君という名の空 2
『ねえ、どう思います?やっぱり、条件なんてつけたのがいけなかったんでしょうか?』
「って、チヒロ…あんたねえ。そんな事でわざわざイーストシティの私のところまで電話してきたの?」
『だって…。』
「だって、じゃ無いわよ。しかも彼氏の元カノに…。」
『でもシリルさん、もう結婚したじゃないですか。』
「そうだけどさあ。……。そういや、結婚式の時は来てくれて有難うね。」
『いいえ。こちらこそ、久しぶりにシリルさんやアーサーさんに会えて嬉しかったです。』
「あの時、ジャンは足怪我してたんでしょ?もう大丈夫なの?」
『はい。リハビリとかも終えて、少し前に軍に復帰したんですよ。…でね。『お前にもイロイロと心配かけたから、夕食ご馳走する』って言われて…。昨夜一緒にお食事したんです。ワインとかもおいしくって…。』
「はいはい。それは良いから。」
『で、帰り道で『結婚しよう』って言われて…。』
「良かったじゃない。」
『それはもう、心臓止まりそう…と思ったんですけど…。』
「けど、何よ?」
『ジャンさん軍に復帰したばっかりじゃないですか。休んでるうちに、どうしたって周りの方たちは階級上がってるし…。本人はそのこと自体は余り気にしてないみたいですけど。でも、セントラルで少尉って本当に下の方なんですよね。色々と動きづらいみたいだし…。』
「それで?」
『私も、やっと『勉強』じゃなくて『仕事』を始めたばっかりなので…。今は二人とも仕事を頑張る時なんじゃないかな…って思ったんです。』
「断ったの?」
『まさか。2年したら…って。』
「それが条件なの?」
『え…へへ。じゃ無くて、『ジャンさんが2年浮気しなかったら…』って。』
「…あんたね。」
『やっぱり、まずかったですかね。』
「まあ、あんたがジャンの下半身を信用してないってのは良く分かったけど…。」
『は?』
「んーでも、そうね。あんた、結局一番傍であいつがやってきたことを見てたんだものね。」
良いことも、悪いことも…だ。
『え…や!そういう意味じゃないんですけど!!!』
「え〜、そう聞こえるけど〜?『あなたの誠意が信用ならないので、2年様子を見させてもらいます』…って。」
『まさか!違いますよ! わ、私…、そんなつもりじゃなかったのに…。でも、私がそう言った後、ジャンさん固まってたし…。今日だって1日目を合わせてくれなかったし…。そういう意味だと、思われたんでしょうか?私、嫌われちゃったんでしょうか?』
「あーやー、ちょっと。泣くんじゃ無いわよ?」
『……うー、まだ泣いてません。泣きそうですけど…。』
「全くもう。こればっかりはさ。本人ときちんと話してみないと…。私にグチを言ったって始まらないでしょう?」
「うー、はい。…会ってくれるかしら?」
「どうにも逃げられるようなら、周りを巻き込んじゃいなさいよ。あんたの周りの人間は、あんたを溺愛してるのばっかだから、力貸してくれるって。」
「そう…でしょうか?」
「そうよ。大体…。」
「あっ!」
「何?どうかした?」
「誰か来たみたいです。すみません、又電話します。」
「はいはい、又ね。」
ガチャリと受話器を置く音。
こんな時間に女の子の部屋を訪ねるなんて、彼氏くらいでしょ。
「次の電話では、盛大にノロケられるわね…。」
小さく独り言。
「シリル。電話終わったのかい?誰から?」
「あ、アーサー。チヒロからよ。」
「チヒロさん?元気そうだった?」
「ええ、とっても。あの子もそのうち結婚するみたい。」
「そうか…、おめでたいね。」
「ふふふ、本当ね。」
あら。『私、来年にはママになる』って、言いそびれちゃったわ。
ま、いっか。どうせ、すぐに報告の電話が来るだろうし。
その時はきっとお互いに『おめでとう』って、言い合えるわよね。
夜だから、一応気を使ってはいるらしい。それでも家の中に響くノック音。
「はーい。」
チヒロがドアを開けると。
「ジャンさん?」
「悪りぃ。夜遅くに。」
「いいえ、起きてましたし…。」
「あ、あのさ。」
「はい、あ、どうぞ。」
「…おう。」
もう何度も着た部屋なのに、ついぎこちなくなる。
ドアの鍵を閉め、スリッパに履き替える。(この家は土足では先に進めないのだ。)
先にたって奥へ入っていくチヒロの背中を追いかけた。
「なあ。」
「はい?」
「…その…。」
「……はい…?」
「昨日の返事。」
「………。」
「もう一度、ちゃんと言ってくれ。」
「…?『ジャンさんが2年浮気をしなかったら…』…って…。」
「『しなかったら』?」
「…?……良いですよ…?」
「それは、OK…って、事だよな?」
「?…はい。」
それはそうでしょうという表情のチヒロ。
ほっと方の力を抜くハボックを不思議そうに見ている。
「チヒロ…。」
「はい?」
「俺が浮気しなかったら、2年後には結婚してくれるんだよな。」
だんだんと、ムードなんかどこかへ行ってしまった感があるがそんな事は気にしていられない。しつこいまでに確認をする。
「だから……そうです…って…。」
「やった!!」
「…ジャンさん?」
ハボックはきゅっとチヒロを抱きしめた。
「な…どうし……ん。」
チュッと口付けられる。
「サンキュ。」
「な…なに…?」
今日一日のよそよそしい態度とのギャップにわけが分からなくなる。
「あの…ジャンさん?」
「うん?」
「怒ってたんじゃないの?」
「へ?」
「でなきゃ、呆れてた?」
「何で?」
「…だって…。」
「…あ、俺、挙動不審だったよな。今日。」
「挙動不審…って言うか…。怒ってるのかな…って。」
「怒る?何で…。」
「…条件つけたから…。」
「や、…俺の今までの行いから、不安になるのは分かるし…。」
「あ、あの、そうじゃないんです。」
チヒロは、先程シリルに話したことをもう一度話し、今は二人とも仕事を頑張る時期じゃないかと思ったことを伝えた。
「あの、…だから…。2年もたった後に、ジャンさんが私を好きでいてくれるか…分からないし…。」
「だから『浮気』しなかったら…って?」
こくんと頷く。
「まーったく。言ったろ?いつだってチヒロが一番だって。」
「…うん。」
「まだ不安?」
「ううん。ジャンさんの気持ちを疑ってるわけじゃないんです。ただ、自分に自信を持ちきれないだけ…なんだと思う。だって、私。ここへ来てからまだ何も出来てないから…。」
「そんなことねーよ。」
一番傍で見てきたから知っている。
エドワードを力づけた。アルフォンスの気持ちを楽にした。グレイシアやエリシアを慰めた。マスタング将軍を優しい気持ちにしたし。ハボックを支えてくれた。
イーストシティでも、セントラルでも。たくさんの人の心を強くした。
「そういうんじゃ、ダメか?」
「………。そんな…私、そんな……。」
「好きだよ。」
「ジャンさん…。」
「チヒロが自信を持てるようになるまで、何度だって言う。……それから…。」
「…きゃっ。」
ハボックがチヒロを抱き上げた。そしてそのまま寝室の方へ。
「チヒロの不安が無くなるまで、何度でも教えてやるから。」
ベッドの上にチヒロを降ろし、抱きしめる。
「ジャンさ……、ん。」
唇を重ねる。
不安になる間なんか与えない。
首筋に唇をずらしていくと、チヒロの腕がそっとハボックの背中へと回された。
「今度の休みの日に、一緒に指輪を買いに行こう。」
「うん。」
視線を合わせてにっこりと笑い会った。
チヒロと一緒にいると、まるで優しい大気に包まれているような気分になる。
ハボックの綺麗な青い瞳は、自分に新しい人生を与えてくれたこの世界の空の色。
重なり合うはずのない、別の世界にあったはずの道が、こうして重なったのだから。
ずっとずっと、一緒にいよう。
20070720UP
END
はい、ようやくヒロイン登場です。
何年たっても、ハボは相変わらずで。チヒロも相変わらずですね。
チヒロがハボに対しても、仕事に対しても自信を持てるのはこれからになりそうです。
この数年自分の事で精一杯だったハボがきっとこれからチヒロを大いに甘やかして、自信を付けさせていくのに違いない。
(07、07、28)