「隣同士の距離」おまけ 3Zside

 

 

 

君の声だから。

 

「坂田さ〜ん、もうお時間ですよ。」

 と、看護士が一人声を潜めて入ってきた。

「そろそろ出ないとヤバいですよ。」

「え、もう?」

 慌てて時計を確認する銀八。…なんだ?

「…ああ。俺ね、前に一度食中毒でこの病院に入院したことがあるんだよ。そんとき、ウッチーと知り合いになってね。」

 疑問に思っていた俺の表情に気付いたのか、銀八が説明してくれる。

 …食中毒?何、食ってんだよ…。

「こんばんは、看護士の内野です。」

「ああ、それで、ウッチー?」

にっこり笑う内野さんは何か可愛い人だ。

「何かちょっと、成り行きで彼氏との仲を取り持ったりしたんで…今回無理聞いてもらっちゃった。」

だから、面会時間もとっくに過ぎたこんな夜中に入って来れたのか。

「坂田さん。土方さんの意識が戻らない間も。毎晩、来てたんですよ〜。」

「え?」

「あ、え、ウッチー、何バラしてんだよ!」

「先生…本当に…?」

「え、あ〜、う〜ん。」

 顔が赤くなって、挙動不審になる銀八。

 きっとその時にずっと呼びかけてくれたんだろう。

 『帰って来い』と。

 

 だから、今、俺はここにいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっとすごく悔しかった。

 

検査も順調に消化し、怪我も大分治ってきた。

この頃では病院内は歩けるようになってきた。

そんな時、母さんが俺の通学鞄を持ってきた。

中にはごっそり教科書やらノートやらが入っていて…。起き上がれるのなら勉強しろ…ってことなんだろう。

悲しいかな受験生。

結局受けることが出来なかった分の試験は、退院後の追試で代用するらしい。

教科書を眺めていたら、ふと『土方』の言葉を思いだした。

あれは、何のときだろう?

…ああ、そうだ。万事屋で初めて『土方』と会ったときで、所持品検査とかされたときだった。

「コレは…学生証か?」

「はい。」

「ふうん…。」

 なにやら感慨深げに眺めている。

「ま、勉強は大切だ。しっかりやれよ。」

 そういって学生証を返してくれた。

「学校の勉強なんて受験用で…どこが必要なのか…って思いますよ。正直。」

 そう言った俺を『土方』はまじまじと見返した。

「…実際にどんなことを勉強してんのか分からんから何とも言えないが…。物を知っている…って言うのは大切なことだぞ。」

「そ…うですか?」

「ああ、物を知らないと騙される。」

 あの時は、『土方』の生い立ちとかを良く知らなかったから、そんなもんか?と思っただけだったが…。

 たった10歳で一人ぼっちになった『土方』。

それ以来、まともに学校なんて行っていないだろう。

 字を知らないことや、計算が出来ないことで騙されたことも一度や二度ではないのではないだろうか?

 子供だからと誤魔化された事だってあったかもしれない。

 プライドの高い人だし。

そういう悔しさから、必死で勉強したんだ、きっと…。

 そして、『真選組の頭脳』と言われるまでになった。

 それに比べて、俺はなんて恵まれた環境に居るんだろう。

親はほいほいと授業料を出してくれるし、学校へ行けば勉強を教えてくれる教師が居る。

勉強なんて、と不平をもらす権利なんか俺にはないのかも知れない。

『土方』ほど稀有な環境でなくとも。

法律を知らなかったり、専門用語を知らなかったり、物事のルールを知らなかったり…。

この世界でだって、物を知らないことで騙される…って事はあるのかも。

 そう思ったら、受験勉強も今までよりは意義を見出して頑張れる気がした。

 

 

 

 

 

 

そっけない言葉。

 

あれこれ入っているバッグの中には、携帯電話もあって…。

そうだ、近藤さんや総悟にメールでも送ってみるかと思いついた。

病室内では使えないので、充電だけして屋上へ上がる。

そして、ものすごく久々に電源を入れた。

立ち上げて着信を見れば、事故直後に数件あるだけ。

ついでメールを見れば…最近の受信欄に『土方』の文字…。

「え!?」

 日付を見れば、俺が目を覚ました日だった。

 慌ててメールを開く。

 『ちゃんと帰れたか?こっちは皆無事だ。』

 という、幾分そっけなさすぎる感のある文章があった。

「………。」

 無事、無事、無事。その2文字を何度も見つめなおした。

 じゃあ、俺は皆を守れたのかな?

 こちらからも無事帰れたことを知らせようと何度も返信を試みたけど、どうしても上手く出来なかった。

 何かの弾みで『土方』からの文章を消してしまっても嫌なので、途中であきらめる。

 

 



 

 『交通事故の怪我も治ってもうすぐ退院できる。俺は頑張ってるよ。』

 未送信のBOXに残る文字。

 伝えるすべは無いけれど、あの人たちなら信じてくれていると思う。

 

 俺が幸せであるために努力し続けることを。

 

 

 送った途端に返信が来た銀八のメールを読みながら。

 

ほんの少しの間だったけど、『家族』だった人たちを思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 

20071219UP

END

 

 




 

前 へ  目 次  おまけ2