「FAMILY? FAMILY!」

前編

 

 


 

どどどどど

 


 

大通りの向こうから土煙を上げて何かがものすごいスピードで走ってくる。

「きゃあ!」

「わああ!」

「あぶねえ!」

道端にいた人たちが、慌てて飛び退く。

ふう。

土方は煙草の煙を吐いて。

すう、と息を吸った。

「止まれ!!」

上に乗っている少女にではなく、下の白い大きな犬を睨みつけた。

車ならキキキキと急ブレーキの音が聞こえただろう。

土方の目の前で定春は、は、は、はと息をしながら止まった。

「何で止まるネ、定春!」

「チャイナ、降りろ。」

「私に命令すんなアル。」

「いいから、降りろ。」

渋々、と言った様子でその背から降りる。

「後ろを向け。」

「嫌アル、私が後ろを向いてる間に何か悪さするネ。」

「するか!良いから、後ろを向け。」

神楽の肩を掴んで無理やり後ろを振り向かせた。

「………。」

そこには神楽と定春の猛進が巻き起こした惨状があった。

慌ててよけたはずみで転んだ人、親とはぐれて泣き叫ぶ子供。

店の前に出ていた幟は折れ、庇や看板や暖簾などもボロボロな上埃まみれになっていた。

「謝れ。」

「………。」

「ほら。」

「ごめんなさいアル。」

シュンとした様子に、近くにいた店主が仕方ないなと笑った。

「いいよ、いいよ。…って、まあ、良くはないけど。大きな怪我をした人もいないみたいだしね。」

中には文句を言おうとしていた者もいたが、その場が収まってしまいそれ以上声を上げる者はいなかった。

「で、どうした?」

「………むう。」

身体が大きいせいで、定春は普通に散歩していたって目立ってしまう。

いつもは人の少ない道を選んで散歩していることや、本当に何かあった時以外こんなむちゃな暴走をさせないようにしていることを知っている。

「散歩にしてはずいぶんスピードが速かったが?」

「散歩じゃないアル。」

「どこかに行くのか?」

「別に…。」

「万事屋は知ってるのか?」

「あんな奴、知らないアル。」

「ああ、喧嘩でもしたのか?」

「………。」

膨れた頬が、如実に不満を表していた。

「とにかく屯所へ来い。」

「嫌アル。あんな臭い所。」

「家出した餓鬼を保護するのも警察の仕事だ。」

「餓鬼じゃないアル!」

「家出は認めるんだな。」

「………。」

「…腹、減ってないか?」

「ご飯!食べさせてくれるアルカ!?」

途端に顔を上げる神楽の現金さに呆れつつも、食欲で誤魔化せるうちはまだまだ子供だと心の中で微笑った。

 


 

食堂のおばちゃんに、残り物を全部出させた。

「良く食べる子だねえ。」

呆れたように言ったおばちゃんは、冷蔵庫の整理ができると大喜びで次から次へと食べ物を出してくる。

「おばちゃん、おいしいアル。」

「そうかい、たんとお食べよ。」

しばらくして満足したのか、神楽は大きなゲップをして箸を置いた。

「ご馳走様アル。」

「はいよ、こっちも冷蔵庫が見事にすっからかんになったよ。梅雨の前に整理したかったから良かったわ。」

カラカラと笑うおばちゃんに礼を言い、庭へと神楽を誘う。

そこでは定春が昼寝をしていた。

縁側に並んで腰かける。

「で?喧嘩の原因は何だ?」

「むう。」

再び頬を膨らますが、満腹になってずいぶんと機嫌も良くなって来ているようで、事の顛末を話しだした。

『銀ちゃんの足が臭いアル』から始まって、仕事が少ない。パチンコばかりしている。挙句の果てにはTVの再放送が面白くない。など、それは銀時のせいではないだろうと思われるものまで。

神楽の話はすぐに脱線し、どこへ行ったか分からなくなり、気づくと違う話になっている。それの繰り返しで、とにかく要領を得ない。

「…で、結局何なんだよ?」

「銀ちゃんは私を子供扱いするアル。」

「そりゃ、子供だからな。」

「私はもう、子供じゃないアル!いっぱしの大人ネ。大人の女アル!」

必死で叫ぶ神楽。

まあ、微妙な年齢に差し掛かっては来ているか…。

数年前の総悟を思い出し、内心溜息をつく。

「夕べの仕事のときだって…。」

夜の店での用心棒の仕事だった。

男手が必要だったこともあり、銀時と新八の二人で仕事をしてきた。

銀時は『手が足りねえならともかく、二人でいいと先方が言ってるんだから新八と二人で充分だろう』と主張した。

しかし、神楽にしてみれば初心な新八が行くよりも、自分が行った方がずっと役に立つはずだ。との思いがある。

『日頃から夜更かしは美容の大敵だとか言ってんじゃねえか。風呂入ったら寝てろ。』

そう言って銀時は新八と二人で出かけて行ってしまった。

残された神楽は、怒り心頭で眠れない!…………と思っていたのに気付いたら眠っていて、朝布団の中で目が覚めた。

自分で布団の中に入った覚えはないから、仕事から帰った銀時が押し入れのなかに運んでくれたのだろう。

話を聞いた土方は、内心溜息をついた。

銀時に子供の面倒が見れるのか?と常日頃から疑問に思っていたのだが、案外ちゃんと大切にしているではないか。

なのに、それを不満に思われているなんて…。とことん哀れな奴。

「それに変なオッサンに付いて行っちゃいけないとか。」

「誘拐されたら困るしな。」

「男はみんな獣だとか。」

「…お前にゃまだ早ええが、そう思っておいた方がいいかもな。」

「うるさいネ。何かっていうと口うるさく言うアル。」

「親なんてそんなもんだろ。」

「銀ちゃんは親じゃないアル。」

「そりゃ本当の親は星海坊主だろうけど、今はあいつが親代わりだろうが。」

「だけど、そんなにうるさく言われなくたって私は大人だから大丈夫アル。」

「………。」

明らかにカラ回っている。

「うちの隊士にな、造り酒屋のボンボンがいるんだが。」

「………え?」

「毎年実家の親が大量に酒を送ってくれる。みんな宴会好きだからな、本当に助かってる。」

「それが、どうしたアル。」

「酒と一緒に、親からの手紙も届くんだ。なんて書いてあると思う?」

「んんん?」

「『このお酒を隊の偉い人に渡して、目をかけてもらいなさい。』だとさ。」

「賄賂アル。」

「その隊士は優秀だ。まあ、まだ隊長にしてやれるほどじゃねえが、特に俺らが目をかけなくたって自分の働きでそのうち頭角を表してくるだろう。」

「じゃあ、賄賂はいらないアル。」

「そうだな。その隊士も俺にその手紙を見せながら笑ってたよ。『目なんかかけてくれなくていいから、酒だけ受け取っておいてくれませんか。』ってな。」

「何でアル?」

「子供が幾つになろうと、子供のために何かしてやりたいって思う親心まで潰すことねエだろ。」

「………。」

「余計な世話だと思ったって『ありがとう』って受け取っておけばいいじゃねえか。」

「………。」

「子供のために毎年美味い酒を造って送る。それが張り合いになっていつまでも元気で働けるならその方がずっといいだろ?」

「………。」

「万事屋が不器用でも、お前の親代わりをちゃんとしようって頑張ってんだ。『子供扱いして』と不満に思うこともあるかも知れねえが『ハイ』と聞いてやるのも親孝行だろ。」

「…でも、でも、本当は……。」

「ん?」

「本当は私が邪魔なんじゃないかって…。子供だから、役に立たないから、だから家に置いていったんじゃないかって…。」

ああ、そう言えば。

この子はひどく寂しがりな子供だったな、と思いだす。

以前、柳生邸に行った時も銀時の姿が見えなくなったとたんにオロオロとし始めた。

「まあ、しばらくここにいろ。」

「何でアルか?」

「どこか行く宛てがあるのか?」

「………。」

「俺は、ちょっと出てくる。」

「銀ちゃんの所に行くアルか?駄目アル!」

「大丈夫だ、万事屋へ行くわけじゃない。お前のことも言わない。」

「新八のとこも駄目アル。」

「分かってる。メガネにもお妙さんにも、下の女将にも。とにかくお前がここにいることは誰にも言わない。」

「じゃあ、どこに行くあるか?」

「さっきおまえが暴走したところにな。様子をちょっと見てくるだけだ。」

「………。」

「退屈なら………ほら、遊び相手が来たぞ。」

「あああ!沖田!」

「チャイナ!?」

「くれぐれも屯所や周辺の物を壊すなよ。」

そう言って土方は屯所を出た。

 


 

 

 

 

20110520UP

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