「なあ。ブレダ。」

珍しく飲みに行こうと誘われて、店に着いた途端にグチが始まった。

「一応、付き合ってる彼女になあ。プロポーズして怒られたのは何でだ?」

……知るかよ。…って、ハボック。したのか?プロポーズ。

「俺ぐらいだよなあ、きっと。」

…まあ、そうかもな。

 

 

 

君という名の空

 

 

 

下半身麻痺という大怪我を負ったハボック。

彼女の献身的な看病や、おおっぴらには言えない治療や、きついリハビリなんかを経て何とか両足オートメイルが付けられるようになった。

一旦軍を退職して、ハボックが始めたのは『タンテイ』とかいう職業だった。

異世界から来たチヒロのアイディアだったのだが。

まあ、簡単に言えば何でも屋とでもいう感じか…。

始めのうちは、いなくなったペットを探したりとか。家出した子供を連れ戻したりとか…。そんな風だったらしいのだが。

元軍人という経歴で得た技術や知識(例えば火器の知識や、軍からこっそり得られる情報だとか…)そんなものが次第に重宝がられるようになり。

いつの間にか戦力として使える情報屋…として裏の世界でそれなりに有名になってしまったらしい。

そして、少し前に。そういった軍では持ち得ない情報網や裏の知識などをごっそりと土産にして軍人として復帰したのだった。

その際、裏の世界の方では多少ごたごたしたらしいが。それが『多少』で済んでしまうあたりがこいつの人徳と言うか要領の良さというか…。

今は退役したイシュヴァール内戦や南方司令部勤務当時のこいつの部下達も1枚噛んでいるらしい。そういう輩に好かれるのも、こいつらしいっちゃ、らしいんだよな。

で。

軍復帰の研修も終えて、めでたくマスタング将軍の部下として復職したのが3ヶ月程前。

『ここにゃ、あんまり良い思い出がねえよ』とぼやいていたが。

なじみのメンバーは多いし。何よりチヒロも技術研究員としてここで働いている。

ハボックの怪我の看病などで、チヒロが病院に通い詰めた辺りから。どうやらこの二人は付き合っているらしいと周囲が認識し始めた。

二人の持つ雰囲気が変わってきたし、何よりチヒロが女らしく綺麗になった。

二人の付き合いが、お互いに良い影響をもたらしている事は見ていれば分かる。

ハボックは、怪我でリタイアしたことで随分落ち込んでいたようだったが。腐ることなくリハビリに励んだし。

チヒロは、今まで以上に勉強を頑張り。2年の研修期間を終えて正式に技術研究員として採用された。積極的に新しい技術の提案をしているらしい。(とはいえ、それは彼女が持ちうる知識のほんの一部で、軍用というよりは生活環境改善方面の提案が多いようだが)

始めのうちは渋っていたマスタング将軍も、今では二人の仲を(公言はしないが)認めている様子だった。

だから、まあ。

この二人ならいずれ結婚…ていうのもおかしくはないし。

ならばいつかは『プロポーズ』という関門も通過しなければならないのだが…。

………。

怒られた……って?………チヒロに?

 

 

「俺、ホラ。ちゃんと軍に復帰したろ?アイツには世話になったしさ。昨夜食事に誘ったんだよ。ちゃんといつもより良い店だぜ。アイツも喜んでたしさ。」

…なるほど、ムードが無かったわけじゃねーんだな。

「帰り道の途中でさ、言ったんだよ。結婚しよう…って。」

…ふんふん。言い方が回りくどくて何言ってるか分かんない訳でもなかった、と。

「指輪は今無いけど、今度一緒に買いに行こう…って言ったんだ。…指のサイズが違ってても間抜けだし、あいつホラ少し好みが変わってるだろ?どうせなら、気に入ってつけてもらいてーし。」

…ふーむ。まあ、物に執着する方じゃねーしな。今、指輪がない事では怒りそうもないな。

「な、な、そうだろ?なのによ、それまで、にっこり笑って話してたのに俺がその話した途端に、空気がピキって凍ったんだよ。ピキって。」

…ほお。

「それでな。こう両手を腰に当ててな。仁王立ちしてじっとこっちを見るんだ。」

…う〜ん。

「勿論顔は笑っちゃいねえよ。」

………。

「で、暫くじーっとこっちを見てるわけ。あのポーズはなあ、アイツが怒ったときにするんだ。前に、見た時は俺が入院した時で、やっぱりあのポーズで怒られた。」

…怒ったのか?心配じゃなくて?

「おうよ。」

…あー、ホムンクルスの女に騙されたんだもんなあ、あん時。

「う、うん。まあ、それだけじゃないんだけど…。」

…ま…さか…。お前あん時すでに彼女と付き合ってたとか…?

「ゔ…おう。」

…ま、ずいだろ!もしも将軍にバレた日にゃ、殺されんぞ!

「うん。…まあ、一応、将軍には言わないでいてくれたみたいだけど…。…てか、きっと『言いつける』って発想自体ないよな。」

だからって甘えてんじゃねえよ。

「そういう訳じゃねえけど…。」

…ちょっと、待て。いつから付き合ってんだ?

「ん…、なんていうかなー。そんな感じになったのは、東部でのスカーの事件の後くらい?」

…って、イーストシティに居た頃からってことか!

「うん、まあ。」

…でもよ。お前セントラルに来る直前、彼女いなかったけ?後、少佐の妹と見合いしたろ?その上ホムンクルスの女!不味いだろ!

「いや、ほら。イーストシティの子は向こうが明らかに勘違いして一人で盛り上がってたろ?アイツも事情知ってたし、ビンタ食らった俺のほっぺた冷やしてくれたりしたから…あんときゃ、怒って無かったよ。」

え、けど将軍に『彼女できたばっかり』…って。

「だから、それがチヒロのこと。ストレートに『チヒロの処遇はどうなるんだ』って聞くんだったって後で後悔したけど…。」

…はあ。図らずもあの勘違いの子にビンタされたんで、辻褄合っちまったってことか…。

「ん、そう。少佐の妹さんと見合いの時も、元は将軍の言い出したことだから上官命令…と思ってたみたいだし。」

…じゃあ、地雷踏んだのは、ホムンクルスの女だけか。

「アレだってちゃんと謝ったし、もう、良い。って言ってくれたし。」

…はあ、チヒロの方が大人だよな。

「うるせ。」

…で?プロポーズして。怒られて、何て返事されたんだ?

「うーん、それがなあ。」

…何だよ。まさかそのまま何も聞いてないって事はないんだろ?

「ああ、まあな。仁王立ちで俺を睨みつけたままさ。こう指を2本立てて『ジャンさんが2年浮気しなかったら。』…って。……あれ?」

……はい?

「………。断られて、ない?」

…条件つきだけどな。

「俺、怒られてんだとばっかり思い込んでて…YESかNOかってそればっか考えてて…。答えがそのどっちでもなかったから…訳分かんなくなってた…。」

……お前、とことん情けないな!

「う、るせ。」

…お前、絶対に尻に敷かれる!断言してやる!

「…う、そ、そんなこと…。」

…あるな!何せ握られてる弱みが多すぎる。考え直すのなら今のうちだ。

「まさか!……っと、悪りィ。俺、帰る。」

…ああ、行って来い。言ってちゃんと確認して来い。

「ああ。」

……ここは、俺の奢りだ。

「え…でも、誘ったの俺だし。」

…良いって、婚約前祝いだ。

「サンキュ、じゃ。」

…おう。

 

 

 ハボックが、慌ただしく店を出て行く。

 バカだなあ。あいつ。

 あの、チヒロが。本気であいつを怒るわけ無いだろうが。

 仮に本気で怒ることがあるとしたら、それは無茶をするハボックを心配した時くらいだろう。

 そんな事も分からねえ位に緊張してたんだろうなあ…。

そんだけチヒロにベタ惚れってことか…。

 

マスター、もう1杯お代わりね。

…そう、親友がさあ。身を固めるんだってさ。

相手は俺が妹みたいに、思ってた子でさあ。…うん、まあ。ちょっとだけ複雑だけどね。

はは、ホントめでたいよな。

…まあ、実際に結婚するのは、まだまだ先になりそうだけどね。

 

 

 

 

 

20070717UP
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お久しぶりの二人です。…ヒロイン出てきてないし…。
お待たせしてしまってすみませんでした…。ただ、お待たせしたワリにはたいした話ではないような…。
す、すみません。全2話です。
(07、07、26)

 

 

 

 

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