Angel's Wing 13

「…何か見られてる気がするんだけど…。」

 エドがバスの中で居心地悪そうに言う。

「あー。俺があんまりにもいい男だから。」

「アホか。どっちに視線が行ってるかくらい分かる。」

「はは。」

 訝しげに自分の服を見下ろすエド。

けど特に変わったところは発見できなかったようで、諦めて視線を上げた。そうだろう、そこじゃないんだから。

それにしても、どういうことだ?と思う。

元々、容姿も言動も目立つ存在であるエド。愛想が良い訳ではないので、反発する者も苦手に思う者も多いだろう。

ただ、一部の女生徒には人気がある。中には積極的にアピールをしてくる者も居るようだが、エド自身には浮いた噂が立ったことはなかった。

それはすでに彼女が居て。相手が歌姫『ジュディ・M』だったからなのか?

変な話、彼女と比べてしまったら大抵の女性は物足りなく感じてしまうのかも。

教えてくれなかった寂しさは多少あるものの、相手が歌姫では迂闊に言うわけには行かなかったのも分かるし。

とりあえず『みずくさい』と責めるのは心の中だけに留めておくことにする。

 …で。とうとう学校についてしまって、さすがに俺も気がとがめてきた。

 ここから先はエドの知り合いばかりだ。ジュディが何を考えて内緒にしていろと言ったのかは分からないが、教えてやった方が良いだろう。

「?どうした?戻らないのか?」

「あ…のさ、お前。『ジュディ・M』と知り合い?」

「え?」

「いや、その。初対面…って感じじゃあ…。」

「ああ。…あのさ。えーと、以前ジュディがイーストシティでコンサートをしたときに俺も丁度東方司令部に居合わせたことがあって…。司令部のメンバーと一緒に護衛ってか警備って言うか…そんなことしたことがあって…。」

「へー、そうなんだ。」

 それでも敷地内へ入らない俺に、エドは首を傾げた。

「その。…内緒にしてくれって…言われたんだけど…。」

「うん?」

「お前の、な。」

 俺が打ち明けようとした時。

「やっほー、リック、エド。」

 比較的仲の良い女生徒が3人、バタバタとかけてきた。

 …まずい…か? 俺が内心舌打ちをしたとき。

「きゃー、エド。何?それ。」

「学園祭で女装でもするの?」

「は?」

「やだ2人共。この付き方は塗ったんじゃないわ。」

「えー、じゃあ。キスー?」

「やっだー、エド。彼女いるのー?」

「へ?」

 唖然とするエド。 仕方ねえな。

「すっげえ美人だったよ。」

「うっそ。あの子に知らせてやらなくちゃ、エドのこと狙ってたもの。」

「え?B組の子もでしょ。」

「学園祭で告白するって言ってたのは誰だっけ?」

「やー、とにかく報告よ!じゃ、ね。」

 騒ぐだけ騒いで、3人は行ってしまった。

「モテモテじゃん。」

「な…何なんだ?」

「…その…な。…内緒にしてくれって言われてたんだよ。」

「?」

 エドの手を口に持って行って拭わせる。

「んな!?」

 自分の手の甲に付いた赤い色がなんだか分かって、エドが愕然とする。

「リ〜ック〜。」

「だ、だから『ジュディ・M』にだなあ…。」

「あいつ!」

「ま、怒るなよ。俺もさ、何で彼女が内緒にしとけって言ったのか分からなかったんだけどさ。今なら分かるぜ。」

「?」

「『私のだから、手を出すな』ってことだろ?」

 先ほどの3人組が話していたエドを好きだという女の子達。もしかしたら他にもたくさんいるのかも。そんな子達に牽制したのだ。

「〜〜〜〜〜。」

「愛されてんじゃん。」

「う、うるせ。」

 照れくさいのと同時に、これから騒がしくなるだろう自分の回りを想像してか、エドは大きな溜め息を付いた。

「で、やっぱり付き合ってんだ?」

「ああ、まあ。」

「美人だもんな。」

「そりゃ、まあ。そうだけど。」

「『けど』って…。じゃ、どこが好きなんだよ?」

「どこって…。なんつーか。あいつ、……すっとぼけてるから…。」

「………は?」

 『ジュディ・M』がか?

「びっくり箱って言うか…。」

「………。」

「一緒に居ると、スゲエ楽なんだ。」

 …びっくり箱なのにか?…エド、お前の趣味は分からんぞ。

 

 

 口紅の件以来。

リックのジュディに対する評価は上がったらしい。『可愛いじゃん』と(何故か)大喜びだ。

 俺に『彼女が居るのか?』『どんな彼女なのか?』と問い詰めてくる何人かの女生徒。俺が閉口していると、リックが嬉しそうに助け舟を出してくれる。

『すっげえ美人なんだよ。』

『可愛いんだよなあ。』

『いい女だぞ〜。』

 あんまり嬉しそうに言うので、逆に俺の方が『お前それ、褒めすぎだぞ。』なんてさえぎったりする。そうすると、かってリアルに彼女が居るのだとの印象を与えるらしく、思ったよりも早く騒ぎは収まっていった。

 

 小さな変更事項や曲目の決定などで、頻繁に電話で話をするようになった。

 そうなって改めて実感するのは、会いたいと思っているのはジュディだけじゃなかったのだということ。

 思い知りたくなかったから、電話を避けていたのかも。

 寮の自室に揃えてあるジュディのレコードや写真集を見て溜め息を付いた。

 昼間のリックとの会話が思い出される。

『あれ、これ全部未開封?』

『ん…おう。』

『何でだよ。開ければいいじゃん。』

『いや。』

『?変なの。買い揃えてるくせに。』

『買わないと煩いんだよ。』

『へー?』

『他の知り合いの奴らには新しいのが出るたびに贈ってるくせに。俺には自分で買えとさ。』

『ふうん?中を見ないのが分かってるからかな?』

『え?』

『店で買うなら表紙やジャケットくらい見るだろ。』

『贈られたってそれくらい見るだろ、さすがに。』

『ああ、じゃあ。あれかな、「買うときくらい自分の事を考えて。」』

『うん?』

『そうだぜ、きっと。新曲の情報とかも知ってなきゃ買いに行けない訳だし。…で、何で未開封?』

『そこへ戻るか。』

『曲とかあんまり知らねーんじゃねーの?』

『かもな。店とかで聴くくらいだから。』

『信じらんねー。いい曲とか多いのに。』

『それは知ってる。』

 辛かった時、どれだけ励まされたことか。

『だったら聞いてやれよ。』

『……う……ん…。』

『わっかんねーな。』

 文化祭前でお互いに忙しかったため、結局そこで話は終わりになったけど…。

 だってなあ。

 俺は内心溜め息を付いた。

 俺の彼女はジュディ・マスタングであって、歌姫『ジュディ・M』じゃないんだよ。

 新しい曲が聞こえてくれば、ああ頑張ってるなと思う。俺も頑張んなきゃなと思う。

 けど、それは彼女の『仕事』だ。

 コーヒーや紅茶は信じられないくらい美味く入れるのに。料理はレトルトを利用した簡単なものしか作れない。

 おっとりのんびり天然の癖に、時々妙に鋭くて。つかみどころがない。

 アルをむぎゅっとするのが大好きで。

 いろんなジュースを混ぜて、美味しいの不味いのと大騒ぎをした。(アルの体調が落ち着いてから、アルも入れて3人で大騒ぎをした)

 そんな、ジュディと『ジュディ・M』は別物だと思っている。

 ………なのに…。

 なのに、声はジュディで笑顔もジュディのものだから。

 買い揃えたそれらを開けてしまったら、きっともっと会いたくなってしまうんだろう。

 

 

 

 

 

 

20060527UP
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ジュディの魅力を一言で表現するのって多分とっても難しい。
今回、ちょっと短かったので下に「○○、5」的な話を入れました。
ですので、本編には関係ありませんので読まなくても全然OK。何しろオリキャラ同士の会話なので…。
(06、05、29)

 

 

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ジュディが何でエドには自分で買えというのか?知りたい方は↓へどうぞ。

 

 

 

「…って、エドから聴いたんだけど…。」

 リックが忙しい時間の合間を縫って、ジュディに聞いてきた。

 学園祭当日。ステージ前の慌ただしい時。

「……そう。」

「未開封だったんだけど…。…って、これ秘密だったかな…。」

「ううん。知ってる。」

 にっこり笑うジュディはやっぱり綺麗だ。とリックが見惚れる。

「贈ったって良かったんだけど…。ちょっと前までエドは旅をしてたから…。贈るに贈れなくて…。」

「ふーん?」

「…私ね、自分で言うのも何だけど。結構物分りのいい彼女じゃないかと思うのよ!」

 とこぶしを握り締めるジュディ。

「…はい?」

「エドのやりたいことの邪魔をするつもりはないし、縛りつけるつもりもないし。落ち込んだ時は話を聞いてあげたりするし。…って、私もグチこぼすからおあいこなのかも知れないけど。…とにかく、そんなに悪い彼女じゃないつもりなの。」

「はあ。」

 さいですか。

「けどね、1個くらい。我儘言いたいのよ。」

「…。」

「エドは国家錬金術師としての研究費を貰ってるから、それほど経済的に困ってる訳じゃないの。私の出すレコードや写真集を『買う』事自体はたいした負担じゃないと思うのよね。」

 ただ、エドにとってそれが自分の彼女のものだと言うのが問題な訳で…。

 そう考えてリックははっとした。

 成る程そういうことか。

 『買う』事自体は、エドの生活にとって何の負担にもならない。ただ、自分の彼女のものであると言う事実がエドに心理的負担を掛けるだけ。

 気恥ずかしかったり、いたたまれなかったり。

 レジへ持っていくほんの何秒か位、ちょっと我慢しなさいよ…という小さい(?)我儘。

「へえ…。…じゃ、この間の口紅は?」

「アレは嫌がらせ。喧嘩、してたんだもの。」

「………。」

 リックが言葉を失っていると。

「ね、貴方確か。『リチャード・モリス』ってお名前だったわよね。」

「あ、はい。」

「もしかして、モリスさんって。実業家の?」

「…まあ。」

「そう。気を悪くしたらごめんなさいね。聞いたことあるお名前だったから…。」

「あ、…ああ。……いいです。 実家は兄が継ぐので、俺には関係ないですし。」

「残念!軍内では関係あるわよ。」

 あっけらかんと言われて、思わず口ごもってしまうリック。

「同程度の実力の二人が居て、片方は有名実業家のご子息。片方は無名。となれば、出世するのは前者だもの。」

「………。…ジュディ…。」

「事実を言ったまでよ。…ちなみに、アレは出世街道まっしぐらよ。」

 視線でステージのセッティングの最終確認をスタッフと行っているエドを示す。

「………。」

「付いてってあげて?」

「?」

「貴方みたいな人が、傍に居てくれるのなら。大分安心できるんだけど。」

「………。」

 いまさらながらに思い出す。

 自分たちは普通の学生とは違うのだ。

 卒業すれば『軍人』となる。

 もしかしたら、戦争に行って(行かなくても)人を殺してしまうかも知れない『軍人』に。

 これまでの、どこか自分たちとは相容れないエドの言動を思い返してみれば。すでに少佐相当官としての地位を持っている彼は、そんな自分の将来をもっと具体的に思い描いていたからなのかも知れないのだ。

 彼の目から見たら、この士官学校はどう映るのだろう?

 なんとぬるい場所だと、思いはしなかったろうか?

 成績上位。だとか。1年生で異例の学園祭実行委員長だとか…。

 別にいい気になってるつもりはなかったけど、『仕官学校』にどっぷり浸かっている自分は『将来軍人』であることを失念していたように思う。

 先日、ジュディの事務所で前任者が作った企画書をその場で指摘しまくったエド。リック自身もそれほど良くできた企画書だと思っていたわけではないが、『学生なんだし』とか『その場の状況で適当に変更していけば』と思っていたのだ。

 実際、学校行事である学園祭のほとんどはそれで済んでしまっている。

 隣を歩いている親友だと思っていたエドは、卒業した途端『少佐』で『准尉』から始まる自分とはかけ離れた存在となる。

「…付いて…行きます。…絶対に、追いつきます。」

 真剣にそう言うと、ジュディはにっこりと笑った。

「ありがとう。」

 そして、スタッフに呼ばれて行ってしまった。

 礼を言うのはこっちのほうだ。リックは心の中でジュディに頭を下げた。

 思い出させてくれて、ありがとう。

 目標を、提示してくれて。ありがとう。

 この『アメストリスの歌姫』と交わした約束だから、絶対に叶えて見せます。

 

 

 

 

 

20060527UP

 

 

社会人であるジュディから見たら、皆可愛い『学生』なんでしょうね。
今後きちんと書けるかどうか分からないので、一応。
エドは一時期西方司令部の司令官として赴任します。その時の副官はリック。
その後、中央司令部へ戻る時エドはリックを副官として連れて行きます。(大佐が中尉たちを連れて行ったように)
(06、05、29)

 

 

 

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