「泳げ!こいのぼり!」
前編
ジリリリリ〜ン ジリリリリ〜ン
最近ではあまり見なくなった黒電話がけたたましい音を立てて鳴った。
「はい、『万事屋銀ちゃん』。」
『今、身体空いてるか?』
「………、おいおい、普通はまず名乗るだろ。うちの電話には番号表示機能なんてついちゃいねえんだから。」
『分かんねえのか?』
「いや、分かってるけど。」
『じゃあ、必要ねえだろう。こっちは忙しいんだ。で?』
「ああ、身体?何、色っぽいお誘いなら大歓迎だけど?」
『仕事の依頼だ。』
「仕事…ねえ。」
銀時が仕事と口にした途端、新八がそばに駆け寄ってきた。
「誰ですか?土方さんですか?仕事なら引き受けてくださいね。」
『ヒマそうだな。』
「む。」
『明日、大江戸川の河川敷に来い。仕事内容はそこで説明する。』
「んな、一方的に…。」
「はい!!必ず行きます!!」
銀時から受話器をひったくるように奪い取って、新八が叫んだ。
「………はあ?」
「だから、コレを見てえんだとよ。」
「コレ…って………コレかよ!?」
「コレだ。」
苦々しい顔で頷いた土方の言葉に、銀時は目線を上に上げた。
「………まあ、壮観っていやあ壮観だけどよ………。」
一級河川である大江戸川の河川敷のこちらとあちらに何本も高いポールを立て、ロープが渡されている。
それにつなげられて風にたなびくのはものすごい数の鯉のぼりだった。
毎年恒例の端午の節句にちなんだイベントで、2週間ほど前から設置されている。
周囲には何軒か屋台も並び、ほのぼのとした光景を作りだしていた。
この光景をTVで見たアノ人が、是非とも実際に見たいと言い出したのだという。
「………ヒマなんだねえ、将軍って。」
「………ヒマってことはねえんだろうが………。」
ただ城の中での窮屈な暮らしには飽き飽きしているのだろう。
「け、けど、将軍様の警備を僕たちがするなんて…。」
新八が気おくれするように言うと。
「今は連休の特別警戒中で、真選組から出せる人員は限られてるんだ。」
土方の言葉を証明するかの様に、彼が連れてきた隊士は10名ほどだった。
雪山の時の総動員の様子からすれば、警備としてはかなり心もとない。
「相手が相手だけに誰にでも頼めるものじゃねえし。その点お前たちは何度か面識があるわけだし、将軍様も目立ちたくないと言ってるしな。秘密厳守の上少数精鋭で頼む。」
それはかなり信用されていると取ってもいいのだろうか。
銀時が内心面映ゆく思っていると。
隊士たちは土方の指示で、将軍が陣取る場所をセッティングしたり、周辺の不審物などの捜索をしたりと準備を始めた。
目立ちたくないという将軍の意向がどれだけ反映されるだろうか?
警備する側としては、ある程度仕方ないとはいえ周辺をウロウロする黒い集団は思いっきり目立っていた。
それでもまさか将軍様がこんなところに来るとは思っていないのだろう、ちょっとした有名人かどっかの大企業のお偉いさんが来るんだろうくらいな感じで、少々迷惑そうな顔をしつつも人が大勢集まってくることはなかった。
鯉のぼりの下にたむろする人たちからは少し離れた場所に大きなシートを敷き、なるべくそこから出さないようにとか言われつつ将軍の到着を待っていると。
土手の上に、のどかな風景とは不釣り合いの黒塗りの高級車が止まった。
「目立ちまくりじゃねえかよ………。」
銀時がため息交じりに言うと、新八が笑った。
「そうですけど…でもほら、目立ってるのはあの警視総監の方ですよ。将軍様は一応町民の格好してますし…。」
「あ!!!そよちゃん!!!!」
それまで仕方なしについてきた風だった神楽が、嬉々として声を上げた。
松平公と茂茂に続いて出てきたのは茂茂の妹のそよだった。
駆け寄った土方が何事か話し、シートの方を示すと3人はその後についてこちらへやってきた。
「そよちゃん!」
「神楽ちゃん!」
駆け寄った二人は嬉しそうに手を握り合った。
「元気だったアルか?」
「はい。神楽ちゃんも。」
「うん!」
そんな二人の様子を穏やかな顔でみている土方と茂茂。
銀時たちの紹介がなされたあと、一行はシートのところへとやってきた。
しばらくすると、仕出し屋から3段がさねの重箱が届いた。
中には豪華な料理が詰められており、その他酒やつまみも届けられた。
そして、どう見ても神楽用の大きなおにぎりも風呂敷に包まれて届けられ(屈強な男が担いできた)、思わず銀時は土方を振り返った。
「あれ、神楽用?」
「チャイナが重箱の弁当食ったら、将軍様の分がなくなるだろうが。」
「いや、そうだけど…。」
ただの警備の人間のために、握り飯?
それにこのほのぼのとした空気。
『警備』といわれて想像した緊迫感などかけらもない。
しかし、まあ。
目の前に並べられた美味そうな料理と酒を遠慮するのももったいない話だ。
一応飲み過ぎないようにと加減をしつつもご相伴にあずかることにした。
ひとしきり食べて飲んだ松平公は、一度仕事に戻ると言ってこの場を離れた。
「土方も少し飲んだらどうだ?」
「いえ、仕事中ですので。お相手ならそのマダオがします。」
「ちょ、マダオはないよね!!」
部下に何か指示を出しに土方が場を離れる。
茂茂は、二人のやり取りをにこにこと聞いていた。
「良いものだな。友人というのは。」
「友人〜〜!?」
「私には、そのように軽口を言える相手がいないのでな。」
そういいつつ、茂茂は河原に生えている草花を摘んで楽しそうに遊ぶそよと神楽を見やる。
二人のそばには新八もついていて、花の冠か何かを作っているようだった。
「そよも楽しそうだ。」
「結構年が離れた妹さんデスネ。」
「父には側室が何人もいたのだ。そよとは母親が違う。」
「…へえ。」
「しかし、父も亡くなり私の母も亡くなった。側室たちもすべて城を出され、今となっては私には家族といえるものはそよしかいない。」
「………。」
「あれも大人ばかりの中で寂しい思いをしているだろう。私がもう少し相手をしてやる時間が取れればいいのだろうが………。」
そう言って茂茂は酒を一口口に運んだ。
「いや、言い訳だな。忙しさを理由にほったらかしにしてしまっている。」
「…もしかして、今日鯉のぼりを見たいなんて言い出したのは、あの子のため?」
「そうだ………いや、私のためだろう。年が離れている上、普段はほとんど顔を合わせることはない。いざあの子と関わろうとしても何をしていいのか何を話したらいいのか分からないのだ。」
そう言って茂茂は溜息をついた。
「TVでここを中継していて、それを見たいと片栗虎に言ったのは本当だ。その時、片栗虎は『車を出す』と言ってくれた。」
特に何があるイベントでもない。
大量の鯉のぼりを見るだけなら、車で乗り付けて少し眺めればそれで終わってしまう。
「それでも私が城から出るとなれば警備が必要になる。片栗虎が土方に話したら…土方が………。」
「あいつが?」
「そよも連れていったらどうか、と言ってくれたのだ。」
「へ?」
「そよとは、花見を一緒にしようと約束していたのだが、あれこれ忙しくしている間に桜は散ってしまってできなかったのだ。土方の話では、そよがとても残念がっていた、と。」
「だから、ここへ?」
「そうだ。それに、そよにはかぶき町に友達がいるから、その子にも会わせてやりたいというし…。」
「………。」
なんで神楽が将軍の妹と知り合いなんだ!?と問い詰めた銀時に、二人が出会ったいきさつを教えてくれたのは土方だった。
茂茂に友人がいないのと同様に、そよにも心許せる友人はいないのだろう。
神楽の嬉しそうな様子を見れば、彼女にとってもそよは大切な友達なのだろうと分かる。
まったく、もう。
『仕事だ』とそっけない電話をかけてきて、無理やり連れ出すような真似をしておいて。その実それは将軍やそよや神楽のためで。
連休中で特別警戒中で大変なのも本当なのだろう。
この場で将軍やそよの身に何かあったら、責任問題にだってなるかも知れない。
それでも、そよを連れていくことを提案できる土方。
すげえよな。
仕事の依頼が神楽を連れだす口実だとしても、少数精鋭っていうのも多分本音で言ってくれているのだと思うから。
しょうがないから、将軍様の警備をちゃんとやりますかね。
そう銀時が内心思った時。
「銀ちゃ〜ん。」
神楽がこちらに手を振っている。
「シートから出るなって言われてるけど、すぐそこならいいんじゃね?」
「そうだろうか。」
「兄上様〜。」
そよも手を振っている。
「行くか。」
二人が立ち上がると、一瞬土方がこちらを鋭く見つめたが、行先が神楽たちのところと分かったのだろう。
了承するかの様に首をすくめた。
銀時と茂茂が神楽たちが遊んでいるところへ行くと、そよが作った花輪を茂茂の頭に乗せた。
「将ちゃん、似合うアル。」
「む、そうか。」
新八の頭には神楽が作ったと思われる、花輪とも思えないような花輪が乗っていて新八は複雑な表情をしていた。
神楽が作ったものだから、外すわけにもいかず。かといっていつまでも頭に乗せていたくない。
「お前も似合ってるじゃねえか。」
「銀さ〜〜〜〜ん。」
どうしよう、と言外ににじませる新八に銀時が苦笑していると。
茂茂とそよが鯉のぼりを見ると言って歩き出した。
大きさも色もバラバラな鯉のぼり。
中には相当年期の入った古い物もある。
並んで鯉のぼりを見上げつつのんびりと歩く二人は、自然と手をつないでいて。
普段あまり接する機会はないのかもしれないが、銀時にはちゃんと兄妹に見えた。
「銀ちゃん、お腹すいたアル。」
「おいおい、さっきでかい握り飯食ったばっかりじゃねえか。」
「屋台から良い匂いが漂ってきますからねえ。」
二人の後をついて歩きながら銀時たちが話していると、茂茂が振り返った。
「そう言えば、先ほど片栗虎が小遣いを置いていってくれたぞ。」
そう言って懐から5千円札を出した。
「おおお。」
「私、たこ焼きが食べたいアル!」
「やっぱ林檎飴だろう。」
「僕は焼きイカですね。」
「そよは?」
「え…と……。」
「屋台見て決めたらいいアル!」
今にも屋台の方へ走って行きかねない様子で神楽が叫んだ。
屋台を指してそこへ行く旨を土方に示すと、行けというように手を振る。
「大丈夫らしいぜ。」
「キャッホウ!!行こう、そよちゃん。」
「はい!」
遠巻きにしつつも、つかず離れずこちらを見守る隊士たちを、幾分鬱陶しく思いながらも数件並んでいる屋台を覗く。
アレがいい、これがいいと、はしゃぐ神楽たち。
やっぱ糖分だろう。そう思いながら、銀時は何となくはためく鯉のぼりを見上げた。
こどもの日か。
楽しそうな神楽とそよを見ていると、珍しく正しい『こどもの日のすごし方』をしている気になる。
天気はいいし、心地よい風も吹いている、いい感じで鯉のぼりも泳いでいるし、連休最後の日の過ごし方としては極上の部類に入るだろう。
………あれ、子供の日…?
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