隣同士の距離 2
建物の脇から上がる外階段。
銀時の後に続いて上がれば、ガラリと引き戸が開けられた。
「銀さんのお帰りですよー。」
銀時が中に声をかける。
…誰か、一緒に住んでるのか?
「銀さん!?ちょっとどこ行ってたんですか!仕事見つけてきたんでしょうね!」
又しても、聞いたことのある声に驚いていると、奥から出てきたのは眼鏡をかけた見慣れた顔。気安く声をかけそうになって…。見慣れない和装に、声が詰まった。
「うわあ、マヨラネ。マヨラが小さくなったネ!」
続いて出てきた少女に、再び絶句する。………幼い。
「神楽ちゃん、マヨラじゃないから。土方さんだから…って言うか…若くなってます?同じ位?」
自分を指差して首を傾げる。
見慣れているはずなのに、どこかが違う面々に。何だか実は物凄く面倒臭いことになったんじゃないだろうかという気分になる。
「とりあえず、上がれや。学生の多串くん。」
「……は…あ。」
「え、何?なんですか?土方さんじゃないんですか?」
「そっくりさんアルカ?…芸人?芸能人カ!?」
「だったら、俺がとっくにサイン貰ってるっつーの。いいから、二人ともそこのけ。中に入れねーじゃん。」
「あ、はい。」
二人が廊下の両脇に避けたので、まるで花道のように開けられた廊下へ靴を脱いで上がる。
そして、ふと思い出した。
そういえば、自分は教室を飛び出した後。校舎の階段を駆け下りて、昇降口へ行った。
恐る恐る振り返ってみれば、当たり前だが追いかけて来てはくれず。泣きそうになって靴に履き替えて校舎を出た……はずだ。
その後は?
………思い出せない…。
「どうかした?学生の多串くん?」
「え、いえ。綺麗に掃除してあるな、と思って。」
一度行ったことのある銀八の部屋は、独身男の部屋に恥じない雑然とした部屋だったので。
慌てて取り繕うと、自分の記憶の中では同級生のはずの少年がにっこりと笑った。
「ああ、さっき僕が掃除したばかりですから。」
「掃除…って、ここに住んでるのか?」
「いえ、僕は通いです。神楽ちゃんはここに居候してますけどね。」
「……そう、なんだ。」
神楽?神楽って言ったよな。それは確かに自分の知る同級生と同じ名前だが。
当の本人は珍しいものを見るように、遠慮会釈もなくこちらの顔をジロジロとのぞきこんでいた。
「知らない…って事は、やっぱり土方さんじゃないんですね。」
ああ、とっても嫌な予感。
ここには居るのだ。『土方』と名乗る人間が。
銀時が先程自分の名前を聞いて即座に漢字を言い当てたところを見ると、恐らくそいつの名前は『土方十四郎』。
苗字も名前もそうそうあるもんじゃない。
史実に同姓の有名な人間が居るから、苗字を読み間違えられる事は少ないが。(それでも、『どかた』とか言われたこともあったっけ)
下の名前を1度で読めた人間は居なかったと思う。
学年が変わって初めて出席を取られるときに、必ず『とうしろうです。』と言わなければならないのが結構面倒だった。
そういえば国語教師である現在の担任は、一度『ひじかた じゅうよん……?』とか呼んだ後、『じゅう、し……とう、よん……』とか暫くこねくり回した後。『とうしろう?』と正解に行き着いたのだっけ。
1度で呼べたわけじゃないが、散々考えてくれたことを嬉しく思った。
それ以前に抱いていた『いい加減教師』と言う印象を、良い意味で裏切られたと思った。
蓋を開けたらやっぱり『いい加減』な部分が大半ではあったが…。
「ほら、とりあえず全員中に入れ。」
銀時に言われて、ぞろぞろと中に入る。
通された部屋は、事務所のような応接室のような部屋だった。
大きく書かれた『糖分』の文字にデ・ジャ・ビュ。
テレビにはなぜか屋根が付いてるし、今時珍しい…ってかほとんど見なくなった黒電話が大きな机の上に乗っているが、それ以外は特におかしく思うところはなかった。
薦められるままにソファに座り、きょろきょろと部屋を見回していると。そんな姿も観察されていたのか、銀時が小さく苦笑した。
「なんか、珍しいもんでもあるか?」
「え、いえ。…そうですね。何でテレビの上に屋根が付いてんですか?」
「………変、かな?どこのテレビもだいたいこんなもんだろ…。」
「は?」
「まあ、これは粗大ごみの日に拾ってきた奴だからちょいと型は古いし、時々あんま良く映らなくなるけど…。」
「拾って!?」
そういえば、さっき『仕事を見つけてきた…』云々と言っていなかったっけ?
道で会った人も『仕事してるのを見たことない』…とか。
………。マダオか?こいつ、マダオなのか?
「あれ、なんだよ?その可哀想なものを見る目は…。」
「あ、いえ…。」
銀八は仮にも公務員だから、毎月給料を貰えてるわけで…。見ていても、生活に困っている様子はなかった。(時々給料前に『金が無い』とぼやいてはいたが…)
ああ、その安定を。自分のために捨てる気が無かっただけなのかも知れない。
教え子の気の迷いに一時引き摺られたけど。これはヤバイと突き放す気になったのかも…。
「お茶、入りましたよ。」
ぐるぐると巡る思考にストップをかけるように、トンとお茶が出された。
「あ、どうも。」
湯飲みを手に取り、飲もうとすると。3人にじーーっと見つめられる。
「…飲みづらいんですが…。」
「なあ、お前。マヨラじゃないのか?顔はそっくりアル。」
「マヨラ…って…。」
「マヨラはマヨラアル。」
「マヨネーズ…好きなんだ?そいつ。」
「まさか…お前もアルカ?」
「……まあ。」
おお。と3人がどよめく。
マヨネーズ美味いだろーが。と心の中で主張するが、どうやらここでもマヨネーズ好きは余り受け入れられていないらしい…と溜め息を付く。
「名前、土方十四郎って言うんだろ?」
「はい。」
「土方さんと同じ名前じゃないですか!」
「本人、じゃ無いんだよな。」
「俺自身は本人のつもりですが…。」
「ああ、悪い。いやつまりさ。俺の…俺らの知ってる『土方十四郎』は…そうだな25歳くらいか?そんな感じなんだよな。」
「25…。」
「や、24歳か26歳かは知らんけど…とにかくその位の年な訳。その多串くんじゃ、無いんだよな。なんかの弾みで若返っちゃったとか…そういうんじゃ…。」
「無い、です。俺は高校生です。今朝も学校へ行って、授業を受けて…。下校する為に校舎を出たところまでは覚えてますが…。」
「あの、ちょっと良いですか?君、『土方十四郎』なんでしょう?『多串くん』って呼ばれて何であっさり流してんですか?普通『多串くんって誰?』ってなりません?」
「ああ、俺のクラスの担任が『坂田銀八』って言うんだけど、この人とそっくりで…。」
向かいのソファに座った銀時を指差す。
「はあ!!?」
「で、担任が俺の事、何でか『多串』って呼ぶんだ。」
「はああ!!?」
「それ、銀ちゃんじゃないのカ?そんないい加減な奴そうそう居るもんじゃねえ。」
「お〜い、神楽〜。」
「本当ですよ、どこまでテキトウに出来てるんだ。坂田属性。」
「新八く〜ん。全部一括りにしないでくれるー?」
慣れたように言葉を交わす3人に少し驚く。
自分達は。
3年Z組は、他のクラスに比べたら教師と生徒の垣根の低いほうだろう。
それでも『教師』と『生徒』と言う立場の違いは当然のようにそこにはあって。
どれほど下らない会話を交わしていたって、やっぱり『生徒』である自分達はどこかで『教師』に対する敬語を使っていたし。向こうだって所謂『子供』を相手にする口調であったように思う。
ところがこの3人はどうだ。
立場の違いとか、大人と子供とか。話す言葉にそういった垣根が全く無い。
「でも、そうすると。兄弟とか?」
「この多串くんはお姉さんは居るけど、兄はいないって。」
そうだよね、と視線で同意を求められて頷く。
「隠し子ネ。」
「神楽ちゃんそれは無いよ。いくら土方さんが銀さんとは大違いで女の人にモテるからって言ったって…。」
「お〜い、何で俺を引き合いに出すんだよ!!」
「だって、あっちは国家公務員でエリートなんですよ。その上泣く子も黙る『武装警察真選組』の副長で男前だし。天パじゃないし。」
「天パ関係ねえだろう!」
「いくら土方さんがモテてたって、こっちの土方さんが隠し子だったら…。」
「無視か、無視ですか!」
「子供作ったのは、7歳とか8歳とか…つまり子供の頃ってことになっちゃうから…。」
「おお、すげえな。マヨラ。」
「だから、無理なんだって。」
「新八、テメー覚えてろ。…何にしろ身内で同じ名前ってのは無えだろう。」
「そうですよね。ありえるとしたら、遠い親戚ってとこでしょうか?」
進んでいく会話に唖然とする。
今、何て言った?
『新撰組』?『副長』?
自分の知る限り、それは史実の中にあるはずのもので。
苗字が同じだったから、一時興味を持って調べたことがある。
では、自分はその当時にタイムスリップしたのか?
けれど、それは『土方歳三』であって、『土方十四郎』では無い……はずだ。
ああ、何だ?訳が分からなくなった。
「しょーがねーな。呼び出すか。」
「え、誰をですか?」
「本人をだよ。ここであーだこーだ話してても分かんねーもんは分かんねーし。」
そう言って銀時はソファを立って大きな机に向かった。
黒電話の受話器を持ち上げて、ダイヤルを回す。
「もしもし?多串くん?つかぬ事を聞くけどさあ…。」
やっぱり居るのだ。
坂田銀八のそっくりさんに『多串』と呼ばれる自分とそっくりな『土方十四郎』が。
20070805UP
NEXT
すでにお気づきでしょうが…。
このお話は、Z組の土方が原作世界へトリップして来てしまうというものです。
つまり土方が二人…うへへ。…と言うお話です。
次回からダブル土方になります!
(07、08、13)