扉の向こうの青い空 24

「いらっしゃいませ〜。…あら?」

「あっ、美人さん…じゃなかった。えと、シリルさん。ここで働いているんですか?」

「そうなの。最近ね、始めたんだ。」

「へ〜。」

 チヒロちゃんと会ってから、何かが自分の中で変わったと思う。

 私の実家は駅から程近いところで宿屋をやっている。場所が良いせいか、両親の人柄のせいか結構繁盛していて、金銭的にもそれなりに不自由のない生活を送っていた。

 けど、私は実家の商売が大嫌いだった。

中には酔っ払って始末の悪い客や、言いがかりをつけてくる客も居る。そういう相手にも両親は丁寧に接していて、子供の頃からそんな大人たちと両親を見てきた。

『情けない人たち』昔はそう思っていた。

 だから、家の手伝いなんてしなかった。そのくせ、自分で働く事もせず小遣いは親から。

 そんな自分が一番『情けない』のだとこの頃気付いた。

 両親に対してはまだ照れがあって、家の手伝いをするとは言い出せなかった。

ので、とりあえずアルバイトを始めてみたのだ。

 そして今、自分でお金を稼ぐ事の大変さを痛感しているところ。

「チヒロちゃんは?昼食?」

「はい。今日は、私はお休みなので。」

と、にっこり笑う。

この間は寝ていたから分からなかったけど、この子スラリと背が高い。ジャンと並んだら、見栄えのするカップルになるだろう。

「こちらの席へどうぞ。」

「はい。あ、この間はありがとう御座いました。」

「良いのよ。何も出来なかったし。」

「そんなことないですよ。凄く安心しました。」

「そう?だったら良かった。…あ、注文は何にする?ウチのお勧めはこのランチセットなんだけど。」

「じゃ、それ。お願いします。あと、ミルクティ。」

「かしこまりました。」

 昼食時のラッシュが過ぎた店内は、それを狙ってのんびり昼食やティータイムを楽しもうというお客様が数人居るだけだ。

 そろそろ私も休憩の時間だったので、私の分の昼食も作ってもらい一緒にテーブルに着く。

「一緒、良い?」

「勿論です!一緒のほうが美味しいですもんね。」

「お邪魔します。…そういえば、セントラル。どうだったの?」

「2年間。大佐の元で色々と勉強をするようにって。」

「そう。…えーと、良かったわね…なのかしら?」

「はい。ああ、あとですね〜。」

「うん?」

「大佐の同期っていう少佐が…女の方なんですけど…。その方が、『大佐の娘なら私の娘も同然だから…』って言ってくれて。」

「そうなの。」

 それは、お母さんが出来たってことなのかしら。

 言葉の上だけなのかもしれないけど、ただの『ゴッコ遊び』なのかも知れないけど。この国にチヒロちゃんのことを大切に思ってくれる人が、一人でも増えていけば良いと思う。

 きっとそういう人たち皆が彼女のよりどころになるだろう。

「はい。それで、その方がブランド物らしいバッグや靴や何かそのほか色々と買ってくださって…。」

「え?なんていう奴?」

 チヒロちゃんが首を傾げつつ自信なさ気に言うのは、今女性に大人気のブランドだ。

「すっごい!…1個頂戴!」

「ぷっ、ふふふふ。良いですけど…シリルさんには子供っぽいかも知れませんよ。」

「え…そう、かな。」

「一度、ウチへ見に来ますか?」

「良いの?」

「はい!場所、分かりますよね。…あ!…ジャンさん…。」

「あ…。」

「…私に、慰めさせましたね〜。」

 ジャンがセントラルから帰ってきてすぐ、『別れましょう』と話をした。

「アハハ、凹んでた?」

「それはそうですけど…凹むと言うより悩んでました。…理由が分からんって。」

「そう。」

「私が、どうして?って聞いても良いですか?」

「あー、うーん。上手くいえないの。だから、ジャンにも言えなくて。

 あのね。自分を変えたいな。って思ったの。」

「え?」

「ジャンって都合が良すぎるのよ。やさしいでしょ?我儘も聞いてくれちゃうの。仕事で合えない時期も確かにあるけど、その分会える時にあれこれ要求すると、何でもやってくれようとするのよ。」

「…ダメなんですか?」

「私にはね。甘やかされると付け上がってしまうから。結構自分でも、『やな女だな』って感じになっちゃうのよ。…分かるかしら?」

「えーと、限度を超えちゃうってことですか?」

「うん。私には、何でも聞いてくれちゃう人じゃなくて、これ以上はダメだよって言ってくれる人じゃないとダメなんだと思う。」

「…じゃあ、ジャンさんにそういえば…。」

「『そんなの気にするな、甘えろよ』って言いそうじゃない?」

「…ああ、…ですね。」

「多分、ジャンにはあなたみたいに、甘やかされても自分をしっかり持ち続けられる子が合うんだと思うけど…。」

「は?私〜?」

「あなたに会えて、良かったわ。このままじゃダメって気付かせてくれたもの。泥沼になる前に気付かせてくれてありがとう。」

「シリルさん。全然ダメじゃないですよ。この間だって優しかったじゃないですか。」

「うん。あんな事、自分が出来るなんて思わなかった。本当、ありがとう。」

「や、お礼なんて…。私のほうこそ…。」

「ジャンとは別れたけど、あなたとは友達でいたいわ。」

 ダメかしら?って笑うと、チヒロちゃんも『嬉しいです』と笑ってくれた。

「あ!いけない!休憩時間が終わっちゃうわ。」

「すっかり、おしゃべりして食事忘れてましたね。」

「冷めても美味しいんだけど…早く食べたほうが良いわね。」

「ですね。」

 改めて二人で『いただきます』と声をかけて食べ始めた。

「あ、美味しい。」

「でしょう?」

 そして、二口三口食べた時…。

 バアンと勢い良く、店の入口のドアが開いた。

「動くな!!!!」

 ………はい?

 

 

「大佐。イーストシティバンクに強盗が入りました。」

 受話器を置いて、中尉が振り返った。

「状況は?」

「3人組が押し入り、現金を強奪して逃走。被害金額はまだはっきりしていません。犯人は憲兵に追われ、逃げ場を失って近くの『ローズ・ブリッジス』と言うカフェに立てこもりました。」

「けが人等は?」

「逃げる時に発砲はしたようですが、今のところ人的被害は報告されていません。」

「分かった。」

 私が立ち上がると、一斉に皆も立ち上がった。

「ブレダの隊はイーストシティバンクへ向かえ。被害状況の確認と現場検証。それと、付近に他の仲間が潜伏していないか調べろ。」

「はい。」

「他のものは『ローズ・ブリッジス』へ向かう。」

 現場へ向かう途中、カフェ内の客と従業員8名が人質となっていること。犯人から逃走用車両の要求があったことが追って知らされた。

「3人で、人質8名か。」

「何人かは解放されるかも知れませんね。」

「もてあますだろうからな。女性や子供は?」

「子供は居ません。女性が3名だそうです。」

「ふむ。」

 現場に着くとハボック少尉が自分の隊の人間に指示を出す。

 付近の住民や、野次馬を遠ざけ、犯人を狙撃できるポイントを捜す。

 フュリー曹長が、マイクやインカムを用意する。

 すでに憲兵が、店内を知る者を探し出し簡単な見取り図が用意されていた。ホークアイ中尉とファルマン准尉が憲兵と一緒に見取り図を覗き込む。

 ブラインドが下ろされた店内の様子は余り良く分からない。が、それほど広くはない。

 犯人たちの気を引いて、一気に突入できれば何とかなるだろう。

「大佐。ポイントが見つかりました。」

 ハボック少尉が駆け寄ってくる。

「どこだ?」

「あの奥のビルの3階です。」

「よし、お前が上がれ。」

「イエッサー。」

 ハボック少尉が副官に指示を出し、2名の隊員を連れてビルへと向かった。

「準備、出来ました。」

 ホークアイ中尉が拡声器や無線を持ってきた。

「後は、ハボック少尉待ちだな。」

 程なく、ハボック少尉からも準備OKの連絡が入る。

「さて、どう出るかな?」

 

 

 3人の男が駆け込んできた。

 銃を突きつけられ、ホールドアップ。店内に居た8名が店の隅へと集められた。

「さっさとしねーか。」

 何をあせっているのか、イラついているのか。男の一人が銃でチヒロちゃんを突き飛ばした。

「キャ。」

 ザザッとすべるように転んでしまう。

 慌てて駆け寄ろうとして、もう一人の男に銃で止められる。

 ヨロヨロと立ち上がったチヒロちゃんは、腕を掴まれ引き摺られるようにこちらへ連れてこられた。そして、半ば突き飛ばすように倒される。

「っ。」

 お客さんで来ていたおじさんにぶつかる。

「大丈夫かい?」

 小さな声に、うんと頷く。

「しゃべるなっ!!」

「奥に少しだけロープがあったぜ!」

「仕方ねエな、手だけ縛れ!」

 リーダーらしい男一人が銃を構えて見張っている間に、他の二人が私たちの腕を後ろ手に縛っていく。

 ああ、どうなっちゃうんだろう。私たち。

 

 

 

 

 

20051117UP
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『扉の向こうの青い空』第2章の始まりです。
第1章同様、よろしくお願いします。
…しかし、私の考える犯罪ってどうしてこう銀行がらみばっかりなんだろう?
だってさあ。ビルを占拠するようなテロって…意味あるのかなあ。何のためにするの?
銀行なら資金調達って言う目的が明快だしさあ…。と言い訳をしてみる…。
それにチヒロが巻き込まれてくれないと話が進まないし…。とさらに言い訳をしてみる。
(05、12、12)

 

 

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