「隣同士の距離」おまけ 原作side

 


「………あ……。」

「き、消えた…。」

 誰もが爆風に備えて身体を固くしていた。

 一瞬まばゆい光が見えた後、まるで掃除機に吸い込まれたかのようにするりと消えた。

 人間一人と一緒に…。

「っ。今のうちだ!捕らえろ!」

 誰よりも早く我に返った土方が、声を張り上げるとまるで呪縛が解けたかのように隊士たちが動き出した。

 まだ驚いて呆けていた、テロリストたちはそれまでの抵抗が嘘のようにおとなしくとらわれて行った。

「…帰れたかな…。」

「ああ、多分。」

 捕り物には無関係の銀時が、土方の隣で小さく呟いた。

「おい、トシ!トシヤくんは!?」

「何か、消えたように見えやしたぜ。」

「家に帰ったんだよ。」

「そうそう。」

「………。そうか、……。なんだか良く分からんが…。なら良し!おい、爆発物処理班を呼べ。消火剤をぶっ掛けてあるとはいえまだ安心は出来んからな。」

「はい、局長。」

 隊士が走っていく。

 土方はふうとため息を付いた。また、弟を死なせてしまったかと思った。

 自分の手では、何も守れないのだと。又、思い知らされるところだった。

 『帰れただろう』と思うのは逃げなのかも知れない。

 けれど、あの消え方は普通ではありえない。

「結局『爆発』の再現、しちまったな。」

 隣で苦笑気味に言う銀時。

 そうだ、『爆発』で帰れるだろうと仮説を立てたのは自分だった。

「…可愛い子だったよね。」

「…ああ。」

「素直で真っ直ぐで…全く、どんな育ち方したらあんな風に育つんだか…って思っちゃったよ。」

「両親がいて、姉がいて、仲の良い幼馴染がいて…で、ちゃらんぽらんな担任教師がいればああなるんじゃね?」

「最後がなんか気になるんですけど…。」

 本人からはっきり聞いたわけではないけれど、多分その『ちゃらんぽらんな担任教師』が好きなんだろうと見当はついていた。

 態度や表情にすぐ出るのだ。何度くすぐったい想いをしただろう。

「良かったじゃん、両思いで。」

「そんなの、分からねえだろうが。」

「分かるよ。『坂田属性』は漏れなく土方十四郎が好きになるように出来てんの。」

「なんだ、そりゃ。」

「あんなにおいしそうなのが目の前にいたら、絶対に手を出すね。」

「………お前……。」

「あれ、何?その疑いの眼。だから、夜は新八の家に泊まらせたじゃん。」

「…もっともらしいこと言ってたが、本当の理由はそれか!?」

「俺だってね、やるせなくなる夜だってあんの!どっかの誰かさんがつれないから。」

「………ち。」

 周りでは、テロリストはほとんど連れ出され事後処理の隊士たちが数名うろうろしているだけだ。

 そろそろ、撤収作業に掛かるか…と考えたとき。

 ふわりと身体が浮き上がった。

「っ、テメ、万事屋!何しやがる。」

「何って、お姫様抱っこ。」

「そんなのは分かる。そうじゃなく、下ろせって言ってんだ。分かれよその辺は。」

「良いから、良いから。」

「良くねえ。」

「良いんだよ。…ったく、どんだけ無理すりゃ気が済むんだよ。お前俺と身長おんなじくらいなのに、この軽さ!ありえねえだろうが!その上、怪我して貧血起こしてんだぜ!

………もう、良いじゃねえか。」

 辛そうに付け足された一言に、反論が出来なくなる。

ほんの少し身体の力を抜いて銀時の背中に腕を回した。

「お、おおお多串くん…っ。」

 慌てる銀時の声が裏返ったのがおかしくて、クスクスと笑うと『お前ね。』と呆れたような声。

「ね、多串くん。何か、結婚式みたいじゃね?」

「はあ?」

「ついでだから、何か誓っとくか。」

「…どういう神経してんだよ。」

 打ち据えたテロリストたちはほとんど運び出された後だけど、そこここに血の跡が残る現場、生臭い上に、消火剤の薬品臭い匂いまで漂ってきている。

「ええと、『病める時も、健やかなる時も…』。」

「本当にする気かよ。」

「おおよ。『たとえ、別の世界へぶっ飛んでしまっても。』」

「………。」

「『俺、坂田銀時は土方十四郎のことを、ず〜〜っと愛することを誓います。』」

「………。」

「………。」

「………。え、まさか俺も…か?」

「そりゃそうでしょ。こういうのは一人で誓っても意味ないじゃん。お互い誓うから良いんでしょ。」

 その前に何でもう、恋人って言うか付き合うって言うかそんな感じが前提になってんだよ…。そう反論したかったが、何かもう今更な気がしてため息をついた。

「誓い、な…。」

「そう、誓い。」

「………、『病める時も、健やかなる時も。』」

「そうそう。」

「『たとえ、坂田銀時が子供たちに見捨てられ淋しいジジイになってしまっても。俺、土方十四郎は、その生き様を見届けることを誓います。』」

「………。嬉しい様な侘しい様な…。」

「文句を言うなら返せ。」

「は?何を?」

「俺の誓い。」

「やだ。」

 即答した銀時が、嬉しそうに笑いながら土方の顔を覗き込む。

「〜〜〜テメ。」

「目エつぶれって、これは誓いとセットだから。」

「………ち。」

 土方がしぶしぶ目を閉じると、すぐに柔らかく唇を塞がれる。

「………ったく、てめえら。マスコミがまだ来てないからって、図に乗り過ぎですぜィ。」

「ト、トトトトシ!!?何!?お前ら、そうだったの!? お、お父さんは許しませんよ!」

「ええと、おめでとうございます?」

「こ、近藤さん…落ち着けって。」

「ジミー、何で疑問形なんだよ。ここはスッキリ喜んでおくところだろうが。」

「坂田。」

「なんだよ、ゴリラ。」

「だから、ナチュラルにゴリラって呼ぶなって。…なんつーか、アレだ。」

「だから、何だって。」

「その、なあ。正直手放しでは、喜べんのだが…。トシがお前で良いって言うんなら、良いのかなとも、思うんだが。」

「良いとは言ってねえ!」

「や、多串くん。その力いっぱいの反論はねえだろう。」

「ただな、お前の中途半端な態度が招くかもしれない色んな事で、トシを苦しめたりしたら。俺は許さねえよ。」

「近藤さん…。」

 多分土方は、自分の持っている情報の全てを近藤に報告しては居ないだろうに。昼行灯のような顔をして、この男はどこまで分かっているのだろう?

 そして、この男が親友だという腕の中のこの子を本当に大切に思っているのは知っているから。

「分かってるよ。」

銀時は、茶化すことなく頷いた。

「……うん、良し。さて、撤収作業に移るか。」

「ああ、近藤さん。俺が…。」

「トシはもう上がりな。」

「え?」

「その怪我、ちゃんと病院で診てもらえ。とりあえず事件は解決したんだ、今日くらいはゆっくり休め。」

「けど…。」

「その怪我でその青い顔で現場に居られたら、皆心配しちまって仕事どころじゃなくなるだろうが。」

「近藤さん。」

「俺らはいつもお前に頼っちまって。さっきだって、結局お前に一番に切り込ませちまった。そんな俺たちは頼りねえかも知れないけど、ちょっとは任せてくれよ。」

「………。」

「…守ってもらえば?」

 銀時が耳元で小さく言う。

「いつも、副長がやってることを見てたんで、大丈夫ですよ。」

 山崎が笑う。

「青白い顔で現場ウロウロされちゃ、目障りなんだよ。土方コノヤロー。」

 沖田が憎まれ口を叩く。

 何の力も持たなかった異世界からきた少年が、それでも『皆を守りたい』と言ったのだ。そして本当に全員を守った。

 『守りたい』という想いは、きっと誰もが持っているもので。多分それは力があるとか ないとかそんなことで左右されるものではないのだろう。

いつも守りたいと思っていた真選組という組織、近藤。

もしかしたら今まで、自分の『守りたい』という思いだけを周りに押し付けてしまっていたのかも知れない。

そんな余裕のない自分をみて、辛い思いをした者も居たのかも。

今だ銀時に抱き上げられたままなのでこれだけ話せているが、もう一度自分の力で立ってみろと言われて出来るかどうか自信はない。

誰かに頼ってもいいのだろうか?

 思わず銀時の顔を見返すと、柔らかく細められた目がこちらを見ていた。

 『いいじゃん、こんなときくらい。』

 そう言ってくれているようで、肩の力がふっと抜けた。

「…分かったよ、近藤さん。」

「そうか。」

「この後の撤収作業、頼む。」

「任せとけって。」

「現場検証と被害状況の正確な把握、被害者への事情聴取、調書の作成に上への報告。それとマスコミへの説明と、野次馬の整理。後、封鎖してある地域と道路の段階的解除も。頼んだ。」

「う、ええええ!?」

「じゃな、ゴリラ。頑張って。」

 銀時は土方を抱き上げたまま、くるりとその場に背を向けた。

 後ろの方からは、『そ、そんなに〜〜〜!?ザ、ザキィ…どうしよう〜〜。』とかゴリラの絶叫が聞こえてきたがそんなことはどうでも良かった。

 いつもはそれを土方が一人で指示しているのだ。

 たまにはその何分の一かでも、苦労を思い知れってんだ。

「だ、大丈夫かな。近藤さん?」

「平気だろ、ジミーはお前の傍でお前のやってることいっつも見てたんだし。」

 そうやって、他の隊士達が土方の抱え込んでいた仕事をいくらかでも出来るようになればいい。そうすれば、土方だって随分楽になるはずだ。

 命を削る勢いで仕事に没頭する(せざるを得ない)土方を見ていて、今までずっとハラハラと心配させられたのだから、コレくらいの意趣返し可愛いもんだ。

「あ。」

「ん?」

「…届くかな…。」

 土方がポケットから携帯電話を取り出した。

「…誰?」

「あいつ。…トシヤ。」

「ふ…ん?」

 土方の指が動き、文字を打ち込んでいく。

『ちゃんと帰れたか?こっちは皆無事だ。』

「や、それはそっけなさすぎでしょう。」

「良いんだよ、あいつが気にしてるのは爆弾がどうなったかだろうから。………ん?送れたのか?コレ。」

「ああ、うん。多分?」

「……2度目はなさそうだな…。」

 送信済みの画面を見つめる。

「せっかく出来た可愛い弟がいなくなって淋しいんだろ。ほら、銀さんの胸でお泣き。」

「馬鹿。」

 何でいつも、分かってしまうんだろう?

 泣く気は全くなかったけれど、両腕を首に回して柔らかいその髪に顔をうずめる。

 抱き上げている腕に力が込められた。

 


「誓い、忘れんなよ?」

「忘れねえよ。手前のお気楽な頭とは出来が違うんだ。」

「ずっと、一緒だからね。」

「………ああ、不本意ながら、な。」

 



 

 誰かの手を取るなど、自分は絶対にしないと思っていたけれど、こいつなら。

 守って、守られて。

 支えて、支えられて。

 そんな風に、やっていけたらいいと思う。






 

 そうだな、……お互い、クソジジィになるまで…。………な。

 

 


 

 

20071229UP

END

 

 


本編とは別人?な二人でした。
もともとここでいちゃつかせる予定でしたので、本編ではなるべくカラリとした二人で通しました。
さて、これにて「隣同士の距離」は全て終了です。
長い間、ありがとうございました。
よろしければ感想などをお寄せください。
(08、01、15)


 






前 へ  目 次