Angel's Wing 10

 …着いてしまった。…セントラル駅に…。

 心の準備は、まだ出来ていない。

 本当ならこのまま軍の中央司令部へ行き、大佐…じゃ無かった准将に挨拶をするべきところなんだけど…。

 あの鋭い奴に誤魔化し通せる自信はない。…この、胸に残るわだかまりを…。

 迷いつつも俺が回した電話番号は……彼女のものだった。

 

 

「エード!」

 ドアを開けると笑顔のジュディがいた。

 そして、じーっとこっちを見つめてくる。

「エド?」

「うん?」

「エドエドエド!!」

「何だ何だ何だっ!」

 にこっと笑って俺の頭をポンポンと叩く。

「何すんだよ!」

 …背が縮むだろ、と続けようとして。

「背、伸びた!」

 疑問形でないジュディの声。

「え?」

「ほらほら。」

 自分との背の違いを手で示す。大雑把だけど、確かに以前は俺のほうが低かった視線が同じ位になっているかも…。

「やった!」

「うん。言ったでしょう?『3年でかっこよくなる』って、後1年半?楽しみだね。」

 にっこりと笑う。

 そうか、出会ってからもう1年半はたったんだ。

 一緒に写真を撮ったときからもう1年以上会っていなかったことになる。

 電話では何度か話をしていたし、自分の上官である彼女の兄から様子を聞くこともあった。そして、その歌声は3日とおかずこの国ではどこでも聴けるものだったから。

会っていないという気がしていなかったけど。彼女の方にしてみれば、こちらの様子が分からず、随分と心配をかけたかも知れない。

久しぶりに会って、また大人っぽく綺麗になったジュディ。

前に進んでいるようで、実は進んでいないかも知れない自分。

その差に内心溜め息をついた。

室内は相変わらず土足禁止のため、靴を脱いで中へと入る。

「あれ?」

 前に来た時と雰囲気が違う。

 模様替えをしたとか、そんなのではなく。ちゃんと生活する空間になっている。

「頑張ってるでしょ?」

 生活するのを頑張るのも変な話だが、以前のモデルルームのような冷たさが無くなっている部屋。

「エドにいっぱい怒られたからー。」

「怒ってねえ。」

「ふふ。エドがいっぱい心配してくれたから。心配かけないように、頑張りました…って言うか、今も頑張っています。…しかも、今日は食事まで作ってしまいました。」

「え?喰えんの?」

「…それは分かりません。」

 すまして言うジュディに『大丈夫かよ』と笑いつつ、…そういや笑ったのってどれ位ぶりだっけと思ってみたり。

 リビングにあるガラスのローテーブルに並べられているのは、本当に簡単な料理だった。

 サラダだったり、市販のソースで煮込んだだけのものだったり。

 けど、作業は出来てもそれを繋げて仕上げられないジュディにとって、これは格段の進歩と言えた。

「おお、頑張ったじゃん。」

「うん。まずは乾杯しよう。」

 当たり前のようにワインが出される。

 相変わらず鮮やかな手つきでコルクを開け、二つのグラスに赤い液体が注がれる。

「久しぶりに会えたことに。エドの背が伸びたことに。そして、何よりアルの身体が戻ったことに!」

「…ああ。」

「かんぱーい。」

 カツンとグラスを合わせる。

 そして、暫くは食事に専念する。

 『案外美味いじゃん』と言うと『やった』と笑う。

味は市販のものだから悪くなりようもないのだけれど。考えてみれば、電話をかけてから用意したのなら相当手際も良くなってるし、冷蔵庫の中も以前のように飲み物だけと言うことはないのだろう。

「……で?」

「うん?」

 あらかた料理も無くなったころ、2杯目となるワイングラスを傾けながらジュディが言った。

「身体、元に戻ったのにどうして浮かない顔してるの?」

「………。」

 やっぱりばれてた。何せ、あの准将の妹だし。ぼんやりしているようで、意外と鋭いのは分かってたし。

 それに、やっぱり俺は。彼女に話を聞いて貰いたくてここへ来たのだし。

「…アルがさ。」

 とりあえず、話しやすいほうから話し出す。

「身体が戻ったのは良いけど、10歳当時の身体なんだよ。」

「うわあ。」

「…なんで、嬉しそうなんだ…。」

「むぎゅってしたい!早く!」

「お前ね…。…まあ、そりゃ仕方ないのかも知れないんだけど。『元』の身体なんだから。」

「うん。」

「ただ、1日のほとんどを眠ってるんだ。」

「…ずっと?」

「ああ、今は…17時間位かな。これでも随分減ったんだ。」

「…疲れるってこと?…ああ、今まで無かった感覚に神経が疲れるから?」

「…多分。」

「情報が一気に入って来てるって事よね。例えば風に吹かれるだけだって、皮膚の感覚だったり風の匂いだったり…普段意識はしてないけど、身体はそういう情報を処理しているんだものね。…今まで使ってなかった機能を急に使い始めたから疲れちゃうのね。」

「睡眠時間は少しずつ減ってきてる。身体が慣れてきてるんだろうとは思う。…ただ、眠り続けるアルを見ると、なんだかこのまま起きないんじゃないかって気がするときもあって…。」

「うーん。エドはさ、今までずっと大変だったでしょう?責任感じて、有るか無いか分からない可能性にかけて。旅して、ダメかもって思ってもそれをアルに気付かれないようにしなきゃ…とか…ね。」

「うん?」

「だから、その『大変病』が癖になってるんだと思う。」

「『大変病』?」

「今、私が命名しました。」

「インチキくせえ。」

「エド限定の病気だから。…何でも大変に思っちゃダメよ?今までずっと、心に心配事があるのが普通だったから無意識に探しちゃうのよ。大変なことを。」

「…そんなもんかなあ。」

「そうでしょ?だって、本当はエドも分かってるんでしょ?睡眠時間は少なくなってきてるんだからもう暫くすれば、普通に戻るわ。10歳の外見になっちゃったことだって、もう10年もすれば、ただの童顔で済むもの。

 ウチの兄を見なさいよ。とても、30過ぎには見えないでしょ。」

「…あ、何だ。お前も、童顔だと思ってたんだ。」

「そりゃあね。…って、違ーう。いーい?エド。悩まなくて良いことで悩むと…。」

「?」

「ハゲるわよ。」

「うっ。」

 ハゲた自分を想像してげんなりとする。

「そーかー、ハゲるかー。」

「確実ね。…ハゲるのが嫌だったら…。」

「うん?」

「本当に悩んでいることを、ここで全て言ってしまいなさい?」

 優しくジュディが言った。

 何で分かるんだ!?俺の心に本当にわだかまっていることが別にあるんだって。

 暫く唖然と絶句してしまった。

その間も、ジュディは静かに待ってくれていた。

「…俺達、元の身体に戻っただろう?」

「うん。 兄さんからはそう聞いた。」

「アルは10歳当時の身体。今は眠ってばっかりだけど、五体満足。とりあえず他に不都合は無い。ちゃんと生身の身体だ。」

「うん。」

「そして、俺の左足な。」

 ぐいっとズボンの裾をずりあげ中を見せる。

「ちゃんと生身に戻ってるだろう?」

「うん。」

「そして、…俺の右腕。」

 そう言って、黒い上着を脱いだ。中は黒いタンクトップで両肩から腕が露わになる。

 …そこには、オートメイルが光っていた。

「あ…。」

 俺は手袋も取り去った。

「右腕は戻らなかったんだ。…このままだった。」

「………。」

「何でなんだ?アルの身体も、俺の左足も戻ったのに。何で右腕だけ戻らねーんだよ!」

「エド…。」

「もう、開放されると思ったのに!!」

 軋む身体の痛みからも、整備が必要な煩わしさからも、そして自分の罪からも。

「……もう一度…やりたいと思ってる?」

 人体練成。口にはしなかったけど、ジュディの言いたい事は分かった。

「…しねえよ。さすがに、腕1本のために何が起きるか分からない賭けなんか出来ない。」

 自嘲気味に笑った。

 『見せて』と言う、ジュディにタンクトップを脱いで、結合部を見せてやる。

 すると、ジュディが『あら?』と小さく呟いた。

「…ねえ、エド?」

「ん?」

「結合部の周りにあった傷跡、…なんだか、随分薄くなってるみたいなんだけど。…それに、肌と結合部の感じが前より滑らかになってるわ。」

「?」

「前に一度見ただけだから…絶対かって言われると自信はないけど。見て受ける印象が違うんだもの。…まるで…。」

 そこまで言って、慌てて言葉を止めた。

「何だよ?」

「あ、うん。…いいの、私の気のせいだと思うし。」

「それでも言ってくれ。」

「…ゴメン。…何か、まるでエドの身体にオートメイルが馴染んだみたいに見える。」

「!!」

「………ゴメン。」

 暫く互いに口が利けなかった。

「何でだよ!」

 絶えられなくなり、声を荒げる。

「何で!アルは戻れたのに、俺の腕だけ戻らねーんだよっ。これじゃ、まるで…。」

「……。」

「まるで、アルの罪は許されたのに、俺の罪だけまだ消えてねーみたいじゃねーか!」

「エド。」

 ジュディの腕がそっと伸ばされ、俺の頭を抱え込む。俺の歪んだ顔を隠すように。

「っ。」

 ジュディの身体に腕を回し思いっきりしがみ付いた。

その細い身体に加減の出来なかった俺の腕は辛かったかも知れなかったが。ジュディは文句を言わなかった。

「…あのね。」

 少しして、ジュディが静かに言った。

「私、前から思っていたことがあるの。…だけど、エドがいつか生身の身体に戻るんなら良いかなって思って。言わないつもりだった。」

「………。」

「…だけど…。」

 このまま一生オートメイルになるのなら、言っておこうと思ったのかも知れないが。さすがに口に出して『一生このまま』とは言えなかったらしく、口ごもった。

「…あの、あのね。お母さんを人体練成しようとしたときに失ったのがアルの身体とエドの左足だったのよね。

 エドの右腕は、アルの魂を鎧に定着させるために失ったのよね。」

「………。」

「確かに、アルの身体とエドの足は人体練成を行った罪の証だったと思うわ。でも、そのエドの腕は違うと私は思うの。」

「だったら、なんだって言うんだ。」

「二人で生きて生きて、そして辛い旅をすることで苦しんだ時間を経ることで。ちゃんと罪を償ったの。もう、罪は消えたの。

その腕は、決して罪の象徴なんかじゃない。その腕はアルのために使ったんでしょう?アルの命をこの世につなぎとめる為に。

 手足を失ったって、身体を失ったって二人で生きようって足掻いたんでしょう?苦しくったって生きることの方を選んだ証なのよ。罪なんかじゃない。

むしろ、誇りに思うべきだわ。」

「………っ。」

 誇りに?…そんなこと、考えたこともなかった。

 もう罪は消えた? 残ったのは俺達が諦めなかったという証だけ?

力が緩んだ俺の腕の中でするっと動いて、ジュディはオートメイルの肩にそっと額を当てた。

「でも………でも、やっぱり少しだけ、痛いわ…ね。」

 小さく笑ったような声。

 けど、肩の生身の部分にはポタリと雫の落ちる感触があった。…泣いているのか?

「…ジュディ?」

 そう呼んで、顔を覗き込もうとすると。今度こそ本当にジュディは小さく笑った。

「随分と久しぶりよ?私の名前呼ぶの。」

「…え?…そうだったか…?」

「そうよ。いっつも『お前』とか『おい』とか…。偉そうだったらないわ。」

 頬に涙の跡を残しながら、クスクスと笑う。

 俺に気を遣わせまいと、無理して笑う。

…そういう顔をするな。

 そっと顔を寄せて唇を合わせた。

「何度でも呼ぶよ、これから。」

「エド…。」

 もう一度キス。

「ジュディ。」

「…ん。」

「ジュディ。」

 何度も何度も唇を合わせて、名前を呼んだ。

「…本当は、ずっと心配してた。」

「うん。」

「いつも、傍にいたかった。」

「俺もだよ。」

「本当は…本当はいっつも名前を呼びたかった。」

「ああ。俺もだよ、ジュディ。」

「…エ…ド。」

 キスの合間の言葉。

涙と一緒の言葉は俺の気持ちをドンドン煽って言った。

 瞼に、額に、頬に、耳元に、首筋に、そして唇に…。

 何度も何度も口付ける。

 二人して、甘い吐息を漏らす頃。

「…ベッド、…行こうか…。」

「…うん…。」

 二人で手を繋いで寝室へ行き、大き目のベッドにそっと体を横たえた。

 

 

 

 

 

 

20060202UP
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身体を取り戻した後のお話となります。
再度、ご忠告を…。『原作、思いっきり無視ですから!!』
ホムンクルスたちとあれこれありつつ、アルと二人で身体を取り戻します。
補足をするなら、大佐・中尉は昇格しつつ中央司令部にいます。
大総統は公には失脚したことになっています。
ハボは現在、足の怪我のリハビリのため休職中。
(06、02、08)

 

 

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