Angel's Wing 17
軍が到着し、表は慌ただしくなったようだ。
けど、ビルの奥まったところにあるこの会議室では。まだ静かな緊張感が漂っていた。
「リーダーが今、交渉している。」
外の様子を知らせる男達が、何人か出入りしているくらいだ。
と、そこへ。
「『鋼の錬金術師』が人質二人と自分を交換しろといってきた。リーダーが中へ入れることを承諾した。」
外へ出られる?一瞬喜んだ私。
「大丈夫なのか?」
男達は不安そうだ。
「大丈夫だ。何でも奴は両手を合わせて錬金術をするらしい。手を使えなくしちまえば問題ないそうだ。」
「そうか。」
「まさか、本当に交換するのか?」
「さあな。」
…なんてこと。出られるわけじゃないの?
この上司令官まで捕まったら、さらに不利になってしまうんじゃないのかしら?
「何を…要求しているの?」
「活動資金と足と武器だ。そして、いずれは軍上層部と対等に交渉できるだけの力をつける。」
「………。それを全て軍から調達するの?随分人任せなのね。」
…ちょっと、ジュディさん。何をおっしゃってるんですか?あまり犯人を刺激しないほうが…。
「何だと!」
ほら、案の定。男達がいきり立った。
「私は曲を作って歌うわ。それをレコードにして出して、皆に買ってもらう。そのお金で、こうやって綺麗に着飾れてる。」
ジュディさんは縛られた両手を上げて綺麗に整えられたネイルを男たちに見せた。
「ね、綺麗でしょ?」
…何、言ってるの?そんな挑発するようなこと。
「それがただれてると言うんだ!今、喰うのに困ってる人間がどれだけ居ると思ってるんだ!
戦争孤児となり、文字も読めないで重労働を強いられてる子供達がどれだけいると思ってるんだ!」
「私の爪を綺麗にしてくれる人がいる。衣装を調えてくれる人がいる。髪を結ってくれる人がいる。写真を綺麗に撮ってくれる人がいる。そして、それらの機材や材料を作る人がいる。
その他にも沢山のスタッフに支えられてる。
分かる?そこには雇用が発生するの。私は私を支えてくれる人たちにきちんとお給料を支払わなければならない。そうしないと、スタッフやその家族の人が飢えてしまう。」
「………。」
「その他にも、コンサートをすれば会場を作ってくれる人、チケット販売をしてくれる人。舞台の裏で働いてくれる人。沢山の人を雇用することが出来るわ。
私がラジオに出ればそのスタッフ。ポスターを作ればそれに係わる人。全てに雇用が発生して、その人達はお給料を手にすることが出来る。」
…本当にこの人は…そんなことまで考えて活動しているの?
けれど、聞いたことがある。
幾つかの孤児院に多額の寄付をしている…と。
売名行為だと言われていたけれど…、アレは本当だったの?
「だから、なんだって言うんだ。そんなことがなんになる。ほんのお前の周りの人間だけじゃねーか。」
「確かに、直接潤うのはこの国全体から見たらほんの一部かも知れないわ。
けど、彼らは得たお金で買い物をする。お店は売り上げを得ることが出来るし、仕入れの業者だって助かるはず。
……あなたたちは?
さっき、食べるのに困ってる人がいる…って言ってたわね。それに、重労働をさせられている子供もいる…って。
あなたたちは、その人たちに何をしてあげたの?」
「っ。…彼らを救うために、こうして現政府である軍を倒そうと…。」
「あなたがその武器をどこから仕入れたかは知らないけれど。幾ばくかのお金を払ったんでしょう?そのお金で潤うのは、武器の商人や横流しをしてるような人なんじゃないの?
飢えている人や、働かなきゃならない子供達にまで流れていくとは到底思えないわ。
どうして、そのお金で子供にパンを買ってあげなかったの?」
「パン1個買ったところで、なんになる!」
「けれど、その日1日は生きることが出来るじゃない。」
唖然。
どこかつかみどころがなくふんわりとした印象の『ジュディ・M』。
実際に会って話をしても、それほどその印象は変わらなかった。
なのに今はどうだろう。
その視野の広さに、思慮の深さに。正に唖然とする。
「………。」
「本当は、逃げてるだけじゃないの?」
「何だと!?」
「自分が悪いんじゃない。悪いのは国で軍で、軍人で。自分を理解してくれない家族が悪い。恋人が悪い。友人が悪い。
お金を持ってる人が悪い。幸せに笑う人が悪い。泣くだけの弱い人が悪い。」
「………。」
「自分が悪いんじゃない、周りの皆が悪いんだ。だから、何をしたっていい。飢えている子供をほおっておいて武器を購入しようと。
女性を人質に取り軍を脅そうと構わない。だって、悪いのは周りなんだから、自分じゃないんだから。」
「………このっ。」
恐らく言っていることのほとんどが、的を得ているのだろう。
怒りのオーラをにじませながらも、男達は言い返すことが出来ずにいるようだった。
「あなたたちが、ここで大きな事件を起した。軍はどうしてもここへ集中する。
きっとこのビルの前は騒然としてるんでしょうね。沢山の軍人が集まって、きっと軍用車も沢山止まってる。 …野次馬もいるかしら?
…そのせいでもしも病人を乗せた救急車が立ち往生をしたら?そのことで病院に到着するのが遅れて、助からなかったら?」
「う、うるせ。俺達ゃ、高い志を持ってやってるんだ。大事の前の小事だ。多少の犠牲は仕方がねえ。」
「………政府と同じね。言ってることが。」
「つ!!」
「このっ!!」
「きゃ。」
「ジュディさん!?」
とうとうキレた男の一人に殴られて、ジュディさんは壁の方へと倒された。
男達が乱入した時に室内のテーブルや椅子はほとんどが倒され、壁際に寄せられていた。
テーブルの上にあった書類や、使用していた備品も同様で。それらが散乱する中へ、ザザッとジュディさんは倒れこんだ。
「黙っていろ、お前の演説を聞きに来たんじゃねえ。」
「おい、何やってるんだ?司令官が来たぜ。」
又メンバーの一人が入ってきて、扉の外を示す。
男達の意識が、司令官が連れてこられる扉の方へ向いたとき。ジュディさんが小さく動いた。
彼女の周りに散らばる備品の中から、黒いマジックペンを取りスカートの中へサッと入れた。 …そんなもの何に使うの?
私が首を傾げた時、戸口の方が騒がしくなり数名の男達と軍服を着た男の人が一人入ってきた。
この人が、『鋼の錬金術師』エドワード・エルリック?
一番に目に飛び込んできたのは見事な金髪ときつめの金の瞳。
沢山の銃口に囲まれながらも、平然と頭を上げて部屋へと入ってきた。
軍人にしては幾分小柄な気もするけど、…こんなに若い人だとは知らなかった。だって私が子供の頃から『鋼の錬金術師』とか『エルリック兄弟』とかの名前は聞いたことがあったから。
「お前が、『鋼の錬金術師』?中佐の?」
「ああ、そうだけど?」
男達に堪えながら、視線がこちらをみて。銃口を向けられている私たち、特に倒れているジュディさんを見て眉を顰めた。
「両手を合わせて錬金術を行うらしいな。」
「ああ。」
「封じさせてもらう。腕を外せ。」
「…分かった。」
『腕を外す?』何を言っているのだろう?
私が首を傾げたその時、中佐が左手で右手を掴みぐいっと引っ張った。
「きゃ。」
ずるりと軍服の中から腕が出てきてゴトンと床に落ちた。…オートメイル?
「これで、お前は錬金術は使えない。大人しくしていてもらおう。」
「人質の交換だ。俺が残る、あの二人は解放してくれ。」
「そういうわけには行かないな。」
「………。」
「軍の上層部への圧力は大きければ大きいほうが良い。」
「『鋼の錬金術師』。軍人となる前から、軍に迎合した狗で、上層部での受けも良い。良い交渉材料になるだろう。」
つまり、さらに上の人たちに交渉を持ちかけるつもりなの?
予想はしていたのか、中佐に取り乱した様子はなかった。
「……お前達もイシュヴァール帰りなのか?」
「何故分かる?」
「『ジュディ・M』の事務所を狙った時点で、モロバレだ。」
それほどまでに、イシュヴァールへ行った人たちに対するジュディさんの影響力って言うのは大きいの?
「『セントラルで待っている』コンサートで言ったジュディの言葉。それを頼りにここを訪れる退役軍人が年間どれ位いると思ってる?」
「……何だって…?」
中佐はゆっくりとこちらへ歩いて来た。
「正規の手続きを踏む者。無理やり押しかける者。…中にはジュディの自宅を突き止めて待ち伏せる者…。色々だ。」
「う…動くな。」
ゆっくりと私たちの前に立った中佐は、くるりと男達に振り返った。
まるで、私たちを背中で守るように男達を見回す。
「出来ることなら軍がきちんと警備をしたかったんだが…。」
「ふふ、良いのよ?だって、軍が1民間企業だけ特別扱いするわけに行かないでしょう?」
ジュディさんが柔らかく笑った。
…何?
「それこそ、『ジュディ・M』は軍に擁護されていると言われてしまうわ。」
「…それを気にする位なら、もう少し歌詞の内容を無難にしろよ。」
「あら、そこは譲れないわ。私これでも一応アーティストですもの。」
「ああ、そう。」
何なの?
「…何だ…お前ら…。」
男達も、急に親しげに話し始めた二人を訝しげに見る。
「それよりね、エド。この床。使える?」
「ああ。問題ない。」
そう言って、中佐は後ずさってこちらへとさらに近付いた。
その足元には丸い輪の中に様々な記号が書き込まれた文様があった。……練成陣!?
20060806UP
NEXT
世の中そんなに単純じゃないってことは、ジュディも月子も分かっているつもりですが。
男達を怒らせるために、一番表面の分かりやすいたとえを使ったと言うことで…。
12歳の頃から有名だったエド。もう10年以上前から。
19歳のマーガレットにしてみれば、6・7歳の頃からの有名人で…。きっとおっさんだと思ってたんだろうな。
(06、08、16)