なんて綺麗な 3
「土方!?」
「ああ、私の名前を知って探してきてくれたんだ。」
「名前…って、何で知って。…って、まさかヅラが来たあん時起きてたのか!?」
唖然とする銀時に、透子は小さく苦笑した。
ほんの少しだけだけど、銀時の口から自分の名前が出たのではないかと期待していたのだけれど…。どうやら違うらしい。
何を考えているのか読みきれないのは昔からだった。
けれど、いつも流れる水のように生きるこの男は。いつだってしたいようにしかしてこなかったはずだ。
先日会った桂から、銀時と土方の関係を知らされたときは信じられなかったけれど。
今ならわかる気がする。
銀時はいつだってそう。
綺麗で真っ直ぐなものが好きなのだ。
先日家を訪ねてきた土方は、真っ直ぐに透子を見た。
「あなたが、笹田透子さん?」
その真っ黒い目が、真っ直ぐに透子を見るから。逸らしたいのに逸らせなくなった。
そして、『逸らしたい』と思ってしまった自分は、もう彼に負けていたのだと思った。
「あなたが、笹田透子さん?」
透子が玄関を開けるなりそう低い声が聞こえた。
「そうだけど、あなたは?」
真っ黒い着流しを着て、目つきの悪い男はまるでやくざのようだった。
その目が綺麗に澄んでいなければ、即刻戸を閉めていただろう。
「土方だ。」
「ひじかた…?」
どこかでその名前を聞いたことがある。
帯刀しているのを見て、あ、と声を上げた。
「真選組副長、土方十四郎…か。」
自分の立場を決めかねていた透子だったが、攘夷活動に無関心でもいられなかった。
だから自然にそれを取り締る真選組の主要メンバーの顔も覚えていた。
「何の用?」
昔攘夷戦争に参加していたことを突き止められたのだろうか?それとも、現在指名手配されている桂と旧知の仲と知って情報提供を要求されるのだろうか?
警戒心もあらわに睨み付けると、土方は困ったように首を傾げた。
「今日の俺は、土方十四郎個人としてここへ来た。」
「?」
それはつまり仕事ではないということか?
「…中へ、入るか?」
「いや、ここで良い。まったく関係はねえが、女の一人暮らしの家に簡単に男を入れるもんじゃねえよ。」
「…っ。」
思わずぽかんと見返してしまった。
真選組の副長といえば、『鬼』と呼ばれ身内からも恐れられているとか。
恐ろしく切れ者で『真選組の頭脳』と言われている…とか。
そんな情報が何の役にも立たないなんて、こんな経験初めてだった。
なんて、かわいい人。
「こんないい男と噂になるなら、願ったりなんだが…。」
そういうと、困ったように眉を寄せ。
けど、用件はすぐに済むと小さな紙切れを渡された。
「なに?」
見ると、かぶき町の住所と電話番号そして『万事屋銀ちゃん』と書かれていた。
「坂田銀時の住所だ。」
「は?」
「だから、坂田銀時の住所。」
「さかたぎんとき…。」
その名前を口にしたとたん、戦争中のあれこれが思い出された。
つらいことが多かったけど、それだけじゃなかった。
特に、彼との記憶は優しく甘いものばかりだ。
「用件はそれだけだ。」
そういって踵を返そうとする土方をとっさに引き止めていた。
「何だ?この『万事屋銀ちゃん』って言うのは。」
「あいつは万事屋をやってんだよ。…何でも屋だな。」
「何でも屋。攘夷活動は…。」
「してねえ。」
「してないのか…まあ、そうだろうな。名前を聞かない。」
『白夜叉』が攘夷活動をしていれば、桂と並んで指名手配されているだろう。
「なぜここに来た。」
「…だから、それを渡しに…。」
「私を捕まえないのか?」
「?何か罪を犯しているのか?」
「いや。けど、…調べたのなら分かっているだろう。私は攘夷戦争に参加していた。」
「だから?」
「捕まえないのか?」
「『攘夷戦争に参加していた罪により』…か?」
「そう。」
「そんな罪状聞いたことがねえ。」
「へ?」
「攘夷戦争は終結したとき主だったメンバーは粛清されている。それは俺たち真選組の管轄じゃねえ。俺らの仕事は江戸の治安を守ることだ。あんたは、江戸の治安を脅かすようなことをしてるのか?」
「覚えはないな。」
「なら逮捕する理由はねえだろ。」
「ちょっと…待て。」
真選組と言えば道理も何も無理で押し通す集団だと思っていた。
「攘夷戦争参加者は逮捕しないが、テロリストは逮捕する…?」
「ああ。テロリストは江戸の町の治安を脅かすから。」
つまり現在何らかの攘夷活動に参加していなければ、それで良し…ということか。
「もうひとつ聞かせてくれ。」
「何だ。」
「君と銀時は、どういう関係なんだ?何で、調べてまでここへ来た。」
「………。」
困ったように眉間にしわが寄る。
「………、あいつはマダオで…。この紙を渡してもぐずぐずと決心がつかなくて、いつまでもづるづる引きずりそうだから。」
「そう、か。」
それは、自分の方がこの人に見込まれたのだろうか。と思うと少しくすぐったかった。
用件はそれだけだと、土方は帰っていった。
後になって、二人の関係を答えなかったな…と気づいた。
多分近所なのだとか、飲み友達なのだ…とか。そんなんだと思っていたのだけれど。
「はあ?恋人?」
「と、銀時は言っていたぞ。」
「………。」
桂を訪ねていって、そう聞かされ。とっさに言葉が出なかった。
「ああ、けど。分かるかも。」
銀時は真っ直ぐで綺麗なものが好きなのだ。
「分かっている場合ではない。男だぞ。しかも真選組の副長だぞ。」
「けど、私は逮捕されなかった。」
「っ。」
「現在攘夷活動をしていなければ良いと言われた。」
「透子。では、…仲間になってくれるために来てくれたんじゃないのか?」
「正直言えば、少し前まで迷っていた。けど、私は決めた。攘夷活動はしない。今日はただ旧友に会いたくなっただけだ。」
しばらく黙っていた桂は、残念そうにため息をついた。
「なぜ、と聞いてもいいか?」
「私は、少しだけ足を引きずっているだろう?」
「ああ、戦争の時の傷か?」
「そう。危うく死に掛けた。足を切断しかけた。…けど、今生きているのは天人の技術のおかげだ。」
「…。」
「助けてもらって、出て行けとはいえない。…それに。」
「それに?」
「真選組副長、土方十四郎に会ったから。」
「どういうことだ。」
「あの子は真っ直ぐで綺麗だ。あの子に逮捕されるのはそりゃちょっとは楽しいかも知れないが…、むしろ胸を張って堂々と会いたい。」
そう、彼に恥じる自分にはなりたくなかった。
以前戦争に参加していて、何の迷いもなかった頃なら。たとえ攘夷志士として逮捕されても胸を張っていられただろう。
けど、迷ったままに『テロリスト』と呼ばれたら。自分は真っ直ぐに彼を見れなくなる。
「…惚れたのか?」
「そういうんじゃないよ。かわいいなあと思って。」
「銀時の恋人でもか?」
「…それ、本当に本当なの?」
「ああ、本当だとも。やめろという俺にあいつなんていったと思う?『人の恋路に文句つけるな』だと。」
「へえ。」
ではなぜ彼は自分のところに来たのだろう?
過去の恋人なんかいないほうがいいだろうに。
それとも別れたいから鞘当てに使ったのか?いや、そのために桂たちかつての仲間すらたどれなかった自分をわざわざ探し出してまで来るだろうか?
適当に女性に恋人役を頼むとかできたはず。
では、なぜ?
渡りに船だ。女は度胸。
透子は桂のところを辞すると、そのまま真選組屯所へと向かった。
「あの、土方…さんいらっしゃいます?」
門のところで尋ねると、門番をしていた隊士がパクパクと金魚みたい喘ぎ、『しょ、しょ、少々お待ちください』と大慌てで中に入っていった。
しばらくして出てきた土方は、ぴしりと隊服を着ていて先日とはまったく雰囲気が違って見えた。
「あんた…。」
「少し話したい、いいか?」
「あ、ああ。時間はあんまり取れねえけど…。」
「かまわないよ。」
そろって真っ青になる隊士たちをいぶかしく見ながら、二人は屯所を後にした。
20071108UP
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真選組の隊士たちはなんとなく銀時と土方の関係に気付いてる感じ。
そこへ美人さんが訪ねて来たので、この後屯所内は大騒ぎに…なったら楽しい。
(07、11、20)