記憶の姫 3
食事の後、『仕事がある』と言って土方は早々に自室へ引き上げて言った。
副長がそんなんなのに、局長と隊長はのんびりしていて…。ああ、あいつ見かけによらず(いや、よってるのか?)苦労してんだなと内心ちょっぴり同情したりして。
暫く出されたお茶をすすりながらマッタリしていると、神楽が近藤の机の上の本立てに立ててある古いアルバムを見つけた。
「それ、何アルか?」
「見るか?」
ニヤニヤと笑いながら出してくる近藤を気持ち悪いなと思いながらも、好奇心に駆られて覗き込むと…。
「うお、これ総一郎君?」
「総悟ですゼ、旦那。」
「可愛いだろう?ちっさい時から剣の腕がたってな、神童といわれていたんだぞ。」
近藤がまるで我が事のように自慢する。
「コレ、近藤さんですか?髪型違うと雰囲気変わりますね。」
道場主として髷を結っていた頃の近藤も居た。
「この、髪の長い女みたいのは誰アルか?」
「ああ、コレはトシだ。」
「えええ!?」
「トシの姉さん方が、そりゃあ凄い人でなあ。絶対にトシが髪を切るのを許さなかったんだ。」
「でも、今は短いアル。」
「真選組の隊の規則で切らなきゃいけないってことにして、半ば無理矢理切ったんだ。だから、あいつ絶対に実家には帰らないんだよ。あんな髪のまま帰ったら、姉さん達に何されるか分からないからな。」
銀時は唖然と写真を見つめた。
もう随分記憶は薄れてきてしまっているけれど、まるであの時の女の子が成長したような姿に見えたのだ。
「トシは小さい頃は良く女の子の着物を着せられててなあ。確か、その頃の写真もあったと思ったけど…。」
近藤がアルバムのページを捲る。
「お、あったあった。俺が道場の師匠んとこに養子になった時の写真だ。」
「!?養子?」
「ああ、俺が通ってた道場には跡継ぎがいなくてな。道場を継ぐために俺が養子にはいったんだよ。そのお披露目の時の写真だな。客人が帰った頃になってカメラを持って来た人がいてな、手伝ってくれた人や片づけをしてくれた人達と一緒に撮ったんだ。」
「お。酒屋の親父もいますねィ。」
「ああ。この頃はまだ総悟はいなかったんだったか…。遠方から来て下さった方もいたが、ほとんどは村の顔見知りばかりが集まってどんちゃんやっただけだったからな。」
「あ、もしかして、この赤い着物の子が土方さんですか?」
「おう、当たり!なあ、可愛いだろう?あの頃のトシは本物の女の子より可愛いくらいだったんだぞ。」
「………。」
マジかよ。
それは紛れもなくあの女の子だった。
そういえば『トシ』と呼ばれていた。
女の子だと信じていたから、きっと『トシ子』とかそういう名前なんだろうとばかり思っていた。
「………。『かっちゃん』……って?」
「ああ、俺養子になった時に名前変えてるから。……って、坂田。良く知ってるな?その呼び名、昔はトシが俺の事をそう呼んでた…。……っておい!?」
「わりい、ちょっと。」
「どうした、銀ちゃん。便所アルか?」
神楽の声が追いかけてきたが、銀時は全速で屯所の廊下を走っていた。
確か、土方の私室はこの奥だと聞いていた。
「でさ、でさ。大人になって出合ったときにはさ。 『ケ 』しよう。」
「……っ、うん!」
大切だった約束。
あの約束があったから、何度も死にそうになったけど。その度に踏ん張った。
生にしがみ付くことができた。
あれを交わしたのは……土方と?
「誰だ!うるせえぞ!」
どたどたと廊下を走っていると、土方の怒鳴り声がする。
タンと障子を開ければ、机に向かっている土方が居た。
「万事屋?なんだ…ってか、まだ居たのか。」
「………。」
「?どうした?」
煙草なんか吸っちゃってるけど…、確かにその顔は整ってて…。
美人っちゃァ、美人だけど…でも…。
あの頃自分より小さかった背は、同じくらいだし体格もそう変わらない。
紛れもなく『男』だよなあ。
「万事屋?変なもんでも喰ったか?」
「………。……『トシ』…?」
指さして、半信半疑で首を傾げた。
一瞬、怒鳴りかけた土方だったが(『お前にそんな呼ばれ方したくない』とかそんなんだろう)、いつもと表情の違う銀時をマジマジと見つめ返す。
そして、クスリと笑った。
表情がほんの少し緩んだだけで印象が全く変わる。
か、可愛いんですけど…。
「『銀髪』?」
「っ、じゃあやっぱり!」
それはあの時の女の子が呼んだ自分の呼び方だ。
「女の子じゃなかったのか!」
「ご期待に添えなくて悪かったな。」
「ちょっと…待て。お前は俺だって気が付いてたのか?」
「当たり前だろうが。その目とその髪で、他人だって言われる方が確率が低いわ。」
「あ…ああ、そうか…。」
「見てすぐ分かった。」
「すぐ?……池田屋の時?」
「ああ。」
「………じゃ、じゃあ。まさか、次にあった時の。屋根の上のアレ…って…。」
「約束、したからな。」
「それも、覚えてたんだ?」
「でさ、でさ。大人になって出合ったときにはさ。 『ケッ 』しよう。」
「……っ、うん!」
「覚えてたから、来てくれたんだ…。」
「忘れねえよ。あれがあったから、俺も一生懸命稽古したしな。」
「………。うわあ、銀さん感動!」
「うお。」
土方に飛びついた。
「ってえ。」
勢いのままに倒されてガツンと畳に頭をぶつけた土方は小さくうめいた。
「…何、しやが…る……んん。」
そのまま乗り上げて唇を奪った。
逃れようとする土方を押さえつけ、舌を差し入れる。
そのうち、諦めたのか力の抜けた土方の体をさらにぎゅっと抱きしめた。
「気が付いてたんなら、なんで言わなかったんだよ。」
「お前が約束を覚えてるかどうか分からなかったし…それに…。」
「?」
「多分お前は俺の事、女だと思ってたろうし。」
「思ってたけど…。」
「俺としては別に名乗らなくても、約束さえ守ることが出来ればそれで良かったから。」
「けどなあ。あの約束、俺的にはプロポーズのつもりだったんだけど…。」
「はあ?どこの世界にあんな色気の無いプロポーズする奴がいるんだよ。」
「ここにいる。…しかも、お前、受けたし。」
「受けた…って…。約束はしたけどプロポーズを受けた覚えは無ェ!!!」
「だって、あの時『うん』って言ったもん。」
「もん、とか言うな!気持ち悪りい!」
「可愛く言ったもんね!『うん』って。アレで銀さんのハートはざっくりやられちゃったもんね。」
「っ。」
「もう、それ以来他のどんな女も目に入らないくらい思いっきりざっくりやられちゃったからね。」
「…てめえがモテねえのを、俺のせいにすんじゃねえよ。」
真っ赤な顔で悪態ついたって、可愛いだけだから!
「絶対にもう一度会いたかったから。だから、俺は今まで生きてきたんだからね。」
「………銀髪。」
再び近藤の私室へ駆け込んで『お嬢さんを俺に下さい。』と言いに行ったら、追いすがってきた土方に後頭部を拳骨で殴られた。
(神楽や沖田たちは、庭の方へ出て行ったらしくその場にはいなくて良かった。)
「え、…お嬢さんってトシ?…でも、トシは昔っから好きな子いるよね。」
「「は?」」と言う声は俺からだけではなく、土方の口からも出た。
「ほら、俺のお披露目の後さ。
それまで割と姉さん達の言いなりだったのに、必死に道場に通わせてくれるように説得して…確か2ヶ月位で説き伏せたんだったよね。道場に通えるようになってからも、物凄く頑張って稽古してたし。
俺はあん時な。ああ、トシも好きな子が出来たんだなって思ったんだ。
その子を守ってやりたいと思ってがんばってるんだな…って。でなけりゃ、その子に認めて欲しいのかな…なんて思ってたんだけど…。…あれ?違った?」
「近藤さん!!」
と真っ赤になって怒鳴った土方の顔は、壮絶に可愛くて。
男とか女とか、そんなのは関係なくって。
俺の初恋はやっぱり土方だったんだ。
いやきっと。『初恋』とかそんなんではなくて。
俺の気持ちを揺さぶるのは、今も昔も土方だけなんだ。…きっと。
元来怠け者な俺が、攘夷戦争で生き残れるだけの腕を持てたのはあの時の約束があったから。
どれだけ辛いことがあったって、『トシ』ともう一度会った時に胸を張って会えないのは嫌だったから、戦争が終わってからも歪む事はなかった。
今ちゃんと、土方の目を真直ぐ見れる自分で有り続けられたことが嬉しい。
「でさ、でさ。大人になって出合ったときにはさ。 『ケットウ』しよう。」
「……っ、うん!」
ちゃんと守られた幼い頃の約束。
『多串くん、幸せになろうね。』
『ふざけんな。』
これからは、新たな約束を交わして。一緒に行こう。
20070610UP
END
コレにて終了。書いている月子だけが楽しいお話でした…。
(07、07、12)