Angel's Wing 19
「お前は昔からジュディには適わないように出来てるんだ。」
リックさんにそういわれて、中佐はとっても大きな溜め息を付いた。
「………ったく、しょうがねえなあ。」
そういうと中佐は一度きちんと着た軍服の上着をもう一度脱いで、ジュディさんの頭にかぶせた。
「…何?」
「マスコミの前で、殴られた顔さらすのか?」
「…嫌。」
ジュディさんよりは背が高いものの、体格の良い他の軍人さん達と比べてみると幾分小柄に見える中佐。
けど、ジュディさんを抱き上げる腕も、そのまま歩き出した足元もがっちりとしていて正に軽々と言う感じ。(そりゃ、ジュディさんが軽いということもあるだろうけど。)
「さ、君も行こうか。」
リックさんが私の肩をそっと支えるように押してくれて、私は大切な楽譜をしっかりと抱きしめたままその場を後にした。
事件後。
『ジュディ・M』の事務所は、彼女の1ヶ月の入院と休養を発表した。
表向きの理由は、軽症ではあるが事件で負った怪我の治療と精神的ショックを受けたため…。と言うことだったが、実際は顔にある殴られた痕が綺麗に消えるのを待つというのが大きい。
今回の件に便乗した類似の事件が起こる可能性もあるので、ジュディは自宅ではなく病院でその1ヶ月を過ごすこととなった。
その方が警備がしやすいからだった。
そして、『ジュディ・M』の所属する事務所ビルの建て替えも行われることとなった。
俺が変形させた床は、勿論きちんと元に戻しておいたけど。
テロリスト達が侵入したときや、軍が突入したときなどの弾痕や血の跡が残っているし。
それに、他の従業員の中にも精神的にショックを受けたものもいて、そのまま使うのは業務に支障をきたすと言うことで。かなり、デザイン的にも今までとは違う感じで作り直すらしい。
その間も、『マーガレット・コール』の新曲のプロジェクトは着々と進んで行った。
ジュディの作った曲でイメージチェンジを図り、成功させて大ヒットを飛ばした彼女は。その後、事務所こそ違うものの『ジュディ・M』の妹分として第2の歌姫としての名声を得ていくこととなる。
そうして、色々な事が変わっていく中。
俺の心境も変化していった。
事件後数回は、俺も『事情聴取』と言う公明正大な理由を掲げて病院へと訪れることが出来た。
公に発表されている様子よりも、ジュディ本人が元気なのは知っていた。
入院生活も3日で飽きて。『退屈だ』とブツブツ言っていたし。
けれど、特別室に入院している彼女が自由に部屋を出ることは出来ず。…病院の庭を散歩することすら自由にすることを許されなかったのだ。
当然、抜け出して会うなんてことが出来る訳もなく。
連絡はほとんどが電話と言うことになるのだが…。
コレも病院と言う場所のせいで自由にという訳には行かない。
こちらからかけるときは病院の代表にかけることになる。そして無条件でつないでもらえるのは事務所関係か家族だけ…と言われ。そのどちらでもない俺は、取り次いですらもらえなかった。
『司令官』と言う立場を利用できるのも、最初の不自然さが無いうちだけだった。
そして、名前だけは有名な俺は。エドワード・エルリック個人として連絡を取ることさえ出来ない。
ジュディのほうからも何度か電話はくれたけど、仕事に追われる俺といつもタイミングが合うわけでもなく。本人は言わないが、きっと実際に話せた回数よりももっとずっと沢山電話をかけてきてくれていたと思う。
退院直前の頃には手紙が送られてきて…。
手紙自体はとっても嬉しかったけど、同じ街に居るというのにこんな通信手段しか残されていないのかと情けなくなったものだ。
そうやって、会うことも声を聞くことも間々ならない状態でいた俺の目の前で。
あの、童顔上司は『兄』であると言うだけで頻繁に病院を訪れたり連絡を取ったりしているのだ。
勿論、公には『焔の錬金術師ロイ・マスタング』がジュディの兄であることは秘密となっているので。軍服を脱いで、ただの1個人として会いに行っているらしいが…。
そして、事あるごとにそれを俺をからかうネタに使ってくる。
クソっ。ムカつく!!
そんなジリジリとした1ヶ月が過ぎてようやくジュディが退院した。
コレで、少し会えるようになるかと思えば。復帰の会見だの雑誌の取材だの。ラジオ出演だの。遅れていたスケジュールを埋めるだの………。
一気にジュディが忙しくなった。
そんなこんなで。俺とジュディがゆっくりと二人きりで会うことが出来たのは、事件後2ヶ月以上がたってからだった。
久々に訪れたジュディのマンション。
顔を見た途端自分でも、タガが外れたと思う。
何度もキスして、抱きしめて。
言葉を交わすよりも、ベッドに押し倒してしまったのは我ながら情けないと思うけれど。それだけ、ジュディに飢えていたのだ。
何度抱きしめても満足なんて出来ないだろうと思うほどの渇望。
そんな俺に文句一つ言わなかったジュディだって、きっと俺とそれほど変わらない状態だったんだろうと思った。
出会った頃から、二人の間には距離があるのが普通だった。
俺は旅をしていたし、ジュディはその頃から忙しく活動していたし。
その後も、士官学校の寮生活だったり西方司令部への赴任だったりと。ある程度離れているのは当たり前だった。
だからこそ、たまに会えるときはとっても嬉しかったし。そんなメリハリが良いのだと会えない寂しさの言い訳をしていたけれど。
どうやら、それも限界のようだった。
今回の事件で思い知った。
彼女に何かあったときに、ちゃんと傍に居られないのが嫌だ。その権利が俺に無いといわれるのが嫌だった。
今回は、事件解決という形で俺もかかわることが出来たけれど。
例えばそれが、俺とは何の関係も無い怪我や病気だったら?
公にはそれを知る権利の無い俺には何の情報ももたらされないことになる。(実際には事務所の人や将軍が教えてはくれるだろうが…)
入院したって見舞いにも行けず。
仕事が立て込めば会うことすら間々ならない。
一緒に暮らせたらいいな…とは、前から思っていた。
けれど、これはそんな漠然とした淡い思いじゃない。
「なあ、ジュディ。」
「…んー?」
「俺、お前に話があるんだけど。」
「うん、私も。」
にっこりと笑ったジュディ。その顔を見てその想いは俺と同じだと分かった。
「『せーの』で一緒に言おっか。」
ジュディにも分かったらしい。楽しそうにそう提案する。
「おう。」
じゃあ、と二人で目を合わせた。
「せーの。 「結婚しよう。」」
ははは、ふふふ。
二人で肩を揺らして笑い会う。
「私もね、ずっと考えてたの。もしも逆だったらどうだろう…って。」
「逆?」
「そ、エドが怪我とかして入院したら…って。下手したら入院していることすら知らされないかも…って。」
「………。」
「実際は誰かが教えてくれるとは思うけど…、お見舞いなんて行けないかもしれないし…。そうやって会えないでいるうちに、エドが美人の看護婦さんと浮気したりしちゃうかも…って。」
「何だ、そりゃ。将軍じゃあるまいし。」
「ふふ。けどね、不安になる時って。色々と考えなくていいこと考えてしまいそうだし。」
「まあな。」
「それに、それにね。エドにもしも、の事があったとき…。」
軍人である以上その懸念が避けられないのは仕方が無い。
俺が死んだ時。リゼンブールのアルには連絡は行くだろうが、ジュディには行かないだろう。そして、軍が取り仕切ることになる葬式やその他の行事にジュディは参列することすら許されない。
「だったら、家族になっちゃえ。……って思った。」
「ああ、俺も。」
何かあったときに、それを知る権利が『家族』にしかないのだというのなら。家族になってしまえばいいのだ。
成人した俺達が家族になろうと思ったら、結婚するのが一番良い。
「…これから、又暫く忙しくなるね。」
「そうだなあ。」
将軍にもアルにも報告しなきゃいけないし、その他様々な雑事に追われるのだろう。
けど、それはきっと辛い忙しさじゃない。
二人が家族となるためのプロセスなのだ。
「…えーと、これからもよろしくお願いします。」
「ああ、こちらこそ。」
改めて見詰め合って、笑い合って。そっと唇を重ねた。
初めて出会った時にはこんな風になるとは思いもしなかった。
好きだって気持ちに気付いてから、どれ位経つだろう?
初めてキスしてからは?
最初に喧嘩をしたときからは…?
沢山の時間を重ねて、ここまで来た俺達。
けどこれからもっと沢山の時間を積み重ねていくのだ。…家族として。
20060812UP
END
これにて、「Angel’s Wing」は終了です。
長い時間をかけてダラダラと続けてまいりましたが、お付き合いくださいましてありがとうございました。
実は、この後。
エドとジュディの結婚式に出席するために、アルとウィンリィがセントラルへやってくるお話もあるのですが。
ウィンリィが大嫌いなときに作った話なので、彼女の扱いがあまりにも酷くて…。
とりあえず、ここで一旦「完」とさせていただき。その後は又改めて作り直してから…とさせていただこうと思います。
今のままでは、ウィンリィはジュディの事を知らないままだし、アルはウィンリィに片思いのままだしね。
「完」だと言いながら、すっきり「完」とならない話が多いですが。よろしくお付き合いくださいませ。
感想などを、日記の方へいただけると嬉しく思います。
では。
(06、08、29)