扉の向こうの青い空 25
「あ…。」
チヒロちゃん、肘から手首までがずるりと擦り傷になっていて、血がにじんでいた。
「怪我…。」
「…い……痛い…。」
うんうんそうだよね。人質の間で『うんうん』という雰囲気になる。
例えば銃で撃たれたりって、ドバッと血が出るみたいだし痛いんだろうけど経験したことがないのでピンと来ない。
けど、大抵擦り傷なんて一度は経験しているから、これだけの大きな擦り傷だと相当痛いだろうなってリアルに分かる。
私たちは後ろ手に縛られ、床に座っているように指示された。
人質は、私とチヒロちゃん。そしてマスターの奥様(ケーキを焼くのがとても上手いのだ)が女性。他は男性で、店のマスターと常連客のおじ様おじい様方。
犯人たちはブラインドを下ろしたり、動きやすいようにテーブルを動かしていたりした。
「えーと。『犯人を刺激するような言動をしないこと』」
「?」
「『よほどの無茶を言われたのでない限り、犯人の指示に従うこと』」
「チヒロちゃん?」
「『突入に備えて、物影で小さくなっていること』」
「何?それ。」
私たちを見張っている犯人に聞こえないように、こそっと聞く。
他の人も何事かと耳を傾けていた。
「ジャンさんが教えてくれた人質の心得。」
「はい?」
「後、『東方司令部の皆が必ず助けに行くから、パニックにならずに気持ちを落ち着けて待っていること』」
「うん。」
私たちの間に、一体感が生まれる。
例え、軍人であるジャンと付き合っていたって『軍』に対するイメージが良くなったわけじゃない。でも、結局こんな時頼れるのは軍しかなくて…。
「必ず来てくれるから、待ってようね。」
私とチヒロちゃんがうん、と頷くと他の皆もうんと頷いた。
犯人が外へ向かって、『車を用意しろ!』とか叫んでいる。
そのうちに外が慌ただしくなった。
軍が到着したのだ。
『犯人の諸君。私はロイ・マスタング。地位は大佐。東方司令部の司令官だ。』
拡声器越しの声。
チヒロちゃんの表情がにこりと笑む。
『改めて、そちらの要求を聞こうか。』
「車を用意しろ!」
ドアの隙間から犯人が叫んだ。
『車か。…ふむ。余り芸のない要求だな。…そちらには人質が居るのだろう。開放してもらえるのなら、考えないでもないが…。』
それから、暫く言葉の応酬が続く。
…けど、このマスタング大佐ってやる気あんのかしら?
「犯人からかって楽しんでる…。」
「はい?」
「だって、大佐の声、楽しそうだもの。」
「………。」
「それに…。大佐から丸見えだわ…きっと。」
「何が?」
「ブラインド、閉めてたって少しは隙間が開いてるでしょう?そうしないと犯人の方から外の様子分からなくなっちゃうし。」
「それが?」
「あの人、人質の話するたびにこっちを見るんだもの。きっと大佐はこっちの端に人質が集められてるって気付いてると思うわ。」
「え?」
いっせいに男へ視線が行く。
「な…何だ、お前らっ。…ちっ、男だけ解放する!」
『私は、女性だけでも先に解放して欲しいと言ったのだが?』
「女は連れて行く!早く車を持って来い!」
『そんなに手放したくないとは、美人のお嬢さんでもいたかね?』
視線が私に集中する。や、いやよ私は。全然嬉しくないし。
「うるせえ!若いの二人とおばさん一人だ!」
やあね、失礼だわ。チヒロちゃんもむっとした表情になる。
『まだまだだな、君たちは。年齢を重ねたご婦人には、それ相応の経験や気品と言うものがあってだなあ…。』
「うるせえって!あー、あんたと喋ってると頭がおかしくなりそうだ!とにかく男を先に解放する!」
ほら、立て!と立たされ、外へ出される。けど…今のは確実に外から見えただろう。
軍に私たちの位置は知られている。後はさっきチヒロちゃんが言ったように隅で小さくなって待っていれば良い。
『君たちは3人だろう?』
「それが、どうした!」
『人質の女性も3人。気持ちは分からんでも無いが、軍の車は4人乗りだ。全員を連れては行けないぞ?』
うん?どうするんだ?と言われ、そろそろ犯人も切れてきたらしい。
「……っ!来いっ!」
「キャ…」
リーダーと思われる男がずんずんとこちらへやってきて、一番手前に居たチヒロちゃんの腕を掴むと、無理やり立ち上がらせた。
そして、そのまま引き摺るように開いた入口のドアのところへ連れて行き、米神に銃を押し当てた。
「ダラダラ引き延ばすな!こいつの命がどうなっても良いのか!」
犯人の怒鳴り声。
『……っ!…動くな!!』
拡声器越しのマスタング大佐の怒声。
次いで、犯人の銃が吹っ飛び。犯人自身も倒れた。
引き摺られて、チヒロちゃんも倒れる。
物凄い熱が襲ってきてブラインドや窓ガラスが一瞬で解け落ち、そこから軍人がわっと飛び込んできた。
次々と犯人が捕らえられ、唖然と見ているうちに『大丈夫ですか?』と軍人さんにロープを解かれた。
支えられて店の外へ連れ出されたチヒロちゃんの後を追いかけた。
「チヒロちゃん。」
「シリルさん。」
顔色が青ざめている。
「大丈夫だった?」
「はい。シリルさんは?」
平気、と笑うとチヒロちゃんも小さく笑った。
「チヒロ。」
男性の声。見ると余りにも有名なマスタング大佐が目の前にいた。
「大丈夫だったかい?怪我は?」
「あ、…大丈夫です。」
「……っと、これは何だ?」
目ざとく腕の擦り傷を見つけると、心配そうだった顔に怒りの表情が浮かぶ。そして、『キッ』と連行される犯人たちのほうを見て、手袋をした手を持ち上げた。
「大佐。」
冷静な女性の声が割って入る。
「身元不明の焼死体など作られませんように。」
「…う…。分かったよ。…しかし、ハボックの奴、脳天吹っ飛ばすくらいはするかと思ったが…。」
「しませんよ。そんなこと。」
相変わらすの咥え煙草。手にはライフル銃を持ってジャンが現れた。
まさか、さっきの狙撃。この人?
「あの位置で頭吹っ飛ばしたら、チヒロが血まみれになるじゃないっスか。…それに、死人なんて出したら、後処理面倒だし。」
誰が書類作成すると思ってるんっスか。と、ぼやく。とぼけたその視線がチヒロちゃんの傷を見つける。
「…大佐。」
「何だ?」
「尋問の時、5・6発多くぶん殴ってもいいっスかね?」
「尋問はブレダの隊にやらせる。」
「え〜。何でっスか?」
「お前はもう仕返ししただろ。銃跳ね上げるだけで良いのに、肩まで打ち抜いて。ブレダにも少し取っておいてやれ。」
「大佐こそ、気持ちよく窓ガラスとブラインドを溶かしてたじゃないですか。」
「あんなもん解かしたって気持ちが良いわけ無いだろう。」
そこへ再び冷静な女性の声が割ってはいる。
「二人とも、冗談はその位にして下さい。」
「「はい。」」
冗談?冗談なの?…嘘、絶対本気入ってたわ。
チヒロちゃんの手が、ジャンの軍服の端っこを掴んだ。
「うん?」
「…お昼。食べ損ねた。」
ね、と視線がこっちへ来る。
「あれ、シリル。」
「や。」
と一応手を上げておく。
「おや、これは美しい方だ。」
「二人でお昼食べてたの。」
チヒロがマスタング大佐に訴える。
「そうか。事情聴取があるから、どこかへ行って食べることは出来ないが…。至急何か取り寄せるように手配しよう。」
そう言うと、マスタング大佐は女性の軍人さんに(前に私がジャンの浮気相手だと疑った上司ってこの人よね)あれこれ指示して、車のほうへ戻っていった。
「いつの間に仲良くなってんだよ。」
その脇ではジャンが小声でブツブツ言っている。
「人質だった方々の事情聴取はファルマン准尉がやりますから、撤収の方はお願いしますね、ハボック少尉。」
「了解っス。」
その人は、そう言うとマスタング大佐の後を追って行ってしまった。
ジャンはくるりと振り返ると、声を張り上げて軍人さんたちに言った。
「撤収だ!」
「はい!」
20051121UP
NEXT
一応事件は解決。
けど、チヒロの独白があるのであともう一話お付き合い下さい。
ハボックを…すんごくかっこよく書きたかったのに…。すんごくすんごく!
自分の力の無さが悔しいです。
次の回込みで、かっこよくなるかな…少しは…。
そして、シリルと再会。…でも別にどうもなりません。この二人は。
(05、12、16)