夕日に頬染めて 2
ふいにチヒロさんがにっこり笑った。
「良いわよ。ただし、エドも来ること。」
「オ…俺も!?」
「そうよ。初対面なのに、二人だけで打ち解けて買い物なんて無理よ…さすがに。」
「そ…そうかあ?…あ、でもお前少尉の元カノと仲良くなったって…。」
「あら、良く知ってるわね。」
「じゃ、平気じゃん。」
「シリルさんとは偶然街で何回か会ったりして、自然に仲良くなって行ったの。…そういえばこの間シリルさんも結婚したのよ。式に呼んでもらっちゃった。素敵だったー。久しぶりにイーストシティに行ったのよ。」
「そっか、古着屋のおっちゃん喜んでたろ。」
「うん。…あ、あの時の新郎の妹さんが着てた服、あんな感じキャロルさんに似合うかも。」
「だから、それ見てやってくれ…って。」
「いいわよ。だからエドもね。」
「何で。俺、女の服なんて分かんねーって。」
「あらいやだ。分かってないわ、エド。女の子の買い物には荷物持ちが必要よ。」
「んなっ!?」
「うふ、私も男を連れて行くからダブルデートしようね。」
「男!誰!?」
「アル。」
「ああ、なんだ。アルか。」
「?」
「ああ、俺の弟。」
そういえば『エルリック兄弟』…って有名だった。
「…なんか、勝手に決めちゃってごめんね?」
「あ…ええ。」
「どうせ、エドが勝手に言い出したんでしょ?この子、思いついたらスグ!だからね。」
「子供扱いすんな!」
「あら、私だってちゃんと大人として見てもらえるようになったのは20歳過ぎてからですからね。エドはまだ後何年あるかしら〜?」
「そりゃあ、お前がガキだったからだろ!」
「エドだって同じですー。」
「違うね!」
「同じよ。…もう、無理して大人にならなくてもいいの。人間ほっとけば自然に年取って大人になっちゃうんだから。」
「…チヒロ。」
「有意義な学生生活送って、可愛い彼女とデートでもしなさい。二人とも軍人になったら、どこに配属されるか分からないんだし。下手したら、なかなか会えなくなっちゃうんだからね。」
「………。」
「青春できるの、今のうちよ。」
「年寄りくせえ。」
「減らず口。」
チヒロさんはひょいとエドの口の横を引っ張る。
「イデデデ。」
それから、なし崩し的に待ち合わせの時間と場所が決まる。
「じゃあ、私仕事があるから。」
「おう、悪かったな。」
「あ、『案内』しなくて平気?」
「分かるわい!」
「ふふ、じゃあね、キャロルさん。」
「あ、…はい。」
チヒロさんは軽やかに小走りで走っていってしまった。
「………。」
「………。」
「…キャロル。…勝手に決めちまって、嫌だったか?」
「あ…え?」
「チヒロはセンスが良いから、良い服を選んでくれると思ったんだけど…。」
「あ…うん。えーと…びっくりしたけど…。うん、ありがとう。」
エドなりに、私のために良かれと思ってくれたのだと分かるから。
「そっか、良かった。」
ニカっと笑う。
ああ、この表情好きだなあ。
元気で屈託のない笑顔。
以前は、なんか色々とあったらしいけど…。
ご両親が亡くなったり、なんか事情があって旅をしていたり…。
その全てを話してくれているわけじゃないけど、今笑って私の隣に居てくれるのなら、それで良い。
いつか私が、全てを話しても良いと思えるような存在になれたら良いなあ。
「ご、ごめん。あんまり可愛くて…。」
くくくと、笑いが収まらないチヒロさん。
「お前なあ。」
「エドも、ちゃんと青春してるんだなあ…って思って…。」
と、何とか笑いを納める。
「はじめまして、キャロルさん。エドワードの弟のアルフォンスです。」
「あ、はい。はじめまして、キャロル・マンセルです。」
エドより温和な顔と幼い声。幾つ年が離れているのだろうか?
「すみません、いつも兄がご迷惑を…。」
「あ…いえ。」
見た感じ15歳にもなっていないアルフォンス君を驚いて見つめた。すごい、しっかりしてる。
「アル、お前…又か…。」
アルフォンス君の手には小さな擦り傷や切り傷がたくさん有り、絆創膏もたくさん張られていた。
「あ…はは。なかなか慣れなくて…。」
「気をつけろよな。以前とは違うんだから…。」
「うん。…まだ、とっさのときに手や足が出ちゃうんだよね…。」
「小さい傷のうちは良いけど…。下手したらそのうち大怪我するぞ。」
「うん、分かってる。気をつけるよ。…怪我する体に戻れたんだものね。」
「さて、行きましょうか。」
一瞬『?』となったけど、チヒロさんがにこりと笑って歩き出した。
チヒロさんの案内で街を歩く。
「そういやさ、チヒロ。」
「うん?」
「おめでとう。」
「?…何で知ってるの?今日話して驚かせようと思ってたのに…。」
「あ、ごめん。僕が言っちゃった。」
「そっか。うん、ありがとう。けどまだずっと先よ?」
「そうなのか?」
「…どうかしたんですか?」
「結婚、すんだって。」
「まだ、先よ。約束だけ。」
少し照れた表情で振り返ったチヒロさんが左手を見せる。薬指にはシルバーの指輪が光っていた。
「うわー、おめでとうございます。」
「ありがと。」
「何だよ、いつ買ったんだよ?」
「うん。昨日。」
「昨日?」
「本当はお休みのはずだったのに、結局半休になっちゃってね。本当はもっとじっくり選びたかったのに…。」
「ま、しゃーねーじゃん。忙しいんだし。」
「そうだよね。でも、良かったよね。一時はどうなるかと思ったけど…。」
「本当だよな。」
「何よ?『どうなるか』…って。」
「少尉が怪我して入院とかあったじゃん。」
「うん、その時にいろいろ…。」
「………あー、もう。あんたたちもアレよね。男ってことよね。」
「は?」
「え?」
「キャロルちゃん、行こう!」
「え?は?は…い。」
ぐいと腕を掴まれる。…そして何気に『ちゃん付け』になってるし…。
「な、なんだよ!」
「チヒロさん?」
兄弟が慌てて後ろからついてくる。
「な…どうかしたんですか?」
「………彼の、浮気相手…ボインだった…。」
「んな!許せませんね!」
「でしょう?」
「はい!行きましょう!」
「良し、買い物!」
「はい!」
おー。と手を振り上げ二人でぐんぐん歩いていった。
「意気投合してるし…。」
「あは、兄さん。彼女取られちゃったね。」
「なっ、アル!」
「幸せになってね、兄さん。」
「お前もな。」
「うん。」
「頑張って、ウインリィを落とせ!」
「あー、遠い道のりだよねえ。」
「情けねーの。」
「兄さんこそ。さっきキャロルさんと二人で赤くなって何してたのさ。」
「ゔっ。」
エドワードが言葉に詰まったとき。
「おーい、二人とも。置いて行くよー。」
前方からチヒロの声が掛かる。
その隣ではキャロルが笑っていて…。
エドワードとアルフォンスは一瞬互いの顔を見合わせた。
「おー。」
「今行くー。」
20080120UP
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月子の勝手な設定。
ブラッドレイ大総統は失脚。エドは腕はそのままで足だけ元に戻る。アルは10歳当時の身体。
アルはロイの家に居候しつつ、医者になるべく勉強中。
鎧だった頃の癖で、つい手や足をぞんざいに使ってしまい生傷が絶えない。
チヒロ。実はハボがボインに惑わされたことを怒っていた模様。
『しょうがない』ではなく、怒れるようになったのは成長…かな。
(08、01、28)