「また、あした。」 1

 

 

 

どん、と人がぶつかってきた。

「お?」

「っ。」

とっさに抱きとめた時に香ったのは、やわらかな香水の匂い。

驚いて銀時を見上げた顔は、恐ろしいくらいに整った美人だった。

 

 

その日。銀時は暇だった。

いや、その日も…と言うべきか…。

このところ大きな仕事が舞い込んでくることもなくて、業を煮やした同居する少女や通いの従業員の少年に『仕事探してこいや!!』と家を追い出されたのだ。

「いや、探して来いって言われたってよ…。」

こういうことは探してどうなるものでもねえだろ、と銀時は思う。

仕事が来るときには仕事して、無ければ倹約生活。

今までそうしてきたんだし、それで良いんじゃね?

ただ、まあ。

自分一人ではなくなった以上、さすがにそこまで気ままではいけないのかな…とも思う今日この頃。

何しろ同居の少女は多飯食いだし、ペットは規格外の大きさでそれに見合った量を食べる。

一応、顔なじみの数人に『仕事ねえ?』と聞いてはみたが、『今は間に合ってるよ』とのそっけない返事。

さて、どうすっかな〜。

とりあえず人の多い場所に出てはみたものの、仕事にありつけそうな見込みはなさそうだ。

溜息をつきつつ、がしがしと頭をかいていた。その時に。

どん。

と、人がぶつかってきたのだ。

「お?」

「っ。」

とっさに抱きとめた時に香ってきたのはやわらかな香水の匂い。

女か…。

「大丈夫か?」

「………。」

は、っと銀時を見上げたその顔は、恐ろしいくらいに整っていた。

ファンだと公言してはばからないお天気お姉さんより美人かも…。

ドキリとした気持ちは誤魔化しつつ、『怪我は?』と聞くと。

慌てたように、辺りを見回した。

そして、そのまま行ってしまおうとする。

「ちょっと待った〜。」

がっちりと腕をつかむと、美人の眉間に皺が寄る。

「あんた、人にぶつかっておいてその態度はねえだろう?」

本気で文句をつけようと思ったわけではない。

ただ、このまま離れてしまうのがもったいないような気がしたのだ。

「っ。」

後ろの方を気にしつつも、さすがにこのままでは無礼だと気付いたのだろう。

「す、」

「んん?」

ウウン、と咳払いをし、喋りづらそうに『すみません』とつづった声は、いやにハスキーというか掠れているというか…。

「あんた、その声…、風邪でもひいたの?」

「は、はい。」

「ふうん。」

綺麗な声もいいけれど、少し掠れたアルトの声も案外ぐっと来るものだ。

内心そんな風に思っていると、『では。』と言って行ってしまおうとする。

「ちょっと待てってば。」

きりり、とまた眉間に皺が寄る。

あらら、美人が台無し。…いや、これはこれでいいかも…。

「さっきからみてればさ、あんた、あの子のこと追いかけてるわけ?」

彼女がずっと気にしているのは、数軒先にある雑貨屋で友達と楽しそうに商品を見ている女の子だった。

こくり。と不本意そうに頷く。

「なに?あの子。普通の子じゃん。まさか、誘拐しようとか?」

ぶんぶんぶん。と慌てたように首を振る。

そんなに必死に否定しなくったって、ちょっと冗談で言っただけなのに…。

生真面目らしい、彼女を微笑ましく見つめる。

「上司の、お嬢さんで…。」

相変わらず喋りづらそうに彼女が説明する所によると。

親馬鹿の上司が、友達と買い物に行く約束をしてきた娘を尾行しろと言いだしたのだという。

友達と買い物、と言ってはいるが、実は男と付き合っているのではないか…と疑っているというのだ。

「尾行…って…。じゃあ、何?あんたあの子が家に帰るまで後付け回すって訳?」

「………はあ。」

大きなため息をつく。

「そりゃあ、なんつーか。ご愁傷様…。」

はあああ。ともう一度大きなため息をついて、彼女は銀時の傍を離れた。

腕の中からなくなってしまったぬくもりを惜しいと思いつつ、彼女を眼で追う。

すると、すぐに男が数人彼女の後をつけ始めた。

「あれ、これ、ヤベエんじゃねえ?」

ポンポンと彼女の肩をたたいた男たちは、口々に彼女を誘う。

断っているらしい彼女の腕を強引に引っ張ろうとする。

お!

引っ張られる力を逆に利用して相手を投げ飛ばす。

ヒュー、やるじゃん。

「何しやがる!」

途端に連れの男たちが声を荒げて、わっと、騒ぎになる。

「コレ、俺チャンスじゃね?」

に、と笑った銀時は面倒臭そうな態度はいつものまま、少しだけ逸る心を押さえつけて騒ぎの輪に突っ込んでいった。

「はい、は〜い。ストップストップ〜。」

「何だてめえは!」

「いや、この人のボディガード何だけども。」

「ボディガードだあ!?」

「そう、実はこの人は将軍家にも通ずるさる名家のお嬢様なんだけどね、今日はお忍びで町をご覧になりに来たんだよね。ボディガードが始終くっついてるのも無粋だからさ、ちょっと離れた所から見てたわけなんだけども…。ねえ、君たち〜。この人に何かしようものなら、あとが怖いぜ。なんせ、比類ないくらいの名家だからねえ。」

「…っ。」

大して根性のない街のゴロツキは、それだけでちょっとビビったらしい。

一見身分制度など無いような世の中を装っているけれど、身分の差は歴然とそこにある。

将軍家にも通じているのならバックに天人が付いているかもしれない。恐らく一瞬でそこまで考えたのだろう。

男たちは、威勢も良くない捨て台詞を吐いて行ってしまった。

「あんたさあ。」

銀時が彼女に言葉をかけようとしたとき、彼女が銀時の胸に顔を寄せる。

「へ?」

どどどど。

ものすごい勢いで体中の血が巡っているのが分かる。

「こっちを、見てる。」

ハスキーな声で冷静に言われて。は、と顔をあげれば、彼女の上司の娘とか言う子が、こちらを見ていた。

けれど、すぐに視線を外し友達と何事か話しながら近くの喫茶店へと向かって行った。

「大丈夫みてえだぜ。」

「………。」

「あのさあ。実は俺、万事屋ってのをやってるんだけど…。」

「………。」

「あんた、俺を雇う気ない?」

「え?」

きょとんとこちらを見るその顔が、ヤバいくらいに可愛い。

「あんたさあ、自覚あるのかないのか分かんねえけど、すっげえ美人なんだぜ。一人で歩いてたらさっきみたいな輩に次々絡まれるよ。」

「………。」

小さくついた溜息。多分もうすでに何度か絡まれたのだろう。

「な、俺を用心棒?彼氏役?何でもいいけどさ、連れてれば風よけになるんじゃね?」

「………。」

「何度も騒ぎを起こしてたら、いつかあの子にもバレちまうかも知れねえぜ。」

「………。」

仕方がない。と彼女は頷いた。

やった。これで、ターゲットの子が家に帰るまでは一緒にいられる。

早速、女の子が友達と一緒に入った喫茶店に入り、向こうからは見えない席を選んで座る。

「あ〜、俺金ねえけど…。」

「いい。」

ここは出す。という彼女に安心してメニューを眺める。

さすがにファミレスとは値段設定が違う。

「チョコレートパフェ」

というと、ぷ。と彼女が笑う。

くくく、とメニューの向こうで揺れる肩。馬鹿にしているのではなく、ただ楽しんで笑っているらしい。

ああ、ヤベエ、笑った顔はさらに可愛い。

しばらくして、銀時のチョコレートパフェと彼女のコーヒーが運ばれてくる。

銀時の前にコーヒー。彼女の前にチョコレートパフェが置かれる。

くくく。

またしても笑ったまま、彼女はそっとチョコレートパフェを銀時の前に置き直した。

改めて正面からその顔を見れば、少しきつい目元がいかにも涼しげな美人だ。

銀時とさほど変わらない身長は、女性としては少し高目か。けれど、すっきりと細い身体が大柄には見せない。

そして、濃いグリーンがふんだんに使われている着物に全く負けることなく、ちゃんと着こなしているあたり、モデルか何かをやっているのか?と思わせるような姿だ。

「あれ、そういえばあの子…どこかで見たことあるような気が…。」

ターゲットの子を見て、銀時がそういうと、ピキと彼女の顔が固まった。

「………て、あの子…、警視総監の娘じゃなかったけ…。………え、上司…って警視総監?…じゃあ、あんた警察官!?」

「………。」

気まずげに泳ぐ目線。

「婦警さんか、どうりで。さっき絡んできた男を投げ飛ばしたとき様になってたしねえ。」

そういうと、何か言いたげな顔でこちらを見てきたが、結局は何も言わなかった。

というか、風邪で喋りづらいせいか、とにかく口数が少ない人だ。

「で?俺はあんたを何て呼んだらいいの?」

まだ名乗っていないことに初めて気づいたのか、は、と銀時を見返してくる。

少し考えた後、『トシ』と小さく言った。

「おトシさん?…じゃあ、おトシって呼べばいいかな?」

そう言うと、うん。と頷く。

「俺は銀時ね。」

銀時が自己紹介すると、困ったように首を傾げる。

「呼び方は何でもいいよ。銀ちゃんでも銀さんでも、それこそ銀時って呼び捨てでも。」

それでもしばらく迷っているようだった。

そんなに悩むことだろうか?と銀時が思った頃。

「銀さん。」

と、ひどく喋りづらそうに言った。

 

 

 

 

 

 

 

20110529UP

NEXT

 

 

 2 へ