なんて綺麗な 2
「なんか疲れてますねぃ。珍しく仕事だったんで?」
「いやあ。そっちこそ、最近は急がしいんじゃねえ?」
「そうでもないですよ。」
にこりと笑ってジミーが言う。
「このところ攘夷活動も小休止らしくてね。まあ、小っさな事件はぼちぼちありますがね。」
サド王子も肩をすくめる。
「へえ、そうなんだ。副長さんが、忙しいようなことを言ってたから…。」
「あれ、旦那。振られたんじゃねえですかぃ?あの人、今日はオフですぜ。」
不安を言い当てられたようで、ギクリとする。
そんな俺を見かねたのか、ジミーが言葉をつなぐ。
「けど、…ああ、そうですね。このところ忙しそうでした。」
「え?」
「何でィ?何やってんだ、あのヤローは。」
「良くは知りませんけど。人探しのようですよ?」
「「人探し?」」
「はい。手伝いましょうかって言ったんですが、『俺個人の事情だからいい』って言って…。」
「個人の事情?」
「又お偉いさんから無理難題を言われたんじゃねえかぃ?」
「それだったら、それは『真選組副長』に対しての依頼ってことになるので。隊全体は動かさなくても観察は使いますよ。だから、本当に副長個人の事情でしていることだと思いますけど。」
「どんな人間を探してんのか、まったく分からねえのか?資料集め位しなかったのか?」
「してません、本当に自分だけで探してるようですね。『フルネームと大体の年齢だけで人を探すのにはどうしたらいいのか』…って聞かれましたから。」
「教えたのか?」
「まあ。」
「どうせ組で抱えてる情報屋を使ってんだろ?その辺から探れば分かるんじゃないか?」
「それだったら、俺に頼んでるのと変わりませんよ。あの人、自分の情報屋も持ってますからね。そっちを使ったんじゃないですか?」
「ち。」
探り出してからかうネタに使ってやろうとでも思っていたのだろう。
思惑が外れたらしい沖田は忌々しげに舌打ちをした。
人探し。
誰にも告げずに、オフも潰して探し当てたい相手って誰なんだ?
そうまでして会いたい相手って…。
相変わらず土方は来ない。
その後様子を探ったらしい沖田から、『やっぱり人探しはしているようですが…手掛かりが少なくて時間が掛かってるらしいですぜ。…まあ、その辺はこっちも警察なんで時間が掛かろうともいずれは見つけ出すでしょうが。』と報告されていた。
見つかれば、土方のオフは銀時の物になるのか?
それとも、見つかってしまったら二人の関係が変わるようなそんな人物を探しているのだろうか?
悶々とする日々は、ただでさえやる気のない日常を送る銀時からさらにやる気をそいで行った。
最近では仕事の依頼が来ても、ろくに受けることもしない。
仕方なく子供たちが二人でできる仕事を引き受けて細々とつないでいた。
「銀さん、あんたいい加減にしてくださいよ!」
「そうね。もともとマダオだとは思ってたけど、銀ちゃんはやるときにはやる男だったね。」
お母さんはお前をそんな子に育てた覚えはないアル…と、さめざめと泣く演技をうんざりしながら眺める。
「そんなに気になるなら、聞きに言ったらいいじゃありませんか。」
「はあ、何をだよ!?」
「土方さんにですよ。来ないのはどうしてなのか〜、とか。人探しは何時頃終わるのか〜、とか。」
「だめね、新八。銀ちゃんは、聞きたいのは山々だけど、聞きたくない答えが返ってくるかもしれないから聞けないね。ちゃんちゃらマダオで、情けないアル。」
はき捨てるように言われて、とっさに反論しようと思ったが。まさに言い当てられたそのとおりだったので、情けなくも押し黙る。
はあ。と新八がため息をつき。
さすがにテメーにため息を疲れるのは、ムカっ腹が立つ。と何か言葉を浴びせようとしたとき。
ぴんぽ〜ん、と玄関の呼び鈴が鳴った。
「あれ、お客さん?」
「マヨラじゃね?」
「え〜、今日お休みでしょうかねえ?」
違うんじゃね?この間ジミーがこっそり教えてくれたシフトによると、土方のオフは明日のはず。
動こうとしない銀時に、もう一度ため息をついて新八は玄関に立った。
「いらっしゃいませ。………あれ?」
新八がいぶかしげな声を上げる。
相手の声はよくは聞こえないが、どうやら女性のようだ。
依頼かなあ?
どうでもいいように心の中で呟く。
「はあ、銀さん、ですか?」
どうやら銀時を名指しで来ているらしい。
面倒な仕事じゃなければいいが…。と思っていると。
「や、僕はここの従業員です。…はあ、後一人いますが。…ええ、そうです二人です。……まあ、給料は良くはありませんが…。ってか、ほとんど貰ってませんが…。え、あはは。」
なにやら話が弾んでいるようだ。
「だれネ?」
怪訝そうに神楽も様子を見に出て行った。
「うお。美人アル。…誰があんなマダオの子供ね。私のパピーはもっと禿ね。……悪いか。いまどきこの江戸で、天人なんて珍しくないアル。」
多少むっとした神楽の声が聞こえてきた。
誰なんだ、誰が来たんだ?…ってか何の話をしてるんだ?
「…はあ!?土方さん?」
土方?
その名前にぴくんと体中が反応する。
「銀さん、なんか銀さんのお知り合いみたいですよ?」
戻ってきた新八が銀時を呼ぶ。
「知り合い〜〜?」
以前仕事を請けた誰かだろうか?
首をひねりつつうっそりと玄関へ出て。
「っ、透子!?」
「久しぶりだね、銀時。」
よっと手を上げてカラリと笑ったのは、過去に自分の恋人だったこともある女性だった。
子供たちには外へ出るようにと言い含めて。
応接室兼居間に通す。
「相変わらず、甘いもんが好きなんだねえ。」
『糖分』の文字を見て笑う。
その姿は記憶にあるものより年を重ねてはいたけれど、以前銀時や仲間達が救われた底なしの明るさは欠片も失われてはいなかった。
「お前…生きてたのか。」
「勝手に殺すな。…とはいえ、仕方ないのかな。」
やっとの思いで戦場を抜け出せたときには瀕死の重症を負っていたのだという。
親切な住職に助けられて命は取り留めたものの。
体が回復したときには、記憶が混乱した状態で幼い頃の(まだ攘夷戦争などには参加していないごく幼い頃の)記憶しかなく。
ようやくさまざまな記憶が1本の線でつながり、自分がそれまでどうやって生きてきたのかを把握するのに結構な時間を費やした。
そしてその頃には、この国に住む一般市民の多くは攘夷志士など必要としない世相となっていた。
世話になっていた寺を出て、あちこちを歩いてみたが。
人々の生活に天人の技術は当たり前のように入り込み、定着していた。
家事にとらわれていた女たちの生活には余裕ができ。
子供たちは簡単に娯楽を手に入れ。
通信技術の発達で、全国どこでもそれほど大差のない情報を得ることができる。
そして何より、以前なら死んでしまっていた病人が天人の技術で命を取り留めることもある。
そしてさらには、自分の体すら天人の技術がなければ足の切断もやむを得なかったはずだと医師に言われた言葉を思い出し。
今、ただ闇雲に天人を追い出せといっても、それはこの国の為にはならないと分かってしまったから。
良いことばかりではない。けれど、悪いことばかりでもない。
どうしたらよいか分からなくて、以前の仲間にも連絡を取れなかったのだと言う。
「じゃあ、今日はどうしたよ?」
「…さっきの女の子は。天人だろう?」
「あ、ああ。そういや、そうだな。」
「…普段は忘れてるのか?」
「別に天人だからって区別してるわけじゃねえ。馬鹿みたいに大食いだし馬鹿みてえに力強えし馬鹿みてえに酢昆布が好きな変態娘だが、馬鹿みてえに真っ直ぐなんだ。」
「ふふふ、お前は昔っからそういう人間が好きだったからね。」
透子は、楽しそうに笑った。
「ヅラにも連絡取らなかったんだろ。どういう風の吹き回しだ?」
「昨日、桂には会って来た。」
「ふうん。」
「攘夷活動には参加しないと言ってきた。」
「そうか。」
「本当は、少し前まで迷っていたんだ。どうしたらいいのか分からないのは本当だったし。けどやっと時間が動いた気がしたんだ。」
「…時間が?」
「そう。私の中で攘夷戦争のままとまっていた時間が、ようやく動きだしたんだ。」
「………。」
「この間、家にあの子がきた。」
「?」
「真選組副長、土方十四郎。」
20071108UP
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