Angel's Wing 14

学園祭当日。

慌ただしく準備をしていると、高級車で『ジュディ・M』が到着した。

「あれ…。」

 ついてきたのは、ハボック少尉。

 たしか少し前に、軍に復帰したって言ってたっけ…。

その彼が何故?しかも私服で。

「よう、大将。」

 相変わらずの呼び方で、ほいと手を上げる。

「…少尉、…何で…?」

「いや。ちょっとな。…控え室、どっちかな?」

「あ、ああ。こっち。」

 もう一人ついてきた事務所のマネージャーと3人を控え室へ案内する。

「やー、なつかしいなー。」

「え?少尉もここ出身?」

「いや、俺は東部にある学校出身だけど…。雰囲気は一緒だよ。学生臭い感じ。」

「へー。」

 先ほどから対外用の綺麗な笑顔を顔に張り付かせているジュディは、一言も口を利かない。

 居合わせた周囲の注目を浴びながら、控え室へと足早に向かい。

 バタンと扉をしめて。ほう、っとジュディが息をついた。

「?なんだよ?」

「いや、実はな。」

 ハボック少尉が口を開いた時。

「………っ。」

 ジュディの身体がふらりと傾いた。

「おっと。」

 一番傍に居た少尉が支える。

「ジュディ!?」

「……、寝てるな。」

「…はあ?」

「そっちのソファに寝かせて置くか。」

 少尉は軽々と抱き上げて、ソファに寝かせる。

「何か、毛布かなんかねーか?」

「おう、今持ってくる。」

 俺は急いで救護室から毛布を1枚奪うように取ってきて、控え室へと戻った。

 戻ってみると、マネージャーはステージの準備のほうへ行っているのか、居らずに。ハボック少尉だけが、ソファのジュディを覗き込んでいた。

 俺が持ってきた毛布を、当たり前みたいに受け取ってジュディにそっとかけてやる様子に何となくムッとする。

 が、それより何より。ジュディの様子がおかしいのが気になった。

「で?どうしたんだ?」

「ああ。実は昨夜、ジュディの部屋に空き巣が入ったんだよ。」

「え?」

「入ったのはいつか分からないんだが、夕方…ってかもう夜か。ジュディが仕事を終えて部屋へ戻ったら、窓ガラスが割れていて室内が荒らされていたんだ。犯人はまだ捕まってない。」

「なっ!…被害は?」

「壊されたものも幾つかあるんだが…。ただ、…所謂金目の物ってのは取られちゃいなかったんだよ。」

「取られていない?」

「ああ、だから問題なんだ。…つまり…。」

「ジュディの部屋だと分かって入ったかどうか…ってことだな。」

「楽譜や詩を書いた紙なんて、1枚2枚無くなったって分からないって言うんだ。」

「だろうな。」

 あの散らかりようじゃ…。

「最悪。ジュディ自身が目的ってこともありえる。」

「ああ。」

 だから、少尉が護衛としてついてきたのか。私服なのは、学園祭でのライブという仕事を考慮してだろう。

「で。昨夜はそのまま調書取ったりしてたんで、あんまり寝てないんだよ。」

「……そうか。」

 今日のライブは無理させないほうがいいんじゃないだろうか。

 けど、来たってことは、こいつ自身はやるつもりなんだよな。

「…に、しても。何で…。」

「うん?」

「あ、いや。」

 何で、倒れるのが少尉の傍なんだよ。そりゃ兄貴みたいに思ってるのは知ってるけど…。

 そんな不満がモロ顔に出ていたらしい。

「クックックッ。」

 少尉がそのでっかい手で俺の背中をバシバシ叩く。

「痛てーって。」

「ははは。」

 ひとしきり笑って満足した後。

「いいなあ。お前ら、青春してて。」

「おっさんくせーな。」

「…この頃、それ。洒落にならなくなってきたんだけど…。」

 複雑な表情で見返してくる。そして。

「だからさ、言ってんだろ。昨夜はほとんど寝てないんだ。」

「それはっ。」

「被害者の事情聴取が1晩掛かるかよ。ちゃんとベッドも用意して寝かそうとしたさ。」

「え?」

「けど、寝ねーんだよ。気持ちが昂ってたとかもあったんだろうけどな。」

「………。」

「お前さんの顔を見て、安心したんだろ?」

「えっ?」

 酷く優しい顔で。ポンポンと俺の頭に手を載せる。

「少尉?」

「もちっと自信持て。ジュディにとっちゃお前が一番なんだから。」

「………。ああ。」

「じゃ、俺。ちょっと出てくるわ。」

「…喫煙所は廊下を出て左。」

「おー、サンキュー。」

 ひらりと手を振り少尉は出て行った。

 ジュディが眠るソファの傍に。椅子を引き寄せて座る。

 良く見れば元々白い肌はむしろ青白いといえるほどで、痛々しい。

 

 ……あの部屋が荒らされたって?

 

 犯人への怒りがこみ上げてくる。

 あそこはジュディにとって一番大切な空間なのに。

 特に、ピアノのあるあの部屋は…。

「ん…。」

「ジュディ…。」

 身じろぎをして、ジュディはぼんやりと目を開けた。

「………エド?」

「うん。まだ時間あるから、もう少し寝てていいぞ?」

「エド……手。」

 毛布の中からもぞもぞと出してきた手をぎゅっと握ってやると、やっとほっとしたように小さく笑った。

「あのね。」

「うん。少尉から聞いた。」

「うん。 ………。 ピアノがね。壊されてたの。」

「え?」

「何かで、叩き割ったんだろうってハボさんは言ってた。」

「そ……か。」

「あの、ピアノね。私のデビューが決まった時に、兄さんがプレゼントしてくれたの。」

「…そうだったんだ。」

「うん。兄さんは、まだ軍に入ってそんなにたってなかった頃だし。結構奮発したんじゃないのかなあ。」

「だろうな。」

「…あの時…兄さんもイシュヴァールへ行くことが決まりかけてた時だったし…。」

「うん。」

 もしかしたら、これが最後にジュディに残せるものかも知れない。そう思っていたかも。

「私ね。ピアノはとっても嬉しかったけど、兄さんに行って欲しくなかったから。…だからいらないって言ったの。『こんな黒くて可愛くないピアノなんかいらない』って。」

「そっか。」

「そしたら、兄さん。『じゃあ、何色がいいんだい?』って。」

「で、ピンクか。」

「うん。ありえないでしょ?『そんなの無理だよ』って兄さんはそう言うと思ってたの。そしたら、『欲しいものくれないんだったら、兄さんこそ戦争に行かないで』って言えると思った。」

「うん。」

「でも、兄さんは『分かった』って言って、業者に頼んでピアノを綺麗なピンク色に塗ってくれたの。」

「うん。」

「でも、でもね。私は何度もこの色じゃないって、もっと違うピンクだって駄々こねた。」

「うん。」

「5回も塗り直しさせたの。……最後に出来てきたピアノは文句の付けようもないくらい綺麗な色で…」

「ああ、綺麗だった。」

「……『ありがとう』って…言うしかなかった。」

「うん。」

 多分、妹を溺愛している兄には。本当はどう言って欲しくて、何をして欲しかったのかなんて分かっていたはずだ。

 けれど、軍人となった以上。命令には従わなければならない。

 10歳になるかならないかの妹を一人で置いていくのは本当に心残りだったと思う。せめてその前に聞けるだけの要求を聞いてやろうと思ったのかも知れない。

 一番の望みは、叶えてやれないから。

「兄さんがイシュヴァールに行っちゃって。…私はピアノから離れられなくなっちゃったの。ピアノの傍でくるんって丸まって眠る私を心配して、事務所の社長さんがピアノの部屋にソファベッドを入れてくれたの。…その頃は今とは違うマンションだったけど…。」

「そうだったのか。」

「兄さんがイシュヴァールから帰ってきてからは別にピアノの傍でなくても眠れるようにはなったけど…。

 又、怒られるかも知れないけど。エドに『ちゃんと生活しろ』って言われるまではベッドに寝るよりも、ソファベッドのほうが多かった。」

「そっか。」

 それまで穏やかに話していたジュディの表情が、辛そうに歪んだ。

「ぐしゃぐしゃに壊れてた。…多分、もう修理のしようもないと思う…。」

「ジュディ。」

 ジュディの瞳から涙が零れる。

 そっと抱き起こして、その細い肩をぎゅっと抱きしめた。

「とっても大切なピアノだったのに。」

「うん。」

「とっても気に入っていたのに。」

「うん。」

「初めて、兄さんにいっぱい我儘言ってプレゼントしてもらったのに。」

「うん。」

「一番辛かった時に、あのピアノだけが支えだったのに…。」

「うん。」

 俺にしがみ付いて、しゃくり上げるようにしてひとしきり泣いて。

 ようやく落ち着いたのか、今度はトロリと眠そうな目になった。

「大丈夫なのか?今日、無理なら…。」

「ううん。大丈夫。…でも、エド。一番傍で見ていてくれる?」

「ああ。」

 探りあうように顔を寄せて、そっと唇を重ね合わせた。

 

 

 

 

 

 

20060606UP
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ピンクのピアノはそんな訳でした。
久々、ハボ登場!
月子設定では、ハボは約1年か1年半くらいの休職&リハビリを経て、両足オートメイルで復帰します。
現在は中央司令部勤務。

 

 

 

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