Angel's Wing 16

 士官学校を速攻で卒業した俺は、20歳で軍人となった。

 セントラルでの研修を終え、配属されたのは西方司令部。

 軍人になったのと同時に正式に少佐という地位を得た俺は、西方司令部でいきなり副司令官と言う役職を貰ってしまった。

 当時俺の補佐についてくれたのはブレダ大尉で、随分と助けてもらった。

 そして2年程して俺が司令官となるのと同時にブレダ大尉は東方司令部へと転属し。その後に来たのが士官学校時代に友人だったリチャード・モリス准尉だった。

 元々頭が良い上に要領の良いリックは、すぐに頭角を現してきた。

 1年たって俺の副官に抜擢した時も、表立っては誰も文句を付けられなかったくらいだ。

 そして司令官として2年たった時。

『田舎は退屈だろう?』

 そうヘラリと笑った、童顔上司によりセントラルへと呼び戻された。

 司令官在任中に中佐になった俺、リックは移動と同時に少尉に昇進した。

 実質俺は、4年間ウエストシティにいたことになる。

 その間。出張や休暇でセントラルへ行ったし、ジュディも何度かコンサートの為にやってきた。

 けれども、どうにももどかしい距離が辛くなり始めた頃だったので。セントラルへの転属は願っても無い事だった。

 

 

『だから、これは勝負なのよ。』

「はあ。」

 普段のジュディからは想像も付かない台詞に、俺は困惑気味に相槌を打った。

 俺がセントラル勤務になったからといって。その兄の目の光るこの地で、まさか一緒に暮らすわけにも行かないので。

 俺は与えられた官舎で、ジュディは以前よりも高級感溢れるマンションで。それぞれの仕事をこなしていた。

 互いに仕事は忙しいものの、同じ街に住んでいるという安心感からか。以前より電話で話すことも増えた。

 自然と。近況を報告して終わり…という風だった西方司令部にいた頃よりも、突っ込んだ話をすることも多くなる。

 ジュディは今度、はじめて他のアーティストに楽曲を提供するのだという。

 その子は現在19歳で、今までは可愛い…というよりむしろ子供っぽいイメージで売っていた。

 彼女の事務所は、その路線のまま売りたいらしいが。本人と何度か会って話をしたジュディは、もっと大人っぽい歌を歌わせてあげたいという。

『だから、2曲作るつもり。大人っぽいのと可愛いのと。向こうがどっちを選ぶかなのよ。』

「お前は、大人っぽい方を選んで欲しいんだ?」

『うん。だから、勝負なの。絶対大人っぽい曲の方を歌いたいって言わせて見せる。だって、19歳だよ?いつまでもフリフリスカートで子供みたいな曲って訳には行かないでしょ?』

「けど、その路線で売れてんだろ?」

『だから、事務所の方はそのまま行きたいらしいのよね。けど、本人は迷ってるみたいなの。…だって、イメチェンってタイミングを逃すと難しいと思うのよ。』

「それは、そうかも知れないけど…。」

 はっきり言って余計なお世話なんじゃないかと思う。

 他所の事務所の方針や、接点が多かったわけでもないアーティストの将来がどうなろうと…、ジュディには関係がないはず。

 なのに、そこまで入れ込むのはジュディの性格なのか?その曲を提供する歌手『マーガレット・コール』を気に入ったのか…?

 本来なら、ただ曲を作るだけで良いのに。『イメージを掴むため』と称して何度か直接会って、コミュニケーションをとっているらしい。

『例えば、今は良くったって。来年は?再来年は?いつまでも子供って訳には行かないでしょう?』

「…まあな。」

『本当言うとね、人に曲を提供するのは初めてだから…。緊張してるだけなのかも。』

「そっか。」

『だって、どうせなら気に入って歌ってもらいたいじゃない?』

「ああ、そうだな。頑張れよ。」

「うん。エドと話したらちょっとほっとした。頑張るね。」

「おう。」

「エドは?兄さんと仲良くやってる?」

「…っ。」

 何を隠そう。俺が司令官を努めている中央司令部を統括する将軍は、ロイ・マスタング中将なのだ。

 基本的には好きにやらせてもらってるけど、あいつを見てると俺を見込んで…というよりは。ただサボりたいだけなんじゃないかと思うときがある。

「今ハボさんが南方司令部で、ブレダ大尉が東方司令部だから。淋しいみたいなのね、仲良くしてあげてね。」

「………って、幼稚園児じゃねーんだから…。」

 しかも、その人事を行ったのはマスタング中将本人なのだ。

 それにしても、中央・東方・南方を押さえ。

 現在、ファルマン中尉が北方司令部にいるし。西方には、俺の気心知れてる奴を置いてきた。(これも中将の指示による。)

 奴の野望は、着々と進んでいるようだった。

 暫く色々と話をして受話器を置いた。

 広い官舎は、シーンと静まり返り孤独感を募らせる。

 こんなことなら、西方にいた頃みたいに無理やり寮に入っちまえば良かったなあ。と思ったりする。

 ジュディと一緒に暮らせればな…と思わないでもない。

 たとえ一緒の家に暮らしたところで、互いに忙しい身。どの程度一緒にいられるものなのか見当も付かないが…。

 無駄に広いリビングを見渡して、はあっと一つ溜め息を付いた。

 

 

 その事件の1報が入ってきたとき、俺は頭の先から引いた血が足の先から抜けていくのをリアルに感じた。

「…何だって?」

「セントラルのビジネス街にある、芸能プロダクションのビルがテロリストに占拠されました。」

 報告する下士官が、メモを見ながら読み上げた住所は。紛れもなくジュディの所属する事務所のビルの場所を指し示していた。

「被害状況は?」

 とっさに声の出なかった俺に変わって、副官のリックが先を即した。

「はっ。中にいた人間はほとんど外に出されました。死者は今のところ出ていません。怪我も軽傷ばかりです。

 ただ、歌手『ジュディ・M』ともう一人、別の事務所のアーティスト『マーガレット・コール』の二名が人質としてビル内に監禁されています。」

「っ。」

「分かった、ご苦労。対策を検討してすぐに指示を出す。いつでも動けるように準備をしておけ。」

「了解しました。」

 リックの言葉に、敬礼をして下士官は出て行った。

「おい、エド。」

「ああ。…全く、参ったな。」

「お前は、ここに残るか?」

「いや。俺が行かねーと、『どうしても行く』と言って聞かない奴がいるから…。」

「?」

「とにかく一度、将軍に報告してくる。すぐに出られるように車を準備しておいてくれ。」

「分かった。」

 そして、案の定『自分が行く』と言って聞かない将軍をその副官となだめてすかして、最後には脅しつけてその場に留めると。俺はリックの運転する車で現場に向かったのだった。

 

 

「抵抗しなけりゃ、俺達だって無体なことはしねーさ。」

 下品にヒヒヒと笑う男たち。

 何日お風呂に入っていないのか?近くに来ると、なにやら饐えたような嫌なにおいがする。

「あなたたちの目的はなんなの?」

 私の隣で、同じように両手を前で縛られて銃口を向けられている『ジュディ・M』が落ち着いた口調で訊ねている。

「ただれた軍とただれた資本主義に走るお前らに、鉄槌を食らわすのさ。」

 ……はあ?

 確かにこの『ジュディ・M』の所属する事務所は儲かっていると思う。

 けど、どうしてそれが『ただれた資本主義』になるのか、私には分からなかった。ましてや、軍には関係ないでしょう?

「………。あなたたち…、イシュヴァールに行ったの?」

 ジュディさんが静かに聞いた。

 …イシュヴァール?

「おうよ。全員じゃねーけどな。あんたのコンサート、聞いたぜ。」

「そう。」

「よくも、簡単に言ってくれたよな。『セントラルで待ってる』…だったか。」

 コンサート?何のこと?

 よほど不思議そうな顔をしていたのだろう。ジュディさんが教えてくれた。

「私、イシュバールへ慰問コンサートに行った事があるの。11歳の時に。」

「は?」

 11歳?まだ、ほんの子供じゃない。

 そんな年で、内戦の場所へ?

 私は実際は知らないけれど『殲滅戦』って言うのは、本当に激しかったと教えられている。

 けれど、1つだけ分かったことがある。

 何で、『ジュディ・M』が軍に迎合している…などといわれる時があるのか…。昔、そんな形で軍に『協力』したからなんだ。

「無責任な子供の言葉に、感動した自分を罵ってやりたいね。

 あの後の殲滅戦の酷さを知らないだろう。

『待ってる』だって?ああ、帰ってきたさ。けど、普通の生活に戻れなかった奴がどれだけいると思ってるんだ!」

「………。」

 ジュディさんは少し辛そうに、小さく眉を顰めた。

 そんなのジュディさんのせいじゃないと思うのだけど…。

 その時、外を見張っていた男が駆け込んできた。

「おい、軍が到着したぜ。」

「そうか。」

「来たのは中央司令部司令官『鋼の錬金術師』エドワード・エルリックだ。」

「いよいよだな。」

 意気込む男達。

 そんな彼らに気付かれないように、小さくジュディさんが息を詰めるのを。私は不思議に思いながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

20060804UP
NEXT

 

 

初めに謝っておきますが。
実に、たいしたことの無いテロリスト達です。
チンピラに毛が生えた…程度の感じでお読みください。すみませ…。
(06、08、10)

 

 

 

 

前 へ  目 次  次 へ