なんて綺麗な 4
土方に連れられてきたのは小さな定食屋だった。
店の奥は座敷になっており、1テーブルずつ衝立で仕切られていた。
程好い混み具合といい。落ち着いて話すのにはちょうど良い店なのかも知れない。
「江戸に出て来たんだな。」
「ええ、それで一つ…ううん。二つ聞きたいことができて…。」
「…何だ。」
「一つ目、あなたと銀時の関係は?」
「っ。」
「この間も私聞いたわよね。けどあの時あなたは答えなかった。」
「………。」
「ある人から聞いたわ。恋人なんですってね。」
「っ。」
「そして二つ目。」
透子は言葉をきつくして言った。
「恋人なら、何で昔の女なんか探し出して会わせようとするの?」
「…。」
「答えなさいよ!私には聞く権利があるし、あなたには答える義務があるはずよ。」
そう、わざわざ自分を探しに来るのだから、友人だとばっかり思っていたのだ。
なのに『恋人』って…。
しばらく黙っていたが、透子が引く気がないと分かったのか小さくため息をついて土方は話し始めた。
「『男相手に恋路とか言うな、気色悪い』…あいつに浴びせられた言葉だ。」
「っ。」
『恋路』という単語には覚えがある。
言ったのは桂だろうと推測できる。
「いくら互いが納得してたって、男同士なんて傍から見れば気色悪いことだ。ましてや俺は真選組副長だ。そのせいであいつは自分の旧友に気兼ねなく合うことも出来ねえし、そいつが怪我してたって追い返すしかなかった。」
「桂のこと?」
「知らねえよ。」
「でも…。」
「知らねえ!知っちまったら俺はあいつを問い詰めて情報を聞き出さなきゃならなくなる。」
「………。」
ギリギリのバランスで成り立っている関係なのだ。
どちらかが何か一言失言をしたり、取るべき立場を間違えたら崩壊する。
そして、おそらくは『公』の立場が立場なだけに、その微妙な距離を必要としているのは土方の方。
それを、銀時に要求しなければならないのが苦しいのかも知れない。
「あいつもいい年だし、あんたみたいなしっかりした人が傍にいれば少しはまともになんじゃねェの。」
「あなたはそれでいいの?」
「………。俺にはあいつにやれるものが何にもねェから。」
「………。」
困ったように小さく苦笑した顔。
けれどその目はあくまでも真っ直ぐにこちらを見ていて。
なんてかわいい人。
なんて、綺麗な人。
そして、何て残酷な人だろう。
「今日はもう遅いから…明日、会いに行くわ。」
「そうか。…そういえば俺も聞きたいことがあったんだ。」
「なに?」
「あんた、あいつのあのくるくる頭、好きか?」
「…って、天パ?まあ、あのふわふわした手触りは結構気に入ってるけど。何で?」
「いや、そうじゃないかと思ってた。」
そう言って、ひどく優しい顔で笑った。
「じゃあ、あいつがこの頃やってた『人探し』って透子だったのか…。」
「ふうん?」
「おかげでこの1ヶ月ほとんど会えなかった。」
「あらら、私なんか家にも来てくれたし昨日も会ったわ。」
「げ、浮気か?浮気なのか?コレ。」
「多分あの子の予定では、今後あなたが浮気することになってると思うんだけど…。」
「………。お前と…か…。」
「そう。」
「驚かねえ…ってことは…。」
「うん、桂から聞いた。まさかあんたがホモになってたとはね。」
「………。あいつに、そのことで何か言った?」
「非難するようなことは言ってないわ。」
「そうか。なら良いけどよ。あいつ、いろいろと細かいことを気にするから…。」
「そうみたいね。」
「あいつ、仕事忙しいからそうそう会える時間も取れないし。せっかく二人でいても携帯で呼び出されりゃすぐに出て行っちまう。それがあいつの仕事なんだし、つまんねえなとは思うけど仕方ねえと割り切ってるところもあるんだ。…けど、その度にあいつは本当に申し訳なさそうに謝るんだよ。そんなに謝るくれーなら仕事やめちまえ…って思ったりもするんだが、それは言えねえんだよな。」
「あの子は、そうやってあんたにいろいろと我慢を強いてるのが嫌みたいだったよ。桂に会うったって、あの子がいるところでおおっぴらにって訳には行かないんだろう?」
「そんなの別にあいつの前でだけじゃねえ。ヅラは指名手配されてんだぞ。のんきに遊びに来るほうがどうかしてんだ。」
「それも、そうか。」
「はあ…、俺って信用されてねェのかな。」
「あの子はあんたと別れたいのか…とも思ったんだよ。けど、だったらもっと手近にいろいろいるだろ?あんだけの容姿だ、恋人役なんて誰にだって頼める。何でわざわざ私を探して来たのか…と思ったんだ。」
「………。」
「けどね。昨日話していて少し分かった気がする。あの子は、あんたがあの子と一緒にいると幸せになれないと思ってるみたいなんだよね。」
「へ?」
「男と付き合ってると知れたらいろいろと言われるだろうし。我慢をさせてるし、会いたいときに友人と会うことすら間々ならなくさせてる。」
「そんな、こと…。」
「『俺にはあいつにやれるものが何にもねェから。』…だって。健気だね。もう、かわいくってぎゅっと抱き締めたくなったよ。」
「お前にはやらねェから。」
「ええ?どうかなあ?あの子、あんたより私の方を見込んでたみたいだけど?」
「はい〜?」
「だって私の居所調べてあんたに教えたって良かったはずだろ?なのにどうして私のところに持ってきたのかって聞いたら、あんたじゃぐずぐずしてていつになるか分からないからだって。」
「短気なんだよねえ。」
「だからね。ちゃんと聞きに来た。あんたはどうする?」
「………。そんなの、決まってる。」
翌日。
万屋の玄関の前で、土方は幾分緊張して立っていた。
昨日、彼女がここへ来たはず。
二人の間でどんな話になっただろう?
銀時はどんな答えを出して、自分になんと告げるだろう。
わざわざ自分で彼女に会いに行ったのは、笹田透子なる人物がどういう人間か自分の目で確かめたかったからだ。
会ってみたら、カラリとしていて銀時に似合いだと思った。
この人となら銀時は幸せになれるだろうと思った。
神楽や新八と3人で、やわらかい表情で笑う銀時は幸せそうに見える。ちゃんと家庭を持って幸せになれる奴なんだ、と思う。
分かれるのは辛い。『執着』と言われようと自分は銀時が好きなのだから。
けど、正直銀時が幸せならば、自分はどうでも良かった。
淋しかったり、辛かったりしてどうにも耐えられないと思ったとしても。
銀時の幸せそうな顔を、たとえば街中で遠目にでも見れれば。
たとえ、その辛さが一生消えないとしても、耐えられると思った。
今日からそんな日が始まるのだ。
意を決して、呼び鈴を押した。
「はいは〜い。」
のんきな銀時の声がして、ガラリと戸が開いた。
「よう、久しぶり。人探しは終ったの?」
「…昨日、来たろ?」
「…良く探せたね。」
「1ヶ月も掛かっちまったがな。」
「うん。久しぶりに会えて、生きてたって分かって良かったよ。まあ、上がれば。」
確かに戸口で話し込むのもどうかと思い、素直に中に入った。
随分と久しぶりのような気がしつつ、硬いソファに座る。
向かいではなく、すぐ隣に銀時が座ってきた。
「っ餓鬼どもは…?」
今までだって、二人きりの時には珍しくなかったけれど、今日からはもうないと思っていたから少しあせる。
あわてて言葉を発すれば。
「ああ。…二人とも外へ遊びに行った。しかもなんか今夜は帰らないから、二人でどうぞごゆっくり。とかいやな笑いを浮かべていった。」
「…っ。」
「俺に『何にもやれないから』…って?」
「………。だって本当だろう。俺は男だから、結婚も出来ねえし子供も出来ねえ。お前に家族をやれねえし。それに、やっぱり傍から見れば気色悪いだろうし。仕事が忙しいからあんまり会えねえし。ダチにも会いづれえだろうし。」
「そういうのひっくるめて、それでも俺はお前が良いんだけど?」
「けどっ。」
「それに多串くんがいなかったら、俺は一番大切なものが手に入れられなくなっちまう。」
「?一番大切なもの?」
「『何にもやれない』…なんてことないよ。多串くんは『幸せ』をくれるだろう?」
「っ。」
「どんなにたくさんの人や物が傍にあったって、それだけじゃだめなんだ。多串くんがいてくれなきゃ、俺は幸せにはなれないよ。」
「…っ。」
「だから、ねえ。覚悟決めて、ずっと俺のそばにいてよ。」
馬鹿と笑った言葉は声にならなかった。
ポロリと零れた一粒の涙。
それは心の中に押し殺した沢山の感情が、仕舞いきれずに溢れてしまったものなんだろう。
抱きしめられて、抱き返したら、銀時がほっとした声で笑った。
「ああ、1ヶ月ぶりに俺の幸せが帰ってきた。」
20071109UP
END
消化不良!すみません。
おまけもありますんで、よろしかったら見てやってください。
(07、11、22)