Angel's Wing 11

 アルの身体が戻ってからも、心のどこかに『早く、早く』とせかされる焦燥感は残っていた。

 眠り続けるアルを見守りながら、穏やかな時間の流れるリゼンブールにいたのに…。

 遣り残している事がたくさんあるようで、何かをしなければいけないのに、何をしたら良いのか分からない焦りを、常に感じていた。

 これが、ジュディの言う『大変病』なのか?

 俺の左腕を枕にして眠るジュディの穏やかな寝顔を見つめた。

 

 

 昨日この部屋へ来たのは夕方。

 食事をして話をして、その体を抱きしめて…。

 そして、そのまま眠ってしまうにはまだ早い時間で、ベッドの中であれこれ話しているうちに結局二人とも起き出し。

 シャワーを浴びたり(ジュディには30分で出るように厳命した)新たにつまみを用意して飲みなおしたり。

ジュディの新しい曲を聴いたり、アルやリゼンブールの話をしたり。

 二人して眠くなって再びベッドへ潜り込んだのは随分遅くなってからだった。

 それまでに、何度もキスをして、手を繋ぎ、髪をなぜた。今まで離れていた時間を埋めるかのように。

 実を言うと。

 旅をしている間に一度だけ経験があった。アルと別行動をしているときに、そういう商売のお姉さんに声を掛けられたのだ。興味はあったがしり込みしていると、無理やり連れ込まれ…何というか…結局のところ玩具にされ楽しく遊ばれたのだ。

思い出すのもこっぱずかしい記憶だけど。そのお陰で必要以上にジュディの身体を傷つけずに済んだのなら、アレはアレでよかったのかも知れない。

 ただ、さすがに何度も彼女の身体に負担を掛けられず、2度目にベッドに入ったときには、ただ抱き合って眠った。

 

 

 そして、夢を見た。

 母さんの夢だった。

 母さんは笑ったまま、そっと俺の頭をなぜてくれた。

 母さんの夢を見て、優しい気持ちのまま目覚めたのは随分と久しぶりで…。

 ああ、やっぱり俺の旅は終わったんだなあ、としみじみ思った。

「ん…。」

 ジュディが腕の中で身じろぎした。

「おはよ。」

「…あ……エド……はよ。」

「目ぇ覚めたか?寝ぼけてんのか?」

「う…ん…。起きてるよ。……ふふ…、エド、ぴかぴかー。」

 朝日が反射する金髪を言っているらしい。

「…お前、今日の仕事は?」

「うん…午後から。エドは?今日はどうするの?」

「中央司令部へ行く。大佐…じゃねえ准将に会っとかねーとな。」

「そっか。」

「そーすっと、今夜はあいつの家かな。あ〜。アルがいねえから掃除もしなきゃなんねえのか?」

「ふふ、頑張って。」

 朝食は俺が作ることにし、二人で身支度を整える。

「…髪、切るかなあ。」

「えっ、切っちゃうの?キレイなのに…。」

「ああ。…まあ、半分願賭けみたいなもんだったし。…もう、いらないだろ。」

「そ…か…。」

「なあ、どっか床屋知らねえか?」

「あっ!私、切りたい!」

「へ?」

「私、切りたい。切らせて?」

「………。大丈夫かよ?」

「……うん、多分?」

「………。」

「あ。もし失敗したら、ちゃんと責任を持って上手な美容院を紹介するから。」

 だから、大丈夫。とジュディは笑う…が。余計に心配になる。

「本当に、大丈夫なんだな。」

「うん。多分?」

 思いっきり疑問形なのが気になるんですけど?

 とりあえず俺が簡単な朝食を作った。

そして、相変わらず信じられないくらい美味いジュディの淹れたコーヒーで軽く朝食を済ませた後、室内は何故か美容院へと変身していく。

 ジュディは部屋中ひっくり返してハサミだ椅子だと用意していく。うきうきと嬉しそうな様子に少し呆れてしまう。…その気合の入り方は何だ!?

 ……そして、何故か…。

「お前。…料理は苦手なくせに、こういうのは上手いんだな…。」

 首の後ろでキレイに切りそろえられ、そこに適当に段が入れられていく。

「結構、いい感じ?…後ろ、こんなだけど。」

 合わせ鏡で後ろも確認するが、どこもおかしなところはない。

「すげえ。」

「OK?」

「ああ、サンキュ。」

 昼前に出るというジュディと一緒に部屋を出て、マンションの前。

「…あ、これ。やる。」

 今まで自分がはめていた白い手袋をわたす。

「?」

 一緒に旅をしてきた手袋。結構すぐにボロボロになっていたので、何度も買い換えたそれ。

 これからも、必要な時は手袋をするだろうけど。今までの、どこか『隠すため』というのとは意味合いが変わるはず。

 サングラス越しに(これも変装らしい)じーっと俺を見つめていたジュディがにこりと笑った。

「うん。ありがとう。」

 そう言って手にはめる。 サイズは大きいし、やっぱり…。

「…ちょいとくたびれてるけど…。」

「良いの。嬉しい。」

 にぎにぎと手を握って感触を確かめている。

「ふふ、嬉し。エドから初めてプレゼントを貰っちゃった。」

「あ…そ…だっけ?」

 うん。と頷くジュディに、最初のプレゼントが使い古しの手袋じゃ申し訳ないような気がしてきた。

「あー、じゃ。今度何かもっと良いのやるよ。」

「これ、嬉しいわ。エドとアルの5年間でしょう?」

 微笑むジュディにかなわねーなーと思う。

とっさに何となくやってしまった行動も、気付いていない気持ちも。いとも簡単に、あっさりと読み解いてしまう。

「でも、『何かもっと良いもの』も楽しみにしてるから。」

「あー、はいはい。…じゃ、また連絡する。」

「うん。またね。」

 手を振って笑顔で別れた。

 さてっ、これから中央司令部だ。

 

 

「よっ。」

「鋼の。…元に戻ったんじゃなかったのかね?」

 オートメイルの右手を上げて挨拶をした俺を見て、訝しげに准将が聞く。

「アルは戻ったよ。10歳当時の身体だけどな。俺もな。足は戻ったけど、腕はこのままだった。」

「…ほう。どういう加減なんだろうな。」

「分かんね。…けど、まあ。とりあえずこれで一段落かな。」

「そうか。」

 さらりと言えてほっとする。

 もう、迷いは無いから。心の底から『一段落』と思えているからだと思う。

 それから互いの近況などを話す。

眠りっぱなしのアルの話、リゼンブールの話。

変化しつつある軍の中枢の話、ハボック少尉のリハビリの話。

あれこれとしていたら、結構時間がたってしまった。

「ああ、仕事の邪魔したな。」

「良いのよ、エドワード君。准将が残業なされば済むことだから。」

 と、ホークアイ大尉がにっこりと笑う。

「君ねえ。」

「そもそも准将が普段のお仕事を溜めずにおいてくだされば、お客様がいらしたところで大した支障は出ないんですよ。」

「…何だ、あんた。相変わらずサボってんだ。」

「…そうでもない。」

「この、給料ドロボウ。」

「そうは言うが、セントラルに来てからは結構真面目にやっているのだよ。」

「本当かよ?」

「本当だとも。」

と何故か『えっへん』と胸を張る。あんたね、それだから余計に年相応に見えねーんだよ。

「ハボックがいないからあいつに押し付けられないし、ここは昼寝に適した場所が少ないんだ。」

「…そんな理由かよ…。」

「迂闊にその辺でお昼寝などをされては困ります。」

「大尉にはこう言われるし。…はあ。」

 『はあ』じゃねーよ。

 しかし、セントラルなんて魔物の巣窟。周りは敵だらけなんだろう。

 ハボック少尉。早いとこリハビリを終えて、復帰しろ。

「じゃあ、俺帰るわ。リゼンブールには来週帰るから、それまで泊めてくれ。」

「ああ。」

 鍵を渡される。

「…あっと、そうだ。もう一つ、聞きたいことがあったんだっけ。」

「何だね?」

「士官学校って、どうやって入るの?」

「鋼の!?」

「エドワード君!?」

 

 

「俺さ。士官学校に行くことにしたから。」

 そう言った俺の顔を暫くじっと見つめていたジュディは、首を傾げた。

「『どうして?』って、聞いて良い?」

「……前に言ったろ?『見てみたい』って。」

 こんな簡単な説明で分かる訳がないなと思いつつ、補足をしようと言葉を捜していると。クスリとジュディが笑った。

「ああ、『ミニスカート』ね。」

「だから、違うって!」

 喫茶店で大声を出す俺を見て、クスクスと笑う。

 ったくーと思いつつも、こちらの思っていることがダイレクトに伝わっているのに驚く。

 そう、俺はロイ・マスタングが作ろうとしている世界が見たい。

 何だかんだ言って、あいつに盲目的に付いて行こうと言う者は多い。

 まあ、素直に認めるのには抵抗があるけれど本人自身にも魅力がある。

けれど、何よりも人を惹きつけるのはあいつが目指しているもの、作ろうとする世界。

 『一緒にいれば面白いものが見れそうだ』

 そう思わせてくれるからこそ、本来は人の下に就くことを良しとしない人間までもが、共に行きたいと願ってしまう。

そして、俺は。

変わり行く世界をリゼンブールやその他の場所で外から見ている『傍観者』ではなく。めいいっぱい真ん中へ、首を突っ込んで参加していたいのだ。

気分としては『俺も混ぜてくれ!』って感じか?

「…ところがさあ。」

 俺は溜め息をついて、先日准将から聞かされた話をジュディに聞かせた。

 

「ところで、鋼のは確か17歳だと思ったが…。」

「ああ、そうだけど?」

「ほほー。残念だったな。士官学校は18歳にならねば受けられん。君は後1年待たねばな。」

「な、なんだよそれ!スキップとかねーの?」

「入ってからならある。しかし、受験資格は18歳以上だ。」

「ちっ。特例とかで何とかなんねーの?」

「ならんな。子供は戦争などしなくて良いということだ。ありがたいだろう?」

 前の大総統が失脚してすぐに、士官学校に年齢制限を設けたのだという。

「…まあ、実際問題。若くして有能な者がいるのは分かっているが、若すぎる上官に黙って従う者ばかりじゃないからな。

 以前…といっても、随分昔になるが。若い仕官が、たたき上げの部下に集団で暴行を受け死亡したという事件もあったらしい。」

「ふ〜ん。」

「まあ、1年間。アルフォンスとのんびり過ごすのもいいんじゃないのか?軍人になったら、のんびりした時間を過ごすことなんて夢の又夢だからな。」

 

「…じゃあ、受験は来年なのね。」

「ああ。」

 一応揃えてもらった必要書類の入った茶封筒。先程司令部へ行って受け取ってきたそれをピラピラと手で弄ぶ。

「とりあえずは、どうするの?」

「…まあ、暫くはリゼンブールにいるよ。アルがもうちょっと、まともに生活できるようになるまでは。」

「そう。」

 この数日で、大量に錬金術の本を買い込んで送ってある。当分退屈はしないだろう。

「その後は、セントラルへ出てくるよ。錬金術の研究や、受験勉強をしなくちゃなんねーしな。」

 この間までの旅だって、錬金術漬けだったけど。それは人体練成という目的のためのものだった。興味がある文献も泣く泣く除けていたのがいくつもある。

「ふふ、嬉しそう。」

 にっこりと笑うジュディ。

「え?」

「私ね、エドって錬金術のことをどう思ってるのかなって思ってたの。」

「どう…って?」

「何ていうか…。んー。自分にその才能があって、…で身体を取り戻すために必要だから追いかけてるだけなのかな…って。…勿論、それだけ必死だった…ってことなんだろうけど。」

「…うん?」

「だけど、今ね。錬金術の話をしてて、嬉しそうだったから。『ああ、エドは錬金術好きなんだなあ』って分かって、良かったなって思って。」

「……そっか。」

「うん。」

 テーブルに頬杖をついて、にっこり笑いのんびりと口にするジュディ。

 旅の終わりを教えてくれた雰囲気は相変わらずで。

故郷のリゼンブールを思い出す時の感じとはまた違うのだけど、なんだかほっとする。

 

 どうやらこれからは、俺のフィールドはこのセントラルになりそうだ。と思った。

 

 

 

 

 

20060206UP
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捏造捏造。
今回は、月子の煩悩入りまくり。
エドの髪触りたい!
それから、エドをおもちゃに楽しく遊びたい!…って、おい。
おばさん発想だわね。や〜ね。
…という訳で、エドは仕官学校へ入学します。次回は学園もの?
(06、02、10)

 

 

 

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