁ)
恵子はブツブツ言いながら、それでもレオタードを着てみると自分でも『いいなぁ』
と思った。
その気になって、髪をかきあげポニーテールにしてみる。そこには、いままで見たこ
とのない自分がいた。
カーテンから顔だけ出して陽子を探す。
「どう?着替えた?」
と、鮮やかなグリーンと細かいラメの入ったブルーが賑やかなレオタードとスカイブ
ルーのスパッツに、腰には黄色のリボンをつけた陽子が、ちょうどとなりの部屋から
出てきた。
胸は、裸の時(よく一緒にお風呂に入るので何度も見ている)よりボリュームがあって、
ふっくらとして形がよく、ハイレグの効果か足が長くきれいに見えた。
ぼーっと陽子を見つめていた恵子は、ついさっき『いいなぁ』と思った自分の姿と次元が
違うので、悲しくなってしまった。
「どれどれ、見せて」
「やぁー!」
陽子がカーテンを開けようとするのを必死で抵抗してしまう。
「なんでよ。恵子のレオタード姿、絶対きれいだよ!」
「ややや!私、やっぱりやめるぅ!」
「み・せ・て・よ!」陽子は力いっぱいカーテンを開き恵子をながめた。
「やだって言ってるでしょ!陽子のイジワルぅ」
陽子は返事もせず、じっと恵子のレオタード姿を見ていた。
「もう、やめて!着替えるから!」
恵子は涙を浮かべながらどなった。
「きれい…ううん、格好いい」
陽子は目をキラキラさせながら、恵子のいるフィッティングルームに入ってきた。
「よ、ようこ?どうしたの?こ、こわいよ。目が…目が、ヘン…」
「私がもし男だったら、このまま押し倒してるかも…」
「おいおい!陽子!」
言われている意味がわからないまま、恵子は奥に逃げた。といっても狭いフィッティン
グルーム、すぐに陽子に捕まえられて、
「恵子、素敵素敵、とってもかわいい!」
と、力いっぱい抱きしめられた。
「ようこぉ!いたい、いたい」
「ね、ね、絶対一緒にエアロビやろ。ねぇ恵子ぉ」
「わ、わかった。わかったから離して」
陽子は未練がましく、それでもシブシブ恵子を解放した。
「陽子もとっても格好いいね。うれやましいな」
「え、恵子の方が素敵だよ」
「私なんか、プクプクした感じで胸だってあまりないもん。陽子は背も高いし胸だって
大きくてかっこいいし、とっても奇麗だよ」
「本当?恵子がいいっていうんなら、これにしよっと。恵子もそれにしなよ、絶対とって
も似合ってる」
「うーん、でもね。お尻がきついの、これ」
「そんなことないよ、それが普通だもん。それにシェイプアップパンツになってるから、
みんなちょっときつく感じるんだよ」
「そうなの?…よかったぁ。私、お尻だけ大きくなったのかと思っちゃった」
「それで、さっきやめるなんて言ってたのね」
「うん(ioi)」
恵子は素直に認めた。
そして、シューズとヘアバンド、陽子とお揃いの水着を買った。
入会金はない替わりに会費を3ヵ月分前払いしなければならない。
結局、手元に残ったのは4千円弱だった。
他に小物を買っても5万円で足りただろう。憎らしいが、我が母親ながらこういう読みは
素晴しい。
うまくいけば、アプリケーションソフトの1本ぐらい買ってやろうという、恵子の計画は
はかなく消えた。
なんだかんだ言いながらも、恵子は家に帰ってからもう一度着てみた。
ドレッサーの前に立つ。スタイルはいままで思っていたほど悪くない。水着以外、ライン
がはっきり出る服はあまり着ていなかったせいか、レオタード姿の自分が自分じゃないみた
いに思えた。
「もう少し引き締まれば、きれいになれるかも」
独り言をいいながら、既にやる気になっていた。
水着も試してみたが、競泳にも使えるシンプルなものなので、ビキニのように胸が小さい
のを気にする必要はあまりないのがうれしかった。
そして、翌日からスポーツに汗を流す二人の姿があった。
<つづく>
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