Angel's Wing 12

「エド。」

「おう、リック。」

 放課後。呼び止められて振り返ると、そこには友人のリチャード・モリスが居た。

 大柄でがっちりとした体格。明るい茶色の髪は明るく友人の多い彼の性格を現しているようだ。決してハンサムと言う顔ではないのだが、女友達も多いらしい。

 国家錬金術師の資格を持つ俺はどこか敬遠されがちだ。

逆に打算で近付いてくるものもいる。

そんな中。本当に何人か、そんな枠を気にせずに接してくれる者もいる。リックもその一人で、尚且つ俺を親友と公言してはばからない。

「探してたんだ。」

「俺に何か用だったのか?」

「ああ、今度の学園祭な。」

「うん?」

「お前、イベント委員長だから。」

「は?」

「2日目に特設ステージ作ってイベントをやるだろう。アレの責任者な。」

「なっ!何で俺!?」

「お前そういうの、あんまりやらないだろ?だからな。」

「『な』って!」

「この時期、追試で苦しんでる奴もいるんだぜ。まさかそういう奴等に委員はさせられないだろ?」

 そういう彼自身は成績上位の上、文化祭の実行委員長だ。『お前がやれ』と言い返せないところが悔しい。

 それに。好き嫌いが激しく、決して交友範囲の広くない俺のことを思って言ってくれているのが分かるから、断りにくいというのもあった。

「仕方ねーな。」

「良かった。明日、交渉に行くからな。」

「どこへ?」

「『ジュディ・M』の事務所。」

「んな!?」

「ほら、少し前に『やってほしい企画』のアンケートをやっただろ?一番多かったのが『ジュディ・M』のライブだったんだよ。」

「だからって…。」

「一番上から潰していくしかねーの。ここで決まれば話は早いんだけどな。」

「けど…。」

「ま、無理だろうけど。当たって砕けろだ。じゃ、明日。10時に寮の前でな。」

「って、おい!」

「よろしく!」

「リック!待て!」

 『ジュディ・M』のライブって…。士官学校の学園祭でか?あいつ、今まで学園祭なんてやってたっけ?

 …それより何より…。

 今、喧嘩中なんだけど…会うのか?明日。

 …まあ、きちんと話はしなきゃいけないとは思っていたけど…。…って俺が行ったらまとまる話もまとまらなくなるんじゃ…?

 

 

「本当にアンケートの1位だったのか?」

「おう。ダントツ。次が格闘技の試合で、その次がお笑いコンビのライブ。」

「へー。けど、『ジュディ・M』って今まで学園祭なんてやったこと無いんじゃないのか?」

「ああ、聞いたこと無いよな。だから『当たって砕けろ』なんだ。」

 士官学校は寮の施設や演習場の施設を確保するため、セントラルの郊外のほうにある。

 バスを乗り継ぎ、同じセントラルでもビジネス街のほうへ行く。

 何度か来たことのある事務所の前に立った。

 はあああ。と溜め息を付く俺に。

「何だ?緊張してんのか?」

珍しいこともあるもんだ、とリックが笑う。

喧嘩してなきゃここまで緊張しねえよ。内心毒づいてキロンとリックを見上げた。

俺の身長も随分伸びたとはいえ、大柄なリックにはまだまだ届かない。当分このコンプレックスは消えそうに無かった。

「一応、アポはとってあるんだ。」

 受付へ行くと、上品なお姉さんがいて俺の顔を見て『あら』と言う顔をしたが気まずげな様子の俺を見て黙っていてくれた。

 リックも気付かず。

「連絡を入れておいた、士官学校の文化祭実行委員長のリチャード・モリスです。」

 と、幾分緊張気味の声で名乗っている。

 入社証を貰い、指定された部屋へと案内してもらう。

「案外面倒臭いんだな。」

「『ジュディ・M』がいるからだろ。」

 出入り自由にしたら、どんな輩が入ってくるか分からない。

 『ここでお待ち下さい』と会議室のような部屋へ通される。

 案内の人間が出て行くと、程なくして違う女性がお茶を出してくれる。

 ここでも『あら』と見られるが、微妙に笑いをこらえた顔で黙って出て行った。

 今の人は確か広報の人で、ジュディとも接点が多い。喧嘩の話を聞いているのかも。

 段々といたたまれない気分になる。

 来るんじゃなかったかな…。もしも、事務所内にジュディがいるとしたら、俺が来ていることは伝えられているだろう。

 …来るだろうか?来られても困るが、いるのに会いたくないとか言われるのもショックだ。

「はあ。」

「何だよ、エド。溜め息ばかりだな。」

 と笑われる。 『うるせ』と小突いて出された紅茶を口に運ぶ。

 これも美味いけど、ジュディの入れた奴のほうがずっと美味いな…などとぼんやり考えていると。小さくドアがノックされジュディのマネージャーの男性と。そしてジュディ本人が入ってきた。

「「!」」

 慌てて立ち上がるリックにつられるように俺も立ち上がった。

「はじめまして。マネージャーのジム・ダイスです。」

「あ、はじめまして。」

「『ジュディ・M』です。はじめまして。」

 にっこり笑う。

「あっ、はっ、はじめまして。文化祭実行委員長のリチャード・モリスです。」

 差し出された手と緊張気味に握手をする。

 肘で脇をつつかれて、渋々俺も手を差し出した。

「イベント委員長のエドワード・エルリックです。」

 ジュディの視線が流れてくる。

「あ、この企画の委員長です。」

 リックが説明する。

「じゃあ、あの企画書は彼が?」

「いえ、実は初めに決まっていた委員長が追試と補講になりまして…。昨日、急遽こいつにバトンタッチを…。」

「そう。」

 納得したようにすっと手が離れた。

「え…と。企画書は読んでいただいているようなのですが…。」

「はい。…えと、イベント委員長さん?」

「は?」

「企画書、読んでます?」

「いや。」

「読んで。」

 ジュディがマネージャーの出した企画書を俺の方へ向けて差し出した。ざっと目を通す。

「どう?」

「…何だ、…これ。」

「あなただったらどうする?」

 そう聞かれて。とりあえずおかしいと思った箇所を指摘して、思いつく限りの改善案を出す。

 ものによってはこの場で確約できないこともあるが、とにかく企画自体が稚拙なので突っ込みどころは満載だ。

 こんな時、あのサボり癖のある上司は何だかんだ言ったってプロの軍人だったんだなあと感心したりして。

 そいつの作った書類を見慣れてるからこそ、たくさんの不備に気付けた。

 リックは唖然と俺を見ていた。

「……ってとこですが……。」

 目を上げるとジュディが面白そうに見ていた。あれ、もう怒ってないのかな?

「最初の企画では大分不安な部分もあったけど、これなら大丈夫そうだわ。依頼を受けます。」

「本当ですか?良かった。」

 良かったな、エド。とリックは笑うが、こちらはそれ処じゃない。良く考えたら。

「…何で…。」

「……エド?」

 怪訝そうに見るリックには構わず、俺はジュディに問いかけた。

「士官学校の学園祭なんかやったら。又、軍に肩入れしてるとか言われるんじゃないのか?」

 まさか、俺が頼みに来たから引き受けたんじゃ…?と不安になる。

「元々学園祭のライブってやってみたいと思っていたの。けど、こればっかりはこっちから申し入れるわけにも行かないでしょ?

去年も本当は士官学校のほうから学園祭の話は来ていたの。どうしてもスケジュールが合わなかったからお断りしちゃったけど…。だから、今年もお話があったらなるべく受けようってずっと決めてたの。」

 だから、あなたのせいじゃないわと微笑まれたような気がして、どうせいつも適わないんだと小さく溜め息を付いた。

「警備の担当はどちらですか?」

「あ、自分です。」

 リックが手を上げた。

「そうですか。では、こちらで少しお話を詰めておきたいので。」

「はい。」

「ジュディはここで企画の検討を。」

「はい。」

 二人が出て行った。

「………。」

「………。」

 シーンと室内が静かになる。

「……もう、怒っていないのか?」

「怒ってるわよ。」

「っ、けどなあ。」

「エドは勘違いしてる。」

「………。」

「私はエドに何かして欲しいなんて言ってないわ。」

「………。」

「…さっき、エドは私の心配をしてくれたわよね。士官学校の学園祭なんて仕事をしたら色々言われるんじゃないか…って。」

「おう。だってそうだろうーが。」

「それと一緒でしょ?私が言ったのは。」

「?」

「離れていれば心配するわ。ちゃんと食事をしてるかしら?友達とは上手くやってるかしら?って。会いたいとも思うし、会えなくて淋しいなとも思うわ。」

「…う、うん。」

「けど、だからってエドに何かしてとはいってないでしょ?毎週会いに来いとか、マメに連絡入れろとか。」

「ああ、…そういや、そうだな。」

「エドがそういうの苦手なの分かってるし、…そりゃ、電話ででも話せたら嬉しいけどね。そうじゃなくって。

私が怒ってるのは。そうやってあなたを気に掛ける私の気持ちまで否定しないでってことなの。」

「っ。」

「さっき、エドが私の心配してくれて、嬉しかったわ。けど、私の仕事のことのことだし。私には私の考えがあるから、必ずしもあなたが思うとおりに私が動くとは限らないけど。でも、あなたが私を気に掛けてくれる気持ちを迷惑だとは思わないわよ。」

「あー、悪かったよ。」

 心配してくれるジュディを跳ね除けた。その心配さえうっとうしいと。

 それは相手の気持ちすら否定することで…。それを自分がされたら、確かにショックだと気付く。

 うるんと涙のたまり始めたジュディの傍へ行って抱きしめる。

 喧嘩をして何日経ったっけ?

 随分と触れていなかったような気のする唇をそっと重ね合わせた。

 唇を離したとき、一瞬『あら』と言う顔をジュディがした。

「何?」

「ううん。何でも無い。」

 クスリと笑って。

「企画の話。しましょうか。」

「おう。」

 すぐ隣の椅子に座って訂正だらけとなるだろう企画書を間にあれこれ話しをする。

「……そういえば、…ねえ。歌詞に検閲は無いの?」

「へ?」

「イシュヴァールの時はあったわよ?」

「へえ。…まあ、学園祭だし。戦時中とも違うから平気だろ?」

「うーん。…でも、何か言う人って絶対にいるよね。」

「かもな。」

「あ、じゃあ、こうしよう。ライブでやって欲しい曲のアンケートとって?」

「ああ、それにそって曲を決めれば、決めたのは聴く側ってことになるな。」

「これなら、多少文句言われても言い訳できるし。」

「分かった、いつごろまでに結果が出ればいい?」

「んーとねえ…。」

 さらにあれこれと書き込まれ、企画書は完全に俺のメモ用紙となっていた。

 

 

「失礼します。終わりましたか?」

 俺が部屋へ入ると、

「ん、おう。…じゃあ、こんなところで。」

「うん。変更は早めに。後、曲ね。」

「分かった。」

 なれた様子の二人にん?と首をかしげる。

 その時、立ち上がって振り返ったエドの唇を見て驚いた。…口紅!?

 エドの唇に赤い色。それはジュディの口紅と同じ色で…。

「おまっ!」

「?どうした?」

「や…その。」

 ふと強い視線を感じてそちらを見ると。

エドからは見えないところで、ジュディがこちらを見ていた。にっこりと笑って唇の前に人差し指を1本立てた。

 …つまり黙っておけと…?

「い…や。何でも…。」

 かろうじて、そう答えた。

 許せエド。女王様には誰も逆らえないのだ。

 

 

 

 

 

20060520UP
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11話から時間が飛んで、エドは士官学校の学生となっております。
現在1年生なのですが、半分位の科目でスキップしていて1.5年生ってとこですか。
口紅系(何だ、そりゃ?)のネタは、他の話でも本当は使いたくてウズウズしていたんですが。
ここで入ることが決まっていたので、じっと我慢しておりました。
エド、口紅つけたまま士官学校の寮まで帰ってしまいます。
(06、05、22)

 

 

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