恋愛経験値
こいつはきっと。
いつだって好きになった人には誠実であったんだろうな…。
土方は隣で杯を傾ける、男をチラリと見た。
つい最近、二人は所謂オツキアイというものを始めることとなった。
男同士だとか、幕吏と元攘夷志士だとか…。
そんな、アレコレを全く気にせず。押して押して押し捲った銀時の熱意にほだされた形で始まった関係。
けれど自分だって承諾するずっと前から、多分彼が好きだった。
ただ。
自分はもう恋愛はしないと思っていた。
そういう感情は、故郷へ置いてきた…はずだった。
だって、そうでなければ彼女に申し訳ない。
江戸に出てきて、恋愛をする気があるのなら。何も彼女を一人置いてくる事はなかったのだ。
自分と彼女に我慢を強いた以上、己の夢とか理想とかに忠実に生きていこうと思っていた。
だから、こちらに出てきて抱いた女はみな商売女だった。
金が取り持つ関係。
好きな振りすらせずにすむ相手ばかりを選んだ。
女の方だって、自分が金払いがよいから嫌な顔をしなかっただけで。そうでなかったら、わざわざ田舎から出てきた侍に媚を売ったりはしないだろう。
どうせなら、楽しんだ方が良い。
互いに、その程度。
商売女とのあとくされのない駆け引きは得意だ。
けど、本気の恋愛の経験は…ほとんど無い…と言って良いかも知れなかった。
そんな自分に引き換え、こいつは。
きっと好きになった相手は大切にしたのだろう。
いつだって、優しく自分を見つめる瞳。
土方が体調を崩せば一番に気付いてくれる。
仕事で忙しい土方の都合を最優先してくれる。
いつもいつも、包み込むように優しい。
「ん、何?」
ぼんやりと土方が見ているのに気付いたのか、銀時がこちらを振り返る。
「いや。」
土方が小さく首を振ると。『そう?』と苦笑気味に微笑んだ。
そんな彼に、自分は何かを返せているのだろうか?
つい、いつも意地を張ってしまってすぐに言い合いになる。
そこから切り合いにまで発展しなくなったのは、つい最近になってからだ。
こうして会っていても、銀時が振る会話に相槌を打つのが精一杯で。気の利いた話題すら提供できない。
元々銀時の方が話好きなので、普段はそれでも場が持つが。こうしてたまに銀時が口を閉じてしまうと沈黙が流れる。
そんな静かな時間も土方は嫌いではないが、銀時はどうなのだろう?
付き合っては見たものの、つまらない奴と思われてはいないだろうか?
いつもの通り土方が割り勘より少しだけ多く払って、飲み屋を出た。
静まり返った夜の道を並んで歩く。
「多串くん、手、繋ごうよ。」
「多串じゃねえ。……って、手!?」
そそそそそ、そんなこっ恥ずかしい事!う、うううう嬉しいけど!!
土方が躊躇していると、銀時は又小さく苦笑して言った。
「悪りィ、冗談。」
「あ…。」
何で自分はいつもこうなんだ!
せっかく銀時の方から歩み寄ってくれているというのに、いつもタイミングを逃す。
俯いて唇をかんでいると、銀時の足が止まった。
「………。あの、さ。」
「?」
珍しく言いよどむ銀時を見返した。
「お前は優しいからさ。俺が『好き好き〜』って言いまくって、無理矢理付き合ってもらう事になった訳だけどさ…。」
「万事屋…?」
無理矢理なんかじゃないのに…。
「その、悪かったな。無理矢理つき合わせちまって。こんな我儘今夜までにする。…別れよう。」
あ、別れるも何もないよな、俺が付き纏ってただけだし。そもそも男同士なんて、お前そっちの人じゃないのに、俺相当無理言ったよなあ。勝手に付き合おうとか言って、勝手に別れるとか言って。別に、お前を混乱させるつもりはなかったんだけど…うん。もう、こんな風に呼び出したりしないからさ、非番の時はちゃんと屯所でゆっくり休みなよ。いつも無理ばっかりしてるから、銀さんそれが一番心配………。
「な……。」
真っ白になった土方に、慌てたような銀時の声が聞こえてくる。
その声はまだ続いていたが、土方には途中から何を言っているのか分からなくなった。
別れる? 別れる…別れる…。
ああ、やっぱり自分ではダメだったのだ。
そりゃそうだよな。と、心の中で土方は思う。
こんな、面白みも可愛げもない人間と。付き合ったって楽しいはずない。
自分はいつだって気が利かない。いつも後になって、あの時こうすればと後悔ばかりしている。
銀時に対してだってそうで、気に掛けてもらったり誘ってもらったり…。
それらが嬉しかったら嬉しいと、有難うときちんと伝えていればこんなことにはならなかったのだろうか?
銀時といるととても楽しいのだと、安らげるのだと伝えてさえいれば……。
いや、それで別れの時期を引き延ばしたところで。いつかはきっと飽きられただろう。
自分と銀時では、きっと恋愛経験値が違いすぎるのだ。
「っ、多串くん!!」
はっと気付くと、銀時に抱きしめられていた。
苦しいくらいにぎっちりと抱きしめられて、土方は又混乱した。
「な…に?」
「ご、ごめん。俺は、お前にとって良かれと思って…!」
「万事…屋?」
「俺に振り回されて、イヤイヤお前が付き合ってくれてんだと思って…。」
「そ…。」
「うん。多串くんはそんな事はしないよな。好きでもない奴が告白してきたら、期待持ったり思いを引き摺ったりしないように、ちゃんと断るよね。受けてくれたって事は、ちゃんとお前が俺の事好きでいてくれるってことなんだよな。
本当、悪かった。俺、ちゃんと分かってたはずなのに…。一人で先走って悲観して、多串くんを傷つけた。」
「………。」
「俺が『別れよう』って言ったら、ちゃんと『それは嫌だ』って顔してくれたから。分かるよちゃんと。ごめん、余計に不安にさせちまったな。」
「………。」
それは、別れなくて良い…ということなのだろうか?
けど、今は良くてもいつかは…。
「いや、やっぱりもうやめよう。」
「多串くん?」
「俺はダメだ。俺はお前にはふさわしくない。気が利かないし、言葉も足りない。これからだって、お前を何度も不安な気持ちにさせるかも知れない…。」
「それでも良いよ。不安になったらちゃんと聞くからさ。『別れよう』なんて言い出す前にちゃんと聞く。」
「…何を?」
「お前、俺の事好き?」
「……ああ。」
「本当に?好き?」
「ああ、………好きだ。」
「本当の、本当に?」
「…好き、だ。お前が好き。」
銀時の顔が幸せそうに微笑んで、それを見ただけで土方も幸せな気持ちになる。
ゆっくりと銀時の顔が近付いてきて、そっと唇が重なった。
まだ、慣れない銀時とのキス。
「おいおいおいおい、そんな可愛い顔して…俺を煽ってるのか?」
「?」
「あのよう。今夜、家には誰もいないんだけど…泊まっていかない?」
いくら恋愛経験値が低かろうと、ただごろんと寝るだけでない事は土方にも分かった。
「ん。」
小さく頷くと、銀時が一瞬驚いた顔になる。
けれどすぐに又幸せそうな笑顔になって。
「なあ、多串くん。手、繋ごう。」
「ああ。」
女性のものとは違う、ごつい手を繋ぐ。
人通りが少ないとはいえ、全く無い訳じゃない。
けれど、そんな事はどうでも良いような気がした。
「俺、これからも多串くんの都合考えないで突っ走っちゃうことがあるかもしんないけど…、嫌だったら嫌だってちゃんと言ってくれよな。」
「お前が俺の事を一番に考えてくれてるのは、分かってるつもりだ。そんなお前のすることが、嫌なはずはねえ。」
「っ。」
大きく息を吸って視線をそらせた銀時は、繋いでいない方の手で顔を覆って何事かブツブツ言っている。
「?何だよ?」
「ああ、もう!何だ、何だ、この可愛い生き物は!全く良くぞ今まで無事でいてくれたもんだ!」
「は?」
「お前の一番だから、『真選組』にちょっぴりヤキモチ焼いたりしてたけど。あの、むさくるしい連中が護ってくれてたんだから。もう、本当感謝感謝だよ!!!」
「???万事屋?」
「なんか、ゴメン。もう、本当銀さんいっぱいいっぱいだから。…一生懸命大切にするけど、もしも痛い思いさせちまったらごめん。」
「ば、馬鹿。道端で何言ってんだ!」
「ああ、もう。早く帰ろう!」
「っ、おい。引っ張るな。」
違いすぎる恋愛経験値。
けど、これから二人で一緒にいることで。その差が少しずつ埋まっていけば良い。
「早く早く、多串くん!」
「ばっ、がっつくなって!」
「ああ、もう。本当、こんな可愛い生き物が俺のもんなんて最高!信じちゃいないけど、神様有難う!」
「おい、万事屋、言ってることが分かんねえよ!…おい。」
20070727UP
近日中におまけをUPします。
(07、08、02)
勇気を持っておまけを見ます。
(エッチくさい表現がありますので、苦手な方や自分はまだ子供と思う方はお止め下さい。)