Angel's Wing 15

「本当に大丈夫なのか?」

「うん。大丈夫よ。終わってから、たくさん寝るから。」

「…けど。」

「これがね。私の仕事、だから。」

「……うん。」

 ゆっくりと上体を起すジュディを支えてやりながら、冗談めかして言ってみた。

「ストレス発散したしな。」

「ふふ。覚えてたの?」

「当たり前だろ。」

「エドは?最近ストレス発散してる?」

「ストレスはあるけど、泣くようなことはないな。」

「そっかあ。」

「それに…きっと、こっちの方がストレス発散になる。」

 ぎゅっとジュディを抱きしめると、ふふふと忍び笑いが聞こえてきた。

「うおーい。大将。ジュディ。時間だとさ。」

 扉をドンドンと叩いて、ハボック少尉の声が掛かる。扉を開けないのは親切か?

「大丈夫、なんだな?」

「うん。」

 こくんと頷いてジュディはゆっくりと立ち上がった。

 そんな彼女を支えてやりつつ、毛布の下から現れた服に一瞬息を飲んだ。

 先程はジュディの様子がおかしかったので、そちらに気を取られていたが…。

「ジュディ。」

「ん?」

「何だ、その服は?」

「ああ、可愛いでしょ?」

「そりゃあ、…じゃなくて。」

「?」

 きょとんと首を傾げる。

 普段はラフな服の多いジュディにしては珍しく、上から下までコーディネイトしてある。

 流行のブランドの服を、『着られる』のではなく『着こなしている』あたりはさすがだと思うけど…。…そのミニスカートや胸元は、まずいだろ。

 ここは8対2で男子生徒の方が多い場所なんだぞ。

「…これ、着てろ。」

「?」

 机の上に丸めて置いてあった自分のコートを手渡す。

「何で?別に寒くないわよ?」

「いいから、着てろ!」

「?…似合わない?」

 ちょっと顔を曇らせる。

「似合うつってんだろ!」

「じゃあ、どうして?」

「いーーから着てろ!」

 俺はコートを押し付けると先に部屋を出た。

 後は少尉に頼んで、自分がやらなきゃいけない準備に取り掛かる。

 その後、ステージでリハーサルやスタッフとの打ち合わせをするジュディを見ると、俺のコートをちゃんと羽織っててほっとした。

 

 

「もう。」

 ぷっくりとふくれてジュディが部屋から出てきた。

「どうした?…って、それエドワードのコート?」

「そう。着てろって言うのよ。」

 訳わかんない。とプクンと膨れる。

 訳わかんないけど、ちゃんと着るんだ? そう思うと可愛くて笑ってしまう。

「なあに?」

「いや。」

「……似合わない?」

 少しコートの前を広げて、中の服を見せる。

「いや。すっげえ可愛いと思うけど?」

「頑張ったのよ、私。久しぶりにエドに会うしって思って、上から下までばっちりコーディネイトしてきたんだから。」

「うん。」

「なのにさ。これ着てろって。このダサダサコート。」

 台無しよ。ぜ〜んぶ台無し! 拗ねたように言い捨てる。

 旅をしていた頃の赤いコートは、もう駄目になってしまったのか?サイズが合わなくなったのか?

 今、ジュディが来ているのは紺色の無地のコート。

 せっかく可愛いジュディの服も綺麗さっぱり隠れて。ついでに、スラリとした足も膝の辺りまで隠れてしまう。

 ちょっと勿体ねーと思いつつ、エドワードの気持ちも丸分かりで。つい、笑ってしまう。

「ハボさん?」

「いや。お前ら可愛いなあと思って。」

「はあ?」

「だからさ、エドワードはジュディのばっちり決めまくった姿を他の男に見せたくなかったんだろ。」

「え?」

「特に、ミニスカートとか綺麗な足とか、開いてる肩とか胸の辺りとか。」

「………。そう…かしら。」

「じゃ、ねーの?」

「もっと際どいステージ衣装なんて、しょっちゅうなのに。」

「それは『ジュディ・M』。エドワードのためにおしゃれをしてきたのは?」

「………。ジュディ・マスタング。」

「だろう?」

「…じゃあ、エドは。少しは似合うなとかって思って見てくれたかしら?」

「少しじゃなくて、すっげえ思ったから隠しておきたかったんだろ。」

 本当かしら…。何て言いつつも、もう機嫌は直ったようで。

 しょうがないなあ。着ていてあげよう。何て笑っている。

 まったくお前らは可愛いなあ。

そう言うと。

「ハボさん。そろそろちゃんと彼女探したほうがいいんじゃない?私、紹介しようか?」

 とか可愛くない言葉が返ってきた。

 ひとしきり文句を言った後。

「でも、彼女紹介して。」

 と言ったら。『OK』と笑って。

「ハボさんも早く売っとかないと、おじさんになっちゃうもんね。」

 と、真剣な顔で言われてず〜んと落ち込んだ。

 

 

 

 俺は良く分からないけど、マネージャーさんに聞いたところによると。普段より力を抜いた感じのリハーサルだったらしい。

 けど、さすがプロ…と言ったところだろうか?

 ステージは迫力のある凄いものだった。

 舞台の袖で、リックと並んで眺めながらちょっと唖然。

 

 ………ジュディ。お前…歌詞、ヤバ過ぎ。

 前後の歌詞と並べてみれば。ちゃんと恋の歌だったり、将来の夢の歌だったり、色々あったけどこれから頑張っていこう的歌であったりするのだけれど。

 その一部分だけを見ると。

 取り方によっては『反戦』だとか『反軍事国家』だとか言われても仕方がないような言葉の選び方で…。

 検閲を気にしてたってことは………。………確信犯だな。

 

 これからは、買ったレコードは一応聴いておいたほうが良いかもしれない…。

 自立してて、ちゃんとプロなのに…どこか目が離せない彼女を持つと…気苦労が絶えねーな。

 笑いのこみ上げてくるような爽快感を覚えつつ。

 そんな彼女に熱狂する『仕官学生』達に『お前らそれでいいのか?』と内心溜め息をついた。

 

 

 

 

 

 

20060607UP
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  お ま け

 

「…ハア?」

『だから、私のファン。』

「空き巣が?…じゃあ、お前目当て?」

『じゃなくて。知らずに入ったんだって。で、どうやら女の一人暮らしらしいって分かったんで、金目の物を探すついでにあちこち荒らしてて。ピアノも壊して…。

 …そのうち楽譜とか見て私だって気がついたみたい。で、慌てて逃げたんだって、何にも取らずに。』

「はあ。間抜けな奴だな。」

『そんな呑気なこと言ってる場合じゃない!私のピアノ壊してったのよ!』

「そりゃ、そうだけど。」

『ところがさ…。その人、イシュヴァール帰りなんだって…。』

「元軍人?」

『ってより、一般徴用らしいわ。内戦終わって家に帰ったものの…。』

「………そっか。」

 あの内戦を経験した者の中には、元の生活にすんなり戻れなかった者も多いと聞く。

『しかも、私の慰問コンサートも聴いてたんだって。』

「………。」

『…怒れなくなっちゃった…。』

「そ……か。」

『ただねえ。ピアノが無いと困るからさ。』

「ああ。どうしたんだ?」

『一応、買った。黒いの。』

「それ、普通。」

『今度はグランドピアノじゃないから、部屋が広いわ。』

「へえ。」

『新しいのはいつかエドが買ってね。グランドピアノ。』

「へ?」

『最っ高級の一番いい奴ね!楽しみに待ってるからね。じゃあね!』

「うおい!」

 勝手に切られた電話。受話器からはツーツーツーと無常な音。

 …いつか…。グランドピアノを買うのは構わないけど…。

 

 ……ピンクに、塗らされるんだろうか…?

 

 

 

 

 

おまけ
END

 

 

 

一気に可愛くなっちゃったな、話が。
これで、学園祭編は終わりです。
次の話は、又しても時間が飛んで。エドが軍人になった後の話です。

 

 

 

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