隣同士の距離 3
「もしもし?多串くん?つかぬ事を聞くけどさあ…。」
『多串じゃねえ!』受話器越しにそんなどなり声が聞こえてくる。
「全くいっつも喧嘩ばっかりなんだから…。」
「え、喧嘩?」
「ええ、何なんでしょうねえ?似たもの同士って言うんですか?会えばしょっちゅう喧嘩ですよ。」
「似たもの…。」
「なんか不思議なんですよね。この二人。見た感じ全然似て無いようにも思うんですよね。むしろ正反対?とか。けど、根っこの所が似てるのかも知れません。」
「ふーん?」
こそこそとそんな話をしている間、銀時はひとしきり怒鳴りあっていたが。ようやく話を本題に戻すことにしたらしい。
「お前、兄弟は居る? ……は?天涯孤独? …じゃ、17・8歳くらいの弟なんて、……いない? …ふうん、いないんだ。 ……やそれがさあ、実は家の近所の河原でね、君とクリソツの男の子を見つけてさ。 …や本当瓜二つでさ。 …なんと名前が土方十四郎って言うんだって。 笑っちゃうよね、アッハッハッハ。 …瞳孔の開き方まで同じなんだぜ。」
銀時が電話で話す言葉遣いは同年代の親しいものへのそれ。銀八の『生徒』である自分に対する言葉遣いとは微妙に違う。
「うん、今ウチに居るんだけどさ。 ……だって、一人で置いとけないじゃん? 多串くんとクリソツなのに、丸腰なんだぜ。 ……そう、18…歳? 18歳だって。 …けど、多串くんの事知らないみたいだぜ。 ……そう、本人も自分と同じ名前の人間が居るって言われてびっくりしてたし。 天下の『真選組の鬼の副長』の名声も大したこと無いね。アッハッハッ。 …ねえ、ちょっと聞くけどさあ。天涯孤独…ってどの程度天涯孤独なの? ………ふうん?じゃ、その親の兄弟ってのは皆亡くなったんだ。いつ頃? …へえ、って事はもしも血縁者だとしたら相当遠くなるよね。」
天涯孤独?…それって、つまり親兄弟が居ない…って事か?その上近しい近親者も居ないとなると…。本当に一人?
「どうする?ウチに来るか?そっちへ連れて行く? ………ああ、分かった。じゃ。」
銀時がチンと音を立てて受話器を置いた。
「土方さん、何ですって?」
「今見回りの途中で、近くまで来てるからすぐ来るってさ。」
「そうですか。」
「マヨラ、今日は何を買ってきてくれるアルか?」
「さあ?」
「やあ、今日は何にもないんじゃないですか?急な話しだし。」
10分程してやってきた『土方十四郎』は、律儀にも人数分のハーゲンダッツのアイスクリームを買ってやってきた。
「………。」
「………。誰だ?」
困ったようにガリガリと頭をかいた男は、自分が座っているソファの向かい側に座った。
「座って良いとか言ってないんだけど。」
「うるせえ。」
「だから言ったじゃん、クリソツだって。多串くんかと思って声かけたら多串くんだけど多串くんじゃないんだもん、びっくりしちゃったよ。」
「もん、とかいうな気持ち悪い、この腐れ天パ。ついでに俺は多串じゃねえ。」
「え、天然パーマ全否定?ヒデエ、全国に天パの人間がどれだけ居ると思ってんですかコノヤロー。」
「安心しろ、腐ってんのはテメーだけだ。」
「どこをどう安心したらいいんですかねえ!」
「そんなん知るか。勝手に手前の心の安らぎでも探しに行きやがれ。」
「まあまあ、二人とも。土方さん…って言うのも変ですが、この方が驚いていますよ。」
なだめられて掴みかからんばかりに怒鳴りあっていた二人が顔を離す。
「………。チャイナ、腹壊すから3つでやめておけ。……お前も食え。」
唖然と見つめていると、ぶっきらぼうにそう促される。
「…はあ、いただきます。」
バニラのアイスを手に取る。
甘いものは苦手だが、バニラアイスなら食べられる。
その合間にも、目の前の男を見る。
似ている…なんてもんじゃない。『クリソツ』と銀時が言ったのは正にその通りだったのだ。
「土方さんはコーヒーで良いですよね。」
「ああ、悪いな。」
コーヒーと一緒に灰皿も出され、『土方十四郎』はおもむろにポケットから煙草を取り出して吸い始めた。
「オイオイオイ、新八!何で、ウチにコーヒーなんかあるんだよ!ってか、灰皿だって来客用だろうが!」
「何言ってんですか、土方さんはお客様でしょう!あんたの稼ぎが無くて食べるもんがない時にいろいろとご馳走になってるんですから!コーヒーくらい常備してます!」
『稼ぎが悪い』のではなく『無い』あたりが、やっぱりマダオだ…。
「こら、学生の多串くん。なんだっつーの、さっきからその哀れむような目は!」
「哀れに見えんだろう。」
「んだと、コラー。」
再び喧嘩が始まりそうになる。
「銀ちゃん、アイスが溶けるネ。」
「ああ、いけねえ。」
「いけねえじゃねえよ、結局喰うんじゃねーか。」
「喰わないとは言ってませんー。だいたい、テメーは甘い物喰わねえんだから俺が食わないと無駄になっちゃうだろーが。」
食べるアイスの種類でもめないあたり、『土方』がそれぞれの好みを熟知して選んできているのだろう。
「で、何なんだ。どうなってるんだ?」
「え、や、分かんないよ。だからお宅を呼んだんでしょ?クリソツなんだから何か知ってるかと思って…。」
隣に座り、すでに他人事のような顔をしてアイスをむさぼる銀時の言葉にはあと溜め息を付いた『土方』。
「お前、名前は?」
「…土方十四郎、です。」
「………。本名か?」
「はあ、一応。…あの、あなたは?」
「土方十四郎だ。」
「………。」
「年は?18だったか?」
「はい。」
「家族は?」
「両親と姉一人。」
「………。そうか。…職業は?」
「学生、高校生です。」
「住所は?」
「東京都………。」
そらんじる住所を難しい顔をして聞いている。
「…どうして俺にそっくりなのか、心当たりはあるか?」
「ない、です。…ていうか…。ちょっと変なんですけど。」
「多串くんが?」
「手前は黙ってろ!」
「いえ、その。あなた以外のこの3人。俺の身近にいる人間にそっくりなんですけど…なんか違うんです。」
「そっくりだけど、違う?」
「はい、そっちの。志村だよな。志村新八。」
「ええ、はい。」
「同級生にいるんですが。」
「って事は高校生。」
「はい。クラス委員で、だから俺と同じ制服を着てて。家でどんな服着てるのかまでは知りませんけど、一度街で私服でいるのを見かけたときは普通に洋服でした。TシャツにGパン。」
「「「「………。」」」」
「この神楽って子は…。」
「お前に呼び捨てられる覚えは無いネ。」
「チャイナ、黙ってろ。…続けて。」
「はい、あの。俺の同級生にやっぱり神楽って子がいて…。」
「同級生…って事は18歳か。」
「はい。だからもう少し大人っぽいというか…。後、牛乳瓶の底みたいな分厚いレンズのメガネをかけてて…。で、ああ、そう。中国からの留学生で…。」
「中国から?」
「こいつは夜兎族だぜ。」
銀時が割って入る。
「は?ヤト?」
「天人でな。」
「アマント…って、なんですか?」
「宇宙人だよ。」
「はあ!!?」
「ぷかぷかういてんだろ、空によう。宇宙船が。」
「…ってあれ宇宙船!!!?飛行船かなんかだと思ってた!」
「お前ね。」
「ありえねえだろ、宇宙人なんて……ってか宇宙船なんて!」
「ええ?俺達この間商店街の福引で当たって宇宙旅行行ってきたよ。」
「はあああああ!!!?」
「万事屋、黙ってろ。話が先に進まねえ。」
「む。」
「で、この万事屋は?」
「担任の先生。」
「はっ、テメーが教師だなんて世も末だな。こんなダルイのに授業なんて出来んのか!」
「や、確かにユルイ感じですけど。」
「ちょっとダブル多串くん。ダブルで俺をけなすのやめてくんない。」
「そっちこそ『ダブル』って一緒にすんな。」
「仕方ねえじゃん、二人とも同じ名前なんだからさ。呼びづらいったら無いんだよ!」
「ああ、それもそうか。」
「呼び方決めますか?」
「え~でも、多串くんは多串くんだろ?」
「テキトウに付けたあだ名の癖になんだよ、そのこだわりは!」
「だって昔金魚を飼ってた…。」
「飼ってねえ!」
…宇宙人って…。自分の隣に座って大人二人の喧嘩を楽しそうに眺める神楽を盗み見る。
…宇宙船…って…。窓から青空にぷかぷか浮かぶものが見える。
一体全体どうなっているのか…。訳が分からなくて、不安に押しつぶされそうだ。
思い浮かぶのは、目の前にいる男とそっくりだけど別人の、一応恋人だと思っていた男の顔だった。
『会いたい、なあ…。』
20070805UP
NEXT
はい、ダブル多串くんです。
両方の土方さんが堪能できるという1粒で2度美味しいお話です。
『土方』さんは甘いものは全くダメだけど、『学生の多串』くんは、余り甘くないものなら平気です。
食べ盛りの高校生ですからね!
(07、08、15)