夕日に頬染めて 3

 


「えー。じゃあ、お相手はこの間の少尉さん?」

「うん。まあね。」

 服を選びながら話す。

 エドとアルフォンス君は店の隅の方で気まずげに待っていた。

「すぐにじゃない…って、どういうことですか?」

「今は二人とも仕事を頑張る時期かなあ…って思って…。『3年浮気しなかったら』って言ったの。」

「え?浮気しなかったら…?」

「だって3年後も私を好きで居てくれるか分からないでしょ?」

「…チヒロさん…そんな…。」

「キャロルちゃんは自信ある?」

「あ…無い、ですねえ。」

「…あ、これどう?」

「わあ、可愛い。」

「サイズどうかな…色は…?あ、明るい色の方が合うかなあ?結婚式だものね。」

「ですね。」

「で、自信ないんだ?」

「だって、手を繋いだこともありません。」

「え…、ごめん『彼女』って私の勘違い?」

「あ…や…その、なんと言うか…。」

「あ…分かった。今、ボーダーライン上なのね。」

「あ…そうです。そんな感じです。」

「う〜ん。微妙なんだよね。くすぐったくって切なくって。…私は長かったからなあ、ライン上が。」

「そうなんですか…?」

「うん。はい、これとこれ試着。」

「え?あ、はい。…辛くなかったですか?」

「う…ん、辛くは無かったかな。ただ、優しい人だから…誰にでもね。だから、私にだけ特別じゃないんだなあって思うときは…切なかった…かな。」

「そうですか…。私は逆ですね。エドって好き嫌い激しいじゃないですか。で、はっきり言うでしょ?本人に悪気が無くても、私には痛いことって結構あったりして…。」

「あ…、子供なのよね。まだ。」

「言い切りましたね。」

「うん。言える自分がちょっと嬉しいかも。」

「?どういうことですか?」

「初めて会ったとき、私が19歳でエドは14歳だったの。大人びててね。私よりずっとしっかりしてるわって思ってた。」

「そうなんですか。」

「うん。ちょっと辛かった。アルもだけど、どうして私が守ってあげられないんだろう。まだたった14歳の子を甘えさせてあげられないんだろう。私の方がお姉さんなのにってね。」

「……そうだったんですか…。」

「だからね、今日のこと。エドに頼まれたのってちょっと嬉しかった。少しは頼ってくれてるのかなあって思って。」

「エドはチヒロさんのこと大好きだと思いますよ。」

 そう、ちょっぴりヤキモチを焼いてしまうくらいに。

「ふふ、ありがとう。私も大好きよ。エドもアルも、あなたも。」

「え?」

「はい、試着室はここ。」

「あ、は、はい。」

 それから結局3軒回ってようやく服が決まった頃にはエドもアルフォンス君もくったくたに疲れていた。

「だらしないわねー。」

「本当。」

 対して私たち女性陣は上機嫌だ。だってとっても素敵な服が見つかったから。

「なんで、こんなに回るんだよ!」

「良いもの買いたいじゃない。」

 ねー。と声を合わせる。

「さ、お昼にしよっか。午後はアクセサリーね。」

「げ、まだあるのかよ!」

「……あ……は…は…。」

 叫ぶエドに、力なく笑うアルフォンス君。

「お昼ご飯は奢ってあげるから、午後も頑張って。」

「いいよ。俺、金持ってきてるし。」

「あら、私のお給料だって上がったんですからね。」

「ああ、技術員ってのも結構もらえるんだっけ。」

「ま、エドほどじゃないけどね。けど、今日は奢らせなさい。エドは、研究費からアルに仕送りもしてるんだから。」

「…うん、分かった。」

 アルフォンス君はお医者様を目指して勉強しているのだそうで、エドはその学費とかを出しているのだ。

 こうして私たち3人は、この日はチヒロさんの奢りで昼食を取ることになった。

 


 

 昼食の後は、アクセサリーの店を回る。

 その間、ほんの少しだけアルフォンス君と二人になる時間があった。

「兄は、学校ではどうですか?皆と上手くやってるでしょうか?」

「…国家錬金術師だからって、敬遠してる子もいるけど…。仲の良い人も何人か居るわよ。」

「そうですか。…我が強いって言うか…気が短いというか…。そういうとこあるんで、誤解されやすいんですけど…、ああ、誤解じゃないことも多々あるんですが…。」

「ぷ、分かる分かる。」

「照れ屋で、口が悪いんで頭に来ることも多いでしょうが、見捨てないでやってくださいね。」

「ア…アルフォンス君…。」

 本当はいったい幾つなの?とても見た目から当てはめられるような年齢には感じられないんですけど…。

「キャロルちゃん。次、この店ー。」

「あ、はーい。」

 私は慌ててチヒロさんを追いかけた。

 チヒロさんのセンスは確かに独特で。

『え?何でこの組み合わせ?』と思うのだけど、合わせてみると実にぴったり来るという不思議なものだった。

 私が感心しつつアクセサリーを選んでいると、店の隅で所在無く待っていたはずの兄弟が店内をうろついているのが見えた。

 …何をしているのかしら…。

 口には出さずに心の中で思っていると。

「ね、これどう?」

 チヒロさんがきれいなすみれ色のネックレスを手に取ったので、気持ちがそちらへ向いてしまった。

 服に色を合わせたネックレスとイヤリングを買い、本日の買い物は終了となった。

 服・靴・バッグ・アクセサリー・コサージュとそろえたのに予算内に収まったのは、きっとチヒロさんのおかげだろう。

「ありがとうございました。」

「いいのよ。私も楽しかったし。」

「あ…のさ、チヒロ。」

「ん?」

「兄さん、早く。」

「お、おう。」

「「?」」

 エドとアルフォンス君が互いに、つっつきあいつつチヒロさんにラッピングされた小さめの包みを差し出した。

「あのさ、婚約、おめでとう。これ、俺とアルから。」

「え?」

 ああ、さっき見ていたのはこれなのね。二人が居たのはブレスレットのコーナーだったから、そんな感じのものなのだろう。

「あんたたち!」

 チヒロさんはエドとアルフォンス君の腕を両腕でがしっと抱きしめた。

「おめでとう、チヒロさん。」

「うん。」

「幸せになれよな。」

「うん。」

「それで、いっぱい家族作って。」

「うん。でもあんたたちだってもう家族だよ。」

「チヒロ…。」

「二人っきりじゃないんだからね。」

「ああ、分かってるよ。」

「うん。ありがとう。」

 事情は分からないけど、それぞれがそれぞれを大切にしているのが良く分かって、私の胸もジーンとしてくる光景だった。

 


 

 チヒロさんとアルフォンス君と別れて、私とエドは帰路に着いた。

「ごめんね、荷物ほとんど持ってもらっちゃって。」

「そんなに重くねえし、平気だよ。…それより、急がねえと寮の門限やばいかも。」

「あ、うん。そうだね。」

 駆け込むのは嫌だから、二人して少し歩調を速める。

 寮の門限は信じられないくらい早い。届けを出してあれば多少遅れても大丈夫だけど、今日は普通の外出許可しかとって居ないから時間までに帰らないとペナルティが課せられてしまう。

「あ、そうだ。今のうちに渡しとく。」

「?」

 エドが小さな包みを差し出した。

「なあに?」

「いや…うん、ちょっと、目に付いたから…さ。」

 なんだか目線をはずして、鼻の頭とかポリポリかいてる。

 なんだろう?と思いながらも、包みを開けてみると。

 細いシルバーのシンプルなチェーンだった。

「エド?」

「この間、チェーンが切れたって言ってたろ。ヘッドは気に入ってるようだったから、あれに通してつけりゃいいよ。」

 照れたようにぶっきらぼうに話す。

 チェーンの切れた話はしたけれど、あのネックレスのヘッドがおばあちゃんの形見でとっても大切なものなのだって話はしてないはず。

 なのに大切にしているのを見ていてくれたんだ…。

「あ…ありがとう。」

 婚約祝いだと分かっていても、エドからプレゼントをもらえるチヒロさんが羨ましかった。今までにエドから何か貰った覚えもなかったから…。

「すっごく嬉しい。」

 私はきっと満面の笑みを浮かべてしまっていただろう。

「おう。」

 エドの顔が赤いのは夕方だからってだけじゃないはずだ。

 柄でもないことをした…と照れているんだろう。

「ね、エド。」

「うん?」

「手、繋いでもいい?」

「え゙…お、おう。」

 互いにぎこちなく手を伸ばす。

 そっと触れた手を、エドの手がぎゅっと握る。

 今きっと、私の顔もエドに負けず劣らず真っ赤になっているだろう。

 『ボーダーライン』の時期を『くすぐったくて、切なくって』と言ったチヒロさん。

 今はくすぐったい時かなあ?なんて考えていると、なんとなくエドの肩が触れ合うほどすぐ隣まで来ていた。

 人ごみの中だからかなあ、と思っているうちに。ふいにエドの顔が近づいてきた。

 唇に柔らかく押し当てられるもの…。

「っ!」

「………、行こうぜ。」

「あ、うん。」

 照れたエドの横顔を見ながら思う。

 いつか、私も。エドの家族になれたらいいなあ。

 



 

「エド、大好きよ。」

「っ。バ…何言って…。」

 照れたエドの顔は、夕日なんかよりもっともっと赤かった。

 

 



 

 

 

20080129UP

END

 

 


これにて『夕日に頬染めて』は終了です。
最後まで読まないと、題名の理由が分からないという…。
感想などいただけると嬉しいです。
(08、01、31)

 

 





前 へ  目 次