さらさらと心地よい風が吹いている。

 あまりの心地よさにぼんやりと目を開ければ、突き抜けるような青空が広がっていた。

『スゲエ、良い天気…』

 『今朝の結野アナの天気予報ではね…。』だるそうな話し方の癖に、好きなものを語る時だけは饒舌になる声が思い出される。

『あれ、今日の天気は何て言ってたっけ…』

 うっすらと霞の掛かった頭では、はっきりとは思い出せなかった。

『まあ良いか。良い天気だし。……あれ?何だろう?空になんか浮かんでる…。…飛行船?』

 青い空に、ポツポツと黒い影が浮かんでいてゆっくりと動いている。

 あんなに高く飛んでいては宣伝効果が余り期待できないだろうにと、ちょっと呆れる。

 スポンサー名も何も読み取ることが出来ないではないか。

『今日、何かイベントあったっけ?』

 あんなに何隻も飛んでいるのは始めてみる。近くで何か大きなイベントでもやっているのかも知れないと思ったのだが、それにしては自分の周りは普段と変わらず静かな雰囲気だった。

「………あれ?」

 普段と変わらず? 静か?

 何となく違和感を感じて、寝転がっていた体を起した。

 

 

「………どこだ?ここ。」

 

 

 

隣同士の距離

 

 

 

 土方が寝転がっていたのは、土手だった。

 眼下にはさらさらと川が流れている。

 草の上を渡る風は心地よく、昼寝にはもってこいだった。

 ………が。

「どこ…だ?何で、俺こんなところにいるんだ?」

 慌てて周りを見回してみると、所謂下町と言う地区になるのだろうか。瓦屋根の家々が並んでいる。

 ただ、道行く人の服装には和服の人が多い。

 そのせいなのか、町全体が随分古めかしい印象を受ける。

 慌てて自分の服装を確認すれば、いつもの制服姿でちょっとほっとする。

 ポケットの中を確認すると、ズボンのポケットには紛れもなく自分のものである財布と携帯電話(一応確認してみたが、誰からも着信は無かった)。上着のポケットには学生証が入っていた。

 ただ、あたりを見回しても鞄がない。

 もう、学校は終わったのか?

 ここで寝る前の自分は一体何をしていたっけ…。

 思い出そうとしても思い出せなかった。

「あれ…ちょっと……待てよ……。」

 1日の授業が終わったのは覚えている。

 今日は試験前日のため、午前授業だった。

 そう、明日から中間試験が始まるのだ。こんな事はしていられない、帰って勉強しなければ…。

 そう、そう思った自分は教室を出て真直ぐ家へ………。

 いや、帰らなかった。

 担任教師の根城である国語準備室へと行ったのだ。

 少し前に所謂恋人同士となった自分達。

 思い余って告白した自分に、応えてくれた。

 始めのうちこそ夢見るように嬉しかったけれど、次第に浮かれた気分はどこかへ行ってしまった。

 自分は3年生で今年は受験だ。

 希望する大学へ入りたかったら、多少なりとも必死に受験勉強をしなければならない。

 部活の方でも2年生への引継ぎもあるし。

 当たり前だが、毎日の授業用の予習復習もしなければならない。

 相手の方だって、受験生の担任なのでアレコレと忙しいらしい。

 会える時間は限られてしまうし、(関係をばらす訳にはいかないので)会える場所も限られる。

 それに…。

 いつもどこか飄々としている担任は、何を考えているのかが分かりづらい。

 自分と付き合うことをどう思っているのか…?

 いや。そもそも、自分の事を本当に好きなのか?

 この頃ではそれすらも分からなくなっていた。

 そんな不安が爆発した。

 熱くなる自分に対して、勤めて冷静な相手。

 決して気持ちを見せない相手に、必死になることほど空しい事は無い。

 確か…『もう、良い!』とか『もう、別れる!』とか。あるいは『テメーなんか嫌いだ!』とか…。

 良くは覚えていないが、そんな捨て台詞を叫んで教室を飛び出したのだった。

 その後の記憶がほとんどない。

 恐らく、鞄はあの教室に置き忘れてきたのだろう。

 明日試験の勉強道具も入ったままだ。

 取りに行かなきゃ不味いだろうか?…今更どの面下げて?

 ………。

 って、そうだよ。そもそも、ここはどこなんだ?

 思考が最初の時点に戻ってきたところで、背後から聞き慣れた声がした。

「あっれー、多串くんじゃん。何やってんの?こんな所で。サボリか?サボリですか?この税金泥棒………って、あれ?」

 探しに来てくれたのか?と勢い込んで振り返ってみれば。

 確かにその顔は担任のものだったけれど。

 黒いシャツとズボンに、白い着物を羽織って右肩だけ抜いていて。おまけに腰には木刀を差した変な格好をしていた。

「ぎ、銀八?」

「はい?」

「……随分変わった格好してんな。」

「……多串くんこそ、なにやら若返っちゃって…。」

「はあ?」

「…ってか、俺は銀八とやらじゃないし、この格好はいつもでしょうが。」

「いつも?…って銀八じゃない?」

「誰?そいつ。」

「俺の担任だけど…。」

「担任?じゃ、学校の先生?…だったらやっぱり違うよ、俺は万事屋をやってんの。」

「よろずや?…何だそりゃ。」

「まあ、何でも屋…って言うの?それよりそっちこそ…ああ、もしかして多串くんの身内かなんか?…弟とか…。」

「俺には姉が一人いますが…。」

「兄は?」

「いません。」

「あいつ、女じゃねえしなあ。隠し子にしちゃあデケエしなあ。」

「?」

「後ろから見たら、制服も何となく違うように見えたのは学生服だったからか…そっかそっか。…そういや名前は?」

「土方十四郎。」

「はいィ!!?十四郎?十に四に郎と書いて、十四郎?」

「ですが。…あなたこそ、銀八じゃないんなら何て名前なんですか?」

「ん、俺?坂田銀時。」

「銀、時。」

「別人とはいえその顔で呼ばれるとなんか…。」

「はあ?なんか言いました?…ってか、何照れてんですか!」

「あ、いやその、ねえ。…まあ、何だ。 で?どうしたの?こんなとこで。学生の多串くん。」

「どうしたの…と言われても…。ってか、ここ何処ですか?」

「かぶき町だけど?」

「か、歌舞伎町?」

こんな長閑で、ビルの1つも見えない場所が?

…いや、ビルは見えるか…。

随分と遠くの方にひときわ聳え立つビルが1つ。

その一角はなにやら近代的な建物が密集しているようだが…。

けど、あれ何てビルだ?見たことないんだけど…。

「あんた、本当に銀八じゃない?」

「違うねえ。」

「………、迎えに来てくれたのかと思ったのに…。」

「うん?何?」

小さく呟いた声は聞こえなかったらしい。

「いえ…何でも…。」

視線が足元へ降りてしまうのを止められないでいると、小さく溜め息が聞こえた。

「まあ、こんな所で話してても埒明かないし。ウチへおいでよ、万事屋すぐそこだから。」

「…はあ。」

 先にたって歩く銀時の後を付いていく。

 後ろから見ると、どうやら背格好も銀八と変わらないようだ。

 別人?こんなにそっくりなのに?

 けれど、街中は見れば見るほど自分の思っている『歌舞伎町』とは違う。

 せいぜい民家は2階建程度がほとんどで。

 人々はそのほとんどが和装で、それをおかしく思うものもいないらしい。

 そうかといって自分のような洋装をジロジロと見るものもいない。

 時々、何か変なウルトラマンみたいなのもいるし。顔が猫とか他の動物のものもいるし、到底人間の部類とは思えない生き物もいる。

 何なんだ、アレは????

 仮装か?変装なのか?

 そして、街中のあちこちから掛かる声。

「よ、銀さん。今日はパチンコじゃないのかい?」

「金無くてさあ。パチンコはツケがきかねえんだもんよ。」

「当たり前だろ、馬鹿だねえ。」

「こら、無職。ちゃんと働けよ。」

「俺は無職じゃねえよ、万事屋という立派な自営業やってんだから。」

「そうかい?そのワリには仕事してんの見たこと無いねえ。」

 親しげに掛けられる声に、応える様は自然で。

 この街に元々暮らしているのだと、感じられる。

 やっぱり銀八じゃ……ない、のか。

 落胆した気分であちこち飛び跳ねた銀髪を眺めれば、ふとその足が止まった。

「ホラ、ここだよ。」

 親指で示された飲み屋の2階には大きな文字で看板が出ていた。

『万事屋銀ちゃん』

ああ、本当に。銀八じゃなかったんだ。

 

 

 

 

 

20070804UP
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始まりました。「銀魂」の連載です。
土方が銀さんに敬語なのは、一応知らない人で年上の人だからです。
土方好きにはたまらないお話にしたいと思っています。どうぞ暫くお付き合い下さい。
(07、08、11)

 

 

 

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