Angel's Wing 18
「なッ!?練成陣!?」
男達も気が付き慌てて銃を構え直すけど、その時には中佐はその練成陣の上に左手を添えていた。
青い光があたりを包み、床がぐいっと持ち上がる。
それらが男達へと襲い掛かり、ガツンガツンと壁に打ち付けた。
一瞬の出来事だった。
「……こんなもんかな。」
満足げに中佐が腰に手を当てた。
そして、服の中に仕込んであるらしいマイクに向かって『リック、終わったぞ〜』とか報告している。
「……な…何が…。」
私が唖然としていると、ビルの外からは一斉に軍が突入したらしい雄たけびと銃声が聞こえてきた。
私たち人質の安全が確保されたため、ビル内にまだ残っている犯人グループを鎮圧しながらここまで来るのだろう。
「怪我、なかった?」
ジュディさんが優しく聞いてくれる。
「え、ええ。けどこれ……?」
「さっき、マジックを服の中に隠したの。それで、私が書いたのよ。」
「この、…え…と。練成…陣?を…ですか?」
「ええ。」
「ジュディは一度見た練成陣は忘れないんだ。忠実に再現できる。」
「え…あの…。」
「エドが中に入るって聞いたときにね。きっと手を使えなくされるだろうなって思ったの。だって、錬金術を使えなくするにはそれが一番だもの。
けど、練成陣があれば片手だって練成は出来るから…。」
「……助かったよ。ああ、腕。嵌めてくれ。」
「うん。」
放り投げられていたオートメイルを拾ってジュディさんに渡す。
軍服やその中のTシャツを脱ぐと、なんだか凄い傷があって肩には機械の部分が…。
そこにまだ縛られたままの不自由な手でジュディさんが、渡された腕をはめ込む。
「ッでっ!」
痛むのか、ビクンと中佐の身体が跳ねた。
「はめ込むときのコレ。何とかならねーのかなあ。」
と口の中でぼやく。
そして、私たちの両手を縛っている縄を解いてくれた。
「…にしても、お前。何かしたのか?殴られてんじゃん。…イシュヴァール帰りがむやみにお前に手え出すとは思えねえんだけど…。」
中佐がそっとジュディさんの頬をなぜる。なんなの?この二人?
「だって、マジックが少し離れたところにあったから…。」
え、マジックを自然に手にすることが出来るように…まさか、わざと男達を怒らせたの?
「ったく、しょうがねえなあ!」
「ごめん。」
「……うう…。」
男たちの一人がうめいた。さっきジュディさんと話をしていた男だ。
「………。」
壁と盛り上がった床の間に挟まったその男の傍に近付いていくジュディさん。
「……。イシュヴァールから帰った人が、全て幸せに暮らしてるわけじゃない…って事は知ってるわ。」
「………。」
「あなたがしたことが正しいなんて、これっぽっちも思ってないし。出来ればコレを最後に止めてもらいたいと思っているけど…。
でも、あなたや。その他のイシュヴァールに行った人たちが、命あって帰ってこれたことは嬉しく思うわ。」
「………。俺達のほかにも…。」
「ええ。幸せに暮らしている人もいる。あなたのように、辛いと訴える人もいる。
………。中には、家へ帰ったら、家族が全員亡くなっていた…って言う人もいたわ。
こんなこと、私が言うのはおこがましいのかも知れないけど…。辛いのはあなただけじゃないのよ?」
「………。」
「私の兄も、イシュヴァールへ行ったの。
帰ってきてから、毎晩うなされていた。隣の部屋に寝ている私が飛び起きてしまうような大きな声で、叫んでいた。
『止めろ』とか『逃げろ』とか『もう、嫌だ』…とか。
毎晩、起しに行くのが辛かった。
今は、別々の家に住んでいるけれど…。…もう、うなされていないと良いな…って。眠る時にはいつも思う。」
「………。」
「見ているだけも、辛いの。本当のところは分かってあげられないから。」
「…俺の…、逃げた女房も…辛かったのかな。」
「分からないけど。…きっと。」
「あんたに迷惑をかけたのは悪かった。……けど、きっと俺もあんたに会いたかったんだ。『待っている』と言ってくれたあんたに。」
「ええ。ありがとう。生きて帰ってきてくれて。」
「………。」
顔は伏せていたけれど、泣いていたらしい男は。ようやく駆けつけた軍の人たちに連行されていった。
「あ…れ…。ジュディ…何か殴られてないか?」
中佐の副官らしい人が、こっちを見て親しげに声をかけてきた。
「あら、リック。お久しぶり。」
「ども。…何か、やらかしたんですね。」
「まあ、人聞きの悪い。」
「……ったく。後でエドに怒られたって知りませんよ。」
「…怒ってる?」
「でしょう、そりゃ。……あなたのこと『びっくり箱』だって言ってた気持ち、分かりましたよ。気の休まる時が無い。」
「そこまで酷くはないと思うけど…。」
ジュディさんが呟いた時に、『こら!何サボってる。』と中佐の声が飛んだ。
「ほら、怒ってる。」
そう首を竦めてリックさんは指示を出している中佐の方へと行ってしまった。
「マーガレット。」
「あ、はい。」
「楽譜、探しましょうか。」
「へ?」
「新曲の楽譜。」
「あ、は…い。」
や。そんな場合じゃないんじゃないでしょうか?
現場検証(?)をしているらしい軍人さん達に紛れて、散乱した備品の中から楽譜を探す。
幸い2曲分とも全て見つけることが出来た。
「……今なら事務所の人はいないから…正直に言って?どっちの曲を歌いたい?」
「………。」
べビィフェイスのせいで、年相応に見られたことは無い私。クリンとカールしてしまう髪質も相まって、ずっと可愛いイメージで売ってきたけど…。もう年齢的に無理が出始めているのは自分が一番良く分かっていた。
事務所が私をどうしたいかなんて知っている。冒険はせずに、売れている今のままで行けるところまで行って、売れなくなったらポイだ。
けど、私はそんなのは嫌。今回ジュディさんの作ってくれた曲は2曲ともステキだったけど、私が絶対に歌いたいと思ったのは…。
「…あの、……バラードの方を……。」
現代の歌姫と言われている人の前で、そうと口にするのは勇気が要った。
それは明らかに今まで歌っていた歌とは違うけれど、私が本来歌いたいと思っていた歌。19歳と言う私の年齢とピッタリ合った、大人と子供の中間で揺れ動く気持ちを表したようなステキな歌詞が並んでいた。
「そう、良かった。私も是非、こっちの曲をあなたに歌って欲しいと思っていたの。」
にっこりと笑うジュディさん。
ほっとしてつられてにっこりと笑った私の目の前で、信じられないことが起こった。
「エード、コレ。」
そう言って、ジュディさんは中佐を呼んで私が選ばなかった方の楽譜を差し出した。
「………いいのか?コレだってお前が作った曲だろ?」
「良いのよ。」
「…そっか。」
中佐がパンと両手を合わせると、そこから青い光が広がって楽譜がボロボロと崩れてしまった。
「!?」
唖然と見ている私の前で。
「あら、大変。テロリスト達に楽譜が台無しにされてしまったわ。」
ジュディさんが、困ったように首を傾げた。
「へ?」
「でも、良かったわね。そっちの曲は無事で。」
と、私が抱きしめている楽譜を示す。
「は?」
「仕方ないわよね。もう1曲がだめになってしまったんですもの。その曲を歌うしかないわね。」
ね。と笑いかけられる。
「………っ。あ、ありがとうございます!」
事務所に意見することが許されない私。その私が事務所も公認の上で歌いたい曲を歌えるように、もう1曲の楽譜を無くしてくれたのだ。
「…何か、俺が言うのもなんだけど…。あんたのこと、ジュディは結構気に入ってるみたいなんだ。」
「は?」
中佐に話かけられて、きょとんと見返してしまった。
「だから、まあ。これからも頑張れよ。」
「は…い。」
戸惑いつつ頷いて。…で、なんだか分かってしまった。この二人って…。
それをこうして暗にでも分かるように接してくれるってことは、それだけ私を信用してくれているってことなんだろう。
公にしたら、大スクープだろうけど(だって二人とも有名人だから)私はきっとそれをしない。そんなことをして、この二人が寄せてくれた信頼を裏切りたくはないと思った。
「お前怪我は、殴られたそこだけなのか?」
「う…、へへへ。」
「っ、他にもどっかあるのか!?」
「あ…のね。倒されたときにちょっと腰を打ったかなあ…って。」
「え!?ジュディさん!?」
「それで平然と歩いてんじゃねーよ!」
「そんな…歩けないほどじゃないわ…。青タン位は出来てるかも知れないけど…。」
「…はあ。ったく。」
誰か、担架を。と声を上げかけた中佐をジュディさんが止める。
「やーよ。担架なんて。どうせマスコミも来てるんでしょ?」
「そりゃ来てるけど…、いくら動けるって言ったって下まで階段降りては行けねーだろ。」
「………。」
ジュディさんはにっこり笑って、中佐に両手を差し出した。
「…何だ、その手は。」
「抱っこ。」
「………ばっ!!」
途端に真っ赤になった中佐。『抱っこしてやれば〜』とリックさんが背中を叩いた。
20060810UP
NEXT
ちょっと詰め込みすぎましたか?
本当なら、人質は保護されたら一番に外に出されるのでしょうが、エドに「好きにさせとけ」とでも言われたのでしょうか?有名なアイドル歌手が二人も揃っていたので、軍人さん達が気後れして声をかけられないでいるうちに。なにやら勝手な行動を…。
周りでは、うろうろとたくさんの軍人さん達が後処理をしていると思ってください。
次回で終わります。
(06、08、26)