ショーウインドウの中に飾られている服を眺めながら、私は大きなため息を一つついた。
本当はこういう大人っぽい服が着たいのだ。
少し胸元の開いた服。憧れるけれど、コレを着こなすには背が足りない、色気が足りない。…うんけど、何より胸……が足りないかも。
少し下に下げた視線で自分の胸を確認してふううともう一つため息。
「おー、いたいた。キャロル。何やってんだこんな所で?待ち合わせはもう1本向こうの通りだぜ。」
「きゃ。」
急に間近で声を掛けられて飛び上がらんばかりに驚いた。
「な…なんだよ。」
慌てて振り向けば待ち合わせの相手。
「驚かさないでよ、エド。」
「驚かしてなんかねーよ。気配だって消したりしてねーし。」
「そ、…そう。」
エドワードとは士官学校の同級生だ。
イロイロぶつかったり競ったりしていうるうちに親友になって…。
少し前に、そのう…。友達以上な感じになったばっかりだ。
…ただ、まだ恋人未満だと思うのだけど…。
だって、手も握ってなければキスもない。
「何見てたんだ?」
「う、別に…。」
「この服か?…なんか、イメージ違う気がするけど…。」
「わ、分かってるわよ!でも、憧れるんだもん。」
「へー、そんなもんかあ?…何なら、試着くらいしてみれば?」
「い…いい…。」
胸がないと似合わない…ってか、ガバガバして大人の服を着る子供のようになるはずだ。…胸のところが特に…。
「何でだよ?試してみるくらい…。」
「駄目!」
「キャロル?」
「足り無すぎるもん!」
「何が?」
「胸!…あ…。」
言っちゃった…。
きっと反射的に…なのだろう。私の胸をまじまじと見てしまったエドと二人して顔を赤くする。
………ぷ。
すぐ後ろから思わず噴出したという笑い。
慌てて振り返ると、困ったように顔を引きつらせて立つ男の子と、その肩に手を置きおかしそうに身を捩じらせて笑う…チヒロさんが居た。
はあああ。もう1回ため息。…何でこんなことになったのか…。
夕日に頬染めて
「結婚式?」
「そうなの、来月なんだけどさ。」
「良かったじゃん、目出度ェじゃん。何で、ため息付いてんだよ。」
「着ていく服に困ってんのよ。」
今日は中央司令部の見学の日。
間近で本物の軍人の仕事が見られるのだから、ほとんどのメンバーは興味津々だけど。
国家錬金術師の資格を持ち、12歳の頃から軍の施設に出入りしていたエドは『面倒臭せえ』と言ったきりだった。
特にここには知り合いが多いらしく憮然としていたのだけれど、私が兄の結婚式の話を持ち出すとあっさりと乗ってきた。
「服?制服じゃまずいのか?」
「男はいいけど、女はねえ…。」
私の出身の街はそれほど大きくない田舎街。士官学校に入れるのは成績の良いエリートと思われている。…男はね。けど、女はむしろ生意気だとか可愛げが無い…とか言われてしまうのだ。
「なるほどねえ。面倒臭エのな、イロイロと。貸してくれる奴とか居ねえの?」
「皆状況は似たり寄ったりだもの。」
生活は分刻みの慌ただしさ。毎日ハードで、化粧する子の方が珍しいっていうのに結婚式に来て行けるような服なんて…。
これが上級生とかになれば、又別なのだろうけど…。
「よーう、大将。」
「ち。」
掛けられた声に小さく舌うちをするエド。
「なんだよう、その態度はー。」
全く気にした風も無くエドの頭にでっかい手を置いて、ガシガシと髪を掻き回している背の高い人。
「やーめーろーよー。」
「お、ちゃんと育ってるじゃねーか。」
よしよしと頷く大男は金色のつんつん頭に咥え煙草でニカっと笑った。
「へー、彼女?やるじゃん大将。」
「うるせっ!離せよー。」
う、『彼女』ってとこを否定しなかったよ。と、内心感動していると、又声が掛かる。
「ハボック少尉、どうした?…と、鋼の?」
「うわあ。」
『最悪だ!』と呟いた声が私にだけ届いた。
「ああ、そういえば士官学生の見学があったな。」
「来たくて来たんじゃねーよ。」
「はっはっはっ、まあ、じっくり『見学』していきたまえ。」
「てめー、それよりこんなところで何してんだよ!又、仕事サボってんのか!」
「失敬だな君は。」
そうよ、エド。有名人だから、私も顔と名前くらいは知っている。こんな偉い人になんて態度…。
「おや、こちらは?」
「あ…あの。」
「同級生!キャロル・マンセル。」
「は、はじめまして。」
「私はロイ・マスタング。階級は少将だ。このようにかわいらしいお嬢さんと毎日一緒とは、鋼のが羨ましいな。」
「え…。」
にっこり笑う表情に不覚にもドキリとする。
「将軍!何か用だったんじゃねーのかよ!」
「お、そうそう。視察に出るところだった。」
「視察ー?あんたまだそんなことやってんのかよ。」
「部屋での仕事ばかりじゃ息が詰まるだろう。たまには息抜きをしないと。」
「馬鹿かてめーは。そのたびに護衛につかなくちゃならねえ、少尉と大尉が良い迷惑だ。それに息抜きしなきゃならねえほど仕事なんかしてねーだろうが!」
…上官に馬鹿…って…。唖然としていると、えへんと将軍が胸を張った。
「何を言うか。今日の私はとっても頑張ったのだ。」
「そんな訳…っあ!チヒロが来るんだな!だからだろ!」
「大当たり。」
先ほどの少尉さんがニッと笑う。
「すっげ、チヒロ効果まだ続いてんのかよ。」
…チヒロ…?人の名前かしら?変わった名前…。
「っあーーー!エドー!」
「?チヒロ!?」
ちょうど向こうの廊下から曲がってきたらしい女性がエドを指差して声を上げた。
「きゃー、会いたかったわー!久しぶり!」
とととっと、駆けて来てエドワードをがしっと抱きしめる。
「うお!あ〜〜〜相変わらずな〜〜。」
少しだけ照れくさそうにエドが苦笑する。
「元気?ちゃんとご飯食べてる?寝てる?学校は?」
「いっぺんには無理だよ、チヒロ。」
「だって心配なのよ。ああ、でも大丈夫ね、顔色いいし、背もちゃんと大きくなってる。」
エドの顔を覗き込んでにっこり笑うチヒロさんは、エドより少し背の高いすらりとしたスタイルのいい人だ。
「あ、将軍。お出かけ?」
「ああ、視察にね。帰ってきたら食事を一緒にしよう。」
「はい。ジャンさんと?リザさんは?」
「先に行ってる。せっかくだから案内してやれば?じゃな。」
「行ってらっしゃい。」
二人を見送って、チヒロさんはくるりと振り返った。
「案内って?…そういえば、今日は見学の仕官学生が来るって言ってたっけ?……あ、エドの彼女?」
「同級生!キャロル・マンセル。」
「はじめまして。チヒロ・ナカハラです。」
「あ…は、はじめまして。」
手を出され、自然と握手をしてしまう。
何で、さっきの大きな人…ハボック少尉には『彼女』を否定しなかったのに、チヒロさんには否定するんだろう?
あの将軍にはからかわれたくなかったからだろうけど…。とむっつりと考えていると…。
「…そうだ、チヒロ。今度の休みっていつ?」
「うん?私は決まった休みは無いから、開けようと思えばたいていの日は開くけど…?」
「ん、じゃあさ。次の日曜日、こいつの服選んでやってくんねえ?」
「服?」
「はあ?エド?」
「来月兄貴の結婚式なんだって。けど、学生だからちゃんとした服持ってねーんだってさ。俺、女の服なんて分からねーし。」
「…それはかまわないけど…。」
と言ってチヒロさんは唖然と立ち尽くす私を困ったように見た。
20080119UP
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