なんて綺麗な 1
ふと、目が覚めた。
見上げた天井は、自室のものではなく。
薄っぺらい布団も、自分の物ではなかった。
『ああ、ここは万事屋だ。』
互いの熱を分け合ったのは、これで何度目だろう?
最初こそ、酒の勢いを借りたものだったけれど。
抱きしめられて、好きだといわれて。
その、珍しく赤くなった顔がくすぐったくて嬉しかったから。
俺もだと頷いた。
思い出すたびに胸の奥がジンと熱くなる。
そして土方は、自分の隣に寝ていたはずの温もりが無い事に気付いた。
『厠かな…?』
ここはあいつの家な訳だし、厠だろうが台所で水を飲もうが。眠れないとTVを見ようが自由な訳だけれど。
なんとなく淋しい気がして、家の中の気配を探る。
すると。
「………。」
隣の部屋から潜められた話し声が聞こえた気がした。
今夜は、神楽は新八の家に泊まりだと聞いているから、彼女ではないだろう。
やはりTVだろうか?と、耳を澄ました。
「…これでいいだろ?早く行けよ。」
「何だ、追い出したいのか?」
「…ヅラ、居座る気かよ?」
「外には真選組がうじゃうじゃいる。できれば、朝まで匿ってほしいのだが。」
「てめ、頼んでるくせにその偉そうな態度は何だ。」
「俺が居ると困ることでもあるのか?……そういえば、面白い噂を聞いたが。」
「噂?」
「『白夜叉』が真選組の鬼の副長にご執心だと。」
「つ。」
ヅラって桂か?桂がいんのか?…って『白夜叉』ってやっぱりあいつだったのか。てか、何だご執心ってのは。
内心次々とツッコミを入れながらも、布団から出て行く気にはなれなかった。
「テロリストはゴシップが好きなんだなあ。」
「初めは皆期待をしていたんだ。まさかお前が修道に走ったわけはない。きっと土方に近付いて情報を流してくれるんじゃないか…と。」
「ふん。そんなことするか。俺はテロリストじゃねえ。」
「全くだな。情報は欠片も寄越さない。その上、怪我をした友人を追い出そうとする。察するに、奥の部屋には土方がいるのだな。」
「ああ。悪いか。」
「悪いな。」
「人の恋路に文句つけるな。」
「男相手に恋路とか言うな、気色悪い。」
「気色悪いのは、テメーのペットだ。」
「何だと、エリザベスは気色悪くなんかないぞ。その証拠に今も真選組を撒いてくれているはずだ。」
「まあ、何でもいいけどよ。とにかく出て行けや。傷の手当てしてやったじゃねえか。」
「………。彼女のことは、もう忘れたのか?」
「…何のことだよ。」
「笹田透子。お前の恋人だった女性のことだ。」
「………。」
「戦争の最後に散り散りなったとき、彼女とも生き別れたんだろう。実際、生死も知れないし居場所も分からん。」
「………。」
「仲間内の情報網でも引っかかってこない。…現在は攘夷活動はしていないのかも知れんが。」
「だったら何だ。」
「銀時?」
「テメーはあっちこっちで人妻を摘み食いしてるくせに、俺には死ぬまで過去の一時期付き合ってた女一筋でいろってか。」
「…そうではないが…。ただ、あの戦争のさなか。殺伐とした陣内で、お前たちは似合いの恋人同士に見えた。元の鞘に納まれるものなら納まって欲しいと思っただけだ。」
「…今の俺は土方一筋だから。」
「っ、まだいうか。」
「とにかく出て行けよ。」
「銀時っ。」
「でかい声を出すな。土方が起きる。」
「…。」
「頼むから出て行ってくれよ。お前、真選組に追われて逃げてきたんだろ。そう、時間をおかずに土方に部下から連絡が入る。携帯が鳴りゃ、あいつはどんだけ深く眠ってても目を覚ましちまう。
お前の潜伏先を俺は知らねえ。だから、土方に聞かれても教えられねえが、ここでお前らが鉢合わせしちまったら…。」
それが、追うものと追われるものという逆の立場に立つ二人を双方とも大切にしたいと思う銀時のギリギリの譲歩なのだと桂にも分かったのだろう。
「分かった。行く。」
声音には憮然といった雰囲気があるにはあったが、立ち上がる気配があった。
そのとき、土方の携帯がなった。
慌てて取ろうとして、手を止める。
そう、今自分は眠っていたのだ。
この音で目が覚めた、ぼんやり目を覚まし、携帯の音だと気付き。枕元の携帯を探す。
それから暗がりの中手探りで通話ボタンを押すのだ。
たっぷり時間をとってから、ボタンを押した。
ちょうど、潜めた気配が玄関から出て行くのを確認して。
『土方早くでろコノヤロー。』
「んだよ、安眠妨害しやがって。」
眠そうな声を出す。
『桂に逃げられやした。』
「っ、桂に!」
それから、状況説明を受け今後の指示を請われる。
朝まで非常線を張るよう指示しつつ『つかまらないだろうな』と思う。
なぜなら桂はもう、その非常線の外側へ出て来てしまっているのだから。
けど、自分がそれを言う訳に行かない。
部屋に戻ってきた銀時がじっとこちらを見ているから。
「なに?お仕事?」
「まあな。」
「行かなくていいの?」
「これから捕り物ってんなら行くが…。どうせ、明日にゃ始末書の山だ。今のうちに休んでおく。」
大変だねえ。と小さく笑って布団の中に入ってきた。
「冷て。」
「温めて。」
珍しくすがる様に抱きついてくる。
胸のところにある柔らかいものに指をくぐらせる。
ふわふわとした感触に愛しさが込み上げてくる。
「多串くんも、この髪好きだよね。」
「…、別に好きじゃねえ。」
憮然と言うと、照れていると思ったのかくくくと小さな笑い声がする。
冷えていた体が温まるにつれ、眠気が襲ってきたのかすぐに銀時は静かな寝息を立て始めた。
いまさら、手放せない。手放したくない温もり。
だけど…。
「しばらく忙しくなりそうだ。」
別れ際、土方はそう言っていた。
朝方現れた桂を思い出し、仕方ないね。と肩をすくめた。
攘夷浪士の大物が現れたのだ。
しかもすんでのところで(かどうかは知らないが、少なくとも傷を負わせられる位は追い詰めたのだろう)逃がした。
幕府はうるさくせっついてくるだろうし、追いかけていたのがサド王子ならきっと無茶をしたのだろうから始末書や苦情がたくさんあるだろう。
けれど、1ヶ月も休みが取れないってのはおかしくはないだろうか?
そんなのいくら警察だからといったってロードーキジュンホウに引っかかるに決まってる。
土方に唯一言うことを聞かせられる近藤は、親友のちょっとした変化には敏く気づく。
『トシ、お前今日休み。』その一言で休みを取らせることは可能だし。今までだって何度かそんなことがあった。
時々巡回中に出会う土方は、そんなにやつれているという感じではないので。根を詰めていると言うことは無いのだろうけど…。
なら、どうして来ないんだろう?
いくら外で会って、言葉を交わし顔が見れたとしたって。それだけじゃ足りないのに。
「おはようございます。あれ?銀さん?」
新八がガラリと玄関を開けてやってきた。
「よう。」
「出かけないんですか?」
「はあ?」
「だって、さっき土方さん見かけましたよ?私服だったから今日はお休み何じゃないんですか?」
「何だって!?」
「僕はてっきり銀さんとどこかで待ち合わせしてるのかと…。あれ、じゃあどこへ行くところだったんだろう?」
「………。」
何だ、何だ?
休み?休みなら何でここへ来ないんだ?
「俺、ちょっと出てくるわ。」
「…はい。」
顔色が変わった俺に何かを感じたのか、いつもなら『仕事しろ』くらいの悪態はつくのにただ黙ってうなずいた。
そして慌てて出てきた事を後悔するのにそう時間はかからなかった。
どこにいんだよ、土方。
なじみの定食屋にも、よく休憩している公園にも、映画館にも、サウナにも。どこにもいなかった。
こんなことならせめて新八にどの辺で会ったのか、どっちの方向へ向かっていたのか位聞いときゃ良かった。
へとへとに疲れて、いつもの団子屋でへたり込めば。
「あれ、旦那じゃねえですかい。」
顔を上げた先には、サド王子とジミーがいた。
20071108UP
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なんとなくすれ違う銀土。
ページを作るのにまだ戸惑いが…。
(2007.11.14)