「また、あした。」 2

 

 


 

「特別任務だ。」

松平に呼び出されそう言われた時、土方は嫌な予感にその場を逃げ出したくなった。

逃げ出さなかったのは近藤も一緒にいたからで。

人の好い彼はきっと下らないであろう『特別任務』を引き受けてしまうだろう。

近藤の良く分からない説明を聞くより松平本人から直接事情を聞いた方がまし。…それだけだった。

父親として年頃の娘が心配なのはわかる。けれど、この人はいつだって度を越している。

『友達と買い物』がどうして『彼氏が出来た』に変換されるのか良く分からない。

「だからよう、明日の放課後の栗子の様子。見てきてくれよ。」

有耶無耶のうちに結局引き受けることになってしまっている…。

「任せてくれよ!」

親指を立てて景気よく笑う近藤の隣で土方は大きなため息をついた。

 


 

「明日非番なのは、土方さんじゃねえですかぃ。」

「だからって、俺かよ!」

「下手に下っ端の隊士を付けてバレたり、何かあって怪我させたりしたらどうすんですかぃ。」

「………。」

松平からは、しつこいくらいに尾行しているのがバレないようにしろと言われていた。

バレたら嫌われるのだそうで、だったら止めればいいのにと土方は苦々しく思う。

そして、仮にも『真選組』が尾行しているときに栗子の身に何かあったら責任問題になるだろう。

「俺、行ってもいいぞ。」

近藤が明るく笑う。

「近藤さん。お妙さんと遭遇しても、あの子の尾行を続けられんのかよ?」

「あ〜。」

明後日の方を向いて米神をポリポリと書く。

まあ、期待しちゃいなかったけどよ。

たった1日。ほんの数時間で済むのなら我慢するしかないか…。

そう思い『分かった』と土方が頷くと、途端に沖田の目が煌めいた。

「だったら変装しなけりゃいけませんねぃ。」

「はああ!?変装!?」

「相手はあんたの顔を知ってるんですぜぃ。」

「グラサンでもかけてきゃいいだろうが。」

「女の子が買い物に行くような店にグラサンの男がくっついてったら一発で通報されやすぜぃ。」

「………。じゃあ、どうしろってんだよ。」

「そんなの決まってまさぁ。女装しかねえでしょう。」

「はあああ!?女装!?」

「女ばっかりの所に入って行って平気なのは女でしょう。」

コレ常識。と言われて、いや、手前に常識云々を言われたかねえよ。と思う。

「大体あんた自身だって女装の方が都合がいいでしょうに。」

「何でだよ?」

「幸か不幸か『真選組の副長』はそこそこ有名ですからねぃ。あんたが私服で女の後を付け回してるなんて誰かに気づかれでもしたら、変質者呼ばわりは確実。あっという間に江戸中に噂が広まりますぜぃ。」

「………。」

『鬼』と言われようと何と言われようと大して気にもならないが、さすがに『変質者』と言われるのは勘弁してほしい。

土方の肩が落ちたのを見て、沖田は嬉しそうに山崎を呼んだ。

「お〜い。女装道具一式持ってきねえ!」

「誰が女装するんです?」

沖田が嬉々として事情を説明し、山崎は倉庫から女物の着物一式を持ってきた。

「鬘もあった方がいいですよね。」

山崎にやらせている急ぎの調査がなければこんな事とっとと押し付けてやるのに…と苦々しく舌打ちをする。

『試しに着てみなせぇ』と言われて一瞬ひるむが、こうなったら仕方がない。溜息をついて袖を通す。

「やあ、やっぱり映えますねえ。」

良く分からない感心の仕方をする山崎をとりあえず一発殴っておく。

「じゃあ、明日はそれで頑張ってきてくだせぇ。」

「…まさか、ここから着て行けって言うんじゃねえだろうなあ。」

「大騒ぎでしょうねぃ。」

「あ〜。じゃあ、明日どこか場所を用意しておきますよ。そこで着替えと化粧をして行ったらいいですよ。」

「化粧!?」

「そりゃ。そのくらいの年の女の人は普通してますからね。しない方が不自然ですよ。」

「………。」

近藤は、『トシは美人だなあ』とただ感心しているだけで庇ってくれそうな気配はない。

ほんの数時間!数時間だけだ!

何度も何度も自分に言い聞かせた。

 


 

栗子が通うお嬢様学校のそば。

山崎が用意した空き室で渋々着替えをする。

顔に化粧も塗りたくられ、仕上げとばかりに香水をつけられ、更にゲンナリと肩を落とした。

「だって、煙草の臭いを消しておかなきゃいけないでしょう?」

「……ち。」

「ちなみに、この格好の間は禁煙ですからね。」

「げ。」

なんなんだこの苦行は、栗子の尾行をするだけなのにどうしてこんな目に会わなけりゃいけないんだ。

不自然にならないために、土方自身はどんどん不自然な状態に追い込まれている。

しかし後に、このときの山崎の機転に助けられることになる。

変な男たちに声をかけられること数度。

そのたびに栗子にバレそうになったり、その姿を見失いそうになったり。

さすがにそろそろヤバいと思っていた時に銀時と出会った。

こんな下らないことで女装をしているなんて知られたら思いっきり馬鹿にされる!!

そう思って密着した身体を慌てて離そうとしたのだが、どうやら気づかれなかったらしい。

化粧のおかげか?香水のおかげか?

その上、協力を申し出てくれた。

『仕事の依頼』という形だが、金額はいくらなんて話はいまだしてこない。

殆ど厚意で言ってくれているのだと分かる。(ついでに収入にもなればラッキーくらいには思っているのだろうが)

女。だからだろうか?

本当かどうかわからないが、『美人』らしいのでそれでだろうか?

改めて銀時の顔を見返す。

何やら機嫌良さそうに笑っている。…というかニヤけている。

普段顔を合わせれば喧嘩ばかりの土方にとって、その笑顔が自分に向けられているという状況は落ち着かない。

大体何だ?何で名乗るときに下の名前しか名乗らないのだ?

『坂田銀時』と名乗ってくれれば『坂田さん』と無難に呼ぶことができたのに、『銀時』という下の名前しか言わないからどう呼んでいいのか激しく悩んでしまったではないか。

かといって自分が苗字を名乗っていない以上、銀時の苗字を教えろとも言いにくい。

なんだよ『銀さん』って、この期に及んで何で自分がこんな風に銀時を呼ばなくてはいけないのか…。

「お、出るみたいだぜ。」

キャッキャと楽しそうに話をしていた栗子たちは、漸く席を立つことにしたようだ。

とにかく今日1日の我慢。

もう1度自分に言い聞かせて、土方は席を立った。

 


 

それから栗子たちは、相変わらず楽しそうに町を練り歩いていった。

やっぱり『男ができた』なんて、松平の妄想だろう。

女友達と笑いあう栗子は、始終楽しそうだった。

入ったインテリアショップで『可愛いで御座いまする〜』とかいいながら、手に取ったものを友人たちと笑って眺める姿は普通の女の子のものだ。

「あれ、かわいいと思う?」

呆れたようにかけられた銀時の声にクスリと笑う。

「いいえ。」

「若いお嬢さんの感覚は分からねえよなあ。」

「はい。」

「あ、いや、おトシも若いお嬢さんだけどよ。」

慌てる銀時。

そんな気は使わなくていいのに。と思うとおかしい。

成人して数年たっている自分と、女子高生では感覚が違って普通だろう。

まあ、自分は男なんだけれども。

けれど。

ドアがあればすっと開けて土方をエスコートしてくれる。

慣れない女物の着物で、どうしても歩くのが遅くなると自然と歩調を合わせてくれる。

言い寄る男撃退のため、道を歩く時は腕を組んで歩くことになった。

そうやって、土方を普通の女性として自然に接してくる銀時といると、自分の性別が一体何だったのか…あいまいになっていくような気がする。

銀時が目の前にいる人間の本来の性別を知ったら、相当がっかりするだろう。

本当に。

そんなに気を使ってくれなくてもいいのだ。

自分は本当は男なのだから。

ドアなんか自分で開けられるし。

着物が肌蹴ていいのなら、早く歩くこともできる。

男が近寄ってきたら、撃退すればいいだけだ。

それとも銀時は元々そういう気の回る優しいたちなのだろうか?

正面切って喧嘩するだけの土方では知りえない面を持っているということか?

初めは反目していた真選組の面々も、いつの間にか銀時を認めていた。

滅多に他人に懐かない沖田ですら『旦那』と呼んで気を許しているように見える。

土方自身にしたってそうだ。

ただ気に入らない相手なら、無視すればいいだけこと。

なのに無視できないのは何故だ…。

いや、無視できないどころではない。

好意を持っていると、自覚したのはいつだっただろう。

それが男同士では通常抱かない種類の好意なのだと気付いたのは…?

けれど、絶対に報われることはないのだと諦めた想いでもあった。

今日、思いもかけず近づくことができたけれど、こんな風に庇われるように扱われたいわけじゃなかった。

いつだって対等でいたい。

一番に願うのはそれだけだ。

それでも。

喧嘩をせずに、こうして穏やかな時間を過ごす。

栗子たちを見ながら、軽口をたたいたり冗談を言い合ったり…。

こんなことは今までに一度もなかった。

自分が望んだ形とはほんの少し違うけれど、これがとても貴重な時間なのだということは分かる。

こんな穏やかな時間は、もう二度と訪れないかもしれないのだ。

目の前の『女性』が『土方十四郎』だと知ったら、こうやってそばには居てくれないだろう。

『何だ、お前だったのか』の一言で去って行ってしまうだろう。

つい先ほどまで『ほんの数時間の我慢』と思っていたはずだった。

勿論女装は早く終えたいと思っている。

けれど、それとは違うところで。

もう少し、あと少し、と願ってしまっている自分がいる。

「おトシ、次の店へ行く見たいだぞ。」

「あ、ハイ。」

耳元で言われ、ビクリとする。

仕事を忘れてつい考え事に没頭していた。

大して気合いの入る仕事ではないが、栗子のボディーガードと割り切ろう。

そっと腕を差し出す銀時の腕に土方も彼女然と腕を回しながら、栗子から少し離れたところをついていった。

 


 

日が落ちて。

それでも、高校生の帰宅としてはそれほど遅くない時間に買い物は終了した。

数件の雑貨屋。

ブティック。

ロフトも行った。

下着屋に入りそうになった時はどうしようかと思ったが、結局は店の前を通り過ぎただけで済んでほっとした。

流石にあれだけ回れば、満足しただろう。と思う。

いくつか買ったものを大切そうに持って、栗子は家に帰って行った。

「………任務完了?」

「はい。」

ほっと肩の力が抜ける。

「…この後時間ある?」

「え?ええ。」

「だったらどっかで飲まねえ?」

「え?」

土方としては一瞬でも早くこの女装を解きたかった。

けれど、考えてみればまだ依頼料の金額もどうやって渡すかも話していない。

そう、それだけだから。

まだ、話さなければいけないことが残っているから。

決して『もう少し一緒にいたい』なんて下心があるわけじゃないから。

言い訳をするかように自分自身に言い聞かせた。

「…はい。」

土方が頷くと、銀時はひどく嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

20110529UP

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